守るべきモノ

神崎

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聖夜

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 クリスマスイブの日だった。
 夜になっても帰ってこない両親に、近くに住んでいた相馬という馴染みのおばさんが食事を作りに来てくれていた。だがうっかり足りない材料があると言って、十二歳だった倫子に近くのドラッグストアで買ってきて欲しいと伝え、お金を手に倫子はそのドラッグストアへ向かった。
 兄は部活をしていてまだ帰ってこないし、弟はまだ一人でいかせるには少し不安な年頃だった。
 目的のモノを買い、倫子は家に帰ろうと足を進めていた。そのとき、湖の前にあるカルチャーセンターに一台のワゴン車が止まっていた。
 おかしいな。今日の夜は使わないと言っていたのに、どうして車が停まっているのだろう。そう思って倫子は自然とその建物に近づいた。

「……泥棒だったのよ。」
 三人ほどの男。倫子はなりふり構わず声を上げた。だがすぐに口をふさがれる。
「なんだこの女。」
「さらっちまおうぜ。」
「これ見ろよ。あっちで売れるぜ。」
 売るの意味もわからない。ただ頼まれたお使いモノも、床に落とされた。屈強な男だ。力で逃げ出せるわけがない。
「何をしているんだ。」
 そのとき、奥の部屋から一人の男がやってきた。助けてくれるのかと思って、ゆるんだ手をふりほどいて男の元へ向かう。だが男の手には、見覚えのある白い香炉があった。それをねらってここに忍び込んだのだろう。

「それで?」
 伊織の手が震えている。初めて聞く話だったからだ。だが春樹は冷静にそれを聞いていた。
「……床に押し倒されて、裸にされた。」
 口を塞がれて、次々に入れ込まれた。泣いてもやめてくれなかったのだ。倫子は文章の中でしかわからない、その行為を無理矢理知らされたのだ。
「処女だったな。運が良いぜ。」
「青柳さん。この女売りますか?」
「いいや。この女は相馬さんの所の娘だろう。でもまぁ……子供にしては淫乱な、親の子供だから仕方ないな。だが戸籍のある子供は売るとあとが面倒だ。」
 高笑いが聞こえるその中、倫子はゆっくりと意識を失っていった。

「酷い……。」
 こうして倫子の話を聞くのは初めてかもしれない。だが倫子は首を横に振って、政近の方をみる。
「何であなた、その話を知ってたの?それが不思議だわ。」
 すると政近は、煙草を取り出して倫子に言う。
「感の所もあったよ。話も不自然だしな。でもそれが真実だったのか?」
「……そうよ。誰も信じてくれなかったけれどね。」
 泉はその話を知っていた。だからあの温泉街で、倫子を悪く言う人に腹が立ったのだ。
「私はあの建物で乱交プレイをしていた。そして煙草の不始末で火事になった。それを表沙汰に出来ないから、老朽化による漏電にしておいたって。漏電なんかするわけ無いのに。」
「今時、漏電で火事になるような真似はないよ。倫子。それを訴えることは出来なかったの?」
「無理。両親は警察の話を信じたんだから。だから、私を家の恥だと言ったのね。火事になった建物から本を持ってきたのも、弁解したいからだって冷ややかだったもの。」
 両親は腫れ物に触るように倫子に距離をとった。兄の忍は露骨に嫌がっていたし、弟の栄輝は何もわからないようだったのが救いだった。
「相馬さんが見つけてくれた。それから、相馬さんだけが信じてくれたの。」
「……何かした?」
 春樹も煙草に火をつけて倫子に聞く。すると倫子は少しうなづいた。
「何を?」
「それは秘密。まだ言えない。」
「それだけ話しておいて、お前、映画のクライマックスで席を立つタイプか。」
 政近はそう言って口をとがらせた。
「でもそれ、あれだな。証拠はあるだろ?少なくとも強盗の罪。」
「え?」
「昔、バイトしてた清掃員の仕事で、青柳グループのトップの自宅に行ったことがあるんだ。」
 そう言って政近は、携帯電話の写真を倫子に見せる。
「これ、見覚えある?」
「……あるわ。」
 白磁器の香炉。これが恭しく置かれていたのだ。
「あいつ、骨董好きなんだってな。こういうのごろっとあったぜ。」
「呪いの香炉だって言ってたわね。あいつが呪われればいいのに。」
 倫子は不機嫌そうにそう言うと、ワインを口に入れた。
「……倫子さん。おそらく、青柳はうちにも入っているんだ。」
 春樹の言葉に倫子は驚いて、そちらをみる。
「え?」
「強盗未遂だったから、表には出なかったけれどね。実は何日か前に実家の倉に泥棒が入ったんだ。」
 田舎の漁村にそんなモノが入るとは思ってなかった。だが強盗は、田舎のネットワークを甘く見ていたらしい。
「消防団がすぐに捕まえてくれた。でも話を聞くと、どうやら雇われていたみたいだ。」
「雇われ?」
「妻の初七日の時、青柳がうちにきた。結婚の挨拶をして以来だったかもしれない。そのとき、掛け軸を掛けておいたんだ。おそらく、見る人が見れば相当価値があるものだ。本来は正月とかお盆に掛けておくものだけどね。」
「……何でわざわざ?」
「うちの義理の兄が、そうしておいた方が良い。そうすればあいつがきっとそれを狙ってくるだろうからって。」
 兄もまた青柳の証拠をとろうと思っていたのだ。
「兄の実家は、青柳に吸収合併された児童養護施設を経営していたんだ。だからそういう使われ方をするのがどうしても許せなかったらしい。」
「そういう?」
「つまり……吸収合併した頃から子供を横流ししていたこと。」
 倫子がそこまで青柳を憎むのは、理由があるのだろうと思っていた。だが伊織はその事実を知って顔向けができない。
「倫子……もしかしたら、俺の父親も……。」
 伊織は絞り出すように、倫子に告白した。
「そうね……関わらなかったとは言えないかもしれない。」
 今は別の国にいる伊織の父親も、青柳に関わっていたのかもしれない。そう思うと、のんきにここにいていいのだろうかと思う。だからずっと部屋に閉じこもっていたのだ。
「伊織君。」
 春樹は少し笑って伊織に言う。
「君のお父さんたちは割と大使館の職員の任期が短いね。」
「うん。長くて十年とか。」
「普通は配属されたら、そこにずっと居るのが一般的だ。よっぽど辞めるとか言わない限り。」
「うん……。」
「何かしらの理由があったと思わないか。」
「それは……わからないけど。」
「俺の会社は海外支局の人なんかにはごくまれにすぐ帰らせる人が居るんだ。それと同じなら、あまり恥じることはないよ。」
「え……。その人たち何をしたの?」
「汚職問題とかを取り上げようとしたんだ。するとそこの国の人からすぐに反発されて、煙たがれる。そうすれば、すぐにこっちの国に帰ってくるんだ。」
 メディアの世界もそんな世界なのだ。隠すところは隠さないといけないし、言論の自由は化石になったのかもしれない。
「でも……父さんが俺を売春宿に……。」
「そりゃ、富岡。お前がヘタレだからだろ?」
「は?」
 政近は煙草を消して、伊織に言う。すると少し泣きそうだった倫子の目が細くなる。
「そうね。前に聞いた話だと、きっとそこの売春宿に連れて行って、好きだった女の子が出てきたのは計算尽くの話じゃなかったのかしら。」
「え……じゃあ……。」
「仕組まれたな。富岡。」
 ずっと悩んでいたことなのにと、伊織はぐっとワインを飲み干した。
「おー。良い飲みっぷり。お、あれ出すか。ワイン無くなっちゃったし。倫子、冷蔵庫にある日本酒出せよ。」
「あんたの彼氏じゃないわ。」
 そういいながらも倫子は立ち上がると、キッチンから日本酒を取り出した。
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