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血縁
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克之と靖を駅で見送り、春樹はそのまま家に帰ってきた。高柳鈴音の所で渡されたケーキは、克之からのモノだった。今日は一日中、靖に付き合ったのだからと倫子に気を使ったらしい。
そして家に帰り着くと、ふわんと家中にスパイシーな匂いがする。それを感じて、春樹は台所へ向かった。
「ただいま。」
「お帰り。」
「今日はありがとう。靖君に付き合ってもらって。」
「いいのよ。資料集めのついでだったし、それにこんな用事でもないとスポーツ洋品店なんか行かないもの。駅ビルをぶらぶらすることもなかったでしょうね。」
まるでデートのようだった。靖がいるだけだがデートの気分に浸れた。妻はこういうデートが好きだった。化粧品だ、洋服だと忙しいなと思っていたのがこの間のようだと思う。
「カレーを作っているの?」
「朝、仕込んでおいたの。仕上げているだけだけど。」
「美味しそうな匂いがする。倫子のカレーは美味しいからな。」
「今日は、干しエビを入れてみたの。」
「干しエビ?」
「お正月にいただいたもの。海鮮カレーね。」
そういって倫子は火を切ると、エプロンをとろうとした。それを春樹は手で止める。
「何?」
「そのまま、着たままにして。」
春樹はそのまま冷蔵庫にケーキを入れると、不思議そうにしている倫子に近づいた。そしてそのままその体を抱きしめる。
「ずっとこうしたかったから。」
「うん……。」
「それにエプロン姿っていうのがそそられる。」
「やだ。変態っぽい。」
少し笑い、倫子の体を少し離す。そして顔を見下ろすと、その唇に軽くキスをする。そして春樹はそのままエプロン越しに、胸に触れた。
「春樹……こんなところじゃ……。」
「イヤ?」
まだ伊織も泉も帰ってくるような時間ではない。それにこの手に触れられたいと思う。伊織のことを消して欲しい。
だがここは共用の場なのだ。せめて部屋でしたい。
「部屋に連れて行ってくれる?」
「わかった。でもエプロン付けたままがいいな。」
「変わった趣味よね。」
「そうかな。男の夢じゃない?エプロンを付けてするのって。」
そういって春樹は倫子の手を引いて、自分の部屋につれてくる。そしてそのままドアを閉めるとむさぼるようにキスをした。
「ん……。」
お互いの体に手を伸ばして、探るように頬に手を当てる。舌を絡め合い、声が漏れた。
そのときだった。ざあっという音がした。その音に倫子の顔色が青くなる。
「やだ。雨?」
慌てて部屋を飛び出ると、確かに雨が降っていた。外には洗濯物が干してあり、慌てて縁側から外にでる。
「せっかく乾いてたのに。濡れちゃう。」
春樹も外にでるとその洗濯物を取り入れた。
「冬は仕方ないね。」
取り入れた洗濯物を縁側において、倫子は一息ついた。そのときだった。塀の向こうで男がこちらを見ている。春樹はそれに気がついて、倫子に中にはいるように促した。
「倫子。部屋に入って。」
「何?」
「誰かいる。」
倫子はふとそれに気がつき、塀の外を見る。そこには槇司がいた。
「槇さん。」
「え?」
司は倫子の方を見て少し笑顔になって会釈をする。傘を持っていないようで肩も頭も濡れていた。
「中に入ってください。風邪を引きますよ。」
すると司は家を回って玄関の方へ向かう。その間、倫子は乾いているタオルをより分けて、玄関の方へ向かった。
「急に降り出して、どうしようかと思ったんですよ。」
玄関先でタオルを受け取った司は、濡れている頭やコートを拭き始める。
「何か用事が?」
「いいえ。今日は非番です。ちょうど小泉さんの家が見えたから、立ち寄ってみただけですよ。」
春樹よりも背が高く、細身の男だ。たれ目で髪が短い。人は良さそうに見える。
「傘でも借りようかと?」
「その通りです。」
「まぁ……良いですよ。知らない仲ではないですし。」
少しため息をついて、倫子は部屋の中に司を呼ぶ。居間に通して、コートをハンガーに吊した。
「えっと……旦那さんですか?」
台所へ行った倫子の代わりに、春樹がそう聞かれた。すると春樹はその問いが少し嬉しかったのだろう。笑顔で答える。
「いいえ。同居人で、藤枝と言います。」
「そういえば同居人が何人かいると言っていましたね。俺は槇と言います。小泉さんの古い知り合いです。」
わざと警察官だとは言わなかった。先ほどの行動を見ていると、春樹は気の置けない人物だと思っていたのだ。
「槇さん。お茶を飲みますか。」
倫子はそういって台所から出てくる。急須や湯飲みをお盆に載せていた。
「あぁ。ありがとうございます。前のお茶ですか?」
「えぇ。春樹さんのご実家からいただいたモノなんですけど。」
お茶を入れて、司の前に置く。そして漬け物を中央においた。
「高菜の漬け物ですね。これ、美味いです。」
「そう……良かった。良かったら持って帰ります?この間別の同居人が実家に帰って、また貰ってきたから。」
「一人ではそんなに食えないですよ。」
「あら。槇さん。まだお一人でしたかね。」
「縁遠くて。この間、上司から見合いをしないかと言われましたよ。俺、まだ三十なんですけどね。早くないですか?」
その言葉に、春樹は少し笑った。
「俺、結婚したの三十ですけどね。」
「結婚歴が?」
「年末に妻を亡くしました。」
それでここに間借りをしているのか。切り替えが早い人物なのだろうか。
「それは……ご愁傷様です。」
「いいえ。威張って言えることでもないですし。それに……過去ばかり振り返っていたら、何も踏み出せないと思いますから。」
出されたお茶を春樹は口に入れると、少し笑った。どうも胡散臭い。司はそう思いながら、漬け物に箸をのばす。
「槇さんは、ご結婚しても仕事ばかりしそうですね。」
「あ……多分そうなります。一応、恋人が居た時期もあるんですけど、いつも降られてばかりか連絡が付かなくなったりしてですね。」
「槇さんらしい。」
「父もそんな感じでした。今はずっと釣りばかりしてますよ。」
「釣りが趣味ですか。意外ですね。」
「母からはいっそ漁師になればいいのにと言われてますよ。」
「商売でするのとは違いますよ。」
司の父である大胡をよく覚えている。仕事しか見ていなかった人だ。熱心に倫子に話を聞き、真実を突き詰めようとしていた。だがその願いは全く届くことはなく、倫子は中学生にして淫乱でだらしない女だと烙印を押されたのだ。
地元に帰りたくない。結婚するにしても誰も挨拶など行かせたくないし、結婚式に両親も呼びたくない。両親すら倫子の話を信じなかったのだから。
そして家に帰り着くと、ふわんと家中にスパイシーな匂いがする。それを感じて、春樹は台所へ向かった。
「ただいま。」
「お帰り。」
「今日はありがとう。靖君に付き合ってもらって。」
「いいのよ。資料集めのついでだったし、それにこんな用事でもないとスポーツ洋品店なんか行かないもの。駅ビルをぶらぶらすることもなかったでしょうね。」
まるでデートのようだった。靖がいるだけだがデートの気分に浸れた。妻はこういうデートが好きだった。化粧品だ、洋服だと忙しいなと思っていたのがこの間のようだと思う。
「カレーを作っているの?」
「朝、仕込んでおいたの。仕上げているだけだけど。」
「美味しそうな匂いがする。倫子のカレーは美味しいからな。」
「今日は、干しエビを入れてみたの。」
「干しエビ?」
「お正月にいただいたもの。海鮮カレーね。」
そういって倫子は火を切ると、エプロンをとろうとした。それを春樹は手で止める。
「何?」
「そのまま、着たままにして。」
春樹はそのまま冷蔵庫にケーキを入れると、不思議そうにしている倫子に近づいた。そしてそのままその体を抱きしめる。
「ずっとこうしたかったから。」
「うん……。」
「それにエプロン姿っていうのがそそられる。」
「やだ。変態っぽい。」
少し笑い、倫子の体を少し離す。そして顔を見下ろすと、その唇に軽くキスをする。そして春樹はそのままエプロン越しに、胸に触れた。
「春樹……こんなところじゃ……。」
「イヤ?」
まだ伊織も泉も帰ってくるような時間ではない。それにこの手に触れられたいと思う。伊織のことを消して欲しい。
だがここは共用の場なのだ。せめて部屋でしたい。
「部屋に連れて行ってくれる?」
「わかった。でもエプロン付けたままがいいな。」
「変わった趣味よね。」
「そうかな。男の夢じゃない?エプロンを付けてするのって。」
そういって春樹は倫子の手を引いて、自分の部屋につれてくる。そしてそのままドアを閉めるとむさぼるようにキスをした。
「ん……。」
お互いの体に手を伸ばして、探るように頬に手を当てる。舌を絡め合い、声が漏れた。
そのときだった。ざあっという音がした。その音に倫子の顔色が青くなる。
「やだ。雨?」
慌てて部屋を飛び出ると、確かに雨が降っていた。外には洗濯物が干してあり、慌てて縁側から外にでる。
「せっかく乾いてたのに。濡れちゃう。」
春樹も外にでるとその洗濯物を取り入れた。
「冬は仕方ないね。」
取り入れた洗濯物を縁側において、倫子は一息ついた。そのときだった。塀の向こうで男がこちらを見ている。春樹はそれに気がついて、倫子に中にはいるように促した。
「倫子。部屋に入って。」
「何?」
「誰かいる。」
倫子はふとそれに気がつき、塀の外を見る。そこには槇司がいた。
「槇さん。」
「え?」
司は倫子の方を見て少し笑顔になって会釈をする。傘を持っていないようで肩も頭も濡れていた。
「中に入ってください。風邪を引きますよ。」
すると司は家を回って玄関の方へ向かう。その間、倫子は乾いているタオルをより分けて、玄関の方へ向かった。
「急に降り出して、どうしようかと思ったんですよ。」
玄関先でタオルを受け取った司は、濡れている頭やコートを拭き始める。
「何か用事が?」
「いいえ。今日は非番です。ちょうど小泉さんの家が見えたから、立ち寄ってみただけですよ。」
春樹よりも背が高く、細身の男だ。たれ目で髪が短い。人は良さそうに見える。
「傘でも借りようかと?」
「その通りです。」
「まぁ……良いですよ。知らない仲ではないですし。」
少しため息をついて、倫子は部屋の中に司を呼ぶ。居間に通して、コートをハンガーに吊した。
「えっと……旦那さんですか?」
台所へ行った倫子の代わりに、春樹がそう聞かれた。すると春樹はその問いが少し嬉しかったのだろう。笑顔で答える。
「いいえ。同居人で、藤枝と言います。」
「そういえば同居人が何人かいると言っていましたね。俺は槇と言います。小泉さんの古い知り合いです。」
わざと警察官だとは言わなかった。先ほどの行動を見ていると、春樹は気の置けない人物だと思っていたのだ。
「槇さん。お茶を飲みますか。」
倫子はそういって台所から出てくる。急須や湯飲みをお盆に載せていた。
「あぁ。ありがとうございます。前のお茶ですか?」
「えぇ。春樹さんのご実家からいただいたモノなんですけど。」
お茶を入れて、司の前に置く。そして漬け物を中央においた。
「高菜の漬け物ですね。これ、美味いです。」
「そう……良かった。良かったら持って帰ります?この間別の同居人が実家に帰って、また貰ってきたから。」
「一人ではそんなに食えないですよ。」
「あら。槇さん。まだお一人でしたかね。」
「縁遠くて。この間、上司から見合いをしないかと言われましたよ。俺、まだ三十なんですけどね。早くないですか?」
その言葉に、春樹は少し笑った。
「俺、結婚したの三十ですけどね。」
「結婚歴が?」
「年末に妻を亡くしました。」
それでここに間借りをしているのか。切り替えが早い人物なのだろうか。
「それは……ご愁傷様です。」
「いいえ。威張って言えることでもないですし。それに……過去ばかり振り返っていたら、何も踏み出せないと思いますから。」
出されたお茶を春樹は口に入れると、少し笑った。どうも胡散臭い。司はそう思いながら、漬け物に箸をのばす。
「槇さんは、ご結婚しても仕事ばかりしそうですね。」
「あ……多分そうなります。一応、恋人が居た時期もあるんですけど、いつも降られてばかりか連絡が付かなくなったりしてですね。」
「槇さんらしい。」
「父もそんな感じでした。今はずっと釣りばかりしてますよ。」
「釣りが趣味ですか。意外ですね。」
「母からはいっそ漁師になればいいのにと言われてますよ。」
「商売でするのとは違いますよ。」
司の父である大胡をよく覚えている。仕事しか見ていなかった人だ。熱心に倫子に話を聞き、真実を突き詰めようとしていた。だがその願いは全く届くことはなく、倫子は中学生にして淫乱でだらしない女だと烙印を押されたのだ。
地元に帰りたくない。結婚するにしても誰も挨拶など行かせたくないし、結婚式に両親も呼びたくない。両親すら倫子の話を信じなかったのだから。
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