守るべきモノ

神崎

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露呈

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 伊織が帰ってきても、倫子は出てくることはなかった。ずっと仕事をしているのだろうか。そう思って伊織は倫子の部屋の前で声をかける。
「倫子。」
「あ、帰ってたの?」
 するとドアが開いた。髪を結んで出てきたときと同じ格好だ。ということはきっと外には出ていない。
「気がつかなかったわ。」
「集中してたね。」
「んー。疲れた。」
 そう言って倫子は伸びをする。するとカーディガンの襟刳りからわずかに打ち身のような跡が見えた。それは夕べの春樹の名残だろう。そう思うと視線を逸らしたくなる。
「あぁ。もうこんな時間だったんだ。」
「進んだ?」
「もう少しで納品できそう。」
「だったらご飯が出来たら呼ぶよ。」
「うん。あ、やっぱり今日は雑炊なの?」
「当たり前だよ。夕べはカロリーを取りすぎた。」
「ケーキ残ってるわ。」
「あぁ……そうだった。結局意味ないか。」
 伊織はそう言って少し笑う。だが複雑だった。朝、四人で家を出たのに、政近は忘れ物があると言ってここに戻ってきたはずだ。そして何かあったのではないかと、勘ぐりをいれてしまう。だが政近だってプライドがないわけではない。この情事の跡を見て、何かをしようとは思わないだろう。
「いるんなら良かった。あ、そうだった。倫子に渡そうと思ってたモノがあって。」
 そう言って伊織は自分の部屋に戻ったと思うと、すぐにまた倫子の部屋に戻ってきた。
「これ。」
 電気屋の袋だ。それを倫子は受け取って中身を確かめる。そこには電子のメモパットがあったのだ。
「え?どうしたの?これ?」
「駅前の電気屋でセールしてた。これもう旧型みたいでさ、結構安かった。メモリー機能はないけれど、携帯の写真で取れば残せるしね。」
「私に?」
「欲しがってただろう?」
 確かにネタ帳としてメモ帳を持っていたが、紙はどうしてもかさばるし必要なモノが出てこないこともある。さっと書けて、残せるモノはありがたい。
「ありがとう。ありがたくもらっておくわ。でも私はあげられるモノがなくて……。」
「良いよ。そんなつもりであげたんじゃないし。それにすぐ誕生日だろう?」
「うん……。そうだ。あなたの誕生日も近かったんじゃないのかしら。」
「良いよ。二十九だよ?今更祝ってもらえる歳じゃないよ。」
「もらってばかりは嫌だわ。何か考えておこう。」
 倫子はそう言ってその袋を部屋に置く。本当だったら倫子自身が欲しい。そう思っているのに何も言えない自分がいた。
「あとで呼びにくるよ。」
 伊織はそう言って部屋を離れる。

 閉店後が一番緊張する。開店前だったら今から仕事だと気合いが入るが、閉店後は誰もいないし二人きりだ。泉はそう思いながら、仕込みをキッチンでしていた。するとカウンターの向こうで焙煎が終わった音がする。礼二は機械を止めると、焙煎の終わった豆を取り出してパットに広げた。あら熱を取るためだった。
「良し。阿川さん。」
 キッチンに礼二が入ってきた。すると泉は少し身構えるように、礼二の方をみる。
「仕込みはどこまでしてる?」
「あとドレッシングですね。」
「うん。じゃあ、そっちをするよ。」
 今日で限定のデザートが終わるので、仕込みの量が減った。だが春からまた別の限定が出るらしい。年明けからまた泉は仕事が終わったら本社へ行かないといけないのだ。
「レストランへ行ったんですよね。」
 泉がそう言うと、礼二は少し笑って言う。
「外食をすると、こっちの方が良いなとかここはうちよりも勝ってるなとか、気がつくことが多いよ。阿川さんはあまり外食をしないの?」
「しないですね。だいたい、ここが終わって食事に行くって、居酒屋くらいしかあいてないですよね。」
 飲めないのに行く意味がわからない。だいたい酒で失敗したのだ。二度はない。
「……離婚しようって言われたよ。」
 その言葉に泉の手が止まる。そして礼二の方を見た。
「え?」
 自分との関係がばれたのだろうか。そうだったら自分が礼二の家庭を壊したのかもしれない。そう思うといても立ってもいられなかった。
「妊娠しててさ。奥さんが。俺、心当たりがないんだ。」
「……セックスレスだったんですか?」
「うん。半年以上ね。」
 なのに妊娠しているというのは、他の男の子供だ。その相手は、おそらく想像ができる。
「パート先のドラッグストアの社員だって……。」
「店長……。」
「昨日のレストランもその話がしたかったみたいだ。」
 子供が出来たから結婚をした。何でも話してくれると思っていたのに、肝心なことは何一つ話してくれなかったのだ。
「まぁ……俺も奥さんのことは責められないけど。」
 泉と寝てしまった。そして遊びだと思っていても倫子とも寝た。それだけではない。そういう相手が心当たりがないわけではない。
「でも……それでいいんですか?確かに、浮気って褒められたことじゃないけど……子供のためにも……。」
「うん……。それは気がかりだよ。でもどうしようもない。他の男の子供だから、堕胎して欲しいなんて俺の口からは言えないし。」
「……。」
「それを隠して夫婦を続けるのもお互いが嫌だと思う。」
 手が震えていた。礼二が今日一日でどれだけ我慢をしていたのか、泉にはわからなかった。本当にプロなのだ。そんなことがあっても表に出さない。いつも通りに振る舞っていたのだ。
 だが客がいなくなって、その強がりにも限界がきたのだろう。
「店長、何でそこまでして無理が出来るんですか。私だったら……伊織がそんなことをしてたら……。」
 伊織にはそうなる可能性が高い。何せずっと倫子を好きだと思っていたのだから。伊織が倫子に転んでしまったら、どちらも責められないでどうしたらいいのかわからずにおろおろするだけかもしれない。
「阿川さんがどうしてそんなにムキになるの?」
「だって……。」
 泉は少し泣いていたのかもしれない。礼二は手を拭くと、泉の頬に手を添えた。
「泣かなくて良いから。お互いに納得した話。俺はそれを報告しただけだよ。」
「……。」
「さて、だいたい仕込みが終わったかな。そろそろ帰ろうか。」
 使った食器を片づけて、店内を見渡す。テーブルの上にいすを避けていて、いつもながら泉の片づけは誇り一つ落ちていない。
「電気、消しますよ。」
 泉はそういって電気に手を伸ばす。周りが暗くなり、階下からも閉店の音楽が流れ始めていた。カウンターを出ると、礼二の背中が薄い明かりで見える。
 礼二はどこに帰ろうとしているのだろう。もう奥さんもいないのに。そう思うと、泉は礼二の背中のシャツを引いていた。
「何?」
 少し笑って礼二は泉をみる。すると泉は我に返ったようにその手を離した。
「あ、すいません。何でもないです。」
 しかし礼二がその手を握る。そして見上げる泉の唇に軽くキスをした。
「寄り道して帰る?」
「嫌です。帰りたい。」
「そうだね。不自然かな。遅く帰ったら。」
 そういって礼二はそのまま泉を引き寄せると、その唇にまたキスをした。
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