いまさら好きだと言われても、私たち先日離婚したばかりですが。

山田ランチ

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第7話 愛のない初夜

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二年後
  結婚式の準備はそのほとんどがベルトラン家で決定し、カトリーヌは実感のないまま当日を迎えていた。
 この日までアルベルトと顔を合わせる事はなく、必要なやり取りは全てルドルフを介して行われた。王都で暮らしていればアルベルトの姿を目にする事もあった。でもそれはいつも遠目からで、騎士団の制服に身を包んだガッチリとした体格の男性というくらいにしか分からなかった。夫になる人なのにもしかしたら道行く人達の方がアルベルトの事を知っているかもしれない。そう思うと心の中に重苦しいものが広がっていくのだった。

 式は城の礼拝堂で行われた。モンフォール領での災難に考慮して、式は小規模で行われる事となったと聞いたのが婚約してすぐ。しかし実際には沢山の招待客がおり、ドレスも小規模とは言えない程に希少な生地や宝石を散りばめた贅沢な物だった。その全ての資金はベルトラン侯爵家が出した為、モンフォール伯爵家には意見する場面は訪れなかった。
 短いようで長いアルベルトまでの道を進んでいく。ベールの先に初めて見る夫の姿があったが、緊張とレースのベールのせいではっきりとその顔を見る事は出来なかった。

「あの、今まで沢山の贈り物をありがとうございました。とても綺麗で心が満たされました」

 手紙ではお礼を伝えていたが、その手紙に返事が来る事は一度もなかった。だからこそこうしてちゃんと顔を見てお礼を伝えたかった。

「……喜んでくれたなら良かった。寝かせていても仕方ないから使うといい」
「え?」

 式が始まり、カトリーヌは放心したまま前を向くしかなかった。

――何を送られていたかご存知なかったのね。

 多忙の中、季節の花々を見繕ってくれていたのだと思っていた。でも本当は薄々は気が付いていた。きっとアルベルトは花を選んではいないのだと。

 結婚式の間もベールを外さなかった為に食事は取れていなく、視界もほとんど遮られていた状態からの解放に、どっと出てきた疲労に指一本動かす事が出来なくなっていた。エルザに連れられてきたのは広い浴室。丁寧に身体を洗い、香油を塗り込んでマッサージをしていく。柔らかくなった肌と指通りが滑らかになるまで梳かれた髪が身体に触れると、これから始まる行為へと恥ずかしさと恐怖が込み上げてきていた。

「お嬢様大丈夫ですよ。何も心配いりませんからね」

 言い聞かせるように言うエルザの方が泣きそうな顔をしている。少し上を向いて笑ってみせると、エルザは泣き笑いの笑みを返してきた。

「アルベルト様も緊張していらっしゃったように見えたわ」
「それはそうですよ。結婚式に緊張しない人なんていませんから。だからきっと怖い顔をしていたのです」
「怖い顔をしていた? 私はベール越しだったから顔まではあまりはっきりとは見えなかったわ」

 するとエルザは顔を顰めた。

「おそらくあれがいつも通りなのです。噂ですが、騎士団でも笑った所など滅多に見た事ない鬼副隊長で有名だそうですよ」
「……それは手強そうね」

 わざとおどけてみせるとエルザも微笑んだ。

「お嬢様の腕の見せ所ですね! お嬢様のお美しさを前にしたらきっとアルベルト様も虜になる事間違いなしです!」
「虜だなんてありえないわ。私はアルベルト様からしたらほんの小娘だと思うもの」
「世の中にはもっと年の離れた夫婦もおりますから、お嬢様とアルベルト様くらいなら普通ですよ」
「でも私は背も小さい方だし、ほら、アルベルト様は鍛えてらしてご立派なお体でしょう……」

 これから起こる事はある程度の教育は受けたつもりだった。それでも実際に自分が出来るかというとそれはまた別問題のように思えてしまう。もし体が男性を受け入れる準備が出来なかったら、きっとアルベルトをがっかりさせてしまうかもしれない。そう思うと指先がどんどん冷えていくのだった。

「お嬢様、これを」

 エルザが迷いながらポケットから取り出した物は小さな小瓶だった。受け取り振ってみると、綺麗な細工がされた小瓶の中で液体がゆるりと動いた。

「奥様からお預かりしてきた物です。もしもの時のお守りだと仰っておりました」
「お母様から? なんなのこれは」
「潤滑油です、お嬢様」
「……ッ!」
「初夜では互いに緊張するあまり上手くいかない場合もあるそうです。奥様もそれをご心配されており、お嬢様の為に媚薬入りの潤滑油をご準備されたのです」

 早口でそう言うエルザの手から小瓶を受け取ると、掌で強く握った。

「お母様にもご心配を掛けてしまっているのね。正直に言うと緊張でどうにかなりそうだったの。このお守りがあればなんとか乗り切れそうよ。でもその、使い方はどうしたらいいのかしら?」
「もしご使用になるのであれば、膣の中にしっかりと塗り込んでください。そうでないとお怪我をするのは女性の方でですから」
「怪我? そんな事まであるの?」
「ご心配する必要はございません! 全てアルベルト様にお任せすれば問題ありませんよ。本当なら潤滑油などない方がいいのでしょうが、初夜を失敗すると男性の足が遠のくのではないかと奥様が危惧されておりました」
「それは一大事ね。子供が出来なければ離縁される理由になるもの。大丈夫よ、絶対に失敗しないわ」

 心配して手伝おうとするエルザを部屋から追い出すと、カトリーヌは誰もいない室内を見渡してからカウチに片足を乗せた。こんな格好はエルザにも見せる訳にはいかない。自分だけでも恥ずかしくて足が震えてきてしまう。それでもこれから始まる初夜を失敗する訳にはいかない。この結婚にはモンフォール伯爵家の行く末が掛かっているのだから。
 小瓶からとろりとした液体を二本の指に取り、陰部に持っていく。エルザに言われた通り、何度か深呼吸をして息を吐いてから指を押し入れた。その感覚はなんとも形容詞しがたいものだった。痛いとも苦しいとも取れる異物感。自分の細い指でもこんなに嫌な感じがするというのに、あれだけ大きな物が入るのだろうか。
 閨教育としてベルトラン侯爵家の侍女長から受けた教育で見た男性器の張り型を思い出し、カトリーヌは恐ろしさですぐに指を抜いてしまった。呼吸が激しくなり、恐怖でカウチから足を下げてしゃがみ込む。それでも息を整えてもう一度小瓶からとろりとした液体と取ると、膣の中に運んでいった。それを二度、三度と繰り返し、最後の方には二本の指がすんなり入るようになっていた。膣がぬるりとした感覚に包まれている。カトリーヌは気持ち悪さに自然と足をゆるく開いたまま疲れのもありベッドで横になった。


 その後に起きた事は、あまり思い出したくない記憶となった。


 控えめに扉を叩く音がし、カトリーヌは飛び起きたと同時に下腹部に鈍い痛みを感じた。
 窓の外はすっかり明るくなっている。昨晩の出来事が夢だったと思いたかったが、下腹の痛みと足に走る筋肉痛。身体に残る違和感の全てが昨晩起きた事は現実だと告げていた。

――アルベルト様が出て行ったのも夢じゃなかったのね。

 朦朧とする意識の中で、部屋を出ていくアルベルトの背中を思い出していた。扉を開けたエルザが足早に近付いてくる。ベッドで半身を起き上がらせたカトリーヌを見て目を潤ませた。

「よく頑張られましたね。ご立派にお役目を果たされました」

 そう言ってそっと引き寄せられた温もりに、カトリーヌは声を上げて泣いた。





「やっぱりモンフォールを北上すると水害なんてなかったみたいだよな」

 同僚のグリは嘆きながら溜め息をついていた。カールはそれを聞きながら食堂で出された温かいシチューを一口頬張った。その後でパンを浸して口入れると久しぶりのまともな飯を食べられた喜びを感じていた。

「兄ちゃん達まさかモンフォールから脱出してきたのかい?」

 そう言いながら食堂のおばちゃんは気の毒そうにパンをもう一枚追加してくた。

「脱出じゃなくて、どこからどんな風に被害が出たのかを調査しに来たのさ」
「そりゃ大変だね。でもここらは本当に無事だったよ。もし堰が開いていたらここらも水浸しになっていたかもしれないって話してたくらいさ。この辺りでは少し低い土地だからね」
「開いていたらって水は放出されなかったのか? 普通川の水量が増えたら一箇所に水が流れないように調節するじゃないか。なあおばちゃん詳しく教えてくれないか?」

 昼を過ぎた食堂にはまばらな客しかいない。おばちゃんは空いている席に座ると、盆を抱えながら前のめりになった。

「なんでもあの雨が降り出した日、町の男達が堰を開けようと川に行ったけれど近づけなかったらしいんだよ」
「近づけなかったってどういう事だ?」
「よく分からないけれど、誰かに厳重に警備されていたって話さ。そいつらが言うには堰は開けたから家に帰るようにって言ってきたらしいよ。男達も不審に思ったらしいけど、武装していて異様な雰囲気だったからそのまま立ち去ったのさ」

 カールとグリは顔を見合わせると思わず息を止めた。

「誰が警備していたか分からなかったのか? どこかの領とか兵団とか、何か分かるようなマークみたいな物は? マークじゃなくても特徴は……」
「わ、私が見た訳じゃないから何も分からないよ!」

 おばちゃんは驚いて立ち上がってしまう。同僚はその腕を掴んでいた。手に押し込むように金を握らせた。

「困るよ、こんな事。食った分だけ払ってくれればいいからさ」
「そんな事よりも誰か顔を見た奴がいないか……」
「すまなかったなおばちゃん! それは騒いじまった迷惑料だと思って受け取ってくれ。さぁもう行くぞ」
「でもカール!」
「いいから行くぞ」

 食堂を出た瞬間、男達とぶつかった。

「おいお前達……」
「悪いな、急いでいるんだ!」

 カールは相手の顔も見ずに急ぎ足でグリの背を押すと走り出した。町の入り口に預けていた厩の少年にも多めに金を渡すと自分達で手早く馬を出し飛び乗った。

「おそらく食堂に居た誰かが人を誰かを呼びに行ったんだ」
「もしかしてあの町がグルってことか?」
「おばちゃんは知らなかったみたいだけど、あの水害が起きた日の事を探られたくない奴らがいるんだろうな」
「俺達は顔が割れちまったからここは別の者達に調査させよう。次の町で伝書を飛ばして俺達は先に進むぞ。でもこれで調査するべきものがはっきりしたな」

 さっきの男達はうまく撒けたらしい。カールは後ろを気にしながら後を付いてきている者達がいないかを確認し、馬の速度を落とした。
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