守るべきモノ

神崎

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露呈

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 オフィスに帰っていく前に、一度一服したいと部下と別れる。そしてエレベーター脇の喫煙所に入っていった春樹は、携帯電話のニュースをチェックする。海外に飛ばされていた身よりのない子供を救う会が発足されたようだ。
 飛ばされた子供の中にはなく泣く子供を手放した親もいる。それぞれみんな事情があって子供を施設に預けないといけない理由があったのだ。だが海外でそんな生活をしているとは夢にも思わなかっただろう。伊織の話では人の生死に無頓着な国だ。おそらく、「金を生む女がやってきた」くらいにしか思っていなかったのだろう。
 その釈明を複数の施設の責任者がしている。青柳はどう説明するのだろう。春樹はそう思いながら、そのニュースを見ていた。
 そのとき喫煙所に、夏川英吾が入ってきた。春樹の顔を見て少し笑う。
「藤枝編集長。お疲れさまです。」
「夏川編集長。どうでしたか、小泉先生のモノは。」
 夏川は少し笑って煙草を取り出す。
「良いですね。年明け早々のモノに載せますよ。アレは話題になるかもしれませんね。」
 と言うかもうすでに話題になっている。「隠微小説」のホームページや本誌の予告には倫子の名前が載っていた。「月刊ミステリー」で掲載している「夢見」の番外編のような位置づけなのだ。小説が気になる人はそれを手にするかもしれない。だが女性には難しいだろう。
「小泉先生もあまり修正をするところが無くなってきましたよ。」
 どこの出版社でもそうだろうか。やりやすくなってきた。
「それでも俺にはだいぶ言ってきましたよ。官能のシーンでね。」
 春樹もそこを読んでいたが、ここは手を着けない方が良いと思ってあまり口を出さなかった。それに読んでいるとどうも自分と倫子を重ねてしまう。
「官能は俺、専門じゃないのでね。」
「文章だけで想像させるのは同じですよ。」
 夏川はそう言って笑う。すると向こうで煙草を吸っていた男が煙草を消して喫煙所を去っていく。そうすれば喫煙所は二人になった。
「藤枝編集長。実は相談があってですね。」
「何か?」
 また相談か。そう思いながら、春樹は煙草の灰を捨てる。
「うちの部署の夢枕先生の担当をしている男が、ヘッドハンティングされたらしいんですよ。」
「そっちもですか。」
「藤枝編集長の所も?」
 ライターがヘッドハンティングされたのだという。ライターの中では使える男で、何より、家庭のこともあって金が必要な社員だ。
「うちもそうです。こっちは今度結婚するのに、金が必要だからって……でも胡散臭くないですか。」
「えぇ。「西島書店」でしょう?」
 作家を管理するために盗聴器や盗撮機を仕込んでいたような所だ。実際そこは潰れかけていて、他の企業が買収に手を挙げているらしい。
「「西島書店」を買い取ったのは「青柳グループ」なんですよ。」
「やはり……。」
 ヤクザと変わらないような手法で作家を縛り付けている。そのやり方は青柳のやり方だろう。
「「青柳グループ」自体が胡散臭いところがあった。エロ本を担当してる遠藤さんにも聞いたことがあるんですけどね、どうも裏を発売しているらしいんですよ。」
「裏ってことは……。」
「修正なしです。書籍にしても、ソフトにしてもモザイクがないヤツ。」
「公に発売は出来ないでしょう?」
「えぇ。でも流通はしています。ほら、藤枝編集長は一人暮らしをしていたからわかるでしょう?ポストにチラシが入ってたことはないですか。」
「……ありましたね。胡散臭くてすぐに捨てましたけど。」
「まぁ、昔の手法ですけど。今はインターネットなんかですぐに見れたりするし……。」
 ヘッドハンティングされた男は給与面と待遇で目がくらんだようだが、やっていることがヤクザと変わらない。と言うことはおそらくゴミくずのように働かされるのは目に見えている。
「しかし……何で今ヘッドハンティングをしようなんて……。」
「買い取った会社に何かあるんじゃないんですか。」
 けちの付いたような会社だ。それを買い取ってまで何をしたいのだろう。
 そのとき春樹はふと思い出したことがある。倫子の家についていた盗聴器や盗撮機のことだ。警察に押収されたモノがどうして義理の母の所にあったのだろう。それはその画像や音声を手にいれようとしていたから。
「……このままだと作家に迷惑がかかるかもしれませんね。」
「え?」
「「西島書店」は作家の家に盗聴器や盗撮機を仕込んでいたんですよ。」
「犯罪じゃないんですか。」
「それが元で「西島書店」は倒産した。その画像や音声は警察に押収され、破棄されたと聞いています。しかし……その画像が手元にある場合があるんです。」
「まさか……。」
「それを考慮した上でコピーをしているのかもしれません。」
 特に倫子のモノは、ネタになるだろう。急に人気が出た作家は、落ちるのも早い。
「作家に連絡を取ってみましょう。」
 そのとき喫煙所に加藤絵里子が勢いよく入ってきた。
「藤枝編集長。大変です!沢辺さんが……。」
 躁鬱の作家だった。人間関係が嫌で田舎の一軒家に独りで住んでいた女性。その女性が家で自殺をしていたのだという。
「……自殺?」
 夏川も驚いたように絵里子を見ていた。
「遺書は?」
「まだ警察が鑑識している最中だと言ってたんですけど……。参考までに編集長にも話が聞きたいと。」
「わかった。担当していたからね。時間は空けておくよ。」
 煙草を消して出て行こうとする春樹の横顔を見る。冷静すぎる。どうしてこんなに冷静でいられるのだろう。人の死に無頓着なのだろうか。
「何でそんなに冷静でいられるんですか。」
 出て行こうとした春樹に夏川は思わず声をかけた。すると春樹は首を横に振って言う。
「予想通りだったからです。」
「予想通り?」
「さっき言ったでしょう?盗聴、盗撮されていた。沢辺さんもまた「西島書店」で書いていたんですよ。」
「……脅されていた?」
「かもしれません。まだ何とも言えませんけど。」
 春樹はそう言って、喫煙所を出て行く。探偵にでもなったつもりなのだろうか。それほど人の死に無頓着だ。
 そしてそう言う人を夏川は一人知っている。数回のやりとりだったが、彼女もまた冷静すぎるのだ。
 似ているから、惹かれあったのだ。
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