英雄の書

出雲

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第十幕「銀の英雄」

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 久々にもらった休日で考えてしまったのはエドとリウネ大佐のことだった。
 エドを黒の軍預かりにするにはリウネ大佐の力が必要で、けれど大佐がエドの監視役になると大抵大佐はエドを庇って死ぬ。大佐が生き残るとエドが処刑される。
 今思えばこの二人を生き残らせるのが一番難しかったな。前回は二人の代わりにイズナが死んだようなものだった。

「どうしたら、いいんだろうな」

 戦場から遠ざけることで守ろうとするのは彼への侮辱にならないだろうか。選択に迷ったとき、彼の存在を後押しにしていた。だからか、一目でいいからその存在を確認したくなった。
 地下都市には親戚がいるのだと嘘をつき、賄賂を払って入った。そして、見つけた。

「……生きてる」

 鋭い目つきも堂々とした雰囲気も変わらない。堂々と真ん中を歩くリウネは十代後半ほどに思われた。年齢としては年上だが、記憶にあるのはニ十代半ばの彼なので新鮮だった。それからたまの休日に地下都市に潜り込んで、リウネの様子を見て帰ることを繰り返した。イズナはエドほどリウネと関係を築いてはいないが、それでも上司として尊敬していたし相応の情はあった。毎回庇われて自分の目の前で死なれるエドほどではないが、リウネの死は結構イズナを苦しめた。

「あと少し、だけ」

 震える手をぎゅっと握り込む。

「え……?」

 震えが止まって視線を戻すと見失っていた。ノイズがかった映像を思い出すまいと目を瞑っていたのが仇となった。その声が聞こえたのは慌てて追おうと腰を浮かせた時だった。

「てめえか。ここ最近俺をつけ回しているのは」

 間違えるはずはなかった。振り向かなくても眉間に刻まれる深い皺と鋭い目つきが想像できてしまう。壊れた人形のように首を回した。無視して逃げるなんて選択肢は最初からなかった。
 背後にはイズナのイメージした通りの若きリウネが立っていた。

「喧嘩なら買うが?」

 とりあえず両手を上げて降伏のポーズを取る。他の誰にも絶対にしないが、今目の前にいるのはリウネだ。たとえ黒の軍にいなくても、彼が強いのは火を見るより明らかというものだ。

「……てめぇの目的はなにか教えてもらおうか」

 降伏を示していても尋問は続く。

「この数日極力消した気配で周囲をうろつかれて、俺がどれだけ不快だったか。喧嘩するなら買うだけだが、そうじゃないなら理由を言え。それによってはお前をただで解放はできねぇ」

 脅されてイズナは震えた。目の前の人物は、リウネであってリウネではない。イズナには(一方的に)積み重ねたリウネとの時間があり経験がある。けれど、今の彼にはそれがない。今彼の目の前にいるのは、ただの自分の安全を脅かすかもしれない存在だ。

(わかっては、いたけど)

 当たり前だけど、ループでこうして『敵』として対峙するなんて初めてで、その敵意のこもった瞳はイズナを怯ませた。イズナを殺すことになんの躊躇もない態度は流石のイズナでも、

(結構、苦しい、な)
「……おい、なんで泣いてる」

 リウネの困惑した表情にこちらも困惑する。泣いてる? 目元に手を当てれば濡れた感覚があって慌てて拭った。感情の波が押し寄せて、涙も止まらなくなっている。
 果たしてイズナをここまで泣かせる大佐との思い出なんてあっただろうか。

「……すみません。その、貴方が知り合いに似ていたもので」
「知り合い?」
「……死んだんです。もう、ずっと『前』に」

 リウネが目を見張ったような気がした。 



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