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年越
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店を出るのは別々で出る。一緒に出れば何を言われるかわからないからだ。泉はそう思いながら、外に出て夕暮れの空を見ていた。
「阿川さん。」
書店担当の店長が裏通りを出て行った泉を追いかけて声をかける。それに泉は振り返った。
「はい。」
「移動の話だけど。」
「はい。聞いてます。」
「まだ返事はしていない?」
「一朝一夕で答えられるようなことじゃないですよ。とりあえず正月までには何とかしたいと思いますが。」
明らかにほっとしている。そして店長は息を切らせていった。
「阿川さんがここに居てくれるといいんだけどね。」
「どうしてですか。」
「んー。ほら、こっちでインフルエンザが大流行したの覚えてる?」
「去年ですか。」
去年のはじめ、インフルエンザが大流行した。それで泉は手が合いたら書店を手伝ったりしていたのだ。代わりに礼二がカフェを一人で回していた。あのときは礼二がぐったりしていたのを思い出す。
「店長としてはね、こっちあっちで何の遜色なく働ける人ってのは喉から手が出るほど欲しい。阿川さんの代わりで来るって言ってた人は、カフェ部門のことしかわからない人だしね。」
「はぁ……。」
「それに、君は先見の目があるから。」
出版社のバイヤーが挨拶に来ることがある。それはすなわち、おいて欲しい、力を入れて欲しい書籍のPRだ。
バックヤードにサンプルを置いていると、泉がそれを目にして「売れる」「売れない」と書籍担当の人たちと賭をしていたのだ。そしてそれは泉の連戦連勝だったが。
「読んでみたり、表装でモノを言っているだけですよ。」
「そう言う人は少ないよ。みんな名前だけで本を買っている。もっと内容を見て、手にとって欲しいと思うしね。」
「はぁ……。」
「出来るだけ長くいて欲しいと思うよ。」
嬉しかった。書籍部門で自分が必要ないと思っていたから。だがこんなに必要だと面と向かって言われると、自然と顔がほころんでくる。
「じゃあ、また来年かな。」
「良いお年を。」
泉はそう言って裏通りを出て行く。足取りは軽かった。自分の居場所はちゃんとここにあった。
礼二の車で家に帰る。泉の膝の上には、高柳鈴音の店で買ったケーキがあった。
「駐車場ってあったかな。」
「あ、庭の横に二台くらいなら車を停められるんですよ。」
「そっか。」
礼二の口は重い。鈴音にいらついているのだ。
「礼二さん。」
「ん?」
「高柳さんのこと、あまり気にしなくても良いと思いますけど。」
「……んー。」
鈴音の店に行ったとき、鈴音は店頭にいなかった。だからケーキだけを受け取って帰ろうと思っていたのに、鈴音が奥のキッチンから出てきてそれはぶちこわされる。
「店長だからって職権乱用し過ぎじゃないですか。阿川さんには選ぶ権利があるんだし、もっと自由にさせてくださいよ。」
そう言って送り出したのだ。礼二にしてみたら寝耳に水だ。立場を利用して泉に近づいたと思わないし、泉を本気でモノにしたい空手を出しているのだから、そんなことを言われたくなかった。
「俺だって泉を離したくて言っているわけじゃないんだけどな。」
「……。」
「一緒にずっといれればいい。だけど会社ならそれが無理だ。……独立する気もないし。」
「独立?」
そうか。そういう道もあったのだ。もし礼二が独立すれば、何の文句もなく泉を置いておけるだろう。
「俺は商売が下手だからね。」
仕事はまじめできっちりした性格だと思っていた。だがそれは経営になるとまた違ってくる。今は会社という組織に守られているから何とかやっているのだ。
鈴音がうらやましい。自分とあまり歳が変わらないのに、もう何店舗も店を持っているのだ。
「礼二さんは礼二さんでしょう。礼二さんもあの店から移動って話もあるかもしれないのに。」
「うーん。俺の場合猛威どうって言われたら、間違いなく地方だしね。」
「そうなんですか。」
それだった本当に離ればなれだ。礼二だったらそっちの方が良いのかもしれない。そっちんほうが遊べるだろう。
「……呆れてる?」
「え……。」
「封筒の中身見たんだろう?」
奥さんがやってきて、置いていった封筒があった。その中身をあの日の夜、礼二はその中身を見てその晩は帰ってこなかったのだ。
「見てないです。」
「だったら見て良いよ。そのダッシュボードの中にあるから。」
ふるえる手でそのダッシュボードをあけた。そこには見覚えのある封筒がある。その中身を見ると、そこには離婚届があった。
「……え……。」
まだ離婚していたわけではなかった。離婚届には礼二の欄にはちゃんと書かれているのに対し、奥さんの欄には何も書かれていない。
「正式には離婚してない。」
「何で……。」
「奥さんがうんとは言わないから。」
出て行った奥さんは、不倫相手の所へ行ったらしい。だがその相手は奥さんと子供を目にして、そのまま居なくなった。
職場も急に社員が居なくなり、ドラッグストアはてんてこ舞いだった。噂も流れて奥さんは居づらくなって退社した。それからずっと奥さんは実家に身を寄せているらしい。
「奥さんの実家から、よりを戻して欲しいと言われた。子供は責任持って堕胎させるからって。」
「駄目です。堕胎なんて。」
「泉……。」
あのときの奥さんの絞り出す声が心に残っていた。堕ろしてもいいといったとき、奥さんの言葉が詰まり言葉にならなかった。すなわち、奥さんにも未練があるのだ。
「……礼二。こうなってあれだけど……奥さんとよりは戻せないの?」
すると礼二もため息を付いていった。
「戻せない。」
「私が原因だったら……。」
「泉のせいじゃないよ。俺の子供だったって言う先に産まれた子供もね……俺の子供じゃなかったから。」
その言葉に泉は驚いて礼二をみた。
「っていうかね……俺、子供が出来ないんだ。」
「え……。」
「……だから子供が出来るわけがない。」
礼二の言葉には怒りが込められていた。やっと泉に告白が出来たと、ほっとする。
「阿川さん。」
書店担当の店長が裏通りを出て行った泉を追いかけて声をかける。それに泉は振り返った。
「はい。」
「移動の話だけど。」
「はい。聞いてます。」
「まだ返事はしていない?」
「一朝一夕で答えられるようなことじゃないですよ。とりあえず正月までには何とかしたいと思いますが。」
明らかにほっとしている。そして店長は息を切らせていった。
「阿川さんがここに居てくれるといいんだけどね。」
「どうしてですか。」
「んー。ほら、こっちでインフルエンザが大流行したの覚えてる?」
「去年ですか。」
去年のはじめ、インフルエンザが大流行した。それで泉は手が合いたら書店を手伝ったりしていたのだ。代わりに礼二がカフェを一人で回していた。あのときは礼二がぐったりしていたのを思い出す。
「店長としてはね、こっちあっちで何の遜色なく働ける人ってのは喉から手が出るほど欲しい。阿川さんの代わりで来るって言ってた人は、カフェ部門のことしかわからない人だしね。」
「はぁ……。」
「それに、君は先見の目があるから。」
出版社のバイヤーが挨拶に来ることがある。それはすなわち、おいて欲しい、力を入れて欲しい書籍のPRだ。
バックヤードにサンプルを置いていると、泉がそれを目にして「売れる」「売れない」と書籍担当の人たちと賭をしていたのだ。そしてそれは泉の連戦連勝だったが。
「読んでみたり、表装でモノを言っているだけですよ。」
「そう言う人は少ないよ。みんな名前だけで本を買っている。もっと内容を見て、手にとって欲しいと思うしね。」
「はぁ……。」
「出来るだけ長くいて欲しいと思うよ。」
嬉しかった。書籍部門で自分が必要ないと思っていたから。だがこんなに必要だと面と向かって言われると、自然と顔がほころんでくる。
「じゃあ、また来年かな。」
「良いお年を。」
泉はそう言って裏通りを出て行く。足取りは軽かった。自分の居場所はちゃんとここにあった。
礼二の車で家に帰る。泉の膝の上には、高柳鈴音の店で買ったケーキがあった。
「駐車場ってあったかな。」
「あ、庭の横に二台くらいなら車を停められるんですよ。」
「そっか。」
礼二の口は重い。鈴音にいらついているのだ。
「礼二さん。」
「ん?」
「高柳さんのこと、あまり気にしなくても良いと思いますけど。」
「……んー。」
鈴音の店に行ったとき、鈴音は店頭にいなかった。だからケーキだけを受け取って帰ろうと思っていたのに、鈴音が奥のキッチンから出てきてそれはぶちこわされる。
「店長だからって職権乱用し過ぎじゃないですか。阿川さんには選ぶ権利があるんだし、もっと自由にさせてくださいよ。」
そう言って送り出したのだ。礼二にしてみたら寝耳に水だ。立場を利用して泉に近づいたと思わないし、泉を本気でモノにしたい空手を出しているのだから、そんなことを言われたくなかった。
「俺だって泉を離したくて言っているわけじゃないんだけどな。」
「……。」
「一緒にずっといれればいい。だけど会社ならそれが無理だ。……独立する気もないし。」
「独立?」
そうか。そういう道もあったのだ。もし礼二が独立すれば、何の文句もなく泉を置いておけるだろう。
「俺は商売が下手だからね。」
仕事はまじめできっちりした性格だと思っていた。だがそれは経営になるとまた違ってくる。今は会社という組織に守られているから何とかやっているのだ。
鈴音がうらやましい。自分とあまり歳が変わらないのに、もう何店舗も店を持っているのだ。
「礼二さんは礼二さんでしょう。礼二さんもあの店から移動って話もあるかもしれないのに。」
「うーん。俺の場合猛威どうって言われたら、間違いなく地方だしね。」
「そうなんですか。」
それだった本当に離ればなれだ。礼二だったらそっちの方が良いのかもしれない。そっちんほうが遊べるだろう。
「……呆れてる?」
「え……。」
「封筒の中身見たんだろう?」
奥さんがやってきて、置いていった封筒があった。その中身をあの日の夜、礼二はその中身を見てその晩は帰ってこなかったのだ。
「見てないです。」
「だったら見て良いよ。そのダッシュボードの中にあるから。」
ふるえる手でそのダッシュボードをあけた。そこには見覚えのある封筒がある。その中身を見ると、そこには離婚届があった。
「……え……。」
まだ離婚していたわけではなかった。離婚届には礼二の欄にはちゃんと書かれているのに対し、奥さんの欄には何も書かれていない。
「正式には離婚してない。」
「何で……。」
「奥さんがうんとは言わないから。」
出て行った奥さんは、不倫相手の所へ行ったらしい。だがその相手は奥さんと子供を目にして、そのまま居なくなった。
職場も急に社員が居なくなり、ドラッグストアはてんてこ舞いだった。噂も流れて奥さんは居づらくなって退社した。それからずっと奥さんは実家に身を寄せているらしい。
「奥さんの実家から、よりを戻して欲しいと言われた。子供は責任持って堕胎させるからって。」
「駄目です。堕胎なんて。」
「泉……。」
あのときの奥さんの絞り出す声が心に残っていた。堕ろしてもいいといったとき、奥さんの言葉が詰まり言葉にならなかった。すなわち、奥さんにも未練があるのだ。
「……礼二。こうなってあれだけど……奥さんとよりは戻せないの?」
すると礼二もため息を付いていった。
「戻せない。」
「私が原因だったら……。」
「泉のせいじゃないよ。俺の子供だったって言う先に産まれた子供もね……俺の子供じゃなかったから。」
その言葉に泉は驚いて礼二をみた。
「っていうかね……俺、子供が出来ないんだ。」
「え……。」
「……だから子供が出来るわけがない。」
礼二の言葉には怒りが込められていた。やっと泉に告白が出来たと、ほっとする。
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