守るべきモノ

神崎

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和室

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 食卓には朝食らしく、キャベツとタマネギの味噌汁、めざしを焼いたもの、卵焼き、ほうれん草のお浸しや漬け物が並ぶ。それを口にしながら泉は納得したように、話を聞いていた。
「家を探しているんですか。」
 伊織はその言葉にうなづく。
「デザイナーだっていうだけで、こう……コンクリートの打ちっ放しの部屋とか、リフォームしたてのすごい綺麗な部屋を紹介されて。」
 もっと普通の和室で一部屋とかでいいのだが、そう言った部屋は「セキュリティが」とか「住んでいる人たちもちょっと……。」とかそんなことで言葉を濁らせるのだ。
「ここは女ばかりだから、気を使わないかなと思うけど……。」
 すると味噌汁を飲んでいた倫子が、少し考えていう。
「まぁ……家を買うって言ったとき、藤枝さんが心配してくれた問題は浮上しましたけどね。」
 その言葉に春樹は驚いたように倫子をみる。自分が何か言ったのだろうかと思ったのだ。
「頭金は一括で払えたけど、ローンは毎月結構厳しいんですよ。だからコラムの仕事でもうけようかと。」
「無理でしょ?」
 春樹が止める前に泉が止めた。
「外に出たくないって言ってたし、人と会うのもあまり得意じゃないし、何より外に出たらあまり書けないって言ってたじゃない。」
「まぁ……その問題はあるわね。」
 倫子は人を選ぶところがある。自分との適度な距離を保ってくれる人ではないと、つきあいたくないらしい。
「だから、私少しでもお金入れるって。」
「でもほら、泉は家のことをしてもらってるし。」
「私が嫌だからよ。埃が溜まってるような家に住むの。それに倫子、一人だったら何もしないじゃない。食事だって作ってるから食べているだけだもの。一人だったらお酒しか飲まないじゃない。」
 その言葉に倫子は少し笑って、めざしを口に入れた。その辺は確かに感謝している。泉が世話を焼いてくれて良かった。
「小泉先生。」
 茶碗を置いて、春樹は倫子の方を向く。
「で、富岡君に間借りはさせるのですか?」
 その言葉に倫子は手を口元に押いて少し考えているようだった。その口元を見て、春樹はさっと視線を逸らす。あの唇にさっき、キスをされたからだ。
「富岡さん。休みはいつ?」
「土日です。」
「だったら明後日、屋根の修理してよ。雨漏りしてるんだよね。」
「え……。」
「昨日は雨が降ってなかったから良いけど、富岡さんが使う部屋雨漏りするから。」
「いいんですか?」
「家賃入れてね。」
「良いですよ。良かった。ここから会社近いし。早く帰れるときは、俺が飯を作りますよ。」
「頼りにしてる。」
 良かった。これで少しほっとした。これで泉か、倫子か、二人のどちらかに伊織がくっついてくれれば、自分に向けられる視線はない。
 伊織はおそらく倫子に悪い印象はない。そして泉も伊織に悪い印象はないだろう。同世代の三人だ。この中に自分が入ることはないし、自分には妻が居るのだから。
「藤枝さん、このまま会社行くんですか?」
「そうだね。あまり時間はないから。」
「泉。今日、休みでしょう?どこかへ行くの?」
「うん。まぁ……買い物に行かなきゃ。倫子は?」
「プロット立て直さないと。藤枝さん。今日中に送ります。」
「楽しみにしていますよ。」
 事故だったのだ。悪い犬にでも噛まれたと思って、忘れることにしよう。

 昨日と同じ服だ。絵里子は出社したときから、春樹の服装に驚いていた。昨日と同じ服だということは、昨日どこかに泊まっていたのだろう。春樹の担当している作家には、焦って締め切りが迫っている作家はいない。
 と言うことは、どこかに泊まっていたのだろうか。春樹は妻が居るとはいっても、五年間も寝たきりなのだ。他の女と遊んで悪いということはないだろう。だがそれに口を出すほどの関係ではない。
「編集長。」
「ん?」
「夕べ、小泉先生は何と言ってました?」
「え?」
 思わず持っていたペンを落としかけた。それを空中でキャッチすると、また絵里子の方をみる。
「表装を見てもらうと言ってましたよね。文庫本の方の。」
「あぁ……そうだったっけ。悪い。昨日は結構ごたごたしてて、聞きそびれたな。」
「デザイナーを連れていったのに?」
「まぁ……後で連絡をしよう。」
 伊織を絡めて話すことだから、倫子の家に言って話をすることになるだろう。同居するのだったら、伊織は常にいるはずだ。こういうところが、便利になったということだろうか。
「それから、次の号の表紙が出来てます。」
「皆川絵梨佳だったね。」
 若い女優で、倫子が書いたものを原作に映画にでているのだ。血塗れになって、ナイフを振り回すその姿が狂気に満ちていて、怖いもの見たさに客が多いらしい。
「うん。悪くないね。レイアウトはどうなるかな。」
 ふだんと変わらないように見えるだろう。だがわずかに違う。何かあったのだろうか。聞きたいのに、何も聞けない自分が意気地がないと思う。
「加藤さん。」
「はい?」
「……んー。何でもない。コーヒーでも買ってくるよ。」
 そう言って春樹は席を立つ。オフィスをでると、エレベーターホールの片隅にある自動販売機の前に立って、コーヒーを買う。そしてそのまま喫煙所へ向かった。
「……駄目だな。」
 意識しないようにする。そう思えば思うほど意識してしまう。あんな娘がタイプの訳がないのに、どうしてこんなに心が揺れるのだろう。
 煙草を取り出して、火をつける。そのとき携帯電話が鳴った。
「はい。あぁ、三池先生。お久しぶりです。えぇ……。」
 いつも通りだ。これが日常なのだから。帰りに妻のところに寄ろう。そうすればもっと気分が晴れるはずだから。
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