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第7話 先手子爵令嬢。後手子爵家執事。

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 「うっわ、かわいい~~!!」

 思わず口に手を当て叫んでしまう。
 だって。
 ジュディス、メチャクチャかわいい~~!!
 ホテルに戻って、お風呂に入らせて、小間使いらしいドレスに着せ替えただけなんだけど。それがメッチャかわいいのよ!!(語彙力不足) 小間使いはメイドじゃないから、黒のお仕着せじゃなく、淡い水色のストライプの入った生地のドレス。それに、あまり大仰じゃないけど少しフリルのついた白いエプロン――なんだけど。

 (メチャクチャかわいいじゃない!!)

 小間使いだから髪はまとめちゃってるけど、それさえなければこの子、良家のお子さまでも通じそうな顔立ちしてる。その柔らかそうな髪、解いて、リボンでも巻いてあげたい。キレイなフリル付きのボンネットをかぶせてあげたい。いや、髪をまとめちゃった分、そのパッチリクリっとしたお目々が際立って、これはこれでアリかもしれない。墓地で会った時は薄汚れてたから分かんなかったけど、肌もすごくキメが細かくてキレイ。
 いやあ、なかなかの物件を拾っちゃったわよ、アタシ。これは、将来が楽しみですなあ。

 「あたい、こんなの着たことない……、お嬢さまにでもなったみたいだ」

 いや、「お嬢さま」はもっといいオベベを着るんだけどね? そんな古着屋で買ってきたような間に合わせじゃなく、身の丈に合わせたオーダーメイド、ツヤツヤの絹のドレス。
 それでもジュディスは自分の格好が気になるのか、スカートをつまみ、右へ左へ体を捻ってドレスを確認してる。少しだけつま先立ちになるの、かわいい。見てるこっちも微笑ましくなってくる。

 「“お嬢さま”ではなく、“小間使い”になったのですよ」

 うっとりへの大きな水差し発言は、キース。

 「それと、“あたい”ではなく、“わたし”と。お前は、お嬢さま付の小間使いになったのですから、品位ある話し方をしなさい」

 ってか、アタシの話し方は直さないのに、ジュディスのだけ叱るわけ? 子爵令嬢が“アタシ”って言ってる方が問題あると思うんだけどな。

 「それから、お嬢さまはとってもお優しい方なので、お前をお雇いくださいましたが、その優しさに甘えないように。お前が小間使いとして不適格だった場合は、容赦なく解雇します。いいですね」

 「……はい」

 キースの容赦ない口撃。
 ジュディスが、枯れかけた花のようにしょげた。さっきまでの、“うれしい”と“戸惑い”が混在したような笑顔はない。キースが怖いのか、叱られたことが辛いのか、床に視線を落としたまま。

 「ねえ、キース、アンタ、この子がなんかするかもしれないって思ってるの?」

 叱られたジュディスの代わりに沸き起こった“怒り”を口にする。
 盗み、横領、横流し。
 さっきキースが言った「お前が小間使いとして不適格だった場合」っていうの、小間使いとしての技量だけじゃなく、そういうのも含まれてるよね。

 「この子は、生きるためにお花を売ってただけの子よ? あのままほうっておけば、そのうち父親に売られてたかもしれない子よ? そんな健気で一生懸命な子を、アンタは疑うわけ?」
 
 「貧しいかわいそうな子を助けてあげました。――メデタシ、メデタシ」って美談にしたいわけじゃないけどさ。それでも「貧しい生まれだから、盗みを働く」みたいな偏見の目で見られるのは腹立つ。
 そりゃあ、そういう小間使いがいないとは言わないよ? お仕えする主の、ちょっと使っただけで捨てられるリボンとかハンカチとか、コッソリくすねる小間使いはいる。もっと下級、キッチンとかのメイドになれば、食材の余り物を売ったりしてるし。そういう窃盗行為は普通にあること。どうかすると、主の貴金属を盗んとんずら、逐電ってパターンもある。でも、だからって、「お前、貧しい生まれだから盗むだろ」って決めつけて話されたくない。

 「アタシはそんな盗られても困るような物は持ってないし。そもそもジュディスはいい子よ。アタシはジュディスを信じているの」

 「……お嬢さま」
 「……お嬢さま」

 二つの「お嬢さま」が重なった。ジュディスの感涙しかけた「お嬢さま」と、キースの諦めため息混じりの「お嬢さま」。

 「差し出がましい物言い、申し訳ありませんでした、お嬢さま」

 改めてキースが頭を垂れる。

 「お嬢さまがとってもお優しく、御心の広い方であったこと、失念しておりました」

 なにそれ。嫌味? アタシが広いんじゃないの。アンタが狭すぎ、極小なの。
 なんでもかんでも疑ってかかるんじゃないわよ。

 「ところで、お嬢さま、ジュディス。具体的に小間使いがどういうものかご存知ですか?」

 「え?」
 「え?」

 アタシとジュディス、二人の「え?」が重なった。
 そういや、「小間使い」って何する仕事だっけ?
 小間使いとして働いてみない? って声かけたのは自分なのに。具体的に何をする職業なのかイマイチわかってない。
 女主人の着替えの手伝い? 髪を結ってもらうこともあるのかな。あと、アタシの話し相手?
 まあ、とりあえずは、この間キースがやってたようなドレスの色選びとか、やられそうになった髪結いとか。そういうのをやってもらえばいいのかなって思うんだけど。

 「ごめんなさい。あた……わたし、そういうの、よくわかんない」

 うん。そうだよね、そうだよね。
 そんなにわかに連れてこられて、「はい、小間使いをやりなさい」って言われても、わかるわけないよね。
 アタシだってドレスとか髪型とかよくわかってないし。助けてもらうために小間使いを雇うのに、知識も経験もなさそうなジュディスを雇ったのはアタシの責任だもんね。
 仕方ない。

 「これから、覚えていけばいけばいいよ」

 というか、一緒に学ぼう。

 「それにアタシ、そこまで令嬢らしくされるの苦手だから。テキトーでいいよ。髪なら自分で結えるし、ドレスだって着替えられるし」

 それぐらいは自分でできる。だから、小間使いとしてジュディスを雇ったとしても、実はあんまりやってもらうこと、ないのよね。そもそもこんなホテル暮らしだし。滅多に出かけることもないし。
 だから、ぼちぼちジュディスと一緒に学んでいけばいいと思うけど。

 「いいの?」

 「うん。だから気楽にやってこう」

 「いけませんよ、レディ」

 よっしゃ、やるぞ!! ってなってるアタシたちに、何度も何度も水を差すキース。水、差してるんじゃなくて、頭からぶっかけにきてるでしょ。

 「お嬢さまは、これからご夫君を探さねばならないお立場です。そんな悠長に構えてる時間などございませんよ」

 わかってるわよ。だから、せっかく芽生えたヤル気を踏み潰すようなこと言わないでよ。

 「ジュディスの小間使いは仮ということで。当面は、このままわたくしがお嬢さまのお世話をさせていただきます」

 うげ。

 「ジュディスは、これからわたくしがすることを見て、手本として学びなさい。キチンと出来るようになるまで、お嬢さまのお世話はなりません」

 「――はい」

 あ、またジュディスがしょげた。もうホント、この男って、年下に対して容赦ないなあ。仕事に忠実と言えば、そうなのかもしれないけどさ。
 ――って。ん? ちょっと待って。
 「わたくしがすることを見て」って。「お嬢さまのお世話はなりません」って。
 それって、これからもこの男がアタシの世話をするってこと? ジュディスはずっと見てるだけってこと?
 それじゃあ、そばにジュディスが増えただけで、今までとなんにも変わんないじゃない!!

 「どうかいたしましたか、マイ・レディ?」 

 クッソ。そんな「フフン♪」ってかんじで笑うんじゃないわよ。腹立つ。
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