上 下
7 / 30

スーリヤ村

しおりを挟む
 翌朝、小屋を出た三人は、山頂より少し下がったところあるスーリヤ村に入った。
「入れ」
 厳めしい顔の門番の声に、おっかなびっくりしながらも、クティーはシャストラの後に続いた。

 村は山の中腹にはあったが、盆地のように開けた台地に造られていた。
 村の真ん中には、くっきりと暫定国境線が太い綱で引かれている。
「国境線は北から南へ引かれています。南に向かって右の西側がダルシャナ王国、左の東側がドラヴィダ王国というわけです」
「私たちは、すでにダルシャナの入国許可を頂きましたので、西側で滞在します」
「東西自由に行き来できないんですね」
「そうです。村人も東側と西側で住民登録が別々に行われているらしいですよ」
 クティーは東側を見て、西側を見た。

「一つの村なのに、何だか雰囲気が全然違いますね」
 東側は賑やかな雰囲気なのだが、西側は素朴で穏やかな感じがする。西側の雰囲気が本来のこの村の表情だったのだろう。
 そうクティーには思えた。
「では今日の宿に参りますか」
「はい」
「今夜は、小屋よりもだいぶましな宿ですから、安心して下さいね。ああ、でもクティーさんが働いておられた宿よりは、かなり規模は小さいですが」
「安心して泊まれると仰るなら、安心しておきます」
 三人は、西側にある唯一の宿に向かった。

 そこで逗留しながら、村の情報を集めつつ作戦を遂行していくらしい。
 宿は、村の奥、ルビーの原石が出ている採掘地に向かう手前にあった。
「すみません、予約していたグラハという者ですが」
 グラハが先頭に立って宿に入った。
「どうぞ」
 宿の者に招き入れられて、二間続きの部屋に案内された。
 片方をクティーが、少し大きめの続き部屋をシャストラ主従が使うことにした。

「さて荷物も置いたことですし、僕たちは採掘場を見てきます。クティーさんは、ゆっくり休んでいて下さい」
 そう言うと、さっさと二人は出ていってしまった。
 残されたクティーは、ゆっくりお茶を飲みながら、麓の町を出てからのことを反芻した。
 そして、旅の道中にシャストラに頼まれたことを思い出したところで、気晴らしに宿の中を軽く巡ってみようと考えた。

(別に宿の中をうろうろするぐらいは、いいよね)
 心の中で言い訳をしながら、きしむ床に一歩踏み出した。
 小さな宿屋なので客室は少ないのかと思っていたら、意外に奥に細く廊下が伸びている。西側では唯一の宿屋だから、たくさんの旅人を受け入れようと少しずつ建て増ししていったような感じに見えた。

「長い廊下だな」
 面白そうなので、行き止まりまで歩いて行く。
「あのう、すみません」
 突然、背後から声がかけられた。

 振り返ると、誰もいなかったはずの廊下に、二十代前半くらいに見える女性が立っていた。
(うわっ! すごい美人!)
 女性の白い肌に、銀髪に青の瞳は息をのむほど美しかった。
「何でしょうか?」
「お一人ですか?」
「え、いや、違いますけど」
「お連れの方がいらっしゃるのでしょうか?」
「はい。でも、今、出かけてますけど」
「じゃあ、今はあなたお一人ですね?」
 クティーは思わず頷いてしまった。

「では私とご主人さまのお茶会におつきあい下さいませ」
 女性は嬉しそうに微笑むと、クティーの返事もきかずに腕を引っ張って最奥の部屋へと連れ込んだ。
しおりを挟む

処理中です...