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意識
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よく晴れている土曜日のことだった。伊織は屋根に登って、雨漏りがするという部分の修理をしているようで、天井から金槌などを鳴らす音がしていた。倫子はその音が聞こえて少し不機嫌そうに、パソコンに向かっている。音がうるさいが、頼んでいるのだから文句は言えないのだ。
立てたプロットはあっさり通り、トリックの確認、細かい修正をしてから、文章を書いていく。机の周りには、薬剤などの資料や遊郭の資料がある。
「……男衆ね。」
遊郭には男衆という男が居て、女性だけで手が回らないことをしている。夜の見回りから金の払わない客の世話など、その仕事は多岐にわたる。
「先生。」
音がやんで数分すると、ドアの向こうで声がした。倫子はそのドアを開けて、伊織を迎え入れた。
「どうしたの?」
「修理だいたい終わったから。」
「ありがとう。明日雨らしいから、助かったわ。」
「しかし、この家結構古いですよね。」
「その分無駄に広いわ。もう一人くらい間借りする人が欲しい所ね。でもこんな古い家に誰が住むかしら。」
「そんなことないですよ。俺は落ち着きます。」
「そう?そう言ってくれてありがたいわ。さて、コーヒーでも淹れようか。」
「良いですね。」
そろそろ一息入れようと思っていたので、ちょうど良かった。台所へ行くと、倫子はやかんに水を入れて火にかける。
「富岡君は、彼女居ないの?」
「ずっと居ないですね。」
「もてそうなのに。」
「んー。面倒っていうか……。」
「一人に縛られたくない?」
からかうように倫子が言うと、伊織は手を拭ってそれを否定した。
「そんなんじゃないですよ。やだなぁ。ヤリ○ンみたいに言わないでくださいよ。」
「ははっ。そうだと面白いなと思っただけ。まぁ、彼女がいればこんなところで暮らしていないわよね。」
すると伊織はカップを出して、シンクにおく。そして横にいる倫子に聞いた。
「先生は居ないんですか?」
「恋人?居ないわね。ずっと作ってない。」
今日も露出は激しい。だからてっきりだれでもさせているのかと思いきや、そうではないようだ。ここ数日でそれはわかる。本当に仕事しかしていない。たまに外に出たと思ったら、資料などを手に戻ってくる。それだけだった。
「恋人って、何か嫌ね。いちいちメッセージ送って、どこで何をしてるなんていちいち報告するの。あれどうにかならないかしら。」
「好きなら、気になるもんじゃないんですか。」
「そんなものかしらね。だから恋愛小説は書けないのよ。」
倫子の小説はミステリーに部類するのだろうが、厳密に言えばサイコサスペンスになるのだろう。予想もしてなかった人が、犯人であることがあるのでその評価は分かれる。その中に恋愛要素はあまりない。よくて親子愛くらいだろうか。
「先生の……。」
「ずっと気になってたんだけど。」
「はい?」
清子は沸いたお湯をケトルに移し替えて、伊織の方をみる。
「その先生って言うのやめてくれる?それから敬語なんて使わなくても良いから。こっちが年下よ。」
「あー。そうだっけ。でも何て呼べばいい?」
「どうとでも良いけど、家の中までは先生なんて呼ばれたくない。私、そんなに偉くないし。」
一歩外に出れば「先生」と呼ばれるのだろう。それが苦痛なのだ。それが伊織にはわかっていなかった。
「えっと……じゃあ……俺も、伊織って呼んでもらえる?」
「良いわ。私も倫子で良いから。」
それだけで距離が近くなった気がする。嬉しかった。
カフェの営業時間が終わり、泉は食器や使った調理器具を洗っている間、礼二はコーヒー豆の仕込みをしていた。生豆でやってくるその豆は不揃いで、その豆の大きさや出来が悪いものをはじいていくのだ。その作業は手作業で、礼二が一番いらつく作業でもある。だがこうしなければ、コーヒーの味は一定しない。
そう教えてくれたのは、この会社のお抱えのバリスタだった。どこかで専門的な勉強をしたらしく、そのバリスタの腕は一流だった。まだ若いのに、まるで自分が子供のように思えたのが悔しかった。
だがいらついているのはそれだけではなかった。
あの日の夜。泉を飲みに連れて行かせて、倫子を家に一人にさせた。あわよくば寝ることも出来るだろうと思っていたのに、あの背の高い男が邪魔をした。編集者だと言っていたので、倫子をずっと世話をしている男なのだろう。
「店長。ディッシャー終わりましたよ。まだ豆をはじいてるんですか?」
「何か多いんだよな。はじく豆が。」
「手伝いますよ。」
「良いよ。店内掃除してくれる?」
伊織が家に住みだした頃からだろうか。礼二の機嫌が悪い。奥さんと喧嘩でもしたのだろうか。そう思いながら、泉はフロアにおいていた机などを隅に寄せだした。そのとき、二階から男が顔をのぞかせる。
「今晩は。」
それは春樹だった。泉は驚いてその階段の方へ向かう。優しそうな笑顔に、また泉の胸がときめく。
「すいません。もう営業終わってるんです。」
「知ってる。でも、これを先生に渡しておいて欲しいと思って。」
そう言って春樹は封筒を泉に手渡した。
「直接渡さなくていいんですか?」
「うん。ちょっと俺、これから作家の先生の所に行く予定があってね。今日中に渡さないといけない資料があったのを忘れていたんだ。」
「あ、でも倫子、今日どこかへ行くって言ってたかな。」
「明日の朝までに先生の手元にあればいいよ。」
ふとカウンターの向こうを見ると、店長らしい男が不機嫌そうにこちらを見ていた。片づけ作業をしているのに邪魔をしたとでも思っているのだろうか。
「じゃあ、頼んだよ。」
「あ、藤枝さん。」
もう行こうとしていたのに、泉が声をかける。
「どうしたの?」
「今度、またいらしてください。藤枝さんがいらっしゃると、倫子も嬉しそうだから。」
「そうだね。また。」
そういって春樹は階下に降りてしまった。その後ろ姿を見て、少しため息をつく。春樹には奥さんが居るというのだが、詳しいことはきっと倫子の方が詳しいだろう。それが泉を嫉妬させる。
「阿川さん。手が止まってる。」
礼二から言われて、泉は我に返るとまたモップを動かし始めた。
立てたプロットはあっさり通り、トリックの確認、細かい修正をしてから、文章を書いていく。机の周りには、薬剤などの資料や遊郭の資料がある。
「……男衆ね。」
遊郭には男衆という男が居て、女性だけで手が回らないことをしている。夜の見回りから金の払わない客の世話など、その仕事は多岐にわたる。
「先生。」
音がやんで数分すると、ドアの向こうで声がした。倫子はそのドアを開けて、伊織を迎え入れた。
「どうしたの?」
「修理だいたい終わったから。」
「ありがとう。明日雨らしいから、助かったわ。」
「しかし、この家結構古いですよね。」
「その分無駄に広いわ。もう一人くらい間借りする人が欲しい所ね。でもこんな古い家に誰が住むかしら。」
「そんなことないですよ。俺は落ち着きます。」
「そう?そう言ってくれてありがたいわ。さて、コーヒーでも淹れようか。」
「良いですね。」
そろそろ一息入れようと思っていたので、ちょうど良かった。台所へ行くと、倫子はやかんに水を入れて火にかける。
「富岡君は、彼女居ないの?」
「ずっと居ないですね。」
「もてそうなのに。」
「んー。面倒っていうか……。」
「一人に縛られたくない?」
からかうように倫子が言うと、伊織は手を拭ってそれを否定した。
「そんなんじゃないですよ。やだなぁ。ヤリ○ンみたいに言わないでくださいよ。」
「ははっ。そうだと面白いなと思っただけ。まぁ、彼女がいればこんなところで暮らしていないわよね。」
すると伊織はカップを出して、シンクにおく。そして横にいる倫子に聞いた。
「先生は居ないんですか?」
「恋人?居ないわね。ずっと作ってない。」
今日も露出は激しい。だからてっきりだれでもさせているのかと思いきや、そうではないようだ。ここ数日でそれはわかる。本当に仕事しかしていない。たまに外に出たと思ったら、資料などを手に戻ってくる。それだけだった。
「恋人って、何か嫌ね。いちいちメッセージ送って、どこで何をしてるなんていちいち報告するの。あれどうにかならないかしら。」
「好きなら、気になるもんじゃないんですか。」
「そんなものかしらね。だから恋愛小説は書けないのよ。」
倫子の小説はミステリーに部類するのだろうが、厳密に言えばサイコサスペンスになるのだろう。予想もしてなかった人が、犯人であることがあるのでその評価は分かれる。その中に恋愛要素はあまりない。よくて親子愛くらいだろうか。
「先生の……。」
「ずっと気になってたんだけど。」
「はい?」
清子は沸いたお湯をケトルに移し替えて、伊織の方をみる。
「その先生って言うのやめてくれる?それから敬語なんて使わなくても良いから。こっちが年下よ。」
「あー。そうだっけ。でも何て呼べばいい?」
「どうとでも良いけど、家の中までは先生なんて呼ばれたくない。私、そんなに偉くないし。」
一歩外に出れば「先生」と呼ばれるのだろう。それが苦痛なのだ。それが伊織にはわかっていなかった。
「えっと……じゃあ……俺も、伊織って呼んでもらえる?」
「良いわ。私も倫子で良いから。」
それだけで距離が近くなった気がする。嬉しかった。
カフェの営業時間が終わり、泉は食器や使った調理器具を洗っている間、礼二はコーヒー豆の仕込みをしていた。生豆でやってくるその豆は不揃いで、その豆の大きさや出来が悪いものをはじいていくのだ。その作業は手作業で、礼二が一番いらつく作業でもある。だがこうしなければ、コーヒーの味は一定しない。
そう教えてくれたのは、この会社のお抱えのバリスタだった。どこかで専門的な勉強をしたらしく、そのバリスタの腕は一流だった。まだ若いのに、まるで自分が子供のように思えたのが悔しかった。
だがいらついているのはそれだけではなかった。
あの日の夜。泉を飲みに連れて行かせて、倫子を家に一人にさせた。あわよくば寝ることも出来るだろうと思っていたのに、あの背の高い男が邪魔をした。編集者だと言っていたので、倫子をずっと世話をしている男なのだろう。
「店長。ディッシャー終わりましたよ。まだ豆をはじいてるんですか?」
「何か多いんだよな。はじく豆が。」
「手伝いますよ。」
「良いよ。店内掃除してくれる?」
伊織が家に住みだした頃からだろうか。礼二の機嫌が悪い。奥さんと喧嘩でもしたのだろうか。そう思いながら、泉はフロアにおいていた机などを隅に寄せだした。そのとき、二階から男が顔をのぞかせる。
「今晩は。」
それは春樹だった。泉は驚いてその階段の方へ向かう。優しそうな笑顔に、また泉の胸がときめく。
「すいません。もう営業終わってるんです。」
「知ってる。でも、これを先生に渡しておいて欲しいと思って。」
そう言って春樹は封筒を泉に手渡した。
「直接渡さなくていいんですか?」
「うん。ちょっと俺、これから作家の先生の所に行く予定があってね。今日中に渡さないといけない資料があったのを忘れていたんだ。」
「あ、でも倫子、今日どこかへ行くって言ってたかな。」
「明日の朝までに先生の手元にあればいいよ。」
ふとカウンターの向こうを見ると、店長らしい男が不機嫌そうにこちらを見ていた。片づけ作業をしているのに邪魔をしたとでも思っているのだろうか。
「じゃあ、頼んだよ。」
「あ、藤枝さん。」
もう行こうとしていたのに、泉が声をかける。
「どうしたの?」
「今度、またいらしてください。藤枝さんがいらっしゃると、倫子も嬉しそうだから。」
「そうだね。また。」
そういって春樹は階下に降りてしまった。その後ろ姿を見て、少しため息をつく。春樹には奥さんが居るというのだが、詳しいことはきっと倫子の方が詳しいだろう。それが泉を嫉妬させる。
「阿川さん。手が止まってる。」
礼二から言われて、泉は我に返るとまたモップを動かし始めた。
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