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意識
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土曜日の夜だから、店に人が多いことは想定内だった。楽しそうに飲んでいる姿を見ながら、倫子は目の前の酒に口を付ける。今日は亜美も牧緒も忙しそうだ。平日とは違うのだからと、倫子は持ってきた本を開いた。酒を飲みながら本を読むのは家でも出来ることだが、この雰囲気はどこでもあるというものではない。
「……。」
この作家は、自殺をした作家だ。ミステリーの第一人者と言われている男で、その中に出てくるキャラクターに人気がある。容姿は髭面でがっちりした体型。常に棒付きのキャンディーを舐めているらしい。映像化にもなってその映画を見たことがあるが、山形誠二はこの役がとてもはまり役だったと思う。
何かキャラクターを一人立てておけば、割とそのシリーズで作品が出来るかもしれない。倫子はそう思いながら、ページをめくった。
「おや。小泉先生。」
声をかけられて、倫子はそちらを見上げる。そこには春樹の姿があった。
「今晩は。」
「一人ですか?」
「えぇ。約束があったのですけど、先方の都合でキャンセルになったので一杯飲んで帰ろうと。藤枝さんは?」
「一人ですよ。たまに飲みに来たくなります。」
亜美は倫子の隣に座った春樹に、おしぼりとコースターを差し出す。すると春樹は、少し笑っていった。
「ハイボールをもらえますか。」
「はい。銘柄の指定はありますか?」
「特にこだわりはありませんよ。」
会計が一緒になることはないだろう。そう思って、亜美は伝票をまた新たに作る。
ふと倫子の手元に一冊の本があるのに気がついて、そのタイトルを春樹はみる。
「遠藤守ですか。」
「えぇ。この作家の本は面白いです。」
「髭の五郎ですね。敵対する周と言うキャラクターも良い。」
「ずんぐりむっくりした五郎と、すらりとした周の対比が映像にしても良かった。ドラマになったとき、周の役をした高峯昇は、はまり役でしたね。」
「ドラマは見ていないんですけど、そうなんですか。」
倫子の本がドラマや映画になったときも、倫子は「自分の手を放れた作品には興味がない」と言ってキャストや台本に口を出さなかった。あくまで原作者であり、それを作る監督やスタッフ、役者の手で別物になったと思っているのだろう。
「キャラクターを作ると楽そうですね。」
「あなたには無理だと思います。」
春樹はそういって煙草に火をつけた。
「どうしてですか?」
「人に興味がなさそうなので。」
生身の人間には興味がない。それがわかっているから倫子には無理だと言っているのだろう。キャラクターを作るというのは、ある程度そのキャラクターに思い入れがないといけない。遠藤守だって、五郎と周に思い入れがあったはずだ。
「……そんなものですか。まだまだ未熟ですね。私も。」
「恋人を作ってみると良い。自分がどうなってもかまわないと言うくらい、強烈な恋人を。」
すると倫子は、即答で言う。
「いりません。だったら今の形で結構です。亜美。お代わりをちょうだい。」
グラスをカウンターに置くと、亜美は伝票にそれを書いてボトルから直接酒を注ぐ。どうやらウィスキーらしく、追加で氷を直接グラスに入れた。
「何杯目?」
「まだ二杯目。酔ってませんから。」
カウンターの亜美は細長いグラスにハイボールを入れたものを、春樹の前に置いた。
「あと二、三杯は飲みますよ。」
「人を酒豪みたいに言わないで。」
不機嫌そうに倫子は言うと、春樹もそれに口を付けた。
「藤枝さん。この調子だから、倫子を酔っぱらわせて何かしようってのは無理ですから。」
その言葉に思わず春樹は酒を噴きそうになった。
「しませんよ、そんなこと。俺は既婚者だし。」
「あら、そうでしたか。既婚者に見えなかったから。」
よく見れば左手の薬指に指輪がある。結婚していれば、まっすぐ家に帰ればいいものを、どうしてこんな場末のバーへやってきたのだろう。亜美は少し不思議に思っていた。
倫子がここにやってくるのはただの気まぐれかもしれない。または、小説が行き詰まっているとき。
「亜美。藤枝さんは奥さんしか見てないのよ。一途なの。」
「まぁ。羨ましい。そんな人と出会いたいわねぇ。」
どの口が言うかね。春樹はそう思いながら、またグラスに口を付ける。寝ぼけていたとは言っても、キスをしてきたのだ。簡単にキスくらいならする女なのかもしれない。だとしたら、それを別に思い出すこともないだろう。
バーを出た時には、倫子ではなく春樹の方が酔っぱらっているようだった。春樹がこんなに酔うことはあまりない。普段は職場と病院と自宅しか行くところがないからだ。
「バスは終わってしまったけど、電車はまだありますね。」
「最寄り駅まではいけませんけど路線は一緒ですし、駅まで行きましょう。」
口調はしっかりしているが、足下がおぼついていない。心配になって、倫子は春樹の腕を握る。
「どうしました?」
「駅はこっちですよ。」
「あぁ。そうでした。」
「大丈夫ですか?」
「三十五をなんだと思ってるんですか。しっかりしてますよ。」
それが全くしっかりしていない。倫子はそう思いながら、その腕を放さなかった。まるで恋人のような行動だと思う。勘違いしそうだ。
「やっぱりタクシーで帰りましょう。心配ですから。」
「心配してくれるんですか?」
その言葉に倫子は思わず足を止める。まずい。何か勘違いしている。既婚者だと言うことを抜いても、男とこんな関係になりたくない。そう思ってその手を離した。
「タクシーの方が家まで送ってくれるし、私も楽ですから。」
大通りにでれば、タクシーは一台くらい捕まるだろう。週末でタクシーは沢山でているだろうし。
「小泉先生。飲み直しませんか。」
「結構です。帰った方が良いですよ。明日、病院へ行くのでしょう?奥様の前で、酒臭いと奥様も機嫌が悪くなるでしょうし。」
わざと奥さんの名前を出した。姿も何も知らない奥さんのことだ。だが春樹にはきっと何か感じるものがあるだろう。
「……。」
この作家は、自殺をした作家だ。ミステリーの第一人者と言われている男で、その中に出てくるキャラクターに人気がある。容姿は髭面でがっちりした体型。常に棒付きのキャンディーを舐めているらしい。映像化にもなってその映画を見たことがあるが、山形誠二はこの役がとてもはまり役だったと思う。
何かキャラクターを一人立てておけば、割とそのシリーズで作品が出来るかもしれない。倫子はそう思いながら、ページをめくった。
「おや。小泉先生。」
声をかけられて、倫子はそちらを見上げる。そこには春樹の姿があった。
「今晩は。」
「一人ですか?」
「えぇ。約束があったのですけど、先方の都合でキャンセルになったので一杯飲んで帰ろうと。藤枝さんは?」
「一人ですよ。たまに飲みに来たくなります。」
亜美は倫子の隣に座った春樹に、おしぼりとコースターを差し出す。すると春樹は、少し笑っていった。
「ハイボールをもらえますか。」
「はい。銘柄の指定はありますか?」
「特にこだわりはありませんよ。」
会計が一緒になることはないだろう。そう思って、亜美は伝票をまた新たに作る。
ふと倫子の手元に一冊の本があるのに気がついて、そのタイトルを春樹はみる。
「遠藤守ですか。」
「えぇ。この作家の本は面白いです。」
「髭の五郎ですね。敵対する周と言うキャラクターも良い。」
「ずんぐりむっくりした五郎と、すらりとした周の対比が映像にしても良かった。ドラマになったとき、周の役をした高峯昇は、はまり役でしたね。」
「ドラマは見ていないんですけど、そうなんですか。」
倫子の本がドラマや映画になったときも、倫子は「自分の手を放れた作品には興味がない」と言ってキャストや台本に口を出さなかった。あくまで原作者であり、それを作る監督やスタッフ、役者の手で別物になったと思っているのだろう。
「キャラクターを作ると楽そうですね。」
「あなたには無理だと思います。」
春樹はそういって煙草に火をつけた。
「どうしてですか?」
「人に興味がなさそうなので。」
生身の人間には興味がない。それがわかっているから倫子には無理だと言っているのだろう。キャラクターを作るというのは、ある程度そのキャラクターに思い入れがないといけない。遠藤守だって、五郎と周に思い入れがあったはずだ。
「……そんなものですか。まだまだ未熟ですね。私も。」
「恋人を作ってみると良い。自分がどうなってもかまわないと言うくらい、強烈な恋人を。」
すると倫子は、即答で言う。
「いりません。だったら今の形で結構です。亜美。お代わりをちょうだい。」
グラスをカウンターに置くと、亜美は伝票にそれを書いてボトルから直接酒を注ぐ。どうやらウィスキーらしく、追加で氷を直接グラスに入れた。
「何杯目?」
「まだ二杯目。酔ってませんから。」
カウンターの亜美は細長いグラスにハイボールを入れたものを、春樹の前に置いた。
「あと二、三杯は飲みますよ。」
「人を酒豪みたいに言わないで。」
不機嫌そうに倫子は言うと、春樹もそれに口を付けた。
「藤枝さん。この調子だから、倫子を酔っぱらわせて何かしようってのは無理ですから。」
その言葉に思わず春樹は酒を噴きそうになった。
「しませんよ、そんなこと。俺は既婚者だし。」
「あら、そうでしたか。既婚者に見えなかったから。」
よく見れば左手の薬指に指輪がある。結婚していれば、まっすぐ家に帰ればいいものを、どうしてこんな場末のバーへやってきたのだろう。亜美は少し不思議に思っていた。
倫子がここにやってくるのはただの気まぐれかもしれない。または、小説が行き詰まっているとき。
「亜美。藤枝さんは奥さんしか見てないのよ。一途なの。」
「まぁ。羨ましい。そんな人と出会いたいわねぇ。」
どの口が言うかね。春樹はそう思いながら、またグラスに口を付ける。寝ぼけていたとは言っても、キスをしてきたのだ。簡単にキスくらいならする女なのかもしれない。だとしたら、それを別に思い出すこともないだろう。
バーを出た時には、倫子ではなく春樹の方が酔っぱらっているようだった。春樹がこんなに酔うことはあまりない。普段は職場と病院と自宅しか行くところがないからだ。
「バスは終わってしまったけど、電車はまだありますね。」
「最寄り駅まではいけませんけど路線は一緒ですし、駅まで行きましょう。」
口調はしっかりしているが、足下がおぼついていない。心配になって、倫子は春樹の腕を握る。
「どうしました?」
「駅はこっちですよ。」
「あぁ。そうでした。」
「大丈夫ですか?」
「三十五をなんだと思ってるんですか。しっかりしてますよ。」
それが全くしっかりしていない。倫子はそう思いながら、その腕を放さなかった。まるで恋人のような行動だと思う。勘違いしそうだ。
「やっぱりタクシーで帰りましょう。心配ですから。」
「心配してくれるんですか?」
その言葉に倫子は思わず足を止める。まずい。何か勘違いしている。既婚者だと言うことを抜いても、男とこんな関係になりたくない。そう思ってその手を離した。
「タクシーの方が家まで送ってくれるし、私も楽ですから。」
大通りにでれば、タクシーは一台くらい捕まるだろう。週末でタクシーは沢山でているだろうし。
「小泉先生。飲み直しませんか。」
「結構です。帰った方が良いですよ。明日、病院へ行くのでしょう?奥様の前で、酒臭いと奥様も機嫌が悪くなるでしょうし。」
わざと奥さんの名前を出した。姿も何も知らない奥さんのことだ。だが春樹にはきっと何か感じるものがあるだろう。
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