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:第3章 「王都、賑やかに」
・3―14 第113話 「犬頭:2」
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・3―14 第113話 「犬頭:2」
ラウルという犬頭の獣人は、双剣使いだった。
腰の両側に差していた二本の短剣を引き抜くと彼はそれを左右の手でかまえ、身を低くし、こちらに向かって来る。
(速ぇッ! )
その瞬発力は、源九郎に焦りを感じさせるのに十分なものだった。
先に戦った三人組もそこらの野盗やごろつきたちとは比べ物にならない、まるで正規の訓練を受けた戦士のような身のこなし方だったが、この全身を黒い毛でおおわれた獣人種族の動きは、達人の域に到達していると言って良かった。
しかも、その得手とするところは双剣だ。
サムライにとっては戦い慣れない相手だった。
「セイヤァッ! 」
ラウルは源九郎の間合いに入る手前で鋭く息を吐き出すと、まず左手の短剣を横なぎに振るう。
こちらの下腹部の辺りを狙っている攻撃だ。
「くっ! 」
その攻撃を、サムライは苦しそうなうめき声を漏らしながら素早く後退してかわす。
よく、片手剣は両手剣によって容易に打ち払われてしまうと言われる。
それは、事実だ。
だがここで相手の攻撃を刀で打ち払うわけにはいかなかった。
なぜなら、相手の片手の攻撃を受け流したところで、もう片方からの攻撃が残っているからだ。
刀は質量を持った物体だ。だから一度振るった後に、逆方向に振るおうとしても一瞬の間が生まれる。
振った刀には慣性が働いており、逆方向に振るうためには質量と同時に慣性をねじ伏せなければならないからだ。
だから、左右連続してくり出される攻撃に対して完璧に対処することは困難なものとなる。左の剣を打ち払われても、右の剣が瞬時に襲って来るからだ。
それを受け流すことは不可能とは言わないが、慣性のかかった刀を短時間の間に次々と動かさなければならないから通常よりも体力の消費が早くなり疲れるし、神経もすり減らすこととなる。
だが双剣の側は、左右交互に剣を振るうことができるから無理な力を使わずに済む。
威力で劣る双剣の利点は、こうした連続攻撃と、技の多様さにある。
たとえば有名な宮本武蔵が考案した二天一流という剣術を始め、いわゆる二刀流と呼ばれる剣術では、利き手ではない方にかまえた剣は相手を牽制し体勢を崩すために使われたり、盾の代わりとして、相手の剣をいなすために使われたりする。
両手で振り下ろされる剣であっても、モーメントを考えながら対処すれば、一瞬だけ受け止めたり、打ち払ったりすることは決して不可能ではないのだ(※熊吉が剣道をかじっていた時の実体験です)。
もっとも、二刀流にもいいことばかりでもない。
左右連続して、できれば同時に扱えるようになるほどに鍛錬を積み、剣を己の身体の一部として使いこなせるほどにまでならなければ、その真価を発揮させることが困難だからだ。
そしてこれが、二刀流使いの数が少ない一因にもなっている。
左右の剣を同時に扱えるようになるには、たゆまぬ努力と、才能が必要になって来るためだ。
━━━では、目の前の犬頭の獣人、ラウルはどうなのか。
源九郎の見るところ双剣を使いこなすことができそうだったし、実際、彼は見事に双剣を使いこなしていた。
「うぉっ!? 」
視界の端に鈍色の輝きが閃くのに反応して身体をのけぞらせた直後、サムライの顔面のすぐ目の前を、鋭い風切り音と共に短剣が横なぎに振るわれていた。
右手によるその攻撃と、最初の左手による攻撃の間にあるタイムラグは、ほぼ、ゼロ。
目の前の双剣使いは、ほとんど同時に左右の双剣を使いこなしているということだ。
(やっべぇ、なんだ、コイツっ!? )
ここまでの使い手は、若さに任せて日本全国を武者修行して回った源九郎も、一人か二人くらいしか見たことがなかった。
もしかすると種族的な特性で、人間よりも身体能力に優れているから、というのもあるのかもしれない。
だが、そんな考察をしている余裕はなかった。
「どりゃぁっ!!! 」
サムライは雄叫びをあげ、勇気を奮い起こして前に出る。
反撃するなら今しかないからだ。
彼はここまでの攻撃を、すべて身のこなしによって回避した。
ということはつまり、今、彼が手にしている刀は完全に自由。いかようにも振るうことのできる状態にあるのだ。
これに対して、達人といえども今は双剣を振るったばかりであり、その剣には慣性が乗っている。
こちらの反撃に対処しにくいはずだった。
少なくとも、普通にかまえをとっている時に攻めかかるよりは隙がある。
「ぬぉッ!!? 」
今度はラウルが苦しそうな悲鳴を漏らす番だった。
わずかに刀を振り上げた源九郎は渾身の力で、全身の膂力を駆使してややのけぞった体勢から無理矢理に前に出ながら相手の脳天めがけて振り下ろす。
せっかく体さばきだけで攻撃をかわすことで作った、自由に刀を振るうチャンスだ。
一撃で決めるつもりで、峰打ちであろうと相手に脳震盪を起こさせ気を失わせる、場合によっては頭蓋骨を陥没させるくらいの心づもりで打ち込んでいく。
それくらいの気迫がなければ、攻撃が届かない。
そう思わされるほどにラウルの剣術は見事なものだったのだ。
━━━しかし、サムライの渾身の一撃は、空を切った。
犬頭の獣人は体勢を崩すことを承知で身体を大きくのけぞらしつつ膝を折り、まるでリンボーダンスを踊るような姿勢を取ることで、かろうじて回避に成功したからだ。
当然、こんな体勢では反撃もままならない。
彼は素早く横に転がって距離を取り、この危険な状況を脱するために跳ね起きてかまえを取り直す。
そうして二人は、あらためて対峙することとなった。
ラウルという犬頭の獣人は、双剣使いだった。
腰の両側に差していた二本の短剣を引き抜くと彼はそれを左右の手でかまえ、身を低くし、こちらに向かって来る。
(速ぇッ! )
その瞬発力は、源九郎に焦りを感じさせるのに十分なものだった。
先に戦った三人組もそこらの野盗やごろつきたちとは比べ物にならない、まるで正規の訓練を受けた戦士のような身のこなし方だったが、この全身を黒い毛でおおわれた獣人種族の動きは、達人の域に到達していると言って良かった。
しかも、その得手とするところは双剣だ。
サムライにとっては戦い慣れない相手だった。
「セイヤァッ! 」
ラウルは源九郎の間合いに入る手前で鋭く息を吐き出すと、まず左手の短剣を横なぎに振るう。
こちらの下腹部の辺りを狙っている攻撃だ。
「くっ! 」
その攻撃を、サムライは苦しそうなうめき声を漏らしながら素早く後退してかわす。
よく、片手剣は両手剣によって容易に打ち払われてしまうと言われる。
それは、事実だ。
だがここで相手の攻撃を刀で打ち払うわけにはいかなかった。
なぜなら、相手の片手の攻撃を受け流したところで、もう片方からの攻撃が残っているからだ。
刀は質量を持った物体だ。だから一度振るった後に、逆方向に振るおうとしても一瞬の間が生まれる。
振った刀には慣性が働いており、逆方向に振るうためには質量と同時に慣性をねじ伏せなければならないからだ。
だから、左右連続してくり出される攻撃に対して完璧に対処することは困難なものとなる。左の剣を打ち払われても、右の剣が瞬時に襲って来るからだ。
それを受け流すことは不可能とは言わないが、慣性のかかった刀を短時間の間に次々と動かさなければならないから通常よりも体力の消費が早くなり疲れるし、神経もすり減らすこととなる。
だが双剣の側は、左右交互に剣を振るうことができるから無理な力を使わずに済む。
威力で劣る双剣の利点は、こうした連続攻撃と、技の多様さにある。
たとえば有名な宮本武蔵が考案した二天一流という剣術を始め、いわゆる二刀流と呼ばれる剣術では、利き手ではない方にかまえた剣は相手を牽制し体勢を崩すために使われたり、盾の代わりとして、相手の剣をいなすために使われたりする。
両手で振り下ろされる剣であっても、モーメントを考えながら対処すれば、一瞬だけ受け止めたり、打ち払ったりすることは決して不可能ではないのだ(※熊吉が剣道をかじっていた時の実体験です)。
もっとも、二刀流にもいいことばかりでもない。
左右連続して、できれば同時に扱えるようになるほどに鍛錬を積み、剣を己の身体の一部として使いこなせるほどにまでならなければ、その真価を発揮させることが困難だからだ。
そしてこれが、二刀流使いの数が少ない一因にもなっている。
左右の剣を同時に扱えるようになるには、たゆまぬ努力と、才能が必要になって来るためだ。
━━━では、目の前の犬頭の獣人、ラウルはどうなのか。
源九郎の見るところ双剣を使いこなすことができそうだったし、実際、彼は見事に双剣を使いこなしていた。
「うぉっ!? 」
視界の端に鈍色の輝きが閃くのに反応して身体をのけぞらせた直後、サムライの顔面のすぐ目の前を、鋭い風切り音と共に短剣が横なぎに振るわれていた。
右手によるその攻撃と、最初の左手による攻撃の間にあるタイムラグは、ほぼ、ゼロ。
目の前の双剣使いは、ほとんど同時に左右の双剣を使いこなしているということだ。
(やっべぇ、なんだ、コイツっ!? )
ここまでの使い手は、若さに任せて日本全国を武者修行して回った源九郎も、一人か二人くらいしか見たことがなかった。
もしかすると種族的な特性で、人間よりも身体能力に優れているから、というのもあるのかもしれない。
だが、そんな考察をしている余裕はなかった。
「どりゃぁっ!!! 」
サムライは雄叫びをあげ、勇気を奮い起こして前に出る。
反撃するなら今しかないからだ。
彼はここまでの攻撃を、すべて身のこなしによって回避した。
ということはつまり、今、彼が手にしている刀は完全に自由。いかようにも振るうことのできる状態にあるのだ。
これに対して、達人といえども今は双剣を振るったばかりであり、その剣には慣性が乗っている。
こちらの反撃に対処しにくいはずだった。
少なくとも、普通にかまえをとっている時に攻めかかるよりは隙がある。
「ぬぉッ!!? 」
今度はラウルが苦しそうな悲鳴を漏らす番だった。
わずかに刀を振り上げた源九郎は渾身の力で、全身の膂力を駆使してややのけぞった体勢から無理矢理に前に出ながら相手の脳天めがけて振り下ろす。
せっかく体さばきだけで攻撃をかわすことで作った、自由に刀を振るうチャンスだ。
一撃で決めるつもりで、峰打ちであろうと相手に脳震盪を起こさせ気を失わせる、場合によっては頭蓋骨を陥没させるくらいの心づもりで打ち込んでいく。
それくらいの気迫がなければ、攻撃が届かない。
そう思わされるほどにラウルの剣術は見事なものだったのだ。
━━━しかし、サムライの渾身の一撃は、空を切った。
犬頭の獣人は体勢を崩すことを承知で身体を大きくのけぞらしつつ膝を折り、まるでリンボーダンスを踊るような姿勢を取ることで、かろうじて回避に成功したからだ。
当然、こんな体勢では反撃もままならない。
彼は素早く横に転がって距離を取り、この危険な状況を脱するために跳ね起きてかまえを取り直す。
そうして二人は、あらためて対峙することとなった。
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