守るべきモノ

神崎

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燃焼

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 まだ会は終わりそうにない。ついに男たちは子供に混ざって川の中に入っていった。それを見て伊織は少し笑う。だが同時に嫌な気分にもなった。
「伊織?」
 声をかけられて伊織はそちらを見ると、倫子がそこにはいた。
「顔色悪いね。飲み過ぎた?」
「ビールしか飲んでないよ。腹がパンパンになりそう。」
「我慢しないで。」
 倫子はそういって川の方に視線を送る。
「気持ちいいわね。」
「うん。倫子に言ったっけ?アジアの方には聖なる川があるって。」
「話には聞いたことがあるわ。」
「聖なる川なんて言ってるけど生活用水も垂れ流しているし、死体だって流れてる。」
 何が聖なる川だ。そう思ったのはそれだけではなかった。
「川に流された死体は海で藻屑になるのかしら。」
「そうかもしれないし、海に行ったら鮫の餌かもしれない。」
「海まで流れればってことでしょう?」
 すると伊織は手に持っている水を飲んで、倫子に言う。
「あの街のこと。綺麗な街としか倫子には言ってなかったかな。」
「そうね。遺跡があって、お寺があって、人は温かくてって……今度藤枝さんのところででる話は、あなたの話を参考にしたわ。」
「……そんなに綺麗じゃなかったけどね。」
「どこでもそうじゃないの?」
 この国だって夜になれば、車に連れ込まれることだってあるのだ。だから倫子は連れ込まれないようにずっと警戒している。または誰かと一緒にいるようにしていた。
「そうだね。そこの国に限ったことじゃない。」
「伊織。ずっと気になっていたことがあるの。」
「何?」
「あなた、女性が嫌いなんじゃないの?」
 すると伊織は少し微笑んで首を横に振る。そんな誤解をさせていたのかと思っていたのだ。
「違うよ。一応、彼女がいた時期もある。」
「そう?」
 何度か伊織から襲われそうになったことがある。だが伊織の方から手を離すことがほとんどだったのだ。何がそんなにさせているのかわからない。
「倫子はどんな人がいいの?」
「私?私別にここに男を捕まえに来たんじゃないわ。」
「そうかな。藤枝さんみたいな人がいいのかと思った。」
 そういって春樹の方に視線を送る。春樹は、絵里子の連れの女性と何か話しているようだ。
「違うわ。確かに大人ではあるけれど、さすがに奥さんのいる人はね。伊織はどんな人がいいの?」
「……俺……。」
 どんな人が良いと言われて、伊織は少しためらってしまった。そして頭の中に浮かんだのは、川の中で水浴びをしている少女のことだった。
 沐浴をして体を清めているらしい。
「……無理に答えなくても良いわ。ただの興味だから。」
「興味あったんだ。」
「男が趣味かと思ったの。」
「違うよ。ただ……俺が行った国では、小さな女の子からおばあちゃんって言われる人までみんな体を売って生活をしていたんだ。」
「体を?」
「表向きには品行方正で、足を知り、真面目で、勤勉。そういうイメージを伝えていたよね。」
「うん……。」
「でも夜になれば違う。街に立って、観光客の袖を引いて、一回いくらで何人も相手にしている。」
 それを幼い頃にみたのだろうか。もしかしたらそれで女性に嫌なイメージを持っているのだろうか。
「伊織……。もしかして……。」
「本当に俺は、ずっと表面上にしかその国の人を見てなかったんだ。だからある程度大きくなって、夜の街がそんなもので溢れているのを知って、一気に軽蔑した。仲が良かった女の子も、やっぱり生活のために体を売っていたんだから。」
 その女の子の顔が川を見る度に思い出す。だから川はつらかった。
「仲直りが出来ないまま別れた?」
「そうだね……。」
 そういうことにしておけばいい。すべてを話せば、倫子はまた小説のネタに使うだろうから。
「心配しなくてもそんなことネタに使わないわ。ただ……私は行ったことがないから、どんな国だろうって思っただけよ。」
「そういえば、倫子の本は話自体は元ネタがなさそうだ。」
「無いわよ。実際起きた過去の事件をネタにすることはあるけれど、他の人から聞いたものをそのまま使うことはないわ。」
 ほっとした。だがまだその真実を倫子にいえないだろう。
「あー。富岡さん。」
 名前を呼ばれて、伊織は少し笑った。それは「office queen」の事務をしている女性と、高柳明日菜だった。
「来てたんですね。そちらは彼女?」
「違いますよ。同居人です。」
「えー?女性だったんですか?」
 すると明日菜は不機嫌そうに倫子を見る。入れ墨を入れて、露出が激しい格好をした女性だ。きっと体でも使っているに違いない。
「みなさんが思っているような関係じゃないですよ。ほとんど家ではすれ違いです。」
「そうだね。倫子はずっと部屋に閉じこもっているか、外に出ることしかないみたいだ。泉だってそうだね。」
「そう?なのかな?明日菜。どう思う?」
 すると明日菜はビールを口に入れて、倫子をみた。そして思い出した。
「小泉倫子。」
 すると倫子の目元がぴくっとひきつったのを、伊織が見逃さなかった。倫子を止めなければいけない。それだけで、倫子の手を引こうとした。だがその行為が明日菜の機嫌をさらに悪くする。
「倫子。」
 止めなければ。その一心だったのに、それは遅かった。
「呼び捨てにされる筋合いはないわ。」
 既に倫子は喧嘩腰に、明日菜を見ている。
「男と女が一つ屋根の下にいて、何もないなんてあり得る?だから富岡って、小泉先生の本のデザインの採用多いんじゃない?」
 するとその言葉に倫子は首を横に振る。
「一番ましなモノが伊織のモノだけだったってだけよ。他のモノにしたら、誰も手にとってもらえないわ。」
「何ですって?」
 その中には明日菜のモノもあったはずだ。それが使えないと言われて明日菜もかちんとしているようだ。
「だいたい、名前を知らされずにデザインを送られて、どれが良いですかって聞かれてるのよ。どれが伊織のものなのかもわからないのに。」
「描いているところを見ることだってあるでしょう?一緒に住んでいるんだから。」
「無いわねぇ。」
 倫子はそういって、伊織を見る。
「伊織。あなた会社でしか仕事しないの?」
「いいや。帰ってすることもあるけど、部屋の中でしかしないから。デザインって、他にばれないようにするってのが基本だから。」
「それって私たちも?」
「当たり前だろう?特に倫子に見せたら、俺の作品ってすぐわかるだろ?気分的に嫌だよ。」
「そうね。」
 それでも明日菜は引き下がらない。
「そんなの……証拠なんかないじゃん。」
「探偵かよ。」
 倫子は呆れたように、春樹の方を見る。すると春樹も倫子の方を見て何か言い争いをしていると、四人のところに近づいていった。
「どうしたの?喧嘩?」
「私が、伊織の作品をえこひいきしているらしいんですよ。」
「それはないです。」
 春樹はきっぱり明日菜にそういうと、明日菜はぐっと黙ってしまった。
「うちも同じデザイン事務所からとると、版元の関係があるのでわざと避けて小泉先生に渡したりしていますから。」
 その言葉に、明日菜の隣にいた女性が袖を引っ張った。
「行こう。明日菜。ここで言い争いをしていると、本当に不利になるよ。」
 悔しそうに明日菜は、一別するとその場から離れていった。その後ろ姿に伊織はため息を付く。
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