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聖夜
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食事を終えて、やっとケーキまで手が回る。泉はコーヒーを淹れると、人数分のカップをお盆に載せた。
倫子の話を聞いたのは久しぶりだった。倫子はずっと春樹にも伊織にも言いたかったのかもしれないが、今だったのだろうかと思う。アフターピルを飲まされてうやむやにしたのも、父や母の冷たい視線から実家に帰りたがらないのも、町の人の奇異の目も、倫子の中でしまっていることだと思っていた。
おそらくあの大使館の職員が捕まったから、二人に言う決心が付いたのだろう。
「美味そうな匂いだな。」
使っていた食器を持ってきた政近が、そういってコーヒーをみる。いつも淹れているコーヒーではなくノンカフェインのコーヒーだった。
「あんた、コーヒーを淹れるの上手いな。」
「仕事だもの。」
そういってカップにコーヒーを注いだ。
「あんた、倫子の話を聞いていたのか。」
「昔、教えてくれた。私も青柳にはちょっと因縁があるし。」
「ふーん。」
母は新興宗教の教祖と不倫して、集団自殺をした。それを促したのは、青柳だったのだ。
「あんたは青柳に復讐をしようとか思わないのか。」
「……したって帰ってこないわ。死んだんだもの。」
恨んでも母は帰ってこない。そしてもう父は他の女と幸せなのだ。それで良い。波風は立てない方が良いのだから。
「それはそうとして、あんた、今日富岡の所に行くのか。」
「どうかしら。伊織が良いって言うんだったら……。」
「あいつヘタレだからな。」
自分のことを言われるのはかまわない。だが伊織のことを言われるのは腹が立つ。
「ちょっと、失礼じゃない?」
「別にそんな変なことを言ったか?」
罪悪感すらないのだ。図々しい男で、倫子につき待っているのもそれに倫子が迷惑をしているのも気が付かないのだろう。
「でも何であなた、そんなに倫子につきまとうの?漫画のためかもしれないけれど、そこまでして……。」
すると政近は少しため息を付いていった。
「お前には関係ねぇよ。それに、俺の方が条件良くねぇ?」
独身で若く、倫子ともあまり歳が離れていない。悪くないのかもしれないが、倫子を見ていると手放しに進めれる相手ではないようだ。
「私は春樹さんの方が倫子を大事にしてくれると思う。」
「そうか?あいつも何か思って倫子に近づいただけかもよ。」
倫子の話を聞いた伊織は確かにショックだったのかもしれない。それくらい倫子の話は重かった。だが春樹は冷静そのものだった。それが違和感を覚える。
ケーキはブッシュ・ド・ノエルと言うもので、丸太のような形状をしている。それにチョコレートのクリームがコーティングしてあり、粉糖やイチゴやマジパンが載っていた。
ケーキにナイフを入れるとロールケーキのようになっていて、中にはクリームが詰まっていた。
「クリームを食べているようなものね。」
「でもこのオレンジの香りがいいね。オレンジピールを使っている。」
春樹はあまり甘いモノが得意ではないが、チョコレートは嫌いではないので、割と食べれるようだ。
「チョコにはブランデーだろ?」
政近はそういって皿に盛ってきたブランデーを倫子に勧めようとした。だが倫子はそれに首を横に振る。
「今日は辞めとく。」
その言葉に泉が目を丸くした。
「どうしたの?お酒飲まないなんて。」
「んー。仕事したいからなぁ。洋酒はあまり馴れてないし。」
「そう?」
それだけではない。ずっと言いたかったことを言ったが、言ってしまって後悔しているのだ。春樹に軽蔑されないだろうか。処女を失ったのが、強姦でしかも多数の男だったと洒落にならないことを告白したのだから。
「終電無くなるわよ。政近は帰らないの?」
倫子はそういって政近をせかそうとする。だが政近は帰る気はない。
「泊まるつもりだけど。」
「ここに?」
倫子は驚いたように政近をみる。まさかそこまで図々しいとは思っていなかったからだ。
「……仕方ないわね。居間に布団を敷いて……。」
すると伊織が声をかけた。
「田島。俺の部屋で寝ろよ。」
「へ?俺、男二人で枕並べて寝る趣味ねぇけど。」
「いいよ。お前一人で使ったら。」
「……伊織?」
泉が不思議そうに伊織に聞く。
「俺は今日、泉のところにいるから。」
その言葉に泉は思わずコーヒーを噴きそうになった。
「え?伊織……本気で言っているの?」
すると伊織は少し笑って言う。
「倫子たちは知らないかもしれないけど、結構部屋で寝てるから。」
その言葉に泉の顔が赤くなる。そんなことを知られたくないと思ったから。
「だったら倫子。俺らはアパートの部屋にいく?」
春樹がそういうと倫子は呆れたように言った。
「冗談。仕事したいって言ってるでしょう?」
ケーキを口に入れて倫子はそういうと、春樹は向かい合って倫子を見る。
「来て。」
熱っぽい視線に、泉と伊織は顔を見合わせる。
「こんな春樹さんみるの初めてだね。」
「堂々と誘うなんて無かったのに。」
政近に取られたくなかった。その一心だったのだ。だが倫子は冷たく言う。
「仕事したいって言ってんでしょ?クリスマスなんて、普通の日よ。」
「何の仕事をするの?」
「「夢見」の中盤戦。二人目の殺人のシーン。」
「それは年明けでも言いといったよね。」
「イメージがあるうちに書いておきたいの。」
「今日はいいから。」
「いやよ。」
すると政近の方が声をかける。
「仕事してぇっていうんだったら、別にいいんじゃねぇの?あんた結構束縛するよな。」
だが春樹はその言葉を無視するように、倫子に言う。
「今日はそばにいないといけない。倫子。強がるのは強さじゃないよ。今日は俺が付いていたい。それから俺の前だけでも素直になって欲しい。」
その言葉に倫子は少しため息をついた。何もかもがお見通しだったから。
「……わかったわ。今日は、あなたと居る。」
倫子の言葉に春樹は少し笑う。だが政近は不機嫌そうにその様子を見ていた。もう自分は用無しなんだと言われているように思える。
「……風呂に入ったら、行こうか。」
年上の余裕に、政近は心の中で舌打ちをした。そしてきっと春樹は、倫子の奥の手を聞き出そうとしている。それが一番悔しかった。
倫子の話を聞いたのは久しぶりだった。倫子はずっと春樹にも伊織にも言いたかったのかもしれないが、今だったのだろうかと思う。アフターピルを飲まされてうやむやにしたのも、父や母の冷たい視線から実家に帰りたがらないのも、町の人の奇異の目も、倫子の中でしまっていることだと思っていた。
おそらくあの大使館の職員が捕まったから、二人に言う決心が付いたのだろう。
「美味そうな匂いだな。」
使っていた食器を持ってきた政近が、そういってコーヒーをみる。いつも淹れているコーヒーではなくノンカフェインのコーヒーだった。
「あんた、コーヒーを淹れるの上手いな。」
「仕事だもの。」
そういってカップにコーヒーを注いだ。
「あんた、倫子の話を聞いていたのか。」
「昔、教えてくれた。私も青柳にはちょっと因縁があるし。」
「ふーん。」
母は新興宗教の教祖と不倫して、集団自殺をした。それを促したのは、青柳だったのだ。
「あんたは青柳に復讐をしようとか思わないのか。」
「……したって帰ってこないわ。死んだんだもの。」
恨んでも母は帰ってこない。そしてもう父は他の女と幸せなのだ。それで良い。波風は立てない方が良いのだから。
「それはそうとして、あんた、今日富岡の所に行くのか。」
「どうかしら。伊織が良いって言うんだったら……。」
「あいつヘタレだからな。」
自分のことを言われるのはかまわない。だが伊織のことを言われるのは腹が立つ。
「ちょっと、失礼じゃない?」
「別にそんな変なことを言ったか?」
罪悪感すらないのだ。図々しい男で、倫子につき待っているのもそれに倫子が迷惑をしているのも気が付かないのだろう。
「でも何であなた、そんなに倫子につきまとうの?漫画のためかもしれないけれど、そこまでして……。」
すると政近は少しため息を付いていった。
「お前には関係ねぇよ。それに、俺の方が条件良くねぇ?」
独身で若く、倫子ともあまり歳が離れていない。悪くないのかもしれないが、倫子を見ていると手放しに進めれる相手ではないようだ。
「私は春樹さんの方が倫子を大事にしてくれると思う。」
「そうか?あいつも何か思って倫子に近づいただけかもよ。」
倫子の話を聞いた伊織は確かにショックだったのかもしれない。それくらい倫子の話は重かった。だが春樹は冷静そのものだった。それが違和感を覚える。
ケーキはブッシュ・ド・ノエルと言うもので、丸太のような形状をしている。それにチョコレートのクリームがコーティングしてあり、粉糖やイチゴやマジパンが載っていた。
ケーキにナイフを入れるとロールケーキのようになっていて、中にはクリームが詰まっていた。
「クリームを食べているようなものね。」
「でもこのオレンジの香りがいいね。オレンジピールを使っている。」
春樹はあまり甘いモノが得意ではないが、チョコレートは嫌いではないので、割と食べれるようだ。
「チョコにはブランデーだろ?」
政近はそういって皿に盛ってきたブランデーを倫子に勧めようとした。だが倫子はそれに首を横に振る。
「今日は辞めとく。」
その言葉に泉が目を丸くした。
「どうしたの?お酒飲まないなんて。」
「んー。仕事したいからなぁ。洋酒はあまり馴れてないし。」
「そう?」
それだけではない。ずっと言いたかったことを言ったが、言ってしまって後悔しているのだ。春樹に軽蔑されないだろうか。処女を失ったのが、強姦でしかも多数の男だったと洒落にならないことを告白したのだから。
「終電無くなるわよ。政近は帰らないの?」
倫子はそういって政近をせかそうとする。だが政近は帰る気はない。
「泊まるつもりだけど。」
「ここに?」
倫子は驚いたように政近をみる。まさかそこまで図々しいとは思っていなかったからだ。
「……仕方ないわね。居間に布団を敷いて……。」
すると伊織が声をかけた。
「田島。俺の部屋で寝ろよ。」
「へ?俺、男二人で枕並べて寝る趣味ねぇけど。」
「いいよ。お前一人で使ったら。」
「……伊織?」
泉が不思議そうに伊織に聞く。
「俺は今日、泉のところにいるから。」
その言葉に泉は思わずコーヒーを噴きそうになった。
「え?伊織……本気で言っているの?」
すると伊織は少し笑って言う。
「倫子たちは知らないかもしれないけど、結構部屋で寝てるから。」
その言葉に泉の顔が赤くなる。そんなことを知られたくないと思ったから。
「だったら倫子。俺らはアパートの部屋にいく?」
春樹がそういうと倫子は呆れたように言った。
「冗談。仕事したいって言ってるでしょう?」
ケーキを口に入れて倫子はそういうと、春樹は向かい合って倫子を見る。
「来て。」
熱っぽい視線に、泉と伊織は顔を見合わせる。
「こんな春樹さんみるの初めてだね。」
「堂々と誘うなんて無かったのに。」
政近に取られたくなかった。その一心だったのだ。だが倫子は冷たく言う。
「仕事したいって言ってんでしょ?クリスマスなんて、普通の日よ。」
「何の仕事をするの?」
「「夢見」の中盤戦。二人目の殺人のシーン。」
「それは年明けでも言いといったよね。」
「イメージがあるうちに書いておきたいの。」
「今日はいいから。」
「いやよ。」
すると政近の方が声をかける。
「仕事してぇっていうんだったら、別にいいんじゃねぇの?あんた結構束縛するよな。」
だが春樹はその言葉を無視するように、倫子に言う。
「今日はそばにいないといけない。倫子。強がるのは強さじゃないよ。今日は俺が付いていたい。それから俺の前だけでも素直になって欲しい。」
その言葉に倫子は少しため息をついた。何もかもがお見通しだったから。
「……わかったわ。今日は、あなたと居る。」
倫子の言葉に春樹は少し笑う。だが政近は不機嫌そうにその様子を見ていた。もう自分は用無しなんだと言われているように思える。
「……風呂に入ったら、行こうか。」
年上の余裕に、政近は心の中で舌打ちをした。そしてきっと春樹は、倫子の奥の手を聞き出そうとしている。それが一番悔しかった。
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