守るべきモノ

神崎

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 今頃倫子は政近と居るのだろう。倫子から手を出されたと告白され、仕事だからとまたその相手と会わせないといけない。恋人同士になったからといっても何も変わらないし、約束だけではあまりにももろい。それに政近は図々しい性格だ。押しに弱い倫子がまた政近と寝る可能性だってあると思うと腹が立つ。
「編集長。」
 声をかけられて顔を上げた。そこには心配そうな加藤絵里子の姿がある。
「何?」
「さっきから同じページしか見ていないですよ。どうしたんですか。」
 文字のチェックをしていたのに頭に全く入っていなかった。春樹は苦笑いをして、また最初のページに戻す。
「疲れてるかな。」
「寝れてます?夕べだって遅かったのに。」
「今日も遅いよ。あぁ……温泉でもぱあっと行きたいな。」
「ふふっ。」
 絵里子はそういってまた自分の席に戻っていった。クリスマスの日に告白をしてきた絵里子だったが、もう何も思っていないのか普段通りに接してくる。自分だけが取り残されている気がした。
「よし。」
 気合いを入れるために手元にあるコーヒーに口を付けて、画面を見ようとしたときだった。
「藤枝編集長。」
 画面から目を離して、呼ばれた方をみる。そこには浜田高臣の姿がある。
「浜田君。どうしたの?」
「小泉先生と田島先生の合作の漫画ですけど、後半部分を昨日、差し替えて欲しいと言ったんですよね。」
「あぁ、俺もちょっとやり過ぎかなとは思った。差し替えは戻ってきた?」
 浜田はそのページのラフ画をタブレットに移して、それを春樹に手渡す。
「……変わってないね。」
「直接表現はしてないんですけど、殺害方法は変わっていない。これじゃ駄目なんですよね。で、田島先生に連絡をしたら、小泉先生が引かないらしいんですよ。」
 第三の殺人は、殺されたあと屋上の時計台に縛り付けられる。カラスや虫が遺体をついばみ、それは惨いものだった。
「……んー……。そうだね。ちょっと連絡をしてみようか。何かこういう殺害方法ではないといけないのかもしれないし。」
「話の流れから、こうじゃないといけないことはないですよ。差し替えないと雑誌自体もストップがかかるかもしれないし。そうでなくても、小泉さんの原作はって編集長が言ってたから。」
「そっちの編集長が何か言うの?」
 浜田は頭をかいて、春樹に言う。
「小泉先生の原作を打ち出したいって、俺が提案をしたんです。でもうちの編集長は、うちの雑誌の路線変更したいって思ってるみたいで。」
 漫画雑誌の編集長は、路線を変えたいと思っているらしい。グラビアアイドルが水着を着た写真なんかを観る載せていたり、作品も妙に胸が大きな女性が出ていることもあるのだ。
「エロ雑誌じゃないんだから。」
 その手の雑誌出身だから仕方がないのかもしれないが、やり過ぎのような気がする。
「俺もそう思います。」
 浜田も作品を作るのに必死なのだ。外見よりも内容を重視したい気持ちはわからないでもない。どちらもやりにくいだろうと思う。たが、編集者と編集長が衝突するのは、こういうことが多い。春樹も衝突をしないことはないが、喧嘩腰になることはない。あくまで冷静に言い聞かせ、相手の意見もふまえた上で提案するのだ。
「殺害方法については俺から言ってみる。とにかくこれでは載せられないだろうしね。」
「お願いします。」
 そういって浜田はオフィスを出て行こうとした。そのとき絵里子が、浜田を呼び止める。
「浜田さん。」
「どうしました?」
「シャツ出てますよ。」
「え?マジで?すいません。」
 後ろのシャツがでている。そういう抜けたところがあるのが浜田だ。
「この時期担当と会うことはあまりないかもしれないけれど、だからって気を抜かないで。」
「はい。」
 絵里子はそういってまたパソコンの画面に目を移す。しっかりした絵里子と、少し抜けている浜田とはいいコンビだ。こういう人とつきあうと良いのかもしれない。そう思いながら春樹は、受話器に手を伸ばす。

「嫌よ。遺体の表現はオブラートに包んだでしょう?それの何が悪いの?」
 倫子は立ち上がって興奮したように受話器の向こうの春樹に言う。その様子に政近は呆れたように煙草に火をつけた。倫子も大概頑固だから、他の編集者なら煙たがるのもわからないでもない。
「……は?あの遺体は、死後一週間はたってる。カラスがつついたり、虫が寄ってくるのは当然でしょう?……それじゃ、犯人すら変わってくるわ。」
 恋人同士になったからと言って甘いことは言ってこない。仕事は仕事と割り切っているのだ。
「ったく……。」
 電話を切って倫子はため息をついた。そしてパソコンを立ち上げると、作ってあった漫画の原作の原稿を呼び出す。
「時計台にくくる下りをやめるわ。」
「え?じゃあどうするんだよ。」
「時計台の機械。その裏手に押し込める。」
 すると政近もその案にうなづいた。
「そっちの方がリアルかもな。どうしてもこいつが犯人の場合、人一人を時計台にくくりつけるってのはリアルじゃない。押し込めるなら女でも出来ないことはないだろう。」
「……。」
 そういって政近はアプリを開くと、また絵を書き始める。そうなれば倫子も声をかけられない。その間、倫子は細かい修正を加えていった。
 絵を描いてちらっと倫子をみる。もうこちらは見ていない。本当に仕事上だけのつきあいにしようと思っているのだろうか。
「なぁ、倫子。」
 声をかけても倫子は何もいわない。もう自分が作っている話に入り込んでいるのだ。
 政近は立ち上がると、倫子の肩に触れる。すると倫子はうざそうに政近の方を見た。
「何?」
「こういう感じな。遺体の発見。」
 タブレットを見せて貰って、画面を見る。
「ぬるい。」
「でもこれくらいじゃないとまた文句言われるだろ。」
「あーもう。漫画原作なんて受けなきゃ良かった。規制が多すぎ。」
 そういって倫子は頭をかく。そして髪を結び直す。
「でも浜田は連載にしたいみたいだけど。」
「漫画ってもっと緩いところないの?」
「あるよ。それこそヤクザ漫画ばっか載せてるところとか。」
「ヤクザじゃないのよね。あれはリアルに載せると、クレームになるわ。」
「見たようなことを言うんだな。」
「昔ね。作品でヤクザのことを載せたいと思ったから、知り合いに頼んで家とか見せて貰ったのよ。」
「顔が広いな。」
「大学の時の知り合いのつてよ。」
 そういって倫子は煙草に手を伸ばす。
「……なぁ、あの藤枝さんさ。」
「ん?」
「……。」
 脅された。それはまるでヤクザだった。そんなことを言えるわけがない。政近は喉まで出そうになった言葉を引っ込める。
「……ずっと文芸誌の担当なのか。」
「違うみたい。入社当時は、週刊誌の方にいたみたい。」
「週刊誌?」
「週刊は大変ね。しゅっちゅう校了だし。」
 倫子はそういってまたパソコンの画面を見た。
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