280 / 384
露出
280
しおりを挟む
春樹はその週の土曜日も、そして日曜日も仕事に出掛けていた。浜田がしたことの尻拭いに、奔走しているらしい。それは月刊漫画雑誌の人たちも同様だった。
そしてその日も、倫子と政近は部屋で二人でまたキャラクター設定の変更をしていた。
「ほとんど浜田の独断で、キャラクターを決められていたんだな。」
「それから殺害方法も。」
SNSでは小泉倫子が原作を担当したにしては、殺害方法がぬるいという言葉もある。文章では想像の息を達しなかったその死体の描写を映像にすると、映画の方がまだリアリティがある。
「主人公はもっとだらしない感じが良いな。たとえば、シャツの裾が常に出てるとか。」
「そうね。刑事はもっときっちりした男前にして。」
「俺みたいな?」
「バカね。」
倫子の部屋でテーブルに向かい合ってあぁでも無い、こうでも無いと案を出し合う。本当だったら、今頃はもうネームにでも入っていて良い頃だ。だが前の案を見た漫画雑誌の編集長は「もっと自由にしても良い」と言ってくれた。その言葉に二人は妥協したくないと思っていたのだろう。
「なぁ、これ終わったらさ、外にいかねぇ?」
「外?」
「今日、富岡がいるんだろ?」
普段の日曜日は春樹や伊織がいる。倫子はいつもと変わらずに掃除や洗濯を終わらせると、さっさと部屋に引きこもるので二人が何をしているのかはわからない。
春樹は休みの日は本屋を巡ったり、プールへ行って泳いだりしているようだ。泳げない倫子はそれに付き合うことはない。伊織は部屋でもって帰った仕事の案を出したり、ジムへ行ったり、映画を見たりしているようだ。それぞれ休みには過ごし方がある。
「伊織が居たら何で外に行かないといけないの?」
「出来ないじゃん。」
またそれか。倫子はそう思いながらまたキャラクター案の紙に目を移す。
「「美咲」はまた可愛くなったわね。」
「男じゃん。だから化粧でごてごてした感じな。」
「このヘッドレス、この間の?」
「そう。あれ、お前も似合ってたけどな。」
「二度はいやよ。動きにくい。」
そのとき部屋の外から声がかかった。
「倫子。お客さんが来てるよ。」
「お客?」
不思議に思いながら、倫子は席を立って部屋の外へ行く。そして玄関へ向かうと、そこには兄である忍の姿があった。
「兄さん。連絡もなしにどうしたの?」
「来たら悪いことでもあるのか。」
「無いけど、仕事をしていたから。」
「俺もこっちに来る用事があったから来ただけだ。」
「そう。お茶でも飲む?」
「あぁ。そうさせてもらおう。こっちはずいぶん暖かいな。」
「街は寒いの?」
「この間は雪が積もって、学校が休校になった。電車はその辺が融通が利かなくて悪いな。これを同居人と食べなさい。」
そういって忍は紙袋を倫子に手渡した。
「珍しい。明日は雪かしら。」
「帰れなくなるから、冗談でも止してくれ。」
そういって忍は革の靴を履く。そのとき目に留まったのは、革のブーツだった。ずいぶんごついブーツで、男物のようだ。
「男の同居人がいると言っていたな。」
「えぇ。そのブーツの人じゃないわ。さっき、出迎えた人よ。」
伊織という名前に勘違いした。女性だと思っていたが、泉の恋人だという。
「見たことがある。地元の駅泉さんと一緒にいた。」
「あぁ。付き合っていたから。」
「別れたのか。それでまだ同居を?」
「良いじゃない。別に私たちが言うことじゃないから。」
そのとき倫子の部屋から政近が出てきた。休みの日でもきっちりとスーツを着てオールバックにセットをしている忍に対して、政近は白と黒のボーダーのセーターと指にはごつい指輪と耳と口元にピアスがある。正反対の人種に見えた。
「倫子。この人がお前の恋人か?」
いぶかしげな目で見ている。だが倫子の姿を見れば、こういう男が恋人というのは自然なのかもしれない。
「違うわ。この人は今一緒に仕事をしている人。政近。兄よ。」
兄という言葉に政近は、少し笑う。
「へぇ……本当に血の繋がりがありそうだ。栄輝とは全然違うな。」
「栄輝とも知り合いか。」
「うちの妹と付き合ってんだよ。」
こんな男の妹だ。たかがしれている。だが身内のモノと繋がりがあるのだ。一応挨拶をしておいた方が良い。
「小泉忍だ。」
「田島政近。漫画家やってる。」
「漫画家?イラストレーターの間違いじゃないのか。」
その言葉に政近は驚いたように忍を見た。
「何で俺がイラストも描いているって知ってんだよ。」
「俺は教師をしていてね。隣のクラスの担任が、美術の教師をしている。その教師のおいている棚に、君の画集が置いてあってね。ことあるごとに生徒に見せているようだ。」
「……まぁ、画集はさすがに力を入れたしな。」
絵だけで勝負をするのだ。一枚書くのにも相当手を入れたのを覚えている。
「兄さん。こっちよ。」
倫子は居間に忍を通す。良く掃除をしている家だ。埃一つ無い。伊織がお茶を入れてくれた。それと漬け物を出す。
「君は、一度会ったか。」
「地元でしたね。倫子のお母さんが退院されたとか。」
「そうだったわ。もう大丈夫なの?」
倫子は相違聞くと、忍はうなづいた。
「歳のせいか治りは遅かったが、もう仕事に行っている。」
「給食ってそんな歳まで出来たんだっけ。」
「体が動かなくなるまでは続けれるそうだ。ん……このお茶は美味いな。」
「もう一人の同居人の地元で作っているのよ。」
「その人にも挨拶をしたいが、仕事か?」
「ちょっとごたごたしててね。」
本当ならこんな所でお茶を飲んでいる暇はないのだが、居なければまた忍がへそを曲げる。「たかが本だ」と言っている人なのだから。
「明君は順調に育ってる?」
「お前にとっては甥だろう。元気だ。だが……。」
忍はため息をついて言う。これを他人の前で言うのはどうかと思ったのだ。だが一度会った担当編集人という藤枝春樹という男は、初対面の忍に寝たきりの妻のことを行ってくれた。それだけ信頼しているのだろう。
「妻が出ていってな。」
「同居していたでしょう?お父さんたちと。」
「母さんに耐えれなかったようだ。」
母は少し神経質なところがある。それは倫子が騒ぎを起こしたときからさらにひどくなった。もう父では押さえきれないらしい。
「人間関係は、あまり得意ではなかっただろう。仕事派では仕事が出来れば何の問題もない。だが家ではそうはいかないだろう。」
つかまり立ちをし始めた明が、床に落ちている塵を口に入れようとしたり、置いていたタオルを口にれようとするのが耐えきれないらしい。
「子供ってのはそんなもんだけどな。」
「えぇ。俺の姉も子供が二人居ますけど、よっぽどなものを口にしない限り手は出さなくても良いと言ってましたよ。」
伊織の姉の真理子はきっちりしているように見えて、子育てには奔放だった。それは外国にいた経験がそうさせているのかもしれない。
子供は体験しなければ、何もわからない。こけていたいことも知らなければ、痛みのわからない子供になる。痛いだろうからと言って手を差し伸べるのは、愚の骨頂だと思っていた。それがきっと母にはわからないのだろう。
そしてその日も、倫子と政近は部屋で二人でまたキャラクター設定の変更をしていた。
「ほとんど浜田の独断で、キャラクターを決められていたんだな。」
「それから殺害方法も。」
SNSでは小泉倫子が原作を担当したにしては、殺害方法がぬるいという言葉もある。文章では想像の息を達しなかったその死体の描写を映像にすると、映画の方がまだリアリティがある。
「主人公はもっとだらしない感じが良いな。たとえば、シャツの裾が常に出てるとか。」
「そうね。刑事はもっときっちりした男前にして。」
「俺みたいな?」
「バカね。」
倫子の部屋でテーブルに向かい合ってあぁでも無い、こうでも無いと案を出し合う。本当だったら、今頃はもうネームにでも入っていて良い頃だ。だが前の案を見た漫画雑誌の編集長は「もっと自由にしても良い」と言ってくれた。その言葉に二人は妥協したくないと思っていたのだろう。
「なぁ、これ終わったらさ、外にいかねぇ?」
「外?」
「今日、富岡がいるんだろ?」
普段の日曜日は春樹や伊織がいる。倫子はいつもと変わらずに掃除や洗濯を終わらせると、さっさと部屋に引きこもるので二人が何をしているのかはわからない。
春樹は休みの日は本屋を巡ったり、プールへ行って泳いだりしているようだ。泳げない倫子はそれに付き合うことはない。伊織は部屋でもって帰った仕事の案を出したり、ジムへ行ったり、映画を見たりしているようだ。それぞれ休みには過ごし方がある。
「伊織が居たら何で外に行かないといけないの?」
「出来ないじゃん。」
またそれか。倫子はそう思いながらまたキャラクター案の紙に目を移す。
「「美咲」はまた可愛くなったわね。」
「男じゃん。だから化粧でごてごてした感じな。」
「このヘッドレス、この間の?」
「そう。あれ、お前も似合ってたけどな。」
「二度はいやよ。動きにくい。」
そのとき部屋の外から声がかかった。
「倫子。お客さんが来てるよ。」
「お客?」
不思議に思いながら、倫子は席を立って部屋の外へ行く。そして玄関へ向かうと、そこには兄である忍の姿があった。
「兄さん。連絡もなしにどうしたの?」
「来たら悪いことでもあるのか。」
「無いけど、仕事をしていたから。」
「俺もこっちに来る用事があったから来ただけだ。」
「そう。お茶でも飲む?」
「あぁ。そうさせてもらおう。こっちはずいぶん暖かいな。」
「街は寒いの?」
「この間は雪が積もって、学校が休校になった。電車はその辺が融通が利かなくて悪いな。これを同居人と食べなさい。」
そういって忍は紙袋を倫子に手渡した。
「珍しい。明日は雪かしら。」
「帰れなくなるから、冗談でも止してくれ。」
そういって忍は革の靴を履く。そのとき目に留まったのは、革のブーツだった。ずいぶんごついブーツで、男物のようだ。
「男の同居人がいると言っていたな。」
「えぇ。そのブーツの人じゃないわ。さっき、出迎えた人よ。」
伊織という名前に勘違いした。女性だと思っていたが、泉の恋人だという。
「見たことがある。地元の駅泉さんと一緒にいた。」
「あぁ。付き合っていたから。」
「別れたのか。それでまだ同居を?」
「良いじゃない。別に私たちが言うことじゃないから。」
そのとき倫子の部屋から政近が出てきた。休みの日でもきっちりとスーツを着てオールバックにセットをしている忍に対して、政近は白と黒のボーダーのセーターと指にはごつい指輪と耳と口元にピアスがある。正反対の人種に見えた。
「倫子。この人がお前の恋人か?」
いぶかしげな目で見ている。だが倫子の姿を見れば、こういう男が恋人というのは自然なのかもしれない。
「違うわ。この人は今一緒に仕事をしている人。政近。兄よ。」
兄という言葉に政近は、少し笑う。
「へぇ……本当に血の繋がりがありそうだ。栄輝とは全然違うな。」
「栄輝とも知り合いか。」
「うちの妹と付き合ってんだよ。」
こんな男の妹だ。たかがしれている。だが身内のモノと繋がりがあるのだ。一応挨拶をしておいた方が良い。
「小泉忍だ。」
「田島政近。漫画家やってる。」
「漫画家?イラストレーターの間違いじゃないのか。」
その言葉に政近は驚いたように忍を見た。
「何で俺がイラストも描いているって知ってんだよ。」
「俺は教師をしていてね。隣のクラスの担任が、美術の教師をしている。その教師のおいている棚に、君の画集が置いてあってね。ことあるごとに生徒に見せているようだ。」
「……まぁ、画集はさすがに力を入れたしな。」
絵だけで勝負をするのだ。一枚書くのにも相当手を入れたのを覚えている。
「兄さん。こっちよ。」
倫子は居間に忍を通す。良く掃除をしている家だ。埃一つ無い。伊織がお茶を入れてくれた。それと漬け物を出す。
「君は、一度会ったか。」
「地元でしたね。倫子のお母さんが退院されたとか。」
「そうだったわ。もう大丈夫なの?」
倫子は相違聞くと、忍はうなづいた。
「歳のせいか治りは遅かったが、もう仕事に行っている。」
「給食ってそんな歳まで出来たんだっけ。」
「体が動かなくなるまでは続けれるそうだ。ん……このお茶は美味いな。」
「もう一人の同居人の地元で作っているのよ。」
「その人にも挨拶をしたいが、仕事か?」
「ちょっとごたごたしててね。」
本当ならこんな所でお茶を飲んでいる暇はないのだが、居なければまた忍がへそを曲げる。「たかが本だ」と言っている人なのだから。
「明君は順調に育ってる?」
「お前にとっては甥だろう。元気だ。だが……。」
忍はため息をついて言う。これを他人の前で言うのはどうかと思ったのだ。だが一度会った担当編集人という藤枝春樹という男は、初対面の忍に寝たきりの妻のことを行ってくれた。それだけ信頼しているのだろう。
「妻が出ていってな。」
「同居していたでしょう?お父さんたちと。」
「母さんに耐えれなかったようだ。」
母は少し神経質なところがある。それは倫子が騒ぎを起こしたときからさらにひどくなった。もう父では押さえきれないらしい。
「人間関係は、あまり得意ではなかっただろう。仕事派では仕事が出来れば何の問題もない。だが家ではそうはいかないだろう。」
つかまり立ちをし始めた明が、床に落ちている塵を口に入れようとしたり、置いていたタオルを口にれようとするのが耐えきれないらしい。
「子供ってのはそんなもんだけどな。」
「えぇ。俺の姉も子供が二人居ますけど、よっぽどなものを口にしない限り手は出さなくても良いと言ってましたよ。」
伊織の姉の真理子はきっちりしているように見えて、子育てには奔放だった。それは外国にいた経験がそうさせているのかもしれない。
子供は体験しなければ、何もわからない。こけていたいことも知らなければ、痛みのわからない子供になる。痛いだろうからと言って手を差し伸べるのは、愚の骨頂だと思っていた。それがきっと母にはわからないのだろう。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
恋愛
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。



とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる