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歪曲
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昨日も来た礼二の部屋は、昨日とは違って段ボールが置いてある。引っ越しをするつもりなのだ。
「本当に引っ越すんですね。」
泉はそういって開かれている段ボールの中をみる。その中にはシーズンオフの服などがあるらしい。今からまだ使うものは、まだ手つかずのままだ。
「少し離れているけど、車で来れないこともないし。」
テーブルにある封筒を泉に手渡す。その中身を見てみると、住所やアパート名、間取りが載っている。広めの1Kの部屋だ。一人で暮らすだけなら十分だろう。それに少し離れているので、家賃だって格安だ。
「古いけどリフォームしているしね。さ、ちょっとそこに座って。」
そういって礼二は泉をダイニングチェアに座らせると、お茶と野菜が沢山入っている中華丼を出した。
「簡単なものだけどね。」
「いいんですか。」
「一人分も二人分も変わらないから。」
いつも伊織が作っていたり、最近は倫子が作ることが多いが、他人の食事は久しぶりだろう。向かいに礼二も座ると、自分の分もテーブルに置いた。
「こうやってご飯を食べるのはあまりないね。」
いつも休憩はバラバラなので、面と向かってこんなに食事をすることはない。その中華丼の味は、あまり馴染みはなかったが優しい味がした。伊織なら一度野菜を油通ししたりするだろうか。倫子ならウズラの卵なんかを入れるかもしれない。あまり手の込んでいないその味は、死んだ母の味によく似ていた。
「私……母が死んだんです。」
その言葉に礼二はそのスプーンを止めた。こういう話を聞くのは初めてだったかもしれない。
「新興宗教にはまって、私にも強制したんです。それは人間関係も一緒で、母が認めない人は私を堕落させるって言ってました。自然に遠ざけてましたね。だからこうやってあまり人の家で食事をしたことがなくて。」
「……そっか……。だったら沢山食べなよ。」
「はい。」
深く聞かないのは興味がないからなのか、それとも優しさからなのかわからない。
「小泉先生と暮らしてて、食事なんかはどうしているの?」
「最近はみんな忙しいから、倫子が手が合いたら簡単に作ってくれるけれど……あっ……そうだった。」
手を止めて携帯電話を取り出す。そして倫子にメッセージを送ろうとして、戸惑ってしまった。こんなところで食事を済ませてきたといったら、倫子は怒り狂うかもしれない。だったらどう言えばいいだろう。
「小泉先生が厳しいかな。」
「え?」
「……たぶん、俺のことを尻軽だって言ってただろうし。」
「そんな感じのことを言ってました。」
倫子と寝たのは今年のはじめだった。酔った泉を送り届けて、そのまま倫子の部屋でセックスをしたのだ。火傷の跡が気になるのか、倫子は明かりをつけてくれなかった。どういう風に感じていたのか、ずっと気になっていたのに。
「店長?」
少しぼんやりしていたのだろう。礼二は少し笑うと、泉に言う。
「ここで店長なの?店の外なんだけど。」
すると泉は頬を赤らめて、向かいに座っている礼二に言う。
「礼二さん。」
「そう。店の中ではさすがに呼べないけど、二人だったら俺も泉って呼ぶから。」
慣れてるな。そう思いながら泉はまたスプーンを動かす。
浮気性がある礼二だ。その中の一人に過ぎないのもわかるし、きっとつきあったとしてもほかの女の陰があってやきもきするだろう。苦労するのは目に見えている。なのに止められない。
シャワーを浴びて、リビングに戻ってくると礼二はテレビを見ていたようだ。歌番組をしていて、最近はやっている歌手を特集していた。
「この人知っている?」
薬で捕まった女性だった。執行猶予が終わりもう表舞台にたてないと思っていたのだが、倫子の映画で歌った曲がヒットした。それからまた表舞台に返り咲いたのだ。アーティストにはよくあることかもしれない。
「ラジオで流れてました。」
「薬してたのが嘘みたいだね。」
礼二は泉を横に座らせると、少しため息をついた。
「俺、昔この人のライブを見たことがあってね。」
暑い夏だった。田舎の夏祭りに女に誘われて行ったことがある。ステージでは夜が近くなると一気にクラブ感が増してきていた。地元のDJがレコードを回し、その跡に女が出てきたのだ。まだバンド形態で、レゲエのような音楽だったと思う。
「それからこういう南米の曲にはまってね。実際そっちにも行ったことがある。確かに麻薬が横行しているような所だし、女性は一人で歩くのは昼間でも危険だと思う。だけど、あの青空や抜けるような透明な海と珊瑚礁が印象的だった。何より、コーヒーを栽培していたからね。」
「へぇ……。」
海外へ行ったことのない泉には未知の世界だ。行ってみたいと思う。そして隣に礼二がいればいいのかもしれない。
「いつか、一緒に行く?」
驚いて礼二の方を見た。どうして考えていることがわかったのだろう。泉は驚いて礼二の方を見上げた。
「行ってみたいです。」
泉はぽつりとそういうと、礼二は少し笑って泉の肩に手を置いた。すると泉も礼二の方を向く。軽く唇が触れて、礼二はそのまま泉を抱きしめる。
「ずっとこうしたかったんだけどな。」
「……。」
「抵抗ある?」
すると泉はその旨の中で首を横に振った。
「嫌ならここに来たりしませんから。」
倫子に告白した時点で、覚悟はしていた。そして好きなのだと思う。あの暗い店内で抱きしめた男でも、ホテルの部屋で初めてキスをした伊織でもない。
「だったら……このまましても良い?」
「……嫌じゃないですか?」
「何で?」
まさかここまでしておいて嫌だというバカが居るだろうか。
「倫子みたいに、女らしくないんです。食べても太らないし、がりがり居だし……男の子みたいでしょう?」
「まだそんなことを気にしているの。」
礼二はそういうとまた泉の唇にキスをした。
「俺、泉のことが好きだよ。」
「……。」
「信じられないなら、何度でも言おうか。好き。」
「やだ。恥ずかしい。」
体を避けて泉を見ると、泉の顔が真っ赤になっている。全く慣れていないのだ。それを感じて礼二はテレビの電源を切ると、またキスをする。そして立ち上がると泉を抱き抱えて、隣の部屋へ連れて行った。
「本当に引っ越すんですね。」
泉はそういって開かれている段ボールの中をみる。その中にはシーズンオフの服などがあるらしい。今からまだ使うものは、まだ手つかずのままだ。
「少し離れているけど、車で来れないこともないし。」
テーブルにある封筒を泉に手渡す。その中身を見てみると、住所やアパート名、間取りが載っている。広めの1Kの部屋だ。一人で暮らすだけなら十分だろう。それに少し離れているので、家賃だって格安だ。
「古いけどリフォームしているしね。さ、ちょっとそこに座って。」
そういって礼二は泉をダイニングチェアに座らせると、お茶と野菜が沢山入っている中華丼を出した。
「簡単なものだけどね。」
「いいんですか。」
「一人分も二人分も変わらないから。」
いつも伊織が作っていたり、最近は倫子が作ることが多いが、他人の食事は久しぶりだろう。向かいに礼二も座ると、自分の分もテーブルに置いた。
「こうやってご飯を食べるのはあまりないね。」
いつも休憩はバラバラなので、面と向かってこんなに食事をすることはない。その中華丼の味は、あまり馴染みはなかったが優しい味がした。伊織なら一度野菜を油通ししたりするだろうか。倫子ならウズラの卵なんかを入れるかもしれない。あまり手の込んでいないその味は、死んだ母の味によく似ていた。
「私……母が死んだんです。」
その言葉に礼二はそのスプーンを止めた。こういう話を聞くのは初めてだったかもしれない。
「新興宗教にはまって、私にも強制したんです。それは人間関係も一緒で、母が認めない人は私を堕落させるって言ってました。自然に遠ざけてましたね。だからこうやってあまり人の家で食事をしたことがなくて。」
「……そっか……。だったら沢山食べなよ。」
「はい。」
深く聞かないのは興味がないからなのか、それとも優しさからなのかわからない。
「小泉先生と暮らしてて、食事なんかはどうしているの?」
「最近はみんな忙しいから、倫子が手が合いたら簡単に作ってくれるけれど……あっ……そうだった。」
手を止めて携帯電話を取り出す。そして倫子にメッセージを送ろうとして、戸惑ってしまった。こんなところで食事を済ませてきたといったら、倫子は怒り狂うかもしれない。だったらどう言えばいいだろう。
「小泉先生が厳しいかな。」
「え?」
「……たぶん、俺のことを尻軽だって言ってただろうし。」
「そんな感じのことを言ってました。」
倫子と寝たのは今年のはじめだった。酔った泉を送り届けて、そのまま倫子の部屋でセックスをしたのだ。火傷の跡が気になるのか、倫子は明かりをつけてくれなかった。どういう風に感じていたのか、ずっと気になっていたのに。
「店長?」
少しぼんやりしていたのだろう。礼二は少し笑うと、泉に言う。
「ここで店長なの?店の外なんだけど。」
すると泉は頬を赤らめて、向かいに座っている礼二に言う。
「礼二さん。」
「そう。店の中ではさすがに呼べないけど、二人だったら俺も泉って呼ぶから。」
慣れてるな。そう思いながら泉はまたスプーンを動かす。
浮気性がある礼二だ。その中の一人に過ぎないのもわかるし、きっとつきあったとしてもほかの女の陰があってやきもきするだろう。苦労するのは目に見えている。なのに止められない。
シャワーを浴びて、リビングに戻ってくると礼二はテレビを見ていたようだ。歌番組をしていて、最近はやっている歌手を特集していた。
「この人知っている?」
薬で捕まった女性だった。執行猶予が終わりもう表舞台にたてないと思っていたのだが、倫子の映画で歌った曲がヒットした。それからまた表舞台に返り咲いたのだ。アーティストにはよくあることかもしれない。
「ラジオで流れてました。」
「薬してたのが嘘みたいだね。」
礼二は泉を横に座らせると、少しため息をついた。
「俺、昔この人のライブを見たことがあってね。」
暑い夏だった。田舎の夏祭りに女に誘われて行ったことがある。ステージでは夜が近くなると一気にクラブ感が増してきていた。地元のDJがレコードを回し、その跡に女が出てきたのだ。まだバンド形態で、レゲエのような音楽だったと思う。
「それからこういう南米の曲にはまってね。実際そっちにも行ったことがある。確かに麻薬が横行しているような所だし、女性は一人で歩くのは昼間でも危険だと思う。だけど、あの青空や抜けるような透明な海と珊瑚礁が印象的だった。何より、コーヒーを栽培していたからね。」
「へぇ……。」
海外へ行ったことのない泉には未知の世界だ。行ってみたいと思う。そして隣に礼二がいればいいのかもしれない。
「いつか、一緒に行く?」
驚いて礼二の方を見た。どうして考えていることがわかったのだろう。泉は驚いて礼二の方を見上げた。
「行ってみたいです。」
泉はぽつりとそういうと、礼二は少し笑って泉の肩に手を置いた。すると泉も礼二の方を向く。軽く唇が触れて、礼二はそのまま泉を抱きしめる。
「ずっとこうしたかったんだけどな。」
「……。」
「抵抗ある?」
すると泉はその旨の中で首を横に振った。
「嫌ならここに来たりしませんから。」
倫子に告白した時点で、覚悟はしていた。そして好きなのだと思う。あの暗い店内で抱きしめた男でも、ホテルの部屋で初めてキスをした伊織でもない。
「だったら……このまましても良い?」
「……嫌じゃないですか?」
「何で?」
まさかここまでしておいて嫌だというバカが居るだろうか。
「倫子みたいに、女らしくないんです。食べても太らないし、がりがり居だし……男の子みたいでしょう?」
「まだそんなことを気にしているの。」
礼二はそういうとまた泉の唇にキスをした。
「俺、泉のことが好きだよ。」
「……。」
「信じられないなら、何度でも言おうか。好き。」
「やだ。恥ずかしい。」
体を避けて泉を見ると、泉の顔が真っ赤になっている。全く慣れていないのだ。それを感じて礼二はテレビの電源を切ると、またキスをする。そして立ち上がると泉を抱き抱えて、隣の部屋へ連れて行った。
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