守るべきモノ

神崎

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年越

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 エンジン音がして、倫子は箸を止めた。そしてその様子は伊織にも聞こえていたようで、思わず倫子をみる。
「帰ってきたのかな。倫子。落ち着いて対応をしてよ。」
「わかってるわ。」
 重箱に黒豆や田作りを積める。蒲鉾、だし巻きなど正月らしいモノが並んだ。そして伊織は伊織のつてで手にいれたぶりの切り身を刺身にしている。
「ただいま。」
「お邪魔します。」
 玄関から泉と礼二の声が聞こえた。倫子は少し真顔になったが、冷静に居間へ出て行く。
「お帰り。」
「すごい、家が綺麗になってるね。」
「みんなでしてくれたわ。」
「ごめんね。私だけ仕事で。」
「良いのよ。礼二。今年は売り上げよかったんでしょう?」
 すると礼二は少し笑っていった。
「十二月の売り上げが良かったからね。ほくほくだ。エリアマネージャーも大手を振って本社にいけるって。」
「それは良かったわ。」
 すると風呂場の方から政近がやってきた。
「悪いねぇ。一番風呂で。」
「お客様だもの。かまわないわ。」
「掃除させておいて、何が客だよ。」
 政近はそういってタオルを頭に巻いた。そして礼二の方をみる。
「初めましてかな。」
「お客さんで何度か見えましたよね。」
「あぁ。」
「川村です。」
「田島。」
 どんなつながりなのかわからない。だが倫子も泉もおなじみの顔なのだろう。この家にいるのが自然なようだ。
「政近。悪いけど、倉庫から組立の机持ってきてくれない?」
「俺?」
 文句を言おうとした政近は、倫子を見て頬を膨らます。
「泉、案内してあげて。泉じゃ持てないから。礼二は先にお風呂にでも入る?冷めてしまうし。」
 すると礼二は上着を脱いで泉の方を向く。
「俺が持ってくるよ。泉、倉庫はどこ?」
 その後ろ姿を見て、政近は倫子の方をみた。
「あいつ、こう言っちゃ悪いけど、富岡と居るより自然だな。」
「……文句は言いたいけど、泉が選んだ相手だし。」
 友達以上に見えた。言うなら、姉妹を取られたような感覚だろうか。倫子が少し寂しそうに見える。
「倫子。そう落ちるなよ。」
「は?」
「寂しいんなら俺が居てやっても……いてっ。」
 布巾を持った伊織が居間にやってきて、そのまま政近のふくらはぎを蹴る。蹴られた政近は大げさに痛がりながら、恨めしそうに伊織を見ていた。
「田島。下らないことを言ってないで、春樹さんを呼んで来いよ。」
「片づけをしてたっけ。わかったよ。」
 倉庫は外にある。そこへ泉と礼二が行っているのを見ながら、政近は春樹の部屋の前に立つ。
「藤枝さん。みんな集まったよ。」
 すると春樹の声がすぐに帰ってきた。
「わかった。」
 しばらくして春樹が部屋から出てくる。ちらっと見た部屋はだいぶ片づいているようだ。
「懐かしいモノが出てきて、はかどらなかったな。」
「そういう奴いますよね。写真とか出てきて、手が止まるの。」
「夏にこっちに引っ越してきて、本も増えたし。」
「正月はどうするんですか?」
「実家に帰りますよ。妻のこともありますし、寂しい正月になると思いますが。」
 そこに倫子を連れて行くわけはないだろう。そこまでバカではない。
「田島さんは?」
「……親父はまだ健在なんでね。弟と妹と一緒に帰ろうかと思ってますけど。」
「弟というと……「三島出版」の?」
「えぇ。倫子の担当って聞いて驚きました。」
 そっちはそっちでうまくやっている。だが心配なのは妹である月子だ。大学にほとんど行っていないらしい。
 月子は昔レイプされた。それが未だにトラウマになっている。
「……藤枝さん。」
「どうしました?」
「医者とかに顔が利きませんか。」
「医者?どこか悪いんですか?」
「んー。俺じゃなくて……妹がね。ちょっと心が弱いというか。」
「それは、俺ではなくて倫子に聞いた方が良いですね。」
「倫子?何で?」
 気が付いていなかったのか。どこまで脳天気な男だと春樹は少し呆れていた。
「気が付いてなかったんですか。倫子もまた病院に通っているんですよ。」
 一度病院で会った。あのとき倫子はピルを処方してもらったと言っていたが、それと同時に処方されていたモノがある。それに気が付かないのか。

 鍋をするためのカセットコンロが用意されたテーブルは、いつものテーブルに簡易的な机をひっつけた。
「クリスマスよりはましだな。」
 カロリーの固まりではないその料理に、政近は少し笑う。
「文句があるなら食べなくて良いのよ。」
 倫子はそういうと鍋の具をその脇に用意した。
「やだよ。何のために酒まで用意したと思ってんだ。」
「最初はビールだろう?」
「そうね。」
 テーブルに刺身も用意した。それを見て、礼二は少し笑っていた。
「どうしたんですか。……店長さん。」
 伊織の言葉に礼二は顔の前で手を拭る。
「ここで店長は辞めてくださいよ。店を出たんだし。」
「そうだな。あんた、名前なんだっけ。」
「礼二。」
「俺は政近で良いよ。あ。そうだ。あんた川村礼二って言うのか。」
「そうだけど……。」
「弟か何かが、バーの店員してない?」
「してる。弟がね。小泉さんや泉の同級生か。」
「えぇ。亜美に拾われたのよね。」
「小間使いをしているよ。でも亜美も、牧緒がいなければ困ると言っていたし。」
 そういって刺身用の小皿を手渡された。そして醤油やワサビを置かれる。
「あぁ。小泉さん。これを試してみて。」
 すると礼二は倫子にバッグから取り出した醤油を手渡す。
「何?これ普通の刺身醤油とは違うの?」
「俺、地元が南の方なんだ。そっちは刺身醤油が甘い。こっちが良いって人もいるかと思って。」
「と言うか、あんた、こっちの方が良いんだろ?」
 政近はそういってその醤油を手にする。そして自分の小皿にそれを注いだ。すると春樹もそれを手にしてみる。
「春樹も初めて?」
 すると春樹は少し笑っていった。
「懐かしいなと思ってね。」
「え?」
「実家でよくこの刺身醤油をもらっていたんだ。俺はこっちの方が馴染みがあるな。」
 懐かしい。この醤油を父は煙たがっていた。だが春樹には良い人だったと思う。だがそれは表面だけだった。
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