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栄華
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公園を離れると、実家の方へ戻っていった。実家は駅から少し離れた閑静な住宅街で、側には団地がある。そこにそっと寄り添うようにたてられた建て売りの住宅があり、若干古めだが庭があり小さいが畑もあるようだ。倫子の母がそこで何かしらの野菜を育てているらしい。
よく片づけられた部屋は、埃一つ無い。母親は割と潔癖なのだ。
一回には台所やお風呂、トイレ、居間、両親の部屋があり、二階には忍が結婚していたときに夫婦の部屋として使われていて、居間は忍の自室。そして空き部屋が一つあった。
「ここをカーテンで仕切って栄輝の部屋と私の部屋を作っていたの。」
広めに作られているとは言っても、ここを半分に仕切ればかなり狭い部屋になるだろう。ここに勉強机や布団を敷いていた。そして本棚が空になってある。これにぎっしり本を詰めて、入らなかった分は床に置いていた。
「服をとってあるって言っても見てよ、これ。もう裾が短いよ。」
そういって栄輝も部屋に入ってきた。古いジーパンの裾は、足首が見える。それに着ていたセーターも袖が短い。
「成長してるんだよ。羨ましいな。俺、この間の健康診断で身長が縮んでてさ。」
春樹はそういって少し笑う。
「少し縮んだって言っても、朝や夜で身長って変わるみたいよ。それにあなたは少し縮んだ方が良いわ。」
「何で?」
「ずっと見下ろされてる感じ。やな感じね。」
変色しているカーテンを開けて、窓を開ける。夕方になり、山の向こうに日が落ち掛けていた。
「学校って学ランだったの?」
春樹は栄輝に聞くと、栄輝は少し頬を膨らませていった。
「そうですけどね。俺の一つ下からブレザーに変わったんですよ。俺もブレザーが良かったな。」
「俺も学ランだったよ。倫子はセーラー服だった?」
「そうね。白いタイで、ダサいと思ってたわ。」
火傷のあとがあるため、夏の制服だったがアームカバーのようなものをずっとつけていた。それは母の手作りだったと思う。そうやって火傷のあとをずっと隠していたこの土地は、あまり良い思い出がない。
「ここから池が見えるね。」
割とここからなら近い。そしてその隣にはドラッグストアがある。あのドラッグストアに行ったあとに事件は起きたのだ。
「相馬さんの家は近くだったの?」
「いいえ。駅から少し離れたところ。あそこも古いアパートだったわね。」
「あの建物、この間壊されてたよ。」
「え?」
「新しい老人ボー無が出来るんだって言ってた。」
「そう……。」
過疎が進むこの土地では、老人ホームは雨後の竹の子のように出来る。忍が言ったように若い人が居付かないのだろう。
「春樹さんのところは、若い人が増えていると言っていたね。」
「あぁ。みんな工夫して生きている。海辺が近くて農作物も豊富なところだ。人によっては自給自足をしたいと言っている人も居て、養鶏をしながらその肉や卵と魚や加工食品と物々交換をしている人もいるね。」
「最終的にはそういう人って、ガスとか水道が繋がらなくても生きていけるのかな。」
「そうみたいだ。でもまぁ、それに付いていける人って言うのは限られている。一人でずっと居るならそれで良いけど。」
山の方で一人で暮らしている男がいる。元ホストの男。大きなホストクラブ全店舗の中でも群を抜いて売り上げナンバーワンの男だった。だが妻と別れ、人を避けるように山の中に籠もっていた。
だが最近、結婚をしたらしい。卵の美味しさに感動して、弟子になった女性だった。
気があって、悪態を付き合いながらもうまくやっているのだ。それが少し羨ましい。
「みんな。お茶が入ったわよ。」
階下から母の声がした。倫子はそれに気が付いて二人を促す。
テーブルにはお茶とサツマイモを蒸かしたものがある。それは倫子の好きなものだった。母が小さな畑で作っていた芋は、今年も良くできている。食べるとほんのり塩味がした。
「美味しいです。」
春樹はそういうと、初めて母親が笑った。
「温泉で蒸かしているの。この近くに共同の間欠泉があってね。ざるに食材を置いて、その中に入れておくと食べれるようになる。」
「温泉卵なんかも作れるんですね。」
「そうね。コンビニなんかでも売られているけど、こっちで買う人を見たことがないわ。」
こうやって少しでも食費を浮かそうとしているのだ。それだけ借金が沢山あるのだろう。倫子に言わせると、この家は古い貸家だったらしい。それを父が買ったのだ。今更古い団地などに住みたくないし、何より団地で妻がうまくやっていけるとは思えない。
「「新緑荘」に泊まると言っていたな。」
父親が倫子に話しかける。
「えぇ。」
「あそこの奥さんとは気が合うだろうな。」
「そうかしら。久しぶりに連絡を付けたけれど、学校にいたときもそんなに仲が良いというわけでも……。」
「あそこの奥さんは嫌らしいビデオにでていたらしいからな。」
つまりAV女優だったのだろう。男なら一度は世話になっただろうに、父親は嫌みなくらいそういったものを毛嫌いしていた。
「そう。またネタが出来そうな話ね。」
「倫子。」
「だって……。」
今日くらい仕事のことくらい忘れて欲しい。そう思って春樹は声をかけたのだ。
「ワーカーホリックっていうんだっけ。姉さんみたいな人。」
「は?」
栄輝はそういってからかった。だがその通りだと誰もが思っている。
「人をなんだと思ってんのかしら。私だってそんなに仕事仕事ばかりしてないわよ。」
「じゃあ、お前は仕事をしていないときは何をしているんだ。」
「料理とか掃除とか。」
「外に出ることはないのか。」
「資料集め。」
その言葉に忍は頭を抱えた。ここまでとは思っていなかったからだ。確かに自分も仕事ばかり私鉄魔に逃げられたのだ。血は争えない。
「栄輝は大学院で何をするの?」
すると栄輝は興奮したように言った。
「今付いてる教授がさ、特効薬を作れそうなんだ。今実験している途中だけど、これが製品化されたらアルツハイマーが格段に減るかもしれないし、あと……。」
この兄弟はみんなワーカーホリックだな。忍はそう思いながらお茶に口を付けた。
「春樹さんはご兄弟は?」
「妹が一人。結婚して息子が三人居ますよ。実家で暮らしています。」
「まぁ……旦那さんは養子に行ったようなものね。」
「歳が離れてますし、連れ子も居たんで。」
「連れ子?まぁ、奥様と別れて?」
そういう男が好きな家系なのだろうか。母はいぶかしげに思っていた。
「いいえ。結婚歴はなかったんです。もう五十近いんですけどずっと独身で。連れ子は本人の兄の子供ですね。兄夫婦が自殺して。」
「自殺……。」
その言葉に倫子の手が止まった。そんなことを言って良いのだろうかと思ったのだ。
「児童養護施設を個人で経営してたんです。ですが、ある男にそこを乗っ取られて借金だけを負わされたんです。それを苦に自殺した。」
父親の手が止まる。どこかで聞いた話だからだ。
「それでも妹さんは自分の子供として扱えるのかしら。」
「問題ないみたいですよ。今度高校生で、進学のことで一悶着あったみたいですけど。そういうことを話し合えるくらい、もう自分の子供として扱えるみたいです。」
母親はため息を付いて、春樹をみる。
「羨ましいこと。自分の子供でも手をかける人が多いのに、うまくやっていけるなんて。」
すると倫子は少しほっとしたように、お茶に手を伸ばす。あまり関心がないようだ。
「だったらあなたが長男ですよね。両親は孫の顔がみたいとは言われませんか。」
忍はそう聞くと、春樹は首を横に振った。
「俺は昔からそういうことは冷めてる方ですからね。両親も期待していなかったみたいです。」
よく言うよ。倫子はそう思いながら湯飲みをおいた。
よく片づけられた部屋は、埃一つ無い。母親は割と潔癖なのだ。
一回には台所やお風呂、トイレ、居間、両親の部屋があり、二階には忍が結婚していたときに夫婦の部屋として使われていて、居間は忍の自室。そして空き部屋が一つあった。
「ここをカーテンで仕切って栄輝の部屋と私の部屋を作っていたの。」
広めに作られているとは言っても、ここを半分に仕切ればかなり狭い部屋になるだろう。ここに勉強机や布団を敷いていた。そして本棚が空になってある。これにぎっしり本を詰めて、入らなかった分は床に置いていた。
「服をとってあるって言っても見てよ、これ。もう裾が短いよ。」
そういって栄輝も部屋に入ってきた。古いジーパンの裾は、足首が見える。それに着ていたセーターも袖が短い。
「成長してるんだよ。羨ましいな。俺、この間の健康診断で身長が縮んでてさ。」
春樹はそういって少し笑う。
「少し縮んだって言っても、朝や夜で身長って変わるみたいよ。それにあなたは少し縮んだ方が良いわ。」
「何で?」
「ずっと見下ろされてる感じ。やな感じね。」
変色しているカーテンを開けて、窓を開ける。夕方になり、山の向こうに日が落ち掛けていた。
「学校って学ランだったの?」
春樹は栄輝に聞くと、栄輝は少し頬を膨らませていった。
「そうですけどね。俺の一つ下からブレザーに変わったんですよ。俺もブレザーが良かったな。」
「俺も学ランだったよ。倫子はセーラー服だった?」
「そうね。白いタイで、ダサいと思ってたわ。」
火傷のあとがあるため、夏の制服だったがアームカバーのようなものをずっとつけていた。それは母の手作りだったと思う。そうやって火傷のあとをずっと隠していたこの土地は、あまり良い思い出がない。
「ここから池が見えるね。」
割とここからなら近い。そしてその隣にはドラッグストアがある。あのドラッグストアに行ったあとに事件は起きたのだ。
「相馬さんの家は近くだったの?」
「いいえ。駅から少し離れたところ。あそこも古いアパートだったわね。」
「あの建物、この間壊されてたよ。」
「え?」
「新しい老人ボー無が出来るんだって言ってた。」
「そう……。」
過疎が進むこの土地では、老人ホームは雨後の竹の子のように出来る。忍が言ったように若い人が居付かないのだろう。
「春樹さんのところは、若い人が増えていると言っていたね。」
「あぁ。みんな工夫して生きている。海辺が近くて農作物も豊富なところだ。人によっては自給自足をしたいと言っている人も居て、養鶏をしながらその肉や卵と魚や加工食品と物々交換をしている人もいるね。」
「最終的にはそういう人って、ガスとか水道が繋がらなくても生きていけるのかな。」
「そうみたいだ。でもまぁ、それに付いていける人って言うのは限られている。一人でずっと居るならそれで良いけど。」
山の方で一人で暮らしている男がいる。元ホストの男。大きなホストクラブ全店舗の中でも群を抜いて売り上げナンバーワンの男だった。だが妻と別れ、人を避けるように山の中に籠もっていた。
だが最近、結婚をしたらしい。卵の美味しさに感動して、弟子になった女性だった。
気があって、悪態を付き合いながらもうまくやっているのだ。それが少し羨ましい。
「みんな。お茶が入ったわよ。」
階下から母の声がした。倫子はそれに気が付いて二人を促す。
テーブルにはお茶とサツマイモを蒸かしたものがある。それは倫子の好きなものだった。母が小さな畑で作っていた芋は、今年も良くできている。食べるとほんのり塩味がした。
「美味しいです。」
春樹はそういうと、初めて母親が笑った。
「温泉で蒸かしているの。この近くに共同の間欠泉があってね。ざるに食材を置いて、その中に入れておくと食べれるようになる。」
「温泉卵なんかも作れるんですね。」
「そうね。コンビニなんかでも売られているけど、こっちで買う人を見たことがないわ。」
こうやって少しでも食費を浮かそうとしているのだ。それだけ借金が沢山あるのだろう。倫子に言わせると、この家は古い貸家だったらしい。それを父が買ったのだ。今更古い団地などに住みたくないし、何より団地で妻がうまくやっていけるとは思えない。
「「新緑荘」に泊まると言っていたな。」
父親が倫子に話しかける。
「えぇ。」
「あそこの奥さんとは気が合うだろうな。」
「そうかしら。久しぶりに連絡を付けたけれど、学校にいたときもそんなに仲が良いというわけでも……。」
「あそこの奥さんは嫌らしいビデオにでていたらしいからな。」
つまりAV女優だったのだろう。男なら一度は世話になっただろうに、父親は嫌みなくらいそういったものを毛嫌いしていた。
「そう。またネタが出来そうな話ね。」
「倫子。」
「だって……。」
今日くらい仕事のことくらい忘れて欲しい。そう思って春樹は声をかけたのだ。
「ワーカーホリックっていうんだっけ。姉さんみたいな人。」
「は?」
栄輝はそういってからかった。だがその通りだと誰もが思っている。
「人をなんだと思ってんのかしら。私だってそんなに仕事仕事ばかりしてないわよ。」
「じゃあ、お前は仕事をしていないときは何をしているんだ。」
「料理とか掃除とか。」
「外に出ることはないのか。」
「資料集め。」
その言葉に忍は頭を抱えた。ここまでとは思っていなかったからだ。確かに自分も仕事ばかり私鉄魔に逃げられたのだ。血は争えない。
「栄輝は大学院で何をするの?」
すると栄輝は興奮したように言った。
「今付いてる教授がさ、特効薬を作れそうなんだ。今実験している途中だけど、これが製品化されたらアルツハイマーが格段に減るかもしれないし、あと……。」
この兄弟はみんなワーカーホリックだな。忍はそう思いながらお茶に口を付けた。
「春樹さんはご兄弟は?」
「妹が一人。結婚して息子が三人居ますよ。実家で暮らしています。」
「まぁ……旦那さんは養子に行ったようなものね。」
「歳が離れてますし、連れ子も居たんで。」
「連れ子?まぁ、奥様と別れて?」
そういう男が好きな家系なのだろうか。母はいぶかしげに思っていた。
「いいえ。結婚歴はなかったんです。もう五十近いんですけどずっと独身で。連れ子は本人の兄の子供ですね。兄夫婦が自殺して。」
「自殺……。」
その言葉に倫子の手が止まった。そんなことを言って良いのだろうかと思ったのだ。
「児童養護施設を個人で経営してたんです。ですが、ある男にそこを乗っ取られて借金だけを負わされたんです。それを苦に自殺した。」
父親の手が止まる。どこかで聞いた話だからだ。
「それでも妹さんは自分の子供として扱えるのかしら。」
「問題ないみたいですよ。今度高校生で、進学のことで一悶着あったみたいですけど。そういうことを話し合えるくらい、もう自分の子供として扱えるみたいです。」
母親はため息を付いて、春樹をみる。
「羨ましいこと。自分の子供でも手をかける人が多いのに、うまくやっていけるなんて。」
すると倫子は少しほっとしたように、お茶に手を伸ばす。あまり関心がないようだ。
「だったらあなたが長男ですよね。両親は孫の顔がみたいとは言われませんか。」
忍はそう聞くと、春樹は首を横に振った。
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