守るべきモノ

神崎

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 居酒屋で食事をしたあと、倫子と春樹はそのまま家に帰ってきた。もうさすがに伊織も泉も帰ってきていると思っていたが、まだ家の中は暗い。まだ帰ってきていなかったらしい。
「遅いわね。」
「二人で居たいんだろう。いつも一緒にいるって言っても、いつも俺か君が家にいるから、二人っきりになれるときがなかったしね。」
 それは自分たちもそうだ。仕事の時以外は二人でいれないのだから。
 春樹は荷物を部屋に置くと、風呂場へ向かう。そしてお湯を湯船に溜めると、居間に戻ってきた。倫子も台所から戻ってくると、テーブルにおいてある携帯電話を手にする。
「田島さんからね。」
 まめな男だな。そう思いながら倫子は、そのメッセージに返信を送る。
「何て?」
「んー。ただの挨拶ね。今日はお疲れさまでしたみたいな。」
 近々また会いたいと書いていた。そのときはスケッチブックを持ってくるのだという。姿を作ってキャラクターを作る手法をとっているらしく、その方法であれば倫子も安易にストーリーを作りやすいだろう。
「中のキャラクターにトランスジェンダーを入れたいって言ってたわね。」
「トランスジェンダーって言うと、いつかバーベキューで話をしていた女性みたいな?」
「麗子さんね。今度ゲイバーに行ってみよう。」
「田島さんと?」
「えぇ。本人が居た方が良いかもしれないし。」
 その場には春樹はいないのだ。もしかしたら浜田はいるかもしれない。自分の手にいた倫子が、どんどん他の世界に行っているような気がしていたたまれない。
「倫子。」
 自分のものだ。春樹はそう思いながら、倫子の体を引き寄せる。
「ちょっと……。」
 いつ伊織や泉が帰ってくるかわからない。そう思って思わず倫子は春樹の体を押しのける。
「駄目よ。こんなところで。」
「家じゃないか。何もこそこそする必要はないだろう?」
「でも……泉たちがいつ帰って来るかわからないのに。」
「音が聞こえたら離すから、今はこうさせてほしい。」
 春樹はそう言ってまた倫子の体をまた引き寄せた。すると倫子もまた春樹の背中に手を伸ばす。
「酒臭いな。」
「お互いでしょう?」
 倫子を少し離すと、春樹はそのまま唇を重ねる。
「倫子。抱きたい。」
「いつ帰ってくるかわからないのに?」
 こう言うところが不便なのだろう。家なのに倫子にふれることも出来ないのだ。
「だったら跡だけ付けさせて。」
 そう言って春樹はその上着を脱がせると、セーターの襟刳りを引く。そしてそこに唇を這わせようとした。そのときだった。
「ただいま。」
 玄関の方で声がした。あわてて春樹も倫子もお互いを離す。しばらくすると、泉と伊織が居間にやってきた。
「お帰り。今風呂を沸かしててね。」
 春樹はそう言うと、伊織は少し笑った。遅くなってしまったが、おそらく二人は盛っていない。その直前だったのだろうか、頬がお互い赤かったから。
「米、研いどいたわ。ん?泉どうしたの?その格好。」
 いつもの格好とは違う。スカートを履いているのを初めて見た。
「似合わない?」
「ううん。すごく似合ってるわ。」
「伊織の職場の人に連れて行ってもらったの。家族がしている古着屋さん。いい店だったわ。」
「そう。」
「敬太郎とかと同じような感じの人に見える。」
「ピアスとか入れ墨だらけ?」
「そう。」
 倫子の頭の中には入れ墨だらけの男の人が店に立っていることを想像した。
「映画はどうだった?」
「面白かったよ。最近の映画って迫力あるね。ずっと映画館で映画を見ることはなかったんだけど、音が大きかったな。それに泉が好きな役者さんもかっこよかったよ。」
「でしょ?ずっと良いなって思ってたの。」
 健全なデートだったらしい。二人になればセックスばかりしている春樹と倫子とは違うのだ。その様子に倫子の胸が少し痛む。
「へぇ。その映画、いつまでしているかな。」
「公開されたばかりだもの。あと二、三週間はするんじゃない?」
「だったら倫子さん。今度俺らも観てみようか。」
 春樹がそう言うと、倫子は少し顔を上げた。
「え?」
 すると伊織が少し笑いながらいう。
「春樹さんからもらったチケットなのに、春樹さんはお金出して観るの?」
「俺は今週いっぱいは時間がとれないって思ったからね。そのチケット今週中だったし。二、三週間はしているんだったら、その間にでもいけるだろうしね。」
 こういうところが優しい男だ。倫子の心の中を読みとったようなことを言うのだ。
「倫子はでもあまり映画は見ないんじゃない?」
「そうね。あまり得意じゃないわ。でも……そんなに言うんだったら気になるわね。」
「たまには良いよ。」
 あくまで自然に倫子を誘えた。きっとこの流れだったら、泉も伊織も不思議には思わないだろう。

 泉は風呂から上がると、バッグの中から映画のパンフレットを取り出した。そこには外国の役者でキャリアは長いが、未だに顔で売っているような役者が映っている。
 この役者は若い頃は本当に透明感のある絵に描いたような男だと思っていたが、一時期は酒に覚えれてみるに耐えない感じになっていた。だが数年後アルコール依存症から復活して、この作品で主演に返り咲いた。若い頃の透明感は失われたようだったが、その分、地を這い、泥にまみれたような役も見事にこなしていた。一皮剥けたいい男になっているように思える。
「泉?」
 外から声がかかった。伊織の声だ。
「どうぞ。」
 伊織は部屋に入ると、泉の前に立つ。
「何?改まって。」
「高柳に言われてさスカート履いてくれたけどさ、俺、無理して泉が着飾らなくても良いと思ってたから。」
「え?」
「ずっと言いたかったんだ。泉は泉らしいのが一番だと思うし。」
 すると泉は少し笑っていった。
「スカートって風邪をひきそうね。ずっと気になってたわ。」
「着たいときに着てもらえばいいから。」
 伊織はそう言って泉の肩に触れる。そしてそのまま頬に手を添えた。
「くすぐったいよ。」
 そのとき、伊織がぱっと手を離した。そして視線を少しそらせたあと、また笑顔を作る。
「今度は、泉が行きたいところへ行こう。」
「うん。あ……私ね、ずっと行きたかったところがあるの。」
「休みを合わせるよ。有給貯まってるし。」
「あぁ。私もとってって言われた。」
 二人は笑い合い、そして伊織は部屋を出ていった。そして少しため息を付く。そのとき隣の部屋から倫子が出てきた。
「伊織。喉、乾かない?」
「うん……。」
 倫子は少しため息を付くと、居間の方へ向かっていった。そしてそのあとを伊織もついて行く。
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