313 / 870
フィッシュ&チップス
312
しおりを挟む
スタジオに戻ってきた沙夜を見て、奏太は真っ先に近づいてくる。何か問題があったのはすぐに感じたのだろう。
「一人で出るなよ。お前。この地域がどれだけ危険かわかってねぇだろ。」
「えぇ……ごめんなさい。心配をかけてしまって。」
すると翔は少し笑って言う。
「何も無かったんだったら良かった。悪いね。一馬。」
相反する言葉だと思った。翔も沙夜の危機管理の無さに少し責めたい気分はあったのかもしれない。だが奏太が全てを言ってくれた。これ以上沙夜を責めたくないと思う。それにそれを助けてくれたのは一馬だ。一馬に礼を言うのは当然だと思う。自分では出来なかっただろうから。
「誤解はさせたかも知れないがな。」
「誤解?」
「明らかに俺よりも腕っ節が強そうな男達が、沙夜に声をかけていたんだ。一人ならまだしも二人も居たし、それに向こうには車が用意されていた。そんな状況で、誤魔化せるといったら「妻に何をしようとしたんだ」というくらいしか出来ないだろう。」
つまり誘拐でもしようとしたのだろう。おそらく沙夜を狙ったのは、観光客を狙ったギャング団なのだ。女一人だと勘違いしているようだったので、そうでは無く新婚旅行、または観光をしに来た夫婦だということを印象づけるしか無いととっさに出た言葉だという。
「銃でも出されたりすれば、いくらお前でも無理だって事だよな。」
遥人はそう言うと、沙夜の顔色が更に青くなる。一馬が銃に撃たれたりでもしたら、フェスどころでは無い。著名人で無いにしてもこれは国際的な問題になり得る話だった。
「そんな危険なことを……ごめんなさい。一馬。」
そう言うと、一馬は首を横に振る。
「そこは謝るところじゃない。」
「え?」
「助けてくれてありがとうと言って欲しかった。」
その言葉に純は少し笑った。一馬らしい言葉だと思う。こういう人だから、一馬が信用出来るのだ。いくら妻だと嘘をついてもそれは必要な嘘だとわかるから。
「沙夜さんさ。」
治はペットボトルの水を置いて、沙夜の方を見る。
「どうしたの?」
「……。」
三倉奈々子が「二藍」のプロデュース業から退き、その代わりに口を出すようになったのは沙夜だ。それは「夜」という名前を使い、必要以上に口は出さないにしてもそのアドバイスは的確だった。だが奏太がやってきて事情が変わってきている。奏太は沙夜よりも音楽に精通していて、そのアドバイスは沙夜には無い音楽的な観点からも言ってくれている。事実、奏太が口を出すようになって音楽が澄んでいる気がしていた。
それを沙夜は不満では無いにしても、奏太の前では必要以上に口を出せないもどかしさがあるのだろう。それは治でもわかっていることだった。だから冷静な沙夜だってわかるだろう、この地域で女性一人が道でたたずんでいるのが危険だということすら気がつかなかったのだ。それくらい沙夜は追い詰められている。
「一馬と、少し外に出た方が良いよ。」
「一馬と?」
治の言葉に食いついたのは奏太だった。治すら一馬と沙夜の間を取り持とうとしているのだろうか。そう思って奏太は治に詰め寄る。
「何で一馬なんだよ。」
「まだそのナンパ師みたいな奴らがいるかも知れない。なのに他の男と沙夜さんが出てしまったら、あれは嘘だったと今度こそ沙夜さんがさらわれるか俺らが何かあるかも知れない。」
何かという言葉にぞっとした。今度こそ銃で撃たれるかも知れないのだ。
「そうか。わかった。沙夜、行こうか。」
「えぇ。ありがとう。」
一馬はそういって沙夜と共にスタジオをまた出て行った。するとその背中を見て、奏太はため息を付く。どうして自分が行こうといわなかったのだろう。沙夜は翔が一番頼りになると思っているのだろうか。そんな感情がぐるぐると回る。
「あのさ、奏太。」
翔は座っている奏太の椅子の横に座ると、奏太に告げる。
「俺らの音楽に、奏太が相当口を出してくれるの……すごく感謝はしている。録音したモノを聴いても、既存の曲を差し替えたいと思ったのは事実だ。」
「お前らが甘すぎたのが悪いんだろう。もっと基礎を見直して……。」
「でもその甘さが良いという人も居るのは事実だ。音楽ってのは二度と同じ音を聴けないのが音楽の良さでもある。アレンジを変えて演奏するだけじゃ無くて、たまたまタイミングがずれて出した音がいい音だったと言うこともあるんだ。」
「……。」
「でもいざ自分でその演奏をしようと意識しても同じ演奏にはならない。音楽ってのは一期一会な部分もあると思うよ。俺は。」
「でもさ……職業音楽家なんだったら、どんな精神状態でも同じように演奏しないといけないんだ。それがプロの仕事だろう?」
「言いたいことはわかるよ。でも俺らはシンセサイザーでは無いんだ。遥人は人工音声では無い。」
「……。」
「そう言うのを聴きたかったら良い機材も今は沢山あるし、そっちに任せればいいんだ。わざわざフェスなんかしなくても良い。CDやダウンロードをされた製品化されているモノを聴けば良いし、俺らがわざわざここへ来て演奏をしなくても良い。けれど生の演奏が聴きたいから、ここへ俺たちを呼んだんじゃ無いのか。」
「だから生で演奏をするのに下手だって思われても良いのか。思ったよりも「二藍」は下手だなって思うような……。」
「最低限のことはしているつもりだし、基礎も一度見直した。でもそれ以上のことはしないよ。人が演奏しているだ。多少のズレも、音程のズレも、遥人だって発音が違ってもそれでいいと俺は思うけどね。」
納得出来ない。翔が言っていることは綺麗事だと思うから。奏太は完璧に演奏をして当たり前の世界に居たのだ。ミスなんかは許されるわけが無い。それを笑って許されるのは、若いときだけだったから。「二藍」はもうみんな三十を超している。遥人は多少顔がいいにしても、笑って許されるわけが無い。特にこの国なら尚更だ。
「お前らさ……水を投げられる覚悟をしておけよ。」
「二度と呼ばれない覚悟も出来てるよ。」
治はそう言うと、純も頷いた。
「プレッシャーでどうにかなりそうだ。俺らまだ国内のフェスだって出てないのもあるのに。」
「今度呼ばれてるのがあるって言ってたな。まだそっちの方が気楽。言葉だって通じるし。」
「確かに。」
遥人はそう言うと、まだ納得してない奏太に声をかける。
「奏太さ。あのこっちの担当の女といい仲なんだろ?」
「は?」
驚いたように奏太がそう聞くと、翔も笑って奏太に聞く。
「ソフィアって言ってたっけ?ご飯くらい誘われた?」
「あー……。そう言えばここに来る前に、飯でもどうかって言われたっけ。」
「行って来れば?二十歳くらいだっけ。おっぱい大きかったよな。」
遥人はそう言うと、純が呆れたように聞く。
「そんなの脂肪の塊じゃん。」
「無いよりあった方が良いだろ?男には無いものだし。」
「必要ある?なぁ。治。」
すると治も笑いながら言った。
「俺は無いよりはあった方が良い方だけどさ。AVなんかも巨乳モノばっか見てたし。外国のやつなんかも良いよ。こう……メロンが二つって感じで。」
「だってさ。奏太。」
その言葉に奏太は手を振ってそれを否定する。
「いやー。俺、巨乳は……。」
「ロリコンか?おかしいな。沙夜さんは結構胸がある方だと思うけど。」
遥人はそう言うと、奏太は立ち上がって遥人に詰め寄る。
「お前、そんな目で沙夜を見てたのか?」
奏太の反応に、四人は顔を見合わせる。そして遥人が口にした。
「やっぱそうだったのか。」
「何が?」
すると翔が立ち上がって、奏太に言う。
「沙夜は無理だよ。」
「何でお前が決めるんだよ。」
翔は表情を変えないまま奏太に言う。
「「草壁」を捨てて、君に転ぶとは思えないから。」
そうは思わない。沙夜の温もりが、まだ手に残っている気がするから。
「一人で出るなよ。お前。この地域がどれだけ危険かわかってねぇだろ。」
「えぇ……ごめんなさい。心配をかけてしまって。」
すると翔は少し笑って言う。
「何も無かったんだったら良かった。悪いね。一馬。」
相反する言葉だと思った。翔も沙夜の危機管理の無さに少し責めたい気分はあったのかもしれない。だが奏太が全てを言ってくれた。これ以上沙夜を責めたくないと思う。それにそれを助けてくれたのは一馬だ。一馬に礼を言うのは当然だと思う。自分では出来なかっただろうから。
「誤解はさせたかも知れないがな。」
「誤解?」
「明らかに俺よりも腕っ節が強そうな男達が、沙夜に声をかけていたんだ。一人ならまだしも二人も居たし、それに向こうには車が用意されていた。そんな状況で、誤魔化せるといったら「妻に何をしようとしたんだ」というくらいしか出来ないだろう。」
つまり誘拐でもしようとしたのだろう。おそらく沙夜を狙ったのは、観光客を狙ったギャング団なのだ。女一人だと勘違いしているようだったので、そうでは無く新婚旅行、または観光をしに来た夫婦だということを印象づけるしか無いととっさに出た言葉だという。
「銃でも出されたりすれば、いくらお前でも無理だって事だよな。」
遥人はそう言うと、沙夜の顔色が更に青くなる。一馬が銃に撃たれたりでもしたら、フェスどころでは無い。著名人で無いにしてもこれは国際的な問題になり得る話だった。
「そんな危険なことを……ごめんなさい。一馬。」
そう言うと、一馬は首を横に振る。
「そこは謝るところじゃない。」
「え?」
「助けてくれてありがとうと言って欲しかった。」
その言葉に純は少し笑った。一馬らしい言葉だと思う。こういう人だから、一馬が信用出来るのだ。いくら妻だと嘘をついてもそれは必要な嘘だとわかるから。
「沙夜さんさ。」
治はペットボトルの水を置いて、沙夜の方を見る。
「どうしたの?」
「……。」
三倉奈々子が「二藍」のプロデュース業から退き、その代わりに口を出すようになったのは沙夜だ。それは「夜」という名前を使い、必要以上に口は出さないにしてもそのアドバイスは的確だった。だが奏太がやってきて事情が変わってきている。奏太は沙夜よりも音楽に精通していて、そのアドバイスは沙夜には無い音楽的な観点からも言ってくれている。事実、奏太が口を出すようになって音楽が澄んでいる気がしていた。
それを沙夜は不満では無いにしても、奏太の前では必要以上に口を出せないもどかしさがあるのだろう。それは治でもわかっていることだった。だから冷静な沙夜だってわかるだろう、この地域で女性一人が道でたたずんでいるのが危険だということすら気がつかなかったのだ。それくらい沙夜は追い詰められている。
「一馬と、少し外に出た方が良いよ。」
「一馬と?」
治の言葉に食いついたのは奏太だった。治すら一馬と沙夜の間を取り持とうとしているのだろうか。そう思って奏太は治に詰め寄る。
「何で一馬なんだよ。」
「まだそのナンパ師みたいな奴らがいるかも知れない。なのに他の男と沙夜さんが出てしまったら、あれは嘘だったと今度こそ沙夜さんがさらわれるか俺らが何かあるかも知れない。」
何かという言葉にぞっとした。今度こそ銃で撃たれるかも知れないのだ。
「そうか。わかった。沙夜、行こうか。」
「えぇ。ありがとう。」
一馬はそういって沙夜と共にスタジオをまた出て行った。するとその背中を見て、奏太はため息を付く。どうして自分が行こうといわなかったのだろう。沙夜は翔が一番頼りになると思っているのだろうか。そんな感情がぐるぐると回る。
「あのさ、奏太。」
翔は座っている奏太の椅子の横に座ると、奏太に告げる。
「俺らの音楽に、奏太が相当口を出してくれるの……すごく感謝はしている。録音したモノを聴いても、既存の曲を差し替えたいと思ったのは事実だ。」
「お前らが甘すぎたのが悪いんだろう。もっと基礎を見直して……。」
「でもその甘さが良いという人も居るのは事実だ。音楽ってのは二度と同じ音を聴けないのが音楽の良さでもある。アレンジを変えて演奏するだけじゃ無くて、たまたまタイミングがずれて出した音がいい音だったと言うこともあるんだ。」
「……。」
「でもいざ自分でその演奏をしようと意識しても同じ演奏にはならない。音楽ってのは一期一会な部分もあると思うよ。俺は。」
「でもさ……職業音楽家なんだったら、どんな精神状態でも同じように演奏しないといけないんだ。それがプロの仕事だろう?」
「言いたいことはわかるよ。でも俺らはシンセサイザーでは無いんだ。遥人は人工音声では無い。」
「……。」
「そう言うのを聴きたかったら良い機材も今は沢山あるし、そっちに任せればいいんだ。わざわざフェスなんかしなくても良い。CDやダウンロードをされた製品化されているモノを聴けば良いし、俺らがわざわざここへ来て演奏をしなくても良い。けれど生の演奏が聴きたいから、ここへ俺たちを呼んだんじゃ無いのか。」
「だから生で演奏をするのに下手だって思われても良いのか。思ったよりも「二藍」は下手だなって思うような……。」
「最低限のことはしているつもりだし、基礎も一度見直した。でもそれ以上のことはしないよ。人が演奏しているだ。多少のズレも、音程のズレも、遥人だって発音が違ってもそれでいいと俺は思うけどね。」
納得出来ない。翔が言っていることは綺麗事だと思うから。奏太は完璧に演奏をして当たり前の世界に居たのだ。ミスなんかは許されるわけが無い。それを笑って許されるのは、若いときだけだったから。「二藍」はもうみんな三十を超している。遥人は多少顔がいいにしても、笑って許されるわけが無い。特にこの国なら尚更だ。
「お前らさ……水を投げられる覚悟をしておけよ。」
「二度と呼ばれない覚悟も出来てるよ。」
治はそう言うと、純も頷いた。
「プレッシャーでどうにかなりそうだ。俺らまだ国内のフェスだって出てないのもあるのに。」
「今度呼ばれてるのがあるって言ってたな。まだそっちの方が気楽。言葉だって通じるし。」
「確かに。」
遥人はそう言うと、まだ納得してない奏太に声をかける。
「奏太さ。あのこっちの担当の女といい仲なんだろ?」
「は?」
驚いたように奏太がそう聞くと、翔も笑って奏太に聞く。
「ソフィアって言ってたっけ?ご飯くらい誘われた?」
「あー……。そう言えばここに来る前に、飯でもどうかって言われたっけ。」
「行って来れば?二十歳くらいだっけ。おっぱい大きかったよな。」
遥人はそう言うと、純が呆れたように聞く。
「そんなの脂肪の塊じゃん。」
「無いよりあった方が良いだろ?男には無いものだし。」
「必要ある?なぁ。治。」
すると治も笑いながら言った。
「俺は無いよりはあった方が良い方だけどさ。AVなんかも巨乳モノばっか見てたし。外国のやつなんかも良いよ。こう……メロンが二つって感じで。」
「だってさ。奏太。」
その言葉に奏太は手を振ってそれを否定する。
「いやー。俺、巨乳は……。」
「ロリコンか?おかしいな。沙夜さんは結構胸がある方だと思うけど。」
遥人はそう言うと、奏太は立ち上がって遥人に詰め寄る。
「お前、そんな目で沙夜を見てたのか?」
奏太の反応に、四人は顔を見合わせる。そして遥人が口にした。
「やっぱそうだったのか。」
「何が?」
すると翔が立ち上がって、奏太に言う。
「沙夜は無理だよ。」
「何でお前が決めるんだよ。」
翔は表情を変えないまま奏太に言う。
「「草壁」を捨てて、君に転ぶとは思えないから。」
そうは思わない。沙夜の温もりが、まだ手に残っている気がするから。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
せんせいとおばさん
悠生ゆう
恋愛
創作百合
樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。
※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる