守るべきモノ

神崎

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進展

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 今月号で、倫子の小説の連載が終わった。そして次の号からはまた新しい連載が始まる。
 挿し絵を頼んだ絵師に話を数話見せると、目を輝かせ手続きが知りたいと言ってきた。この分だとこの話も評判が良いかもしれない。そう思いながら、他の作家の製本の案を春樹は見ていた。数点ある中で何をこの作家が選ぶのかはわからないが、おそらくこの犬と少女の画像になるだろう。倫子ならもっとこだわってここには無いと切り捨てるかもしれないが。
 そのとき隣のデスクに座った絵里子が、春樹のパソコンをのぞき見る。
「三池先生の新しい本ですか。」
「発売は冬だね。」
「文字数が足りませんよね。新しい話を書いてもらうんですか。」
「あぁ。ショートストーリーくらいでね。明後日くらいには原稿がアップするはずだ。」
「三池先生は仕事、早いですね。荻元先生も見習ってほしい。」
 絵里子はそう言って自分のパソコンをまた立ち上げた。絵里子が担当する作家は筆が遅い上に、ことあれば絵里子と寝ようとするので困っていたのだ。
「担当変わる?男の方が良いかな。」
「男性の担当になると、それはそれでまた手を出すんですよ。荻元先生は。」
 男も女もいける上に、精力旺盛なのだ。何を食べたらそうなるのだろう。春樹は困ったようにため息を付いた。
「編集長が行けばいいのに。」
「俺?無理だよ。コレ以上担当が増えたら編集長業務が本当におろそかになる。それに……荻元先生は、俺を嫌ってるしね。」
「確かにあまりいい印象ではなかったですね。」
 おそらく倫子を担当しているというので、ほかの作家から怪訝されているところもあるのだ。倫子は人気があるが、それ以上に敵も多いということだろう。それはインターネットの世界を見れば一目瞭然だ。
 書籍のレビューを見れば、倫子の本は自称書評家から心ない言葉を並べられている。文章力や表現力の稚拙さ、何より心が無いことにつっこまれている。
「……それでも売れているんだよな。」
 読み物しては軽いからいいのだろうか。春樹はそう思いながら、レビューを読んでいた。
「編集長。○○テレビの西根さんからお電話です。」
「うん。繋げてくれる?」
 電話越しで聞く声だ。女性にしては低い声の持ち主で、倫子によく似ている声だと思う。この女性は、倫子がこの間完結させた連載小説をドラマにしたいといっていたのだ。
「はい……。わかりました。小泉先生には伝えておきます。あ、直接はちょっと……こちらで窓口になりますから。」
 電話を切ると春樹は、倫子にメッセージを送る。

 泉は朝から出勤し、伊織は平日だが公休を取るように言われて今日は家にいた。そこで乾いた洗濯物を入れた伊織は、次に布団を干している。
 暑い日差しが降り注いでいた。数時間ほどで取り入れなければ、今度は暑くて寝れないだろう。この間の台風はかすっただけなので、特に問題はなかったのだが。
「伊織。布団干してる?」
 倫子の声がして、伊織は縁側を見た。
「うん。」
「そのあと私も干すわ。台、そのままにして置いて。」
「良いよ。あ、倫子、シーツは洗わない?」
「昨日洗ったばかりなの。」
 家にいることが多い倫子は、家のことが出来ないわけではない。むしろ一人で何でも出来るようだ。二人がいるから頼っているだけなのだ。
 そのとき、倫子のポケットに入れて置いた携帯電話が鳴る。
「もしもし?」
 そう言って倫子はまた部屋に戻る。あのとき以来、倫子の顔がまともに見れない。裸を見るのなんか慣れていたはずなのに、どうしてこんなに意識をしてしまうのだろう。
 やがて夕方になり、タブレットを持って伊織が縁側を歩いていると干しっぱなしになっている倫子の布団が目に付いた。こんなに長い時間干していると、夜暑くて寝れないのではないのだろうか。そう思って伊織は庭に出ると、布団を入れた。日向のいい匂いがふわんとする。そして布団を手にして、倫子の部屋の前にやってきた。
「倫子。布団入れたよ。干しっぱなしにしてると暑いから……。」
 ドアを開けると、倫子はパソコンに向かっているようだった。どうやら仕事に集中していて、そこまで気が回らなかったらしい。倫子は伸びをして、伊織の方を振り向いた。
「悪いわね。布団のことすっかり忘れてた。」
「押入に入れておく?」
「うん。あ、自分でするわ。ありがとう。」
 倫子は押入のドアを開けると、そこに受け取った布団を入れ込んだ。
「布団を干しすぎると、今の季節は暑くない?」
「それでも押入自体が熱で消毒されそう。」
「なるほどね。」
 ちらっとパソコンを見ると、小説の原稿と周りには資料が置かれている。詳しくはわからないが、どうやら春樹のところで連載をしていた作品は評判が良いらしい。
「あら、やだ。今まだ書き途中なのよ。」
「何を書いてるのかと思っただけだよ。」
「今は、この間終わった連載の番外編みたいなものよ。本になるから、あのままだと本として少しボリュームがないから。」
「だから、前に見たものとは資料が違うんだね。あれ?アジアの民族衣装?」
「うん。でも実際見ていないからどんなものなのか。」
「あっちの方は麻が多いよ。暑いからね。」
「あぁ。そうだったわね。あなたそっちの方にいたことがあるんだったかしら。」
「昔の話だよ。十年近く前のことだ。」
「十年ね……。」
 ちらっと伊織をみる。この男の十年前といってもおそらくそんなに変わらないだろう。元々童顔だ。
「十年前はどんな国だったの?」
「いい国だったね。人は真面目で、勤勉。だけどあまり欲がない感じがした。」
「欲?」
「こっちの人は、もっといい暮らしにするためにはって出世を願うだろ?」
「まぁ……普通ならね。」
「あっちの人は「足るを知る」ってことをよくわかってる。だからあまりがつがつはしていないな。」
「足る……。」
 確かに今のままでもいいのかもしれない。だがいつ人気が無くなり、いらないと言われるのかわからないのがこの仕事の怖いところだ。そのためには、もっと自分の作品をいいものにしないといけない。そして今度こそ寝ないといけないだろう。
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