守るべきモノ

神崎

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 アパートに帰ってきた礼二は、電気をつけてそろそろ良いかと冷蔵庫のコンセントを刺す。そして部屋には泉がその部屋の様子を見ていた。
「思ったよりも広いね。」
「うん。ワンルームだからあまり期待はしていなかったんだけど。」
 ベッドを置いてテーブルなんかを置いても、とても余裕があった。元々あまり荷物はない方なのだろう。
「泉、あの店、今辛くない?」
「……。」
 それが泉の表情を暗くさせている一番の原因だった。
 きっかけは礼二の奥さんが乗り込んできたところで、倫子がはたかれた。奥さんは入院して、子供は結局流れてしまったらしい。
 その原因を作ったのは泉ではないかという噂が立っている。みんなで飲み会をしたときに、二人で消えたりしたこともあったのだ。男に間違えられるような容姿をしているのに、人の旦那に手を出すことをするような女だと噂されているのだ。
 そして今、泉は針のむしろのような状態だった。書店側の店長が唯一、声を掛けてくれるがあとは空気のようだと思う。
「それも狙いなのかなって思うから。」
「え?」
「居辛くして、店を離れさせようとしてるのかなって。でも……それって逃げてるように思えるの。」
「泉……。」
「逃げていたら、どこにも行けなくなるの。せっぱ詰まってくると思うから……居なくなるならその前に誤解を解きたい。」
「……。」
 ここまで追い込んだのも自分のせいかもしれない。礼二はそのまま泉の体を抱きしめた。
「俺も隠していたから……奥さんのこと。明日、はっきり言うよ。」
「誰に?」
「とりあえず、湊君かな。」
「え?」
「手を出すなって。」
「知ってたの?」
 礼二が休みの時に手を出してきた男がいた。変わった趣味だと思いながらもイヤだと抵抗したのだ。
「この間、言われた。泉を縛るなって。」
「……。」
「あのときは誤魔化したけれど、駄目だね。君を苦しめている。俺の口から言う。」
 こんなに苦しめていたのは自分のせいだ。そう思いながら、その泉の体を抱きしめた。

 次の日。泉はいつものように店へ行くと、昨日まで挨拶もしなかった書店の店員が、泉に声をかけてきた。
「おはよう。阿川さん。」
「おはようございます。」
「今までごめんね。みんなでちょっと誤解していたみたい。」
 ちらっと礼二の方をみる。礼二はもうすでに着替えをすませて、髪を整えているようだ。
「え……。」
「阿川さんが川村店長を取ってたのかと思ったの。」
「……いつからそんな話に?」
 わざと気がついていないふりをした。だがその店員は首を横に振る。
「隠さなくてもいいの。離婚をしてつきあっているんだったらいいじゃない。」
「はぁ……。」
 こう言うところで働いているのだ。妄想力がハンパない。いくつになっても夢を見る乙女らしい。
 従業員の中にはあらか様に不機嫌な人、泉に敵対心を持つ人もいたが、そんな中でもうまくやっていかないといけない。書店の店長は、その様子を見ながらやはり泉がここで定着してくれればいいのにと思っていた。
 開店時間になり、泉と礼二はいつものようにコーヒーを淹れている。優先のゆっくりしたジャズの音楽と、コーヒーの匂いがいい香りだと思う。
 クリスマス限定スイーツは好評だった。春には新しいスイーツを作るらしい。ファックスを受け取った礼二は、苦笑いをして泉に言う。
「阿川さん。月曜から、ここが終わったら本社に来て欲しいんだって。」
 グラスを下げた泉は、少しその言葉に苦笑いをした。
「また遅くなるなぁ。」
「その分、給料が良くなるじゃん。特別給で。」
「んー……お金の問題じゃないんですけどねぇ。」
 帰るのがいつも終電になる。それなのに朝は変わらないので、体がくたくたになりそうだ。
「春らしいものがいいね。イチゴとか、サクランボとか。」
「サクランボは原価が高いから、イチゴやベリー系がいいかな。でも紅茶には合うけどコーヒーには合わないし。」
 あぁいうのがいいとか、これはどうだろうと考えている泉が一番生き生きしている。メモ紙に、デザインをして味の想像をしているのだ。
 そのとき二階に人が上がってくる足音がした。それを感じて、泉はメモ紙とペンをしまう。
「いらっしゃいませ。」
 その人は高柳鈴音だった。
「阿川さん。こんにちは。」
「高柳さん。いらっしゃいませ。」
「出社前にコーヒーが飲みたくてね。」
「ずいぶん遅いんですね。」
 洋菓子店というのは、朝が早いのではないかと思っていたので意外だった。
「日曜日は市場が開いていないから、昨日のうちに仕込みをしているんだ。それに君に用事もあったし。コーヒーもらえるかな。」
「ブレンドでいいですか?」
「阿川さんに淹れて欲しいな。それから、ここって国産の豆があるんだろう?」
 そういわれて礼二は棚を見た。確かに国産の豆がある。しかし高めに設定しているので、割と出ないコーヒーではあるのであまり焙煎はしていなかった。
「ありますよ。それ淹れます?」
「うん。ずっと気になっていたんだ。飲めるところも限られているし、ここじゃないとたぶん飲めないから。」
 市場に出ているのも数が少ない。それを鈴音は気にしているのだ。
 泉はカウンターの中にはいると、手を洗って消毒をする。そして棚に置いている瓶を取り出した。蓋を開けるとふわんといい香りが店内に広がる。それは少し奥まったところで、本を読んでいる人も顔を上げるくらいだった。
「相馬さんの豆だね。」
 その名前に礼二は首を縦に振る。
「えぇ。」
「成功して良かった。詐欺だ何だといわれていたみたいだけれど、お金を出資した人に少しずつ返金しているようだ。」
「知っているんですか?」
 礼二はそう聞くと、鈴音は少し笑った。
「相馬さんの息子が知り合いでね。」
「息子さんって……ここの人じゃ……。」
「それは次男の方だね。俺の知り合いは長男のほう。喫茶店をしているよ。胡散臭い男だから。」
 コーヒーを淹れて、鈴音の前に出す。すると鈴音は少し笑ってそれに口を付けた。
「美味しい。」
「ありがとうございます。」
「雑味がないってこういうのを言うんだろうね。こういうものには砂糖もミルクもいらないな。」
 鈴音はコーヒーを飲みながら、こういうコーヒーには何が合うのだろうと思案しているようだった。これだから仕事しかしてないと言われるのだろう。
「あの……高柳さん。」
 片づけている泉が鈴音に声をかけた。
「ん?」
「お店の件なんですけど。」
「あぁ、来てくれるんならありがたいと思う。どう?来てくれるんなら、こっちは大助かりだけど。」
「……私、月曜日から本社へ開発部と一緒に春の限定スイーツを考えるんですけど、そのとき本社の意向も聞こうと思って。だから……高柳さんのところも、また聞きたいんですけど。」
「どちらも聞かないと判断は難しいってことか。」
「すいません。わがまま言って。」
「いいんだよ。自分のことだけを考えるなら、そっちがいいと思う。休みの日を合わせようか。君、休みはいつ?」
「火曜日です。」
「うちの定休日と一緒だ。連絡先を聞いていい?」
 メモ紙を取り出して、泉はそれに自分の携帯電話の番号を書く。そしてそれをちぎると鈴音に手渡した。
 その様子を見て礼二は少し不安になった。
 鈴音はゲイなのではないかという噂が立ったことがある。きらきらした容姿なのに、女の噂が一つも立ったことはないからだ。
 だがその泉に対する態度は、ただ泉が職場の役に立つからというだけでは無い気がした。
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