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㊾
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ドワーフ公爵は応接室の椅子に浅く腰掛けていた。肘置きに両手を乗せ背筋を伸ばしている。白いものが混じる頭髪は後ろに撫でつけられ、神経質そうな細面の顔に、同じく細長く整えられた口ひげが乗っていた。
グリンバルドはにこやかにほほ笑み、向かいの椅子に腰を下ろす。
「お待たせして申し訳ございません。閣下」
「構わない。急に押し掛けたのはこちらなのだから」
公爵はちらりと視線を向けたが直ぐに逸らした。人差し指が落ち着きなく肘置きの布を掻いている。
「それで、本日はどういったご用向きで?」
組んだ膝の上で指を重ね合わせ、グリンバルドは優雅に訊ねた。
公爵は口元に拳を当て咳払いをする。そして、高貴な人物としては些か威厳に掛けるか細い声で、ぼそぼそと話し出した。
「卿は娘たちと会ったと聞いたが、どのようなことを話したのか」
「弟が幾度となくお屋敷にお邪魔をしお世話になっておりましたので、ご挨拶を申し上げただけです」
公爵はピクリと頬を痙攣させる。
「ご安心を。不埒な遊びはしていないようです。弟のスノウは公の場にはあまり出ないとはいえ、紳士教育はしっかりと受けております。婚姻前の女性相手に非礼なふるまいはいたしません」
「スノウ……卿の弟はスノウというのか。もしかして、『白雪姫』か? 男でありながら姫と見まごうほどの美貌を持つという、あの……」
「その通称はご遠慮ください。弟がたいそう嫌っておりますので」
公爵はグリンバルドの言葉など耳に入っていないかのように呟いた。
「あの『白雪姫』が、何度も娘たちと接触していたというのか……」
みるみる青ざめ唇を震わせる公爵に、グリンバルドはそ知らぬふりでほほ笑む。
「ええ。とてもよくしていただいていたと聞いております。けれど、残念ですが、弟はもうお屋敷におうかがいすることはないでしょう。少々恐ろしい目にあったようですので」
公爵はグリンバルドの顔を凝視した。グリンバルドは顎を上げ、格上の相手を見下ろす。
「蜜蝋小屋で変なものを見たと申しておりました。気味が悪いのでもう行きたくないと。どうやら、ご酒をご馳走になった後に悪酔いしてしまったようです。幻覚でも見たのでしょう」
「へ、変なものとはいったい……」
グリンバルドは首を傾げてみせた。
「さあ? ともかくたいそう怯えていましたからよほど怖かったのでしょう。偶然にも私が訪れたから良かったものの、もし恐怖のあまり夜の森に飛び出していたならば、狼にでも襲われていたやもしれません」
漆黒の片目を細めながら淡々と、しかし、ほのかに敵意を滲ませていく。
「弟の身に何かあっては取り返しがつきません。公爵家には遥か及びませんが、当家も領土を抱える貴族であり、弟は大切な跡取りですので」
「弟君は、今どうしているのだ」
「疲れたのか寝込んでしまいました。まるで薬を盛られたかのように深く眠っております」
「そ、そうか」
「おや、そんなに汗をおかきになってどうされました? そういえば今日は少し気温が高い。窓を開けましょう」
グリンバルドは立ち上がった。窓辺にすたすたと寄り、出窓の留め金を外して開け放す。少し冷えた風が吹き込み、左目を覆う前髪を揺らした。グリンバルドはそのまま、背後にいるであろう公爵に話しかける。
グリンバルドはにこやかにほほ笑み、向かいの椅子に腰を下ろす。
「お待たせして申し訳ございません。閣下」
「構わない。急に押し掛けたのはこちらなのだから」
公爵はちらりと視線を向けたが直ぐに逸らした。人差し指が落ち着きなく肘置きの布を掻いている。
「それで、本日はどういったご用向きで?」
組んだ膝の上で指を重ね合わせ、グリンバルドは優雅に訊ねた。
公爵は口元に拳を当て咳払いをする。そして、高貴な人物としては些か威厳に掛けるか細い声で、ぼそぼそと話し出した。
「卿は娘たちと会ったと聞いたが、どのようなことを話したのか」
「弟が幾度となくお屋敷にお邪魔をしお世話になっておりましたので、ご挨拶を申し上げただけです」
公爵はピクリと頬を痙攣させる。
「ご安心を。不埒な遊びはしていないようです。弟のスノウは公の場にはあまり出ないとはいえ、紳士教育はしっかりと受けております。婚姻前の女性相手に非礼なふるまいはいたしません」
「スノウ……卿の弟はスノウというのか。もしかして、『白雪姫』か? 男でありながら姫と見まごうほどの美貌を持つという、あの……」
「その通称はご遠慮ください。弟がたいそう嫌っておりますので」
公爵はグリンバルドの言葉など耳に入っていないかのように呟いた。
「あの『白雪姫』が、何度も娘たちと接触していたというのか……」
みるみる青ざめ唇を震わせる公爵に、グリンバルドはそ知らぬふりでほほ笑む。
「ええ。とてもよくしていただいていたと聞いております。けれど、残念ですが、弟はもうお屋敷におうかがいすることはないでしょう。少々恐ろしい目にあったようですので」
公爵はグリンバルドの顔を凝視した。グリンバルドは顎を上げ、格上の相手を見下ろす。
「蜜蝋小屋で変なものを見たと申しておりました。気味が悪いのでもう行きたくないと。どうやら、ご酒をご馳走になった後に悪酔いしてしまったようです。幻覚でも見たのでしょう」
「へ、変なものとはいったい……」
グリンバルドは首を傾げてみせた。
「さあ? ともかくたいそう怯えていましたからよほど怖かったのでしょう。偶然にも私が訪れたから良かったものの、もし恐怖のあまり夜の森に飛び出していたならば、狼にでも襲われていたやもしれません」
漆黒の片目を細めながら淡々と、しかし、ほのかに敵意を滲ませていく。
「弟の身に何かあっては取り返しがつきません。公爵家には遥か及びませんが、当家も領土を抱える貴族であり、弟は大切な跡取りですので」
「弟君は、今どうしているのだ」
「疲れたのか寝込んでしまいました。まるで薬を盛られたかのように深く眠っております」
「そ、そうか」
「おや、そんなに汗をおかきになってどうされました? そういえば今日は少し気温が高い。窓を開けましょう」
グリンバルドは立ち上がった。窓辺にすたすたと寄り、出窓の留め金を外して開け放す。少し冷えた風が吹き込み、左目を覆う前髪を揺らした。グリンバルドはそのまま、背後にいるであろう公爵に話しかける。
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