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聖夜
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風呂から出て、泉の部屋へ向かう。倫子の部屋にはまだ明かりがついていた。おそらく倫子の部屋には春樹と政近がいる。仕事をこれ以上させたくないと言っていた割には、仕事をきっとしている。仕事を利用して倫子は逃げているのかもしれない。
「泉。」
声をかけると、泉の声が聞こえた。
「はい。」
ドアを開けると、ラジオの音が聞こえた。クリスマスソングがかかっているようだ。
「風呂に入っちゃいなよ。」
「田島さんに先に入ってもらわなくてもいいかな。」
「まだ打ち合わせしていると思うよ。」
「うーん。だったら先に入ろうかな。」
泉はそういって読んでいた本を閉じた。その机の前にふと見覚えのない雑誌が置いてある。手を伸ばしてそれをみると、それは泉があまりみないであろう女性誌だった。
「こういうの見るの?」
伊織の会社の事務の女の子なんかは、こういう雑誌を見て何が流行るのかといつもチェックしているようだが、泉が見るというのは少し違和感がある。
「うーん。まぁ、参考にね。」
特集を見て納得した。クリスマスに女性が男性に渡すと喜ぶプレゼント特集だ。おそらくこういうのを見ないと、何を渡していいのかわからなかったのだ。
「俺は別に何でもよかったけどね。それにちょうど良かった。いつ買い換えるかなぁって思ってたところだったし。」
革の財布は、風呂に伊織が入る前に泉が手渡してくれたものだ。良くなめしてあって、手に良くなじむようだ。
「春樹さんや倫子にもあげたの?」
「もちろんよ。春樹さんにはペンをあげたわ。」
ペンと云っても万年筆で何本あっても悪くないと思っていたし、倫子にはハンドクリームを渡した。倫子は手が荒れやすいので、この時期はいつも絆創膏が手放せない。
「ハンドクリーム?」
「毎年あげてるの。倫子はあまり自分の体に気を使わないから。」
その理由は今日、告白したことでわかった。おそらく倫子は自暴自棄になっていたのだ。
望んで処女を失ったわけではなく、それも何人もの男を相手にした。ショックで失神していたらしい。
それから周りの反応も冷淡なものだ。あらぬ噂を立てられて、親ですら信じてくれなかった倫子は、ずっと孤独だったのだろう。
「さて、お風呂に入ってくる。」
「うん。」
下着や着替えを用意して、泉は廊下に出た。すると春樹も倫子の部屋から出てくる。
「今からお風呂?」
「うん。あがったら誰か入ってね。」
「田島先生に行かせるよ。」
春樹はあまりお酒を飲んでいなかったようだった。いつもよりは顔が赤くない。
「そうだった。伊織に部屋に布団を敷いてって言っとこうと思ってたのに。」
「良いよ。俺の部屋にいてもらうから。」
「何で?」
「俺の部屋は喫煙できるからね。」
「あぁ……。」
伊織も泉も喫煙者ではない。だから部屋から煙草の臭いがするのは嫌だろう。
「泉さんさ。」
「ん?」
「倫子さんの話はいつ聞いた?」
「ここに住む前くらい。倫子のいたアパートに遊びに行ったの。そしたら、ちょうど倫子の部屋から男の人が出てきてさ。」
誰が倫子を抱いたのだろう。そう思うと腹が立ちそうになる。
「彼氏?」
「かと思ったの。だけど、ナンパしてきた人だって言ってて、もう二度はないって言ってた。だからそんなに簡単に体を開くもんじゃないよっていったのね。そしたら……。」
倫子のあの表情を忘れられない。あの本だらけの狭い部屋で、倫子は使用済みのコンドームの袋を手にしていった。
「コンドーム使うだけましだわ。」
そしてぽつりぽつりとその話を始めた。倫子の大事にしていたものも、倫子の貞操も、周りの信頼すらすべてを失ったのだ。
「私の家もそうだったから。」
「……新興宗教の教祖様と集団自殺をしたって言ってたね。」
「うん……。どっからか調べてきて、うちの家の玄関ドアに張り紙してあったり、ゴミをまき散らされたり……何より、親戚からも風当たりが強くて、結局引っ越したの。」
父親の浮気相手がやってきたのは、それから程なくしてからだった。もう父親には母親への愛情はなかったと思うと、絶望した。
それでも泉は前向きに生きようとした。今までの自分を捨てて、髪を切って染めた。膝下のスカートしか許されなかったものをジーパンに履き替え、活発な女の子を演じたのだ。
「さっき、春樹さんが言ってたよね。「強がるのと強いのは違う」って。倫子も同じことを言ったのよ。」
「倫子も?」
無理をする必要はない。自分らしく生きなければ、誰のための人生なのだ。強がって生きていても、疲れるだけだと倫子はそう言ったのだ。
「倫子はね……きっと焼けた図書館の再建を考えているの。」
「……え?」
「焼けたあの建物は、元々家だったらしいの。それこそ、倫子のおじいさんのお父さんの代くらいには住んでいたらしいし。だから、この家でも本を集めたいって思っているんじゃないのかな。」
その言葉に春樹は少しうつむいた。そんなことを考えていたとは思っていなかった。ただ倫子が作品を発表したいから、仕事として作品を生みだしているのだと思っていた。
「春樹さん。奥さんが亡くなったばかりで考えられないかもしれないけれど……ちゃんと倫子のことも考えてあげてね。倫子が告白したのを見て、私も勇気が出たの。」
「言うの?」
すると泉は少しうなづいた。もう誤魔化せないから。
「そっか……。辛いと思うけど、力にはなってあげられないから。」
「期待はしてないよ。さてお風呂入ろう。」
泉はそう言って少し笑った。前向きな泉が少しうらやましかった。だから倫子がずっと泉に固執していたのだ。だが、もう泉の隣には伊織がいる。倫子は倫子の幸せを考えればいいのだ。
布団を敷いて横になると、酒が回るようだ。なんだかんだ言ってもワインと日本酒のチャンポンだったから。伊織はそう思いながら、目を瞑ろうとした。
だがさっきの倫子の話が頭を駆けめぐる。
「汚いでしょう?初潮が来てすぐに輪姦されたのよ。だからかな。近寄ってくる男がみんな汚く見えた時期もあったのよ。」
だから倫子は恋愛をしたことがないと言っていたのだ。きっと倫子に言い寄る男の中には、本気で倫子が好きな男もいたはずだ。
だが倫子は「所詮そんなものだ」と冷めた目で見ていたところがある。言い寄られれば寄られるほど、気持ちが冷めていったのだ。
自分もその一人に成り下がっていたのかもしれない。倫子が求めてキスをしたことなんか無かったから。
「……富岡。」
声をかけられて伊織は布団から起きあがると、ドアの方へ向かった。するとそこには政近がいる。
「どうした。」
「お前、コンドームある?」
「何で?」
「どうせあの女とするんだろ?生でする気か?」
「必要ないよ。別にセックスだけが全てじゃないし。」
「お前、前もそんなことを言ってたな。大学の時だっけ。もててたのに、女が全く手を出さないヘタレだってグチって他の思い出すわ。」
「必要か?」
「……子供を作るだけなら必要ねぇな。でも、全く必要ないってわけでもねぇよ。」
倫子を思い出す。政近もセックスはそんなものだと思っていたのだが、倫子とするセックスは全く違う。体の相性だけではない。きっと惚れているのだ。
「倫子みたいにピル飲んでるわけじゃないんだろ?良いからこれ持って行けよ。」
政近はそう言って伊織の手にコンドームを押しつけた。だが不思議そうに伊織は政近をみる。
「何で倫子がピル飲んでるの知ってるんだ。」
その言葉に政近は、気まずそうに視線をそらせた。
「泉。」
声をかけると、泉の声が聞こえた。
「はい。」
ドアを開けると、ラジオの音が聞こえた。クリスマスソングがかかっているようだ。
「風呂に入っちゃいなよ。」
「田島さんに先に入ってもらわなくてもいいかな。」
「まだ打ち合わせしていると思うよ。」
「うーん。だったら先に入ろうかな。」
泉はそういって読んでいた本を閉じた。その机の前にふと見覚えのない雑誌が置いてある。手を伸ばしてそれをみると、それは泉があまりみないであろう女性誌だった。
「こういうの見るの?」
伊織の会社の事務の女の子なんかは、こういう雑誌を見て何が流行るのかといつもチェックしているようだが、泉が見るというのは少し違和感がある。
「うーん。まぁ、参考にね。」
特集を見て納得した。クリスマスに女性が男性に渡すと喜ぶプレゼント特集だ。おそらくこういうのを見ないと、何を渡していいのかわからなかったのだ。
「俺は別に何でもよかったけどね。それにちょうど良かった。いつ買い換えるかなぁって思ってたところだったし。」
革の財布は、風呂に伊織が入る前に泉が手渡してくれたものだ。良くなめしてあって、手に良くなじむようだ。
「春樹さんや倫子にもあげたの?」
「もちろんよ。春樹さんにはペンをあげたわ。」
ペンと云っても万年筆で何本あっても悪くないと思っていたし、倫子にはハンドクリームを渡した。倫子は手が荒れやすいので、この時期はいつも絆創膏が手放せない。
「ハンドクリーム?」
「毎年あげてるの。倫子はあまり自分の体に気を使わないから。」
その理由は今日、告白したことでわかった。おそらく倫子は自暴自棄になっていたのだ。
望んで処女を失ったわけではなく、それも何人もの男を相手にした。ショックで失神していたらしい。
それから周りの反応も冷淡なものだ。あらぬ噂を立てられて、親ですら信じてくれなかった倫子は、ずっと孤独だったのだろう。
「さて、お風呂に入ってくる。」
「うん。」
下着や着替えを用意して、泉は廊下に出た。すると春樹も倫子の部屋から出てくる。
「今からお風呂?」
「うん。あがったら誰か入ってね。」
「田島先生に行かせるよ。」
春樹はあまりお酒を飲んでいなかったようだった。いつもよりは顔が赤くない。
「そうだった。伊織に部屋に布団を敷いてって言っとこうと思ってたのに。」
「良いよ。俺の部屋にいてもらうから。」
「何で?」
「俺の部屋は喫煙できるからね。」
「あぁ……。」
伊織も泉も喫煙者ではない。だから部屋から煙草の臭いがするのは嫌だろう。
「泉さんさ。」
「ん?」
「倫子さんの話はいつ聞いた?」
「ここに住む前くらい。倫子のいたアパートに遊びに行ったの。そしたら、ちょうど倫子の部屋から男の人が出てきてさ。」
誰が倫子を抱いたのだろう。そう思うと腹が立ちそうになる。
「彼氏?」
「かと思ったの。だけど、ナンパしてきた人だって言ってて、もう二度はないって言ってた。だからそんなに簡単に体を開くもんじゃないよっていったのね。そしたら……。」
倫子のあの表情を忘れられない。あの本だらけの狭い部屋で、倫子は使用済みのコンドームの袋を手にしていった。
「コンドーム使うだけましだわ。」
そしてぽつりぽつりとその話を始めた。倫子の大事にしていたものも、倫子の貞操も、周りの信頼すらすべてを失ったのだ。
「私の家もそうだったから。」
「……新興宗教の教祖様と集団自殺をしたって言ってたね。」
「うん……。どっからか調べてきて、うちの家の玄関ドアに張り紙してあったり、ゴミをまき散らされたり……何より、親戚からも風当たりが強くて、結局引っ越したの。」
父親の浮気相手がやってきたのは、それから程なくしてからだった。もう父親には母親への愛情はなかったと思うと、絶望した。
それでも泉は前向きに生きようとした。今までの自分を捨てて、髪を切って染めた。膝下のスカートしか許されなかったものをジーパンに履き替え、活発な女の子を演じたのだ。
「さっき、春樹さんが言ってたよね。「強がるのと強いのは違う」って。倫子も同じことを言ったのよ。」
「倫子も?」
無理をする必要はない。自分らしく生きなければ、誰のための人生なのだ。強がって生きていても、疲れるだけだと倫子はそう言ったのだ。
「倫子はね……きっと焼けた図書館の再建を考えているの。」
「……え?」
「焼けたあの建物は、元々家だったらしいの。それこそ、倫子のおじいさんのお父さんの代くらいには住んでいたらしいし。だから、この家でも本を集めたいって思っているんじゃないのかな。」
その言葉に春樹は少しうつむいた。そんなことを考えていたとは思っていなかった。ただ倫子が作品を発表したいから、仕事として作品を生みだしているのだと思っていた。
「春樹さん。奥さんが亡くなったばかりで考えられないかもしれないけれど……ちゃんと倫子のことも考えてあげてね。倫子が告白したのを見て、私も勇気が出たの。」
「言うの?」
すると泉は少しうなづいた。もう誤魔化せないから。
「そっか……。辛いと思うけど、力にはなってあげられないから。」
「期待はしてないよ。さてお風呂入ろう。」
泉はそう言って少し笑った。前向きな泉が少しうらやましかった。だから倫子がずっと泉に固執していたのだ。だが、もう泉の隣には伊織がいる。倫子は倫子の幸せを考えればいいのだ。
布団を敷いて横になると、酒が回るようだ。なんだかんだ言ってもワインと日本酒のチャンポンだったから。伊織はそう思いながら、目を瞑ろうとした。
だがさっきの倫子の話が頭を駆けめぐる。
「汚いでしょう?初潮が来てすぐに輪姦されたのよ。だからかな。近寄ってくる男がみんな汚く見えた時期もあったのよ。」
だから倫子は恋愛をしたことがないと言っていたのだ。きっと倫子に言い寄る男の中には、本気で倫子が好きな男もいたはずだ。
だが倫子は「所詮そんなものだ」と冷めた目で見ていたところがある。言い寄られれば寄られるほど、気持ちが冷めていったのだ。
自分もその一人に成り下がっていたのかもしれない。倫子が求めてキスをしたことなんか無かったから。
「……富岡。」
声をかけられて伊織は布団から起きあがると、ドアの方へ向かった。するとそこには政近がいる。
「どうした。」
「お前、コンドームある?」
「何で?」
「どうせあの女とするんだろ?生でする気か?」
「必要ないよ。別にセックスだけが全てじゃないし。」
「お前、前もそんなことを言ってたな。大学の時だっけ。もててたのに、女が全く手を出さないヘタレだってグチって他の思い出すわ。」
「必要か?」
「……子供を作るだけなら必要ねぇな。でも、全く必要ないってわけでもねぇよ。」
倫子を思い出す。政近もセックスはそんなものだと思っていたのだが、倫子とするセックスは全く違う。体の相性だけではない。きっと惚れているのだ。
「倫子みたいにピル飲んでるわけじゃないんだろ?良いからこれ持って行けよ。」
政近はそう言って伊織の手にコンドームを押しつけた。だが不思議そうに伊織は政近をみる。
「何で倫子がピル飲んでるの知ってるんだ。」
その言葉に政近は、気まずそうに視線をそらせた。
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