この世界が終わるまで 勇者の僕は恋をする

すなぎ もりこ

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魔王と勇者の蜜月

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 濡れた髪を布でワシワシと拭きながら、僕はベッドに腰掛けた。じっとしていると余計な妄想に取り憑かれそうで、むきになって手を動かす。
 さすがに腕が痛くなってきたので仕方なく布から手を離した。少し伸びた髪を触れば、それはほぼ乾いているようである。
 やる事がなくなった僕は大きすぎるベッドを振り返り、大きく息を吐く。
 それでもドコドコ鳴る鼓動は収まらず、それどころか更に激しくなった気さえした。

 そう、今夜は魔王のお渡りがある日。

 つまり、セルジュと僕は、これから情交をするのである。
 あの日、婚姻契約書にサインした僕は、魔王の番として魔国に迎え入れられた。ズーガリアには帰らぬまま、ここに永住することになったのである。

 まさか、こんなことになろうとは。
 今でも都合の良い夢を見ているようだ。
 僕は期待と不安で膨れ上がった感情を持て余した。顔を覆い、子供のように足をばたつかせる。そうやってひとしきり身悶えした後に今度は放心し、ベッドへと仰向けに倒れた。
 蔦模様が描かれた天井を見上げながら、僕は、つい先日交わしたバーノンとの会話を思い出していた。

◇◇◇
 
「まさか僕が君に指南する日が来るとはね」
 すっかり魔国生活に馴染んでしまったバーノンは、指先で髪を弄びながら口を尖らせた。
「勇者が魔王の妃になるなんて誰も予想しなかった結末だよねぇ。教会堂の屋根の上で逢瀬を繰り返していたんだって? よくバレなかったものだよなぁ」
「……騙していて悪かった、とは思う」
「まったくだよ。君の筆おろしは僕がやりたかったのにさ。それに、まさか受けだなんて! 予想外もいいとこ」
「それはあんたが勝手に決めつけていただけだろう」
「まあ、相手があの魔王様じゃ納得するしかないけどさ」
 バーノンは頬に手を当ててうっとりした表情をする。
「瀕死の君を抱きしめてわんわん泣く魔王様の姿は感動的だったよ。あんな様子を見ちゃったらさ、諦めざるを得ないよね。僕ったら、思わずもらい泣きしちゃったもの。ものすごく大切に思われてるんだねぇ、羨ましいよ」
 僕は口元が緩まないように上唇を噛んだ。珍しいものでも見るような目を向けるバーノンから顔を背け、もごもごと話した。
「そんなのはいいから早く教えてくれ。手短に」
「せっかちだなぁ」
 バーノンは後ろを振り返り、携えてきた籠の中をごそごそと探る。
「魔王様はアッチも大きそうだからちゃんと時間をかけて解さなきゃだめだよ。愛用の潤滑液を分けてあげるから、これを塗ってまずは指一本から始めてみて」
 バーノンはガラスのボトルを僕に手渡した。
「これもズーガリアからの輸入品目に入れてもらったんだ。僕にとっちゃ必需品だから。こっちのはちょっと水っぽいし匂いがきついんだ。いずれはこっちでも開発したいと思っているんだけどね」
 どうやらこの男は、魔国でも不埒な生活を満喫しているらしい。僕の思ったことが伝わったのか、バーノンは肩を竦めた。
「誤解のないように言っておくけど、魔族の恋人ができたんだ。すごく相性がいいんだよ。だから、彼以外とはヤッてない」
「驚いたな。色情魔は返上したのか」
「性欲は強いよ、相変わらず。でも、彼はそれを上回る絶倫だから他にいこうと思わないというか」
 バーノンは指で頬を掻くと、えへへと笑う。彼のふやけた表情を見て、僕の頬も緩む。
 思い返せば、彼はとてもよくやってくれた。僕を信じてくれたし、命を助けるために骨を折ってくれた。正直言って彼に期待はしていなかった。てっきり、さっさと逃げ出すものと思っていたのだ。
 バーノンは魔国の薬師たちに混ざり、薬品開発に奮闘しているらしい。生き甲斐も、満たしてくれる恋人も見つかって良かったと心から思う。
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