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歪曲
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礼二が休みの時は、書籍担当の人が一日手伝ってくれる。今日は、若い男がやってきていた。いつも礼二がしている豆の選別、明日の仕込みなどに集中して、男は掃除などをしてくれた。だがこの男は割と手早くしてくれる。仕込みをしているとカウンターの中に男が入ってきた。
「阿川さん。掃除終わりましたよ。」
「あぁ、ありがとうございます。あと、仕込みだけなんでもう大丈夫ですよ。」
そういってパウンドケーキの仕込みをまた再開した。すると男はキッチンの中に入ってくる。
「手伝いますよ。」
「良いですよ。もう大した量じゃないし。」
「でも定時過ぎそうですし。書籍に戻って書籍の手伝いするの面倒だから。」
後半が本音だろう。そう思いながら、泉は倉庫を指さして、男に言う。
「ドレッシングの詰め替えをしてもらえますか。二つあれば大丈夫ですから。」
「book cafe」は顔で選んだのだろうかというくらい、男前や美女が多い。その中で泉は確かにちんちくりんな方だろう。だからこちらに採用されたのかもしれない。
この男だって、端から見れば相当男前な方だ。いつかタウン誌に「イケメン店員特集」に載っていたのを思い出す。
「阿川さんって、買ってる本のジャンルってあまりこだわりないんですか?」
「え?何で?」
「この間は恋愛小説だったのに、今日は歴史物だったじゃないですか。」
「あぁ。幕末好きなんですよ。血気盛んで良いですよね。」
本気で世の中を変えようとした若者の話が楽しい。あの中にもし泉が居たら、きっと茶屋の店員にでもなっていたのだろうか。
「さてと。これを明日まで寝かせてと……。」
ボウルをラップで蓋をして、冷蔵庫に入れる。明日これを型に流して焼けばいいのだ。
「それにしてもデザートもこだわり強いですよね。このレシピ、俺一度家でしようとしたんですよ。」
「うまくできました?」
「ううん。何か、ぼそぼそしてて。」
「粉が違うみたいですね。それからバターだけではないみたいですし。」
「バターって何かこう……堅くなると言うか。」
「だからバターだけじゃないんですよ。常温でも美味しく食べられるようにしてるから。」
これを考えたのはやはり、コーヒーの淹れ方を監修した女性だという。どんな女性なのだろう。そう思うと興味が出てくる。
「仕込み終わりですか?」
「うん。デザートも食事も終わった。一階に行くんですか?」
「そうですね。閉店準備しないと。」
「今日はありがとうございました。」
そういって泉はカウンターをでようとした。そのときぐっと手を捕まれる。
「何?」
「エプロンがほどけかけてますよ。」
そういって男は泉のエプロンの紐を結んだ。
「あぁ。そうだったんですか。」
「ひっかけてこけます。」
「そこまでドジじゃないですよ。」
泉はそういって少し笑った。だがその後ろにぴったりとくっついてくる男が、妙に違和感を持つ。
「……ありがとうございました。」
そういって泉は急ぎ足でカウンターをでる。すると男もカウンターの外に出たのを見て、電気を消した。一階の明かりだけがぼんやりと男を写す。それを見て少し礼二を思い出した。
今日、迎えに来るのだという。本当は無視したい。だがどこかで自分がそれに乗りたいと思うところもある。すなわち、好きなのだ。倫子に言ったのは言葉の勢いだったかもしれない。だが心にこんなに礼二がいる。
カウンターを出ると、男がこちらを見ていた。少し後ずさりする。
「阿川さん。ここ、辞めないですよね。」
「え?」
「本社に移動か、別の店舗に行くとか聞いたし……。」
「したくないって言ってます。」
「それに高柳さんの所にもヘッドハンティングされたとか。」
「高柳さんが勝手に言っているだけです。私、ここにいたい。」
「店長が居なくても?」
その言葉に泉は首を横に振った。
「店長が居ても居なくても、ここの店が好きなんで。」
泉はそういってもう一階に降りようとした。そのときだった。男の手が泉の手に触れる。そして思いっきり引っ張られた。
「な……。」
温かな感触がする。そして礼二ではない男の匂いがした。
「俺……阿川さんと離れるの嫌なんで。離れないでください。」
「辞めて。」
泉はそういって男からすぐに離れると、階段の方へ走っていく。
急いでバックヤードへ行き、着替えを済ませる。そしてパソコンに向かって発注をしている店長に挨拶をした。
「お先に失礼します。」
「あ……あぁ、お疲れさん。あ、阿川さん。今日は送らなくても良いの?」
「知り合いが来てるんで。」
そういって外に出ていった。脱兎のように、出て行く泉を見て店長は首を傾げる。
「何かあったのかな。」
「見たいテレビがあるとか?」
「さぁ、でも阿川さんラジオの方が好きって言ってたけどな。」
「ラジオなんて、今、携帯でも聞けるのに。」
そういって出て行った泉の後ろ姿を見ていた。
裏通りを出て、表の通りに出る。そして携帯電話を見た。礼二からのメッセージが届いている。
「駅前にいるから。」
息を整えて、泉はそのまま駅の方へ向かう。そして時計台の方へ歩いていくと、携帯電話で何かをしている礼二を見つけた。泉の姿を見て、礼二も少し笑う。
「来てくれたんだ。」
「来いって言ったじゃないですか。」
その受け答えに、礼二は少し笑う。
「食事でもする?どこがあいているかな。」
「……店長……あの……。」
「どうしたの?」
少し泣きそうになっている。何かあったのだろうか。そう思いながら礼二は、手で泉に触れようとした。だがここでは駄目だ。どこで誰が見ているのかわからない。
「家にいく?やっぱり嫌かな。」
すると泉は首を横に振った。
「連れて行ってください。お願いします。」
その言葉に礼二は少し笑うと、泉を促した。
「今日、アパート決めてきた。年明けに引っ越しをするよ。そしたら、気兼ねはいらないから。」
「はい……。」
あの男でも伊織でもない。この人が良い。泉はそう思いながら、そのひょろひょろした背中を追いかける。
「阿川さん。掃除終わりましたよ。」
「あぁ、ありがとうございます。あと、仕込みだけなんでもう大丈夫ですよ。」
そういってパウンドケーキの仕込みをまた再開した。すると男はキッチンの中に入ってくる。
「手伝いますよ。」
「良いですよ。もう大した量じゃないし。」
「でも定時過ぎそうですし。書籍に戻って書籍の手伝いするの面倒だから。」
後半が本音だろう。そう思いながら、泉は倉庫を指さして、男に言う。
「ドレッシングの詰め替えをしてもらえますか。二つあれば大丈夫ですから。」
「book cafe」は顔で選んだのだろうかというくらい、男前や美女が多い。その中で泉は確かにちんちくりんな方だろう。だからこちらに採用されたのかもしれない。
この男だって、端から見れば相当男前な方だ。いつかタウン誌に「イケメン店員特集」に載っていたのを思い出す。
「阿川さんって、買ってる本のジャンルってあまりこだわりないんですか?」
「え?何で?」
「この間は恋愛小説だったのに、今日は歴史物だったじゃないですか。」
「あぁ。幕末好きなんですよ。血気盛んで良いですよね。」
本気で世の中を変えようとした若者の話が楽しい。あの中にもし泉が居たら、きっと茶屋の店員にでもなっていたのだろうか。
「さてと。これを明日まで寝かせてと……。」
ボウルをラップで蓋をして、冷蔵庫に入れる。明日これを型に流して焼けばいいのだ。
「それにしてもデザートもこだわり強いですよね。このレシピ、俺一度家でしようとしたんですよ。」
「うまくできました?」
「ううん。何か、ぼそぼそしてて。」
「粉が違うみたいですね。それからバターだけではないみたいですし。」
「バターって何かこう……堅くなると言うか。」
「だからバターだけじゃないんですよ。常温でも美味しく食べられるようにしてるから。」
これを考えたのはやはり、コーヒーの淹れ方を監修した女性だという。どんな女性なのだろう。そう思うと興味が出てくる。
「仕込み終わりですか?」
「うん。デザートも食事も終わった。一階に行くんですか?」
「そうですね。閉店準備しないと。」
「今日はありがとうございました。」
そういって泉はカウンターをでようとした。そのときぐっと手を捕まれる。
「何?」
「エプロンがほどけかけてますよ。」
そういって男は泉のエプロンの紐を結んだ。
「あぁ。そうだったんですか。」
「ひっかけてこけます。」
「そこまでドジじゃないですよ。」
泉はそういって少し笑った。だがその後ろにぴったりとくっついてくる男が、妙に違和感を持つ。
「……ありがとうございました。」
そういって泉は急ぎ足でカウンターをでる。すると男もカウンターの外に出たのを見て、電気を消した。一階の明かりだけがぼんやりと男を写す。それを見て少し礼二を思い出した。
今日、迎えに来るのだという。本当は無視したい。だがどこかで自分がそれに乗りたいと思うところもある。すなわち、好きなのだ。倫子に言ったのは言葉の勢いだったかもしれない。だが心にこんなに礼二がいる。
カウンターを出ると、男がこちらを見ていた。少し後ずさりする。
「阿川さん。ここ、辞めないですよね。」
「え?」
「本社に移動か、別の店舗に行くとか聞いたし……。」
「したくないって言ってます。」
「それに高柳さんの所にもヘッドハンティングされたとか。」
「高柳さんが勝手に言っているだけです。私、ここにいたい。」
「店長が居なくても?」
その言葉に泉は首を横に振った。
「店長が居ても居なくても、ここの店が好きなんで。」
泉はそういってもう一階に降りようとした。そのときだった。男の手が泉の手に触れる。そして思いっきり引っ張られた。
「な……。」
温かな感触がする。そして礼二ではない男の匂いがした。
「俺……阿川さんと離れるの嫌なんで。離れないでください。」
「辞めて。」
泉はそういって男からすぐに離れると、階段の方へ走っていく。
急いでバックヤードへ行き、着替えを済ませる。そしてパソコンに向かって発注をしている店長に挨拶をした。
「お先に失礼します。」
「あ……あぁ、お疲れさん。あ、阿川さん。今日は送らなくても良いの?」
「知り合いが来てるんで。」
そういって外に出ていった。脱兎のように、出て行く泉を見て店長は首を傾げる。
「何かあったのかな。」
「見たいテレビがあるとか?」
「さぁ、でも阿川さんラジオの方が好きって言ってたけどな。」
「ラジオなんて、今、携帯でも聞けるのに。」
そういって出て行った泉の後ろ姿を見ていた。
裏通りを出て、表の通りに出る。そして携帯電話を見た。礼二からのメッセージが届いている。
「駅前にいるから。」
息を整えて、泉はそのまま駅の方へ向かう。そして時計台の方へ歩いていくと、携帯電話で何かをしている礼二を見つけた。泉の姿を見て、礼二も少し笑う。
「来てくれたんだ。」
「来いって言ったじゃないですか。」
その受け答えに、礼二は少し笑う。
「食事でもする?どこがあいているかな。」
「……店長……あの……。」
「どうしたの?」
少し泣きそうになっている。何かあったのだろうか。そう思いながら礼二は、手で泉に触れようとした。だがここでは駄目だ。どこで誰が見ているのかわからない。
「家にいく?やっぱり嫌かな。」
すると泉は首を横に振った。
「連れて行ってください。お願いします。」
その言葉に礼二は少し笑うと、泉を促した。
「今日、アパート決めてきた。年明けに引っ越しをするよ。そしたら、気兼ねはいらないから。」
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