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血縁
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春樹が三十六。そして妹の真理子は三十四。だとしたら靖が生まれたのは真理子が二十の時になる。それは倫子も気になっていたことだった。そしてもう二人いる下の甥っ子と歳が離れている。
「俺、お父さんの連れ子です。」
「靖君。」
「お父さんの兄さん夫婦が本当の両親です。」
父である克之の実家は、児童養護施設を経営していた。だが経営は思わしくなかったところを青柳グループが買収し、借金だけを押しつけられた兄夫婦は自ら命を絶った。
残されたのは息子だけだった。克之は青柳に靖を預けるのををためらったため、靖を自分の息子として育てていたのだ。それを面倒見ていたのが、真理子でもある。
「そっか。悪いな。変なことを聞いて。」
春樹の隠し子だったら本当は良かった。倫子がそれで見切りをつけると思ったから。
「あの……あなたは小泉先生の恋人か何かですか?」
その言葉に倫子は思わずドリンクを吹きそうになった。しかし政近は少し笑って言う。
「だったらいいよな。な?倫子。」
「うるさい。違うのよ。靖君。この人は、仕事でつきあいをしている人。」
「仕事?作家ですか?」
「漫画家だよ。田島先生。」
春樹もそういって、フォローする。すると靖は驚いたように政近を見た。
「あ……今度、小泉先生の読み切りが漫画になるって聞きました。それの絵を描いている?」
「あんな雑誌読んでんのか。あれ、お前が読むのにははえぇよ。」
裸に近いグラビアが載っていたり、漫画だって胸ばかりが大きな女性が載っていたり、やくざのことなんかがおもしろおかしく載っている雑誌だ。それを読むのは早いと思ったのだろう。
「小泉先生の作品が今度載るって、お父さんが教えてくれました。予告見て……綺麗な絵だなと思って。」
「褒められたぞ。」
得意げな政近に、倫子は冷めたように言う。
「絵だけはね。」
「んだよ。」
春樹と並んでいて、倫子が恋人同士なのだろうと思っていた。だが政近の方が自然だ。見た目だけではない。笑いあったり、時には言い合ったり、倫子が年相応に見える。
「田島先生はこれから仕事ですか?」
春樹はそう聞くと、政近は首を横に振る。
「やっとアップした。俺、昨日寝てねぇんだよ。」
「ゆっくり休んだら?」
倫子はそういうと政近はにやっと笑う。
「お前が隣で寝てくれるといいんだけどな。」
「勘弁してよ。子供の前で。」
それに春樹の前で言われたくない。ちらっと春樹を見ると、笑っていたが目は怒っているようだった。
それから政近と別れて三人はスポーツ用品の店へ行ったり、お店をぶらぶらと歩いたりしたり、また本屋で立ち読みなんかをしていると、克之から連絡があった。
「靖君。克之さんの仕事が終わったようだ。」
「そっか……。」
都会には遊びが溢れている。興味が出てくるかもしれないと思うモノが沢山あって、今まで走ることとほんの世界史か興味が持てなかったのに、その道がどんどん開けているような気がした。
「また遊びに来ると良いわ。」
それを倫子も感じて声をかけた。
「小泉先生。今度お家へ行ってみても良いですか。」
倫子はそれに軽くうなづいた。
「良いわ。大したおもてなしは出来ないけれど。」
「本が見たい。沢山あると聞いてたし。」
「えぇ。うちの同居人はね、みんな本好きなのよ。」
駅前の時計台で三人は待っていると、スーツとトレンチコートを着た克之が駅の方面から歩いてくる。
「靖。足はどうだった?」
「紹介状をもらってきた。リハビリ次第だって。週に二、三回、丘の上にあるあの病院へ行けばいいだろうって。」
「そうか。」
ほっとした。走れないと聞いたときの靖は、もう死んだようだと思っていたのに今はこんなに生き生きしている。だが正直複雑だった。
靖は他の弟と比べると頭がだいぶ良い方だ。走るよりも勉強に力を入れて欲しいと思っていたのだが。
「ん?こちらのお嬢さんは?」
倫子の姿を見て、克之はいぶかしげな顔をしている。入れ墨のは言ったパンクロッカー風の女性だ。大学にそんなタイプはいない。体を売るような女性に見えたのだ。
「小泉先生だよ。」
「小泉?あぁ。靖が好きな小泉倫子先生か?イヤ……こんな身近に会うと思ってませんで。どうも始めまして。藤枝克之です。」
「小泉倫子です。初めまして。」
手を差し出されて、思わずそれを握った。手には蛇の頭に見える入れ墨が見えた。その割には手の先にはマニキュア一つ塗っていない。そしてその入れ墨に混ざってわずかに火傷のあとが見える。おそらくこれを隠すためだ。
「こんなに若いお嬢さんだったとは。靖があなたのファンなんですよ。」
「そう聞きました。読んでくださって嬉しいです。」
「お兄さん。今日は大学へ?」
「いいえ。今日は出版社へ行ったあと、自動車会社の本社で講演を。打ち上げに誘われましたが、断りましたよ。今日中に帰りたいモノで。」
普段なら打ち上げを断らない。きょうは靖が居たので帰ってきたのだろう。
「克之さん。お土産を買いますか。真理子たちにでも。」
「そうですね。菓子でも買おうかな。」
「今日中に帰られるんなら、高柳さんの所のケーキが良いですよ。焼き菓子も美味しかったです。」
倫子はそういうと、克之は少し笑う。
「そうさせてもらいます。俺はあまりそういったモノは詳しくなくてですね。真理子からいつも怒られますよ。もう少し気の利いたモノを買ってきてくれって。」
その言葉に春樹も少し笑った。
「そうですよ。克之さん。土産だってお酒を買っても、子供たちは飲めませんから。」
「あのときは確かに悪いと思いましたよ。寿がすねていたから。」
「春樹さん。お店わかる?」
「あぁ。一度行ったことがあるよ。大丈夫。」
「じゃあ、私はここで失礼します。」
倫子はそういってその場を去ろうとした。その行動に、靖が声を上げる。
「小泉先生は行かないんですか?」
「えぇ。ごめんね。私、十六時から用事があるの。」
「連絡をして良いですか。」
「えぇ。いつでも。」
そういって離れようとした倫子に、克之が声をかける。
「小泉先生。靖がお世話になりました。」
「いいえ。お大事に。」
倫子はそういって駅の方へ向かっていく。その後ろ姿に靖は心の中でため息をついた。
春樹の奥さんだった未来は、あまり好きになれないタイプだった。自分が確かに、父の連れ子でしかも父親の子供ではないことばかりをずっとちくちくと言っていたのだ。
だが倫子はその事実を聞いても全く動揺していなかった。それが嬉しかった。
春樹の恋人だったら良かったのに。そう思うと同時に、少し胸のあたりがもやっとした。
「俺、お父さんの連れ子です。」
「靖君。」
「お父さんの兄さん夫婦が本当の両親です。」
父である克之の実家は、児童養護施設を経営していた。だが経営は思わしくなかったところを青柳グループが買収し、借金だけを押しつけられた兄夫婦は自ら命を絶った。
残されたのは息子だけだった。克之は青柳に靖を預けるのををためらったため、靖を自分の息子として育てていたのだ。それを面倒見ていたのが、真理子でもある。
「そっか。悪いな。変なことを聞いて。」
春樹の隠し子だったら本当は良かった。倫子がそれで見切りをつけると思ったから。
「あの……あなたは小泉先生の恋人か何かですか?」
その言葉に倫子は思わずドリンクを吹きそうになった。しかし政近は少し笑って言う。
「だったらいいよな。な?倫子。」
「うるさい。違うのよ。靖君。この人は、仕事でつきあいをしている人。」
「仕事?作家ですか?」
「漫画家だよ。田島先生。」
春樹もそういって、フォローする。すると靖は驚いたように政近を見た。
「あ……今度、小泉先生の読み切りが漫画になるって聞きました。それの絵を描いている?」
「あんな雑誌読んでんのか。あれ、お前が読むのにははえぇよ。」
裸に近いグラビアが載っていたり、漫画だって胸ばかりが大きな女性が載っていたり、やくざのことなんかがおもしろおかしく載っている雑誌だ。それを読むのは早いと思ったのだろう。
「小泉先生の作品が今度載るって、お父さんが教えてくれました。予告見て……綺麗な絵だなと思って。」
「褒められたぞ。」
得意げな政近に、倫子は冷めたように言う。
「絵だけはね。」
「んだよ。」
春樹と並んでいて、倫子が恋人同士なのだろうと思っていた。だが政近の方が自然だ。見た目だけではない。笑いあったり、時には言い合ったり、倫子が年相応に見える。
「田島先生はこれから仕事ですか?」
春樹はそう聞くと、政近は首を横に振る。
「やっとアップした。俺、昨日寝てねぇんだよ。」
「ゆっくり休んだら?」
倫子はそういうと政近はにやっと笑う。
「お前が隣で寝てくれるといいんだけどな。」
「勘弁してよ。子供の前で。」
それに春樹の前で言われたくない。ちらっと春樹を見ると、笑っていたが目は怒っているようだった。
それから政近と別れて三人はスポーツ用品の店へ行ったり、お店をぶらぶらと歩いたりしたり、また本屋で立ち読みなんかをしていると、克之から連絡があった。
「靖君。克之さんの仕事が終わったようだ。」
「そっか……。」
都会には遊びが溢れている。興味が出てくるかもしれないと思うモノが沢山あって、今まで走ることとほんの世界史か興味が持てなかったのに、その道がどんどん開けているような気がした。
「また遊びに来ると良いわ。」
それを倫子も感じて声をかけた。
「小泉先生。今度お家へ行ってみても良いですか。」
倫子はそれに軽くうなづいた。
「良いわ。大したおもてなしは出来ないけれど。」
「本が見たい。沢山あると聞いてたし。」
「えぇ。うちの同居人はね、みんな本好きなのよ。」
駅前の時計台で三人は待っていると、スーツとトレンチコートを着た克之が駅の方面から歩いてくる。
「靖。足はどうだった?」
「紹介状をもらってきた。リハビリ次第だって。週に二、三回、丘の上にあるあの病院へ行けばいいだろうって。」
「そうか。」
ほっとした。走れないと聞いたときの靖は、もう死んだようだと思っていたのに今はこんなに生き生きしている。だが正直複雑だった。
靖は他の弟と比べると頭がだいぶ良い方だ。走るよりも勉強に力を入れて欲しいと思っていたのだが。
「ん?こちらのお嬢さんは?」
倫子の姿を見て、克之はいぶかしげな顔をしている。入れ墨のは言ったパンクロッカー風の女性だ。大学にそんなタイプはいない。体を売るような女性に見えたのだ。
「小泉先生だよ。」
「小泉?あぁ。靖が好きな小泉倫子先生か?イヤ……こんな身近に会うと思ってませんで。どうも始めまして。藤枝克之です。」
「小泉倫子です。初めまして。」
手を差し出されて、思わずそれを握った。手には蛇の頭に見える入れ墨が見えた。その割には手の先にはマニキュア一つ塗っていない。そしてその入れ墨に混ざってわずかに火傷のあとが見える。おそらくこれを隠すためだ。
「こんなに若いお嬢さんだったとは。靖があなたのファンなんですよ。」
「そう聞きました。読んでくださって嬉しいです。」
「お兄さん。今日は大学へ?」
「いいえ。今日は出版社へ行ったあと、自動車会社の本社で講演を。打ち上げに誘われましたが、断りましたよ。今日中に帰りたいモノで。」
普段なら打ち上げを断らない。きょうは靖が居たので帰ってきたのだろう。
「克之さん。お土産を買いますか。真理子たちにでも。」
「そうですね。菓子でも買おうかな。」
「今日中に帰られるんなら、高柳さんの所のケーキが良いですよ。焼き菓子も美味しかったです。」
倫子はそういうと、克之は少し笑う。
「そうさせてもらいます。俺はあまりそういったモノは詳しくなくてですね。真理子からいつも怒られますよ。もう少し気の利いたモノを買ってきてくれって。」
その言葉に春樹も少し笑った。
「そうですよ。克之さん。土産だってお酒を買っても、子供たちは飲めませんから。」
「あのときは確かに悪いと思いましたよ。寿がすねていたから。」
「春樹さん。お店わかる?」
「あぁ。一度行ったことがあるよ。大丈夫。」
「じゃあ、私はここで失礼します。」
倫子はそういってその場を去ろうとした。その行動に、靖が声を上げる。
「小泉先生は行かないんですか?」
「えぇ。ごめんね。私、十六時から用事があるの。」
「連絡をして良いですか。」
「えぇ。いつでも。」
そういって離れようとした倫子に、克之が声をかける。
「小泉先生。靖がお世話になりました。」
「いいえ。お大事に。」
倫子はそういって駅の方へ向かっていく。その後ろ姿に靖は心の中でため息をついた。
春樹の奥さんだった未来は、あまり好きになれないタイプだった。自分が確かに、父の連れ子でしかも父親の子供ではないことばかりをずっとちくちくと言っていたのだ。
だが倫子はその事実を聞いても全く動揺していなかった。それが嬉しかった。
春樹の恋人だったら良かったのに。そう思うと同時に、少し胸のあたりがもやっとした。
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