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4ー2 心の葛藤
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王太子の執務室では、気まずい沈黙が続いていた。
サンチェス領から戻ってきたユリウスは今までにも増して黙々と仕事をこなし、イヴの仕事まで手を付けそうになった所でさすがにアランが声を掛けた。
「ユリウス、少し休憩しろ」
しかしその声も聞こえてはいない。すると、イヴは書類の上に手を置いて止めた。
「王太子殿下からの問いかけを無視するとはいい度胸だね」
にこりと笑ってはいるがそれが笑っているとは思わないユリウスは、はたと手を止めた。
「何も聞こえていなかった、すまない」
「少し休憩しようと言ったんだよ。お茶の時間にしよう。皆も少し休んでくれ」
メイドが入れた紅茶を飲みながらソファに移動した三人の中で、アランとイヴは互いに目配せをしながら、やがてアランが口を開いた。
「それで、愛しの婚約者とは喧嘩をしてきたのかな?」
ユリウスからの返事はない。イヴは溜息をつくとアランの言葉に続けるように言った。
「サンチェス邸での話はアラン様にはしているんだよ。だって君はすぐにサンチェス領に行ってしまったから、仕方ないだろう?」
紅茶にも手を付けず、返事もしないユリウスは明らかに異常だった。何を聞かれても話す気はないという意思表示のように、じっと机の一点を見つめていた。
「それじゃあ、陛下がユリウスの新たな婚約者を選定したというのは本当なのかな?」
それに驚いたのはユリウスだけでなく、イヴもだった。
「ユリウス! 本当なのか?」
慌てて立ったイヴの膝が机に当たる。その時初めてユリウスが顔を上げた。
「レティシアには子供がいた」
「「……」」
二人共、言葉を失ったままユリウスを見つめた。
「聞きたかったんだろ? レティは俺に黙って他の男の子供を産んでいたんだよ」
「そんな馬鹿な……」
アランは背もたれに倒れた。イヴも固まったまま動かない。そんな二人を見てユリウスは自嘲気味に笑った。
「二歳だったよ。レティをお母様と呼んでいたんだ。レティによく似た髪色に、顔だった」
「相手は、父親は誰だ?」
「知らん。聞いても答えなかった」
「二歳という事は、まだレティシアが王都に居た頃だな。調べれば相手が分かるかもしれないな」
イヴはぶつぶつと思案し出した所で、アランがイヴの膝を叩いて首を振った。
「それでお前はどうしたいんだ?」
「どうって……」
「このままレティシアと婚約を解消するのかと聞いているんだ」
「他の男の子を産んだ女を娶れと?」
怒りを顕にするユリウスに、アランは続けた。
「だからお前はどうしたいかと聞いているんだよ。婚約中に妊娠するなど、フランドル家を裏切ったも同然だし、然るべき罰を与える事も出来る。相手の男を見つけてその者を罰する事も出来るし、事を荒立てない事も出来る。私はいつでもお前の味方だから協力すると言っているんだ」
「俺は……」
ユリウスの目に涙が溜まっていく。
「俺はレティと結婚したかったんだ。本当に、本当に……」
「子供を引き離して妻にするか?」
「それでも私を裏切った事実も、子供がいる事実も変わらない。もうレティの事はいいんだ」
イヴは確かめるようにユリウスに近付いた。
「罰は与えないと? お前はそれでいいのか?」
ユリウスは返事をせずに部屋を出ていった。
「アレン様はどう思います? 今の話」
イヴはぬるくなった紅茶を飲みながら、深い溜息をついた。
「まさかレティシア嬢がそんな女性だったとは思えないのですが」
「私も同意見だよ。少し調べてみる必要がありそうだな」
「でも、もし本当にレティシア嬢がユリウスを裏切っていたら?」
「その時はそれ相応の罰を受けてもらう。友人を傷つけた罰だよ」
イヴはごくりと息を飲むと、頷いた。
サンチェス領から戻ってきたユリウスは今までにも増して黙々と仕事をこなし、イヴの仕事まで手を付けそうになった所でさすがにアランが声を掛けた。
「ユリウス、少し休憩しろ」
しかしその声も聞こえてはいない。すると、イヴは書類の上に手を置いて止めた。
「王太子殿下からの問いかけを無視するとはいい度胸だね」
にこりと笑ってはいるがそれが笑っているとは思わないユリウスは、はたと手を止めた。
「何も聞こえていなかった、すまない」
「少し休憩しようと言ったんだよ。お茶の時間にしよう。皆も少し休んでくれ」
メイドが入れた紅茶を飲みながらソファに移動した三人の中で、アランとイヴは互いに目配せをしながら、やがてアランが口を開いた。
「それで、愛しの婚約者とは喧嘩をしてきたのかな?」
ユリウスからの返事はない。イヴは溜息をつくとアランの言葉に続けるように言った。
「サンチェス邸での話はアラン様にはしているんだよ。だって君はすぐにサンチェス領に行ってしまったから、仕方ないだろう?」
紅茶にも手を付けず、返事もしないユリウスは明らかに異常だった。何を聞かれても話す気はないという意思表示のように、じっと机の一点を見つめていた。
「それじゃあ、陛下がユリウスの新たな婚約者を選定したというのは本当なのかな?」
それに驚いたのはユリウスだけでなく、イヴもだった。
「ユリウス! 本当なのか?」
慌てて立ったイヴの膝が机に当たる。その時初めてユリウスが顔を上げた。
「レティシアには子供がいた」
「「……」」
二人共、言葉を失ったままユリウスを見つめた。
「聞きたかったんだろ? レティは俺に黙って他の男の子供を産んでいたんだよ」
「そんな馬鹿な……」
アランは背もたれに倒れた。イヴも固まったまま動かない。そんな二人を見てユリウスは自嘲気味に笑った。
「二歳だったよ。レティをお母様と呼んでいたんだ。レティによく似た髪色に、顔だった」
「相手は、父親は誰だ?」
「知らん。聞いても答えなかった」
「二歳という事は、まだレティシアが王都に居た頃だな。調べれば相手が分かるかもしれないな」
イヴはぶつぶつと思案し出した所で、アランがイヴの膝を叩いて首を振った。
「それでお前はどうしたいんだ?」
「どうって……」
「このままレティシアと婚約を解消するのかと聞いているんだ」
「他の男の子を産んだ女を娶れと?」
怒りを顕にするユリウスに、アランは続けた。
「だからお前はどうしたいかと聞いているんだよ。婚約中に妊娠するなど、フランドル家を裏切ったも同然だし、然るべき罰を与える事も出来る。相手の男を見つけてその者を罰する事も出来るし、事を荒立てない事も出来る。私はいつでもお前の味方だから協力すると言っているんだ」
「俺は……」
ユリウスの目に涙が溜まっていく。
「俺はレティと結婚したかったんだ。本当に、本当に……」
「子供を引き離して妻にするか?」
「それでも私を裏切った事実も、子供がいる事実も変わらない。もうレティの事はいいんだ」
イヴは確かめるようにユリウスに近付いた。
「罰は与えないと? お前はそれでいいのか?」
ユリウスは返事をせずに部屋を出ていった。
「アレン様はどう思います? 今の話」
イヴはぬるくなった紅茶を飲みながら、深い溜息をついた。
「まさかレティシア嬢がそんな女性だったとは思えないのですが」
「私も同意見だよ。少し調べてみる必要がありそうだな」
「でも、もし本当にレティシア嬢がユリウスを裏切っていたら?」
「その時はそれ相応の罰を受けてもらう。友人を傷つけた罰だよ」
イヴはごくりと息を飲むと、頷いた。
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