勇者召喚!大東亜戦記 ~辻正信子中佐と勇者中隊~

中七七三

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その4:ドイツ人はわがままで困る

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 海軍力とはなんであるのか?
 海という非常に輸送効率の高い場所を安全に航行するために備える戦力だ。
 そして、相手の海上輸送を断ち切るためのものである。

 乱暴に言ってしまえばそんなものであろう。
 海洋国家とは、相手の輸送路を断ち切り、味方の輸送を確保できうる能力のある国家だ。
 
 明晰な頭脳の辻正中佐はそう理解している。
 海軍士官ではない、中佐がなぜこんなことを理解しているか。
 それは、皇国日本が海洋国家であるからだ。
 さらに、戦地への輸送に関し、目的地までの護衛は確かに海軍の役割である。
 しかし、そこでの物資陸揚げになった時点で海軍の役割は終了だ。

 後は船舶工兵の役目となる。皇国陸軍の担当である。
 よって、皇国陸軍は世界の陸軍で最も保有船舶の多い陸軍となっている。
 輸送船を改造し、高射砲、高射機関砲を搭載した防空担当の船舶もある。

 今、トラック島に向かって航行中の「やちよ丸」もそのような防空船の一つであった。

 辻正中佐は、自分の部下と一緒に甲板にいた。
 船舶工兵が、黒光りする高射機関砲の手入れを行っていた。
 誇らしい。

 鬼畜米英の航空機が飛んでこない物かと辻正中佐は空を見た。
 日本の制海圏内である。それはまずない。
 むしろ警戒すべきは、潜水艦であった。

 双眼鏡で見張りをしている兵員も多い。
 ただ、昼間の海を見張り続けると目が焼けるのだ。つらい作業である。

 船団は、やちよ丸を含め輸送船が3隻。
 やちよ丸、しすい丸、おおわだ丸である。
 全て、統制経済信奉者の官僚が指導して作り上げた。
 標準船というやつだ。
 
 皇国日本の平時経済における問題解決の一つの方策として作られた船である。

 平時おける皇国日本経済の問題はなんであったか。
 外貨の不足だ。
 単純に行ってしまえば、日本経済は生糸の輸出がを起点として回っていたのだ。
 生糸で稼いだ原価で綿花を購入、綿製品を作り外貨を稼ぐ、更に機械、鉄鋼なども輸出はできた。
 ただ、加工品を輸出するということは、そのための生産設備が必要なのである。
 
 皇国日本はその点でまだ未成熟な工業国と言えた。工業国としてはまだ若いのだ。
 日本に限らず、過渡期の工業国につき物の問題点であった。
 つまり、加工品輸出による外貨を稼ぐにためには、生産財の輸入が増えるのである。
 これは、当時の日本経済の構造的な弱点であった。
 
 そのような中、輸入する原材料を節約するという流れで作られたのが標準船である。
 設計を簡易化して、高級な工作機械を必要としないという狙いもあった。
 ただ、この船舶を作ったことで、問題が解決し分けでない。
 問題によって生じた結果と言った方がいいだろう。

 辻正中佐は、懐からタバコを取り出す。
 「ほまれ」だ。
 マッチを探すが見つからない。
 
 「中佐殿。はいよ」
 勇者ネギトロ軍曹が指を立てた。
 タバコに火が付いた。
 このドイツ人は不思議なことができる。これが魔法というやつだ。

 「すまない」
 礼を言う辻正中佐。

 辻正中佐は自分の理解できないことをされると殺意を覚える。
 彼女は軍刀を抜刀して暴れる。皇国陸軍の狂犬だから。

 この魔法も最初見たときは殺意を覚えた。
 抜刀しようとした。しかし、部下のやることなので我慢した。

 しかし、今は、なんとなく分かったので殺意は覚えない。
 まあ、手品の一種だ。種を明かせないのは仕方ないのである。
 明晰な頭脳はそう理解している。 

 辻正中佐は思考を元に戻す。

 陸軍主導で始まった大陸への進出も、外貨不足には何の解決もならなかったのである。
 それは円経済圏拡大であり、すべては円で決済されるだけだ。更に、英国の支援による法幣により、大陸での円の影響力は下がっている。
 大陸での物資獲得に、法幣が必要になっているのだ。
 敵国の外貨がなければ物資が確保できないというアホウのような状況である。

 だから殺す。鬼畜米英は殺すのである。
 結論はこれしかないのである。
 徹底的に鬼畜米英を殺しまくるのである。
 海軍のようにいくら船を沈めたところで、この戦争はどうにもならないのだ。
 
 本質は殺し合いだ。
 アングロサクソンと大和民族の存亡をかけた殺し合いなのである。

 辻正中佐はこの戦争を民族戦争であり、殲滅戦争であると理解していた。
 相手が、許して下さいと言っても殺すのである。それくらいの気迫と軍人精神がなければ、時局を乗り切るのは無理なのだ。

 ああ、楽しい殺し合いだ。何と優雅で、人間的なことであろうか。
 辻正中佐は思うのだ。
 ふっと笑みがこぼれる。
 その笑みは、整った美貌を更に魅力的に見せる物であった。
 ただ、彼女にとってはなんの価値もなかったのである。

 彼女の望みは鬼畜米英の殲滅であったからだ。美貌で鬼畜米英は殺せないのだ。

 
 辻正中佐は、波濤に揺さぶられて苦しんでいるかのように見える小船を見つめる。
 頼りなく見えるが、護衛だ。
 海軍の駆潜艇である。

 この船団には、海軍の駆潜艇が護衛についている。本来は外洋航行の船ではない。
 泊地となっている拠点で運用する船だ。
 無理な運用をしていると彼女は思った。ただ、その無理をしなければ聖戦の貫徹はできないのである。
 
 まあ、護衛は任せるしかない。

 もし、鬼畜米英の潜水艦ごときに後れを取るようでは、海軍は予算の無駄である。
 陸軍が吸収合併し、全部船舶工兵にすればいいと思う。
 彼女は本気で思った。
 彼女にとって、夢のような未来像であった。
 皇軍が全て陸軍であれば、効率的な作戦ができるのである。
 もっとたくさんの鬼畜米英を殺せるのだ。 

 「中佐殿、俺らはいつまでこの船に乗ってなければいけないんだ?」
 勇者ネギトロが言った。

 ドイツ人にしては日本語が上手い。
 辻正中佐の明晰な頭脳の中では、異世界の勇者はドイツ人ということになっている。
 西洋人の顔つきであるので仕方ない。
 これが、ドイツ人以外であれば、殺意が止まらない。
 ただ、なぜイタリア人ではないかというと、イタリア人は腰抜けなので嫌いなのである。
 明晰な頭脳は打ち出した完ぺきな回答であった。
 彼女は、士官学校主席、恩賜組なのである。

 「軍曹、予定では後2日というところだ」
 辻正中佐は言った。

 ドイツ人なので多少無礼な言葉使いは許している。
 勇者ネギトロは、勇者特別中隊、第一小隊、第一分隊の分隊長である。階級は軍曹だ。
 ちなみに、この中隊の人員は、中隊長の辻正中佐、勇者ネギトロ軍曹、戦士ウーニ、魔法使いシラウオ、僧侶イクーラだ。

 通常兵員の輸送は「かいこ棚」といわれる、木材で繰られたしきりに押し込められるのである。
 寝返りすら打てない。

 辻正中佐と特務の部隊ということで、そのような待遇を受ける必要はない。
 ただ、同船には、同じく南方方面に輸送中の兵員がいた。彼らはかいこ棚に押し込められているのだ。

 当初、別室をあてがわれていた彼らであったが、中佐の軍人精神はそれを許さなかった。
 彼らもかいこ棚に移動した。
 ただ、それによって、更に兵員たちにとって、かいこ棚が狭苦しくなったという事実は明晰な頭脳でも予想できないことであった。

 「中佐殿、あそこ狭い」
 僧侶のイクーラ一等兵が言った。
 銀髪の眠そうな目をした女だ。
 コイツもドイツ人だ。ドイツ人はわがままで困る。
 ジャガイモ食わせればいいのか?
 中佐は思った。

 「狭くとも、軍人精神で乗り切るのだ」
 正論を言った。

 「でも、一回行けば、私が転移魔法で運ぶからね」
 黒ずくめの服を着た女が言った。
 魔法使いのシラウオ一等兵である。
 
 「転移魔法」という意味不明な言葉を吐いたので、殺意を覚えた。
 軍刀に手がかかるが、止める。
 部下なのだ。ドイツ人なのだと言い聞かせる。

 「なんかさぁ~ ここ暑いんだけどぉ!」
 戦士のウーニ一等兵が言った。
 乳バンド丸出しの格好であるく破廉恥な奴なので、軍服を着せた。
 他の奴にも着せようと思ったが、特務の部隊なので止めた。
 なんとなくであった。

 「軍人精神で乗り切るのだ」
 辻正中佐は言った。

 不服そうにしているウーニ一等兵であるが、服は脱がない。
 さすがにドイツ人でもここで服を脱ぐようなことはしない。

 しかし、辻正中佐が陸軍の船舶に乗っているのは幸いであった。
 船舶配備の関係で、海軍の駆逐艦での輸送も考えられたのだ。

 もし、彼女が海軍の船舶に同乗したら、海軍に対し、殺意を覚えたであろう。

 人数当たりの予算が大きい海軍は食事事情も良好だ。
 そんな、海軍の食事を見たら、抜刀して暴れまわる事確実である。
 皇国陸軍の狂犬なのである。
 
 この決断は、駆逐艦1隻を救ったといっていいのだ。
 
 そして、辻正中佐を乗せた船団はソロモンへ向け波濤を割って進んでいたのである。
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