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本編2
モブ令嬢と第二王子は出奔する5
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私はトラウザーズを身に着けて雪の中を走っていた。手はかじかんで足は寒さと疲れで感覚を失いつつある。
「姫様! もう少しで十周目ですよ!」
「姫様! 頑張ってぇ!」
並走するメイド二人が私に檄を飛ばす。二人はどうしてスカートで雪の積もる中を走れるんだろうか。その足取りは実に軽やかである。
――どうしてこうなったのか、は少し前に遡る。
「護身術を、教えてください! 剣術でも、体術でもいいんですけど!」
「「はぁ?」」
私の言葉にメイド二人はぽかんとした表情になった。メイドは世を忍ぶ仮の姿。シャルル王子の『影』のお二人である。
腰までの黒髪が美しい狐目のスレンダー美女がコレットさん。ふわりとした金髪を肩で切り揃えた少しぽっちゃりでロリフェイスな美少女がドロシアさんだ。
お二人は廊下の掃除をしていた手を止めて私をじっと見つめた。二人のタイプが違う美女に見つめられ、私は少しドキドキしてしまう。
フィリップ王子からお聞きした『暗殺計画』について私は思案した。そして思ったのだ。一人で暗殺者に遭遇したら確実に死ぬ、と。だから我が身を守るために鍛えねば、と。
ちなみに現在フィリップ王子はシャルル王子と兄弟水入らずでお話をされている。今日はこの屋敷に泊まり、明日朝に出立されるそうだ。推しと一つ屋根の下なんて緊張するなぁ……。
「えっとぉ……。姫様が戦わなくても私たちがお守りしますよぉ?」
首を傾げながらそう言うのはドロシアさんだ。ぽてりとしたピンクの唇から漏れる声は少し高めの甘い音で、聞いていると蕩けそうになる。
「そうですよ、姫様。姫様は遠慮なく守られてくださいませ」
今度はコレットさんが見た目通りのハスキーな声で言った。女子高だと絶対『お姉様』って慕われるタイプだと思う。
二人は私のことを『姫様』と呼ぶ。そんな性に合わない呼び名は止めて欲しいと何度も言ったのだけれど、止めてくれずに今に至るのだ。
「で、でも! もしかするとトイレや入浴で一人の時に襲われるかもしれませんし!」
「……姫様のご入浴は、いつもシャルル王子とですよねぇ」
ドロシアさんの言葉に私は思わず赤面した。そうなのだ。シャルル王子はいつも一緒にお風呂に入りたがる。頭を洗ってあげるとすごく喜ぶんだよね。その姿が可愛いな~と思っているとあっという間に押し倒されてしまうんだけど。
「概ねシャルル王子と寝台にいらっしゃいますし、一人になることはそんなにないんじゃないですか?」
それもそうなのだけど。私の日々はシャルル王子の寝台でえっちなことをするか、二人のメイドさんの家事のお手伝いをするか……その二択で過ぎていくので一人になる機会というのが実はほとんどない。
……シャルル王子はお盛んすぎなんじゃないかなぁ。これが若さというやつなんだろうか。いや、私も若いんだけど。
「と、とにかく! 身を守れる力が欲しいんです! いざという時に黙って殺されるのは、私嫌なんですよ!」
私の言葉にメイド二人は顔を見合わせた。
「姫様は運動神経は良さそうですし。簡単なものなら教えるのもありかもしれませんねぇ。なにかあった時に私たちが駆けつけるまでの時間稼ぎにはなるかも?」
「……ドロシアがそう言うなら、やってみますか。ただお怪我をしないように気をつけないと」
「そぉねぇ。お怪我をさせたらシャルル王子に私たちが殺されかねないわねぇ」
二人はそう言って頷き合う。
「殺されかねないって、大げさですよ」
「「いいえ、殺されます!!」」
メイド二人は声を揃えて叫んだ後、首を傾げる私になんだか鬼気迫る表情を向けた。美女二人にそんな顔で迫られると、ものすごく怖い。
「じゃ、じゃあ怪我をしない程度のご指導ご鞭撻をお願いいたします……」
私が小さくなる声でそう言うと二人はうんうんと頷いた。
そうして私の訓練は始まったのだけれど……。
二人は指導に入ると熱が入るタイプらしかった。スパルタである。ものすごくスパルタである。
「ちょっ……、きゅ……休憩は!?」
「姫様! まだ訓練は始まったばかりですよ!」
ぷるぷると震える手で訓練用の木剣を振る私にコレットさんは容赦ない檄を飛ばす。
「素振りはまだ百回しかやってませんよぉ。あと二百回はしていただかないと」
ドロシアさんもそう言いながらにこりと愛らしい笑みを浮かべる。鬼だ、鬼が二匹いる! あと二百回も木剣を振ったら明日は筋肉痛で動けなくなってしまうだろう。
「姫様、足が震えていますね。足腰を鍛えるために素振りが終わったら屋敷の周囲を走りましょうか。十周くらい」
素振りをしながらずっと足を踏み出しているので、足が震えるのは仕方がないと思うんだけど。というか……。
「屋敷の周囲を走るって……雪、降ってるんですけど!」
そう。現在外は絶賛降雪中である。数センチ先が見えないほどではないけれど、結構な吹雪だ。
「良かったですね! 足に負荷がかかって効率よく鍛えられますよ!」
ああ……コレットさんの笑顔が眩しい。ドロシアさんも横で頷いている。この二人は私をソルジャーに育てるつもりなんだろうか。
……うん。こうなったらとことんやってやる。
自分の命を守るためなのだ。なんでもやろう! そう決意した私は足を踏み出し木剣を勢いよく振ったのだった。
そして、冒頭に至るわけである。
「はっ……はひっ……」
ずぼずぼと足が雪に埋まる。それを必死に引き抜いて目前に見えるゴールである玄関を目指す。こんな状況で屋敷の周囲を十周もできる私は令嬢にしては体力がある方だと思う。このまま鍛えれば本当に立派なソルジャーになれるかもしれない。
そんな誇らしい気持ちで玄関に駆け込んだ私を待っていたのは……。
「アリエル……なにをしてるんだ」
仁王立ちで怒りをあらわにしている、シャルル王子だった。
「姫様! もう少しで十周目ですよ!」
「姫様! 頑張ってぇ!」
並走するメイド二人が私に檄を飛ばす。二人はどうしてスカートで雪の積もる中を走れるんだろうか。その足取りは実に軽やかである。
――どうしてこうなったのか、は少し前に遡る。
「護身術を、教えてください! 剣術でも、体術でもいいんですけど!」
「「はぁ?」」
私の言葉にメイド二人はぽかんとした表情になった。メイドは世を忍ぶ仮の姿。シャルル王子の『影』のお二人である。
腰までの黒髪が美しい狐目のスレンダー美女がコレットさん。ふわりとした金髪を肩で切り揃えた少しぽっちゃりでロリフェイスな美少女がドロシアさんだ。
お二人は廊下の掃除をしていた手を止めて私をじっと見つめた。二人のタイプが違う美女に見つめられ、私は少しドキドキしてしまう。
フィリップ王子からお聞きした『暗殺計画』について私は思案した。そして思ったのだ。一人で暗殺者に遭遇したら確実に死ぬ、と。だから我が身を守るために鍛えねば、と。
ちなみに現在フィリップ王子はシャルル王子と兄弟水入らずでお話をされている。今日はこの屋敷に泊まり、明日朝に出立されるそうだ。推しと一つ屋根の下なんて緊張するなぁ……。
「えっとぉ……。姫様が戦わなくても私たちがお守りしますよぉ?」
首を傾げながらそう言うのはドロシアさんだ。ぽてりとしたピンクの唇から漏れる声は少し高めの甘い音で、聞いていると蕩けそうになる。
「そうですよ、姫様。姫様は遠慮なく守られてくださいませ」
今度はコレットさんが見た目通りのハスキーな声で言った。女子高だと絶対『お姉様』って慕われるタイプだと思う。
二人は私のことを『姫様』と呼ぶ。そんな性に合わない呼び名は止めて欲しいと何度も言ったのだけれど、止めてくれずに今に至るのだ。
「で、でも! もしかするとトイレや入浴で一人の時に襲われるかもしれませんし!」
「……姫様のご入浴は、いつもシャルル王子とですよねぇ」
ドロシアさんの言葉に私は思わず赤面した。そうなのだ。シャルル王子はいつも一緒にお風呂に入りたがる。頭を洗ってあげるとすごく喜ぶんだよね。その姿が可愛いな~と思っているとあっという間に押し倒されてしまうんだけど。
「概ねシャルル王子と寝台にいらっしゃいますし、一人になることはそんなにないんじゃないですか?」
それもそうなのだけど。私の日々はシャルル王子の寝台でえっちなことをするか、二人のメイドさんの家事のお手伝いをするか……その二択で過ぎていくので一人になる機会というのが実はほとんどない。
……シャルル王子はお盛んすぎなんじゃないかなぁ。これが若さというやつなんだろうか。いや、私も若いんだけど。
「と、とにかく! 身を守れる力が欲しいんです! いざという時に黙って殺されるのは、私嫌なんですよ!」
私の言葉にメイド二人は顔を見合わせた。
「姫様は運動神経は良さそうですし。簡単なものなら教えるのもありかもしれませんねぇ。なにかあった時に私たちが駆けつけるまでの時間稼ぎにはなるかも?」
「……ドロシアがそう言うなら、やってみますか。ただお怪我をしないように気をつけないと」
「そぉねぇ。お怪我をさせたらシャルル王子に私たちが殺されかねないわねぇ」
二人はそう言って頷き合う。
「殺されかねないって、大げさですよ」
「「いいえ、殺されます!!」」
メイド二人は声を揃えて叫んだ後、首を傾げる私になんだか鬼気迫る表情を向けた。美女二人にそんな顔で迫られると、ものすごく怖い。
「じゃ、じゃあ怪我をしない程度のご指導ご鞭撻をお願いいたします……」
私が小さくなる声でそう言うと二人はうんうんと頷いた。
そうして私の訓練は始まったのだけれど……。
二人は指導に入ると熱が入るタイプらしかった。スパルタである。ものすごくスパルタである。
「ちょっ……、きゅ……休憩は!?」
「姫様! まだ訓練は始まったばかりですよ!」
ぷるぷると震える手で訓練用の木剣を振る私にコレットさんは容赦ない檄を飛ばす。
「素振りはまだ百回しかやってませんよぉ。あと二百回はしていただかないと」
ドロシアさんもそう言いながらにこりと愛らしい笑みを浮かべる。鬼だ、鬼が二匹いる! あと二百回も木剣を振ったら明日は筋肉痛で動けなくなってしまうだろう。
「姫様、足が震えていますね。足腰を鍛えるために素振りが終わったら屋敷の周囲を走りましょうか。十周くらい」
素振りをしながらずっと足を踏み出しているので、足が震えるのは仕方がないと思うんだけど。というか……。
「屋敷の周囲を走るって……雪、降ってるんですけど!」
そう。現在外は絶賛降雪中である。数センチ先が見えないほどではないけれど、結構な吹雪だ。
「良かったですね! 足に負荷がかかって効率よく鍛えられますよ!」
ああ……コレットさんの笑顔が眩しい。ドロシアさんも横で頷いている。この二人は私をソルジャーに育てるつもりなんだろうか。
……うん。こうなったらとことんやってやる。
自分の命を守るためなのだ。なんでもやろう! そう決意した私は足を踏み出し木剣を勢いよく振ったのだった。
そして、冒頭に至るわけである。
「はっ……はひっ……」
ずぼずぼと足が雪に埋まる。それを必死に引き抜いて目前に見えるゴールである玄関を目指す。こんな状況で屋敷の周囲を十周もできる私は令嬢にしては体力がある方だと思う。このまま鍛えれば本当に立派なソルジャーになれるかもしれない。
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