妹が子供を産んで消えました

ランチ

文字の大きさ
上 下
17 / 21

6ー3 動き出す陰謀③

しおりを挟む
 サンチェス領へと入る門の入り口には千を超える兵士が配備されていた。その指揮を取るのはアラン・シュヴァリエ・ベフトォン王太子。
 黙々と兵達がサンチェス領へと流れ込んでいく。それを迎え入れるサンチェス伯爵もまた鎧に身を包み、アランの前に馬から降り立った。
「賊が潜んでいると思われる山はここから半日もあれば着く所にあります。すでに我が領の私兵はその山に向かわせております」
「それではこのまま進軍を続ける! レティシア達の安否は分かったか?」
「何も分かっておりません。麓の町にも兵を送りましたが、荷を置いてすぐに出発したと申しておりました」
 アランは頷くと一気に馬を走らせた。サンチェス伯爵もすぐに騎乗しその後を追うと、大地に砂が舞った。

「ありゃありゃこれは本当に殲滅する勢いだな」
 見張り場所から外の様子を伺っていた男は急いで戻ると、そこには特に武装する訳でもなく、いつも通りの格好でミランダとレティシアと話をしているアンリがいた。
「頭、外はもう凄い兵の数ですよ。そろそろ出ますか?」
 レティシアは部屋に入ってきた男を見て頬を引き攣らせた。それは紛れもなくレティシア達を自分の家に引き込み、襲い、ここまで誘拐してきたであろう町の男だったからだ。
「本当に武装はしないので? 一応準備はしてあるんですよ?」
「それこそ戦う意思を見せたら奴らの思うつぼだろ。攻撃してきそうだったから先に攻撃した正当防衛だとな」
「でもあいつらはそんな事お構いなしのようにも見えますけどね」
「大丈夫だから心配するな。それよりもお前はこのお方に謝ったのか?」
 男はびくりと肩を跳ね上げてから、ゆっくりとレティシアを見た。
「その節は悪かったな。……悪かった、です」
 じろりと見たレティシアに、今度は深く頭を下げてきた。
「ほんっとうにすまなかった。力の加減が分からなくて、本当に申し訳ない!」
「……もういいわ。それに、あの町が困窮していたのは領主の娘としてお詫びしないといけないもの。ちゃんと目を向けられなくてごめんなさい」
 男は言葉を失ったまま立ち尽くしていた。
「本当に無意識にこういう事するんだからやんなっちゃう。良い子ちゃんのレティだものね」
 するとアンリは無造作にミランダの頭を引き寄せて口づけをした。年は離れているのに恋人同士のように見えるから不思議だ。驚いたミランダの顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。それを見ていたレティシアは、妹の幸せを感じると共に、胸の奥に苦しさを感じるのだった。
 ユリウスは自分の人生を先に進めている。きっとこれから王都はユリウスの結婚式の話で持ちきりになり、そのうちお子が出来たという話が耳に入ってくるのだろう。そう遠くない未来に起こりそうな事が頭の中を一気に駆け巡ってしまい、レティシアはとっさに目を瞑った。
「レティ、もしかしなくても、ユリウスとの結婚がなくなったのは私のせいよね?」
「そうよ」
ーー嘘をついてもしょうがない。ちょっとした意趣返しのつもりだったが、ミランダは表情を強張らせて俯いた。膝の上で固く握られている手をアンリが握っているのを見てしまうとどうしても苛立ちが先に来てしまう。それでもレティシアは深呼吸をすると、ミランダに微笑みかけた。
「それでも私の選んだ道だから後悔はしていないの」
「嘘よ! 私を憎んでいるでしょう?」
「憎んでなんかいないわ。エミリーを育てようと決めたのは私自身だもの。今ではエミリーと出会えた事に感謝しているの。エミリーを産んでくれてありがとう、ミランダ」
 気の強いミランダが涙を流している。それだけ、この二年の間ミランダも苦しい思いをしてきたのだろう。そう思うと、レティシアの胸も熱くなってしまった。

 勢いよく男達が流れ込んでくると、息を切らしてアンリの前に飛び込んできた。
「洞窟内に敵が侵入しました!」
「兵士か?」
「それがまだ分かりません。少数のようにも思いますがすばしっこくて」
「俺も行くからミランダ達は念の為奥の部屋に隠れていろ」
 ミランダとフランと共に奥の寝室へと入って内側から鍵を掛ける。心臓が早鐘のように鳴り、心に思うのはエミリーのことばかりだった。もしここで自分になにかあればエミリーはどうなるのだろう。
「……絶対に死ねない。絶対に家に帰るのよ」
 呟きながらフランの手を強く握りしめた。二人の姿を後ろから見ながら、ミランダはそっと拳を握り締めた。

 扉が激しく叩かれる。その瞬間、ミランダはレティシア達の腕を引いて後ろに隠した。
「アンリ様はここの鍵を持っているの。だからアンリ様ではないわ」
 一気に緊張が増す。激しく叩かれた扉が静かになった次の瞬間、体当たりされた扉には大きな亀裂が入った。衝撃は二度、三度続き、やがて割れて男達が流れ込んできた。
「ここにいたぞ! 早く来い!」
 入ってきたのは王城の兵士達だった。しかしレティシアを見ても乱暴な様子が変わる事はない。腕を掴まれた瞬間、痛みのあまり声が出た。
「痛っ」
 それでもお構いなしに部屋の中から引きずり出されていく。同じようにミランダとフランも奥の部屋から出されてると、兵士達に囲まれてしまった。
「ちょっとくらいいいよな? どうせ誰も見ていないんだから。顔も隠しているし、いいよな?」
 兵士達は興奮しているのか落ち着きのない様子で、すぐさま自らの下半身だけ服を脱ごうとしている。何をしようとしているのかが分かりレティシア達は悲鳴を上げた。その瞬間、勢いよく振られた腕が頭にあたり、そのまま床を擦った。
「ご令嬢がそんな大声を上げるもんじゃあないな、っと」
 倒れている身体に伸し掛かるように兵士が跨ってくる。レティシアは止められているミランダ達を見ながら頭に思い浮かんだ人の名を呼んでいた。
「ユリウスーー!」
 急に上にあった重みが消える。這うようにその場から逃れようともがいた手が掴まれた。
「いや、離して! ユリウス!」
「ここにいるよ、レティ!」
 はっとして息が止まる。恐ろしくて見れていなかった上を見えると、心配そうに覗いてくるユリウスの姿があった。
「……ユリウス? これは幻?」
 掴まれていた手をそっとユリウスの頬に持っていかれる。冷たいその頬に触れた瞬間、レティシアはその場で泣き出した。
「すまなかった、もう少し早く来ていればこんなに怖い思いをさせずに済んだのに!」
 きつく抱き締められた身体を預けてレティシアは広い胸にしがみついた。横で兵士の呻く声が聞こえてくる。ユリウスの腕の隙間から覗き見ると、ユリウスが片手で持つ剣先で器用に兜を剥ぎ取っていた。兜の中から出てきたのは、まだ成人もしていないような少年が、顔を真っ青にしてブルブルと震えていた。
「捕らえたのか?」
 どかどかと入ってきたのはアラン王太子と騎士達だった。部屋の中の状況を見て溜息をつくと、倒れている兵士を捕らえるように指示を出していく。すぐに騎士が走ってきてアランの横についた。
「逃亡した兵士も捕らえました。こいつらの他にはもういないようです」
「混乱に乗じて肝試しでもしに来たか」
「そ、そうなんですよ! ちょっとした悪ふざけなんですから、もういいですよね?」
 その瞬間、アランは剣をその足の間に突き立てた。びくりと身体を跳ねさせた男の股間からはじんわりとシミが広がっていく。
「その肝試しのせいで家を潰す事になるとは、浅はかだったな」
「家が潰れる?」
 理解できていない男達はがたがたと震えながら、ただアランを見上げていた。
「次代の国を支える役割を担う貴族の子息達が規律を乱し、更には女性を傷つけようとしたんだ。お前らの父には、子の尻拭いをさせなくてはな」
 言葉を話す気も、動く気力も失った者達が引き摺られるように連れて行かれる。アランはこちらが怯えないように膝をつくと、申し訳なさそうに視線を下げた。
「すまなかった、女性に恐ろしい思いをさせてしまったのは私の落ち度だ。ユリウスがもっと早くに辿り着いていればこんな事にはならなかったのに」
「は? 互い様だろ? そっちこそなぜこんなに遅かったんだ!」
「仕方なかったんだ。私の方からはここまで距離があったんだよ」
「ふっ」
 思わず出た笑みに二人の視線が一気にこちらに向く。レティシアは慌てて口元の緩みを引き締めた。
「すみません。つい、お変わりなく仲がよろしいと思ってしまって」
 その言葉に微笑むアランと、気まずそうに視線を逸らす対照的な二人を見ながら部屋を後にした。

 アランを先頭に出口に歩き出す。ユリウスは無言のままレティシアの手を離さずに暗い通路を歩き続けた。手に心臓があるように意識してしまう。レティシアは思い切って握っている手に少しだけ力を入れた。
「ユリウス、どうしてここに来たの?」
「君がいなくなったと慌てて使用人達が屋敷に帰ってきたと、屋敷を見張らせていた部下から連絡が入った時は生きた心地がしなかったよ。サンチェス伯爵も私兵を連れ、相手は王弟殿下だと分かった上で陛下と共にここへ来ているんだ。君を助ける為に」
「でもそれじゃあ陛下の思うツボだわ! アンリ様達は盗賊という事にされて討たれてしまう! ここには沢山の人達も住んでいるのよ!」
「だからアラン様と私も来たんだ。ほら、出口だよ」

 洞窟を抜けた先には沢山の兵士が集まっていた。対峙しているのは国王陛下と、盗賊扱いされている王弟殿下。緊迫する状況に、レティシアは無意識のままユリウスの手を強く握りしめていた。
「ようやく出てきたか。相変わらずちょろちょろとねずみのような奴だな」
 崖の上にはアンリが一人で立っている。まるで用意された舞台のように、突き出た一枚岩の上に立っているアンリと国王の間には崖があった。
「お久しぶりです兄上。それとも陛下とお呼びした方がよろしいですか?」
「お前はまるで亡霊だな。ずっと私の後をお回してくる。亡霊は亡霊らしく消え去らねばならん!」
 兵達が矢を引く。その時、飛び出したアランが叫んだ。
「陛下! お待ち下さい!」
 三つ巴のようになった三者は、互いに見合いながら次の言葉を探り合っているようだった。
「アランお前、ユリウスも連れてきたのか」
 剣を持った国王の手に力が入る。アランは発言を促すようにユリウスを見てから頷いた。
「アンリ殿下にお伺い致します。アンリ殿下は王位を望まれますか?」
「……望まない。俺はずっとそう言い続けてきた。それこそ王城で軟禁されている時からずっとだ」
「左様でございますか。それでは陛下にお願い申し上げます。どうかこのまま兵を引いて王都にお戻りいただけませんか?」
「その厄災をそのままにしておける訳がないだろう! そいつがいる限りアランの御世は脅かされてしまう。第一貴族の誘拐は大罪なのだぞ。見逃せるはずがない!」
「私は誘拐などされておりません」
 レティシアはユリウスの手を強く握りながら隣りに並んだ。
「私はここに妹のミランダがいると知り、内密に会いに来ただけです。それがどうやら行き違いがあったようで誘拐などと大事になってしまい申し訳ございませんでした」
「ミランダだと?!」
 父親が声を荒げてこちらを見る。後ろの洞窟から出てきたミランダは強い眼差しでその姿を見返していた。
「お前、生きていたのか」
「はいお父様」
「詫びの言葉もないのか」
「お詫びの言葉があるのならお聞きいたします。受け入れられるかは分かりませんが」
 歯を食い縛る父親はしばらくミランダを見つめた後、背を向けた。その直後、国王の声が空気を割った。
「構えよ!」
「ルナール王国の王妃様がアンリ様をお探しされております!」
 ユリウスの叫んだ言葉に国王の手が僅かに動く。それを合図と勘違いした兵士が数人、矢を放ってしまった。
「……っぐ」
 一本の矢がアンリの肩に命中し、アンリはそのまま崖の下へと落ちていってしまった。
「アンリ様!」
 ミランダが慌てて斜面を駆け下りていく。とっさにレティシアもその後を追った。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

前世の因縁は断ち切ります~二度目の人生は幸せに~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:117,662pt お気に入り:5,352

【完結】予定調和の婚約破棄~コリデュア滅亡物語~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:124

分厚いメガネを外した令嬢は美人?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:255pt お気に入り:1,460

ぼくの太陽

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:22

天下一を誇る貴族学園に入学したいと願う平民は、最強の黒鬼でした

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:36

モブなのに巻き込まれています ~王子の胃袋を掴んだらしい~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:333pt お気に入り:14,243

開国横浜・弁天堂奇譚

歴史・時代 / 連載中 24h.ポイント:627pt お気に入り:4

処理中です...