守るべきモノ

神崎

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進展

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 カウンター席には亜美が座っている。それをいぶかしげに礼二は見ていた。だが亜美はからかうように礼二を見ている。
「すいませーん。」
 泉がレジへ向かったのを見て、亜美は礼二に話しかけた。
「そんなに緊張しなくても泉に言ったりしないわ。」
「そうかね。奥さんからあんたのことを聞かれて、こっちは冷や冷やだ。」
「そう?後ろ暗いところがあるからでしょ?」
 亜美と礼二は、去年の冬に一度寝た。それは倫子と条件は一緒のはずだった。だが倫子よりも都合が悪いのは、亜美と礼二の奥さんが友達だったということだ。意味ありげに奥さんと話をしながら、礼二の方を見るとからかわれていると思えた。
 倫子とは寝たいが、亜美とはもう勘弁だと思う。
「亜美。そう言えば、今日うちに用事があるって言ってたよね。どうしたの?」
 片づけを終えたトレーを持ってきた泉は、亜美にそう声をかける。
「そうだったわ。コレ、今年もしようかと思って。」
 そう言って亜美は自分のバッグから、チラシを取り出した。
「あぁ。バーベキュー?」
「そう。そこの川で、土曜日。」
「私はいけないけど、倫子と伊織には声をかけておこうかな。」
「そうね。私その伊織君って子は、会ったことがあるかしら。」
「あるんじゃない?亜美の話をしたら、行ったことがあるって言ってたし。」
「覚えてないわねぇ。」
 亜美はそう言ってまたコーヒーに口を付ける。伊織は男前だと倫子から聞いている。童顔で軽そうに見えるが、とても堅い男だと行っていた。
「敬太郎も声をかけたのよ。」
「敬太郎こそ、卒業して会ってないなぁ。」
「私は会うことがあるけどね。」
 亜美の右肩には太陽をモチーフにした入れ墨がある。それを入れたのは敬太郎だった。そのメンテナンスに行ったりしているのだ。
「倫子が入れ墨入れたときのことを覚えてる?」
「うん。何か思い詰めた顔をしててさ、二、三日学校に来なくて、来たと思ったら手に入れ墨入れてくるんだもの。ビビっちゃった。」
「火傷を堂々とさらすよりいいと思ったんでしょ?倫子らしい。」
 すると奥に引っ込んでいた礼二が、泉に声をかける。
「阿川さん。配送が着てる。裏の入り口開けて。」
「はい。」
 定期的にやってくる食材やコーヒー豆を運ぶトラックがやってくるのだ。ここは二階にあるので、食材のためのエレベーターのスイッチを入れに行かないといけないのだ。
 すると礼二が表に出てくる。その間は礼二一人で切り盛りしないといけないのだ。今はそこまで忙しくないので大丈夫だが、問題は亜美くらいだろう。
 追って捕まえる女はいいのだが、追われるのはどうも苦手だ。
「あなたも来たら?バーベキュー。」
「仕事があるから。」
 亜美はいい女だった。だがそのあとが良くない。寝たことを脅されたくもないのだ。
「礼二。私が怖い?」
「お前が?何で?」
 すると亜美はコップを置いて礼二にいう。
「だったら、倫子にしつこくするのもやめて。倫子はもうあんたとは寝ないんだから。」
 その様子にぞくっとした。やはりヤクザと繋がりがあるというのは本当だったのだろうか。それくらいの脅しに見えた。
「会計してくれる?」
「あぁ……。」
 礼二はそう言ってレジへ向かった。亜美の後ろ姿を見て、悔しそうに舌打ちをする。

 夕食が出来て、食卓に並べる。今夜は白身魚とピーマンの天ぷらをした。冷や奴と、お浸し、サラダ、味噌汁など、伊織の作るものはバランスがいい。
 倫子を呼びに行こうと倫子の部屋へ行く。ドアの前で声をかけた。
「倫子。ご飯できたけど、食べる?」
「食べる。」
 倫子の声がすぐに聞こえて、伊織はその部屋を空けた。すると倫子はパソコンをスリープ状態にして、立ち上がった。
「何とかめどが付いたわ。予告通り、明日には送れそう。」
「良かったね。」
 すると倫子は伊織を見上げていう。
「麻がいいキーワードになった。」
「麻?」
「麻って、大麻も麻だものね。」
 つまり麻薬を題材にしたのだろう。伊織は少し笑って倫子をみる。
「ヒントになって良かった。」
「お礼をしたいわ。何でも言ってくれて良いわよ。」
 よっぽどいい題材になったのだろう。上機嫌だった。すると伊織は棚にある本をみる。ずっと気になっていたものがあったのだ。
「コレ、貸してくれない?」
「あぁ……良いけど、コレ、官能小説よ。」
「この人の本って、官能っぽくないんだ。」
 確かにこの本は官能小説の部類になるし、男と女のアレコレが生々しく表現されていると思う。だがそれ以上に心の真理を良く突いていると、倫子は羨ましく思っていたのだ。
「良いわよ。どうぞ。」
「ありがとう。」
 すると伊織の目が笑った。それを見て、倫子も微笑む。
「やっと笑ってくれた。」
「え?」
「何か最近、ずっとひきつってたから。」
「俺?」
「うん。私に後ろ暗いところでもあったのかなって。」
 そう言われて本を落としそうになった。思わず倫子の全裸が頭の中を占めたからだ。
「いいや……何でもないよ。」
「もしかしてこの間のシャワーのヤツ、気にしているのかと思ったんだけど。」
「忘れようと思ってたのに。」
 伊織がいうと、倫子はさらに笑った。
「ごめん。ごめん。そこまで初だと思ってなかったから。」
「初じゃないよ。」
「童貞じゃなかったの?」
「いくつだと思ってんの。」
「そうね。経験豊富ってことにしておくわ。」
 バカにしたような口調に伊織は本を置くと、倫子の手を握って壁に体ごと押しつける。
「ごめん。ごめん。冗談よ。」
 倫子はそう言うが、伊織はやめる気はなかった。あの裸を見て以来、どうも心にもやもやしたものがあったのだ。もう一度見ればはっきりするかもしれない。
 そう思ってその倫子の着ているシャツをめくろうとした。そのときだった。耳に女の声が聞こえる。
「好きだよ。」
 その言葉に伊織は思わず手を離した。
「ごめん……。俺、とんでもないことを……。」
 一気に顔色が悪くなった。倫子は首を横に振ると、伊織の肩に手を置いた。
「食事にしましょう。顔色悪いわ。」
「あぁ。」
「今日のメニューは何かな。」
 わざと明るい声で倫子は聞く。そして伊織を引きずるように、居間に連れて行った。
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