5 / 8
その5:ニューギニア・ソロモン方面戦況分析
しおりを挟む
輸送船団は無事にトラック島に到着した。
そして、一部物資揚陸後、ラバウルに向け出港したのである。
辻正中佐と勇者中隊(実態は分隊以下)は、ラバウルを経由しがガダルカナルに向かう。
この人数である。
本来であれば、航空機を使うべきかと思った。
実際に、それも考えたのである。
五反田大佐を通し、そのあたりの調整もしていた。
しかしである――
このドイツ人たちが嫌がったのだ。
ドイツの「イセカイ」という地方出身だというのだが、どんな田舎なのか。
こいつらは航空機を知らなかったのである。
「鉄の塊が飛ぶのは信じられない」
勇者ネギトロ軍曹が言ったのだ。
アホウかと思ったが、殺意はわかなかった。中佐自身も、鉄の塊が空を飛ぶということ自体に納得しかねるものがあったからだ。
一瞬、この世に存在する航空機すべに対する殺意がわいてくる。
しかし、その殺意は鬼畜米英の航空機に対する感情に転化した。頭脳明晰な辻正中佐なのである。
魔法使いのシラウオ一等兵がアホウなことを言った。
「こんな魔道具はみたことがない」
これには、さすがに殺意が湧いた。一瞬、軍刀にてをかけた。
「魔道具」という意味不明なことを言ったからだ。自分の理解できない発言には無条件で殺意を発動させることにしているのである。
辻正中佐は、いずれその殺意を実行に移すべきだとも考えているのだ。
そうすれば、この世に、意味不明なことを言う人間がいなくなる。まさに、御国のため。ご奉公である。軍人精神の発露と言っていっていいだろう。
常に自分は正しい。確信している辻正中佐であった。
とにかくだ――
航空機による輸送はない。
空を飛ぶということが恐ろしいというような怯懦(きょうだ)などではないのだ。
あくまで、部下に対する思いやりであった。
田舎出身のドイツ人たちに対する思いやりだ。
兵、下士官は大切にするのである。それが皇国臣民でなくとも、彼女はそうするのである。
土人に対しても宣撫工作は必須だ。
殺していいのは、軍人精神のない軍人と鬼畜米英である。
ああ、それにしても、殺したい。
鬼畜米英を殺したい。
輸送船の甲板で風を浴びている辻正中佐。
部下のドイツ人たちも、近くにいる。
辻正中佐は、完全に「異世界はこの世界と異なる宇宙」という戯言を、その優秀な頭脳から消去していた。
奴らはドイツ人である。日本語が出来るドイツ人。それで十分であった。
ああ、ジャガイモを食わせねばならない――
遥かなる海原をみながら、辻正中佐は思ったのである。
「それにしても―― 殺したい――」
風の中ひとり語ちるのであった。
誌の一節を読み上げるような言葉であった。
血と硝煙。
土と泥。
糞尿と死体。
戦場の匂いを嗅ぎたいのである。
それを思うと、心が沸き立つ辻正中佐であった。
ノモンハンでロスケを殺しまくったことを思い出し、笑みを浮かべる。
ウラーと叫ぶ、ロスケどもを次々と切り殺していくのは爽快であった。
辻正中佐は、大東亜戦争前にノモンハンで発生した紛争で、ロスケども散々切り殺している。
ロスケの戦車は火炎びんでよく燃えた。
ロスケの戦車の炎上する様には、うっとりしたものである。
心奪われる美であった。
指揮官率先。突撃は常に先頭。そのときに体に食い込んだ弾丸、砲弾の破片は二桁に近い。
勇敢であることに、疑問の余地のない女性将校。それが辻正中佐だった。
ああ、早く――
そう、一刻も早くだ。
鬼畜米英の塹壕に抜刀して切り込みたいのだ。
この軍刀で、鬼畜米英を切り刻みたいのである。
辻正中佐の優秀な脳内は、鬼畜米英を殺戮したいという思いで満ちていた。
とにかくだ。
辻正中佐と勇者中隊を乗せた船団はラバウルに向かう。
あの小船のような駆潜艇もついてきている。
「中佐殿。結局俺たちは『キチクベイエイ』って悪魔を倒せばいいのか?」
中佐の分かりやすい説明で、時局を理解した勇者ネギトロ軍曹が確認してきた。
軍曹はドイツ人である。彼女はそれで、部下にため口も許しているのである。
皇国臣民の兵・下士官であれば、斬られている。
大和民族の高等な敬語をドイツ人に理解させるのは無理だろうという判断を彼女はしていた。
「そうである。徹底的な鬼畜米英殲滅。それが皇国陸軍軍人の使命である。お国のため。畏れ多くも陛下へのご奉公なのだ」
辻正中佐は言った。
清んだ声だ。そしてその言葉には力があった。
彼女の不退転の軍人精神の発露であり、愛国心の塊であった。
「で、そいつらがいるのが、ガダルカナルって島か? 2000匹くらいだったか? 鬼畜米英は?」
「そうだな―― だが、情報は鵜呑みにすべきではない」
この点、辻正中佐は冷静であった。
果たして、弱兵の鬼畜米英が、たった2000人で、我が皇軍の拠点を攻撃してくるのかという点だ。
明晰な頭脳を回転させた辻正中佐はこの点に疑問をもっていた。
要するに、2000人というロスケ情報は誤りの可能性もある。
通常防御3倍といわれる。
更に、島嶼上陸戦は、困難な作戦である。
第一次世界大戦の「ガリポリの戦い」がその困難の戦訓となっているのだ。
物量で押してくるしか能のない鬼畜米英のことである。この10倍いてもおかしくない。
海軍筋の情報では1万というものもあった。
しかし、辻正中佐には、海軍の言うことは、ロスケ以上に信じられなかった。
皇国陸軍の上陸戦は世界一である――
その思いが、辻正中佐の胸の内にあった。
皇軍では、上陸戦の徹底した研究を行い、現時点では世界最高水準にあった。
上海事変、今次対戦の緒戦の進撃など、戦訓がそれを証明している。
上陸専門船艇。海軍にもない40ノットを超える高速艇の開発。
大発といわれる非常に使い勝手のいい、小型船の開発もしている。
40ノットを超える高速艇などは、海軍が欲しいと泣きついてきたこともある。
予算をガバガバ使って、こんなこともできない海軍はよほど人材がいないのだ。
なんでも、高速魚雷艇の発動機開発に失敗した技術者が切腹したという話もあった。
失敗は責められるべきである。
しかし、その潔さはあっぱれだ。
軍人精神を持った技術者である。辻正中佐は思った。
海軍の人間でも褒めるべきは褒めるのである。
特に死んでしまった海軍の人間に対しては。
とにかく、上陸機材開発に関しては、皇国陸軍の科学が全方位的に勝利であった。
「なあ、中佐殿、なにを笑ってるんだ?」
勇者ネギトロ軍曹が言った。
「笑っていたか?」
「ああ、笑っていたな」
「皇国陸軍が素晴らしいと思っていたのだ」
「そうか。確かに、こんな大きな船は俺は見たことないな」
ドイツ人の勇者ネギトロ軍曹が言った。
どんな田舎にいたのだ?
やちよ丸は7000トンくらいだ。
小さくは無いがこれより大きな船など、皇国には山ほどあるのだ。
こいつらのいた「イセカイ」とはよほどドイツの山奥なのであろう。
可哀そうな奴らだ。
やはり、主計に言ってジャガイモを出してやるべきだろう。
辻正中佐は思った。
「中佐殿。で、実際のところ、戦いってどうなってんの?」
辻正中佐と勇者ネギトロの会話に、魔法使いシラウオ一等兵が割り込んできた。
普通であれば、勇者ネギトロが鉄拳制裁すべきところである。
代わりに自分が制裁を加えるかと思ったが、下士官、兵の関係に、将校が割り込むものではなかった。
特務の部隊とはいえ、原則は同じだ。
当時の皇国陸軍内の組織にはさまざまな問題があった。
その中でも、後世の歴史家が指摘するのが2重の指令系統である。
軍命令という正規の系統。
そして「親分子分の関係」に近い、指令系統。
特に、兵・下士官の関係は後者であった。
ただ、それを皇国陸軍だけの問題として指摘するのは酷であろう。
陸軍がその国の社会組織を基盤として成立しているのはどの国も同じである。
そして、陸軍が2重の指令系統をもっているのも、当時、もしくは今に至るまでの日本社会の構造の問題に起因するのだ。
明晰な頭脳の辻正中佐であっても歴史的な限界を超えることはできない。
下士官と兵の関係に踏み込むべきではないという考えがそうだ。
本来、命令は一元化されなければならない。
ただ、勇者ネギトロと魔法使いシラウオは下士官と兵という関係ではなかったのだが。
そんなことは、彼らをドイツ人と思っている辻正中佐には関係ないのであった。
「確かに、ソロモン、ニューギニア方面の戦況を説明する必要はあるか……」
辻正中佐は自分でも確認するように言った。
1942年、ガダルカナルに米軍が反抗する前の状況からさかのぼってみよう。
日本の戦略はインド洋、重慶政府攻略へと舵を切った。
太平洋方面に大きな戦力が無くなったということ。
海軍側が陸軍に妥協し、本来の戦争計画に沿った形での協力体制に戻ったといえる。
では、ソロモン・ニューギニア方面はどうであったか?
同方面は、日本側にとっても軽視できない戦線であったのだ。
メルカトル図法の地図ではイメージできないかもしれない。
地球儀を見るとよく分かる。
ニューギニアとフィリピンは近い。
ニューギニアはフィリピン攻略の足掛かりになるのである。
そして、ニューギニアからの反抗は、オーストラリアが連合国の兵站基地として機能することを意味している。
当時のオーストラリアは、決して大きな工業生産力を持つ国ではない。
現在になっても、皇国では、先の大戦でのオーストラリアの役割を軽視する者が多い。
どうしても、見方が対米、対英戦となっているのだ。
しかし、ニューギニア方面からの連合軍の反抗を支えたのは、オーストラリアの生産力であった。
これは、戦時に行われた米国の膨大な「投資」によるものだ。
結果として最盛期には、オーストラリアは、この方面の連合軍の必要物資の80%を供給するに至っている。
自国だけではなく、他国の産業構造まで変えてしまう米国の産業力の底力であった。
ただ、その力もオーストラリアという国があってこそである。
つまり、ソロモン、ニューギニアは連合国、特に、米豪の反抗を押さえるために絶対に確保する必要があったのだ。
ニューギニアを突破されれば、次はフィリピンである。
ソロモンを突破されれば、海軍最大の基地であるトラック島が機能しなくなる可能性があった。
更に、マリアナ諸島があり、島伝いに一気に日本本土に迫れるのだ。
士官学校主席で恩賜組の辻正中佐にとっては常識であった。
辻正中佐は、他人が自分と同レベルで時局を理解しているとは思っていない。
頭脳明晰な者はよく、他人も当然知っているだろうという思い込みをする。
しかし、彼女はそのような思い込みとは無縁だった。
この世に、自分より頭脳明晰な者などいないと思っているからだ。
だから、丁寧に説明する。
彼女は、自分が知らないことを、他人が知っているのは殺意を覚える。
しかし、逆は大丈夫だ。
辻正中佐は、ソロモン・ニューギニア方面の状況を説明した。
「というわけで、鬼畜米英を皆殺しなのだ! 殲滅なのである」
結論を言った。
結局、状況がどうであれ、やることは一つ。
鬼畜米英を殺すこと。
更に殺すこと。
もっと殺すこと。
全滅である。殲滅である。
それさえ理解していればいいのである。
そして、一部物資揚陸後、ラバウルに向け出港したのである。
辻正中佐と勇者中隊(実態は分隊以下)は、ラバウルを経由しがガダルカナルに向かう。
この人数である。
本来であれば、航空機を使うべきかと思った。
実際に、それも考えたのである。
五反田大佐を通し、そのあたりの調整もしていた。
しかしである――
このドイツ人たちが嫌がったのだ。
ドイツの「イセカイ」という地方出身だというのだが、どんな田舎なのか。
こいつらは航空機を知らなかったのである。
「鉄の塊が飛ぶのは信じられない」
勇者ネギトロ軍曹が言ったのだ。
アホウかと思ったが、殺意はわかなかった。中佐自身も、鉄の塊が空を飛ぶということ自体に納得しかねるものがあったからだ。
一瞬、この世に存在する航空機すべに対する殺意がわいてくる。
しかし、その殺意は鬼畜米英の航空機に対する感情に転化した。頭脳明晰な辻正中佐なのである。
魔法使いのシラウオ一等兵がアホウなことを言った。
「こんな魔道具はみたことがない」
これには、さすがに殺意が湧いた。一瞬、軍刀にてをかけた。
「魔道具」という意味不明なことを言ったからだ。自分の理解できない発言には無条件で殺意を発動させることにしているのである。
辻正中佐は、いずれその殺意を実行に移すべきだとも考えているのだ。
そうすれば、この世に、意味不明なことを言う人間がいなくなる。まさに、御国のため。ご奉公である。軍人精神の発露と言っていっていいだろう。
常に自分は正しい。確信している辻正中佐であった。
とにかくだ――
航空機による輸送はない。
空を飛ぶということが恐ろしいというような怯懦(きょうだ)などではないのだ。
あくまで、部下に対する思いやりであった。
田舎出身のドイツ人たちに対する思いやりだ。
兵、下士官は大切にするのである。それが皇国臣民でなくとも、彼女はそうするのである。
土人に対しても宣撫工作は必須だ。
殺していいのは、軍人精神のない軍人と鬼畜米英である。
ああ、それにしても、殺したい。
鬼畜米英を殺したい。
輸送船の甲板で風を浴びている辻正中佐。
部下のドイツ人たちも、近くにいる。
辻正中佐は、完全に「異世界はこの世界と異なる宇宙」という戯言を、その優秀な頭脳から消去していた。
奴らはドイツ人である。日本語が出来るドイツ人。それで十分であった。
ああ、ジャガイモを食わせねばならない――
遥かなる海原をみながら、辻正中佐は思ったのである。
「それにしても―― 殺したい――」
風の中ひとり語ちるのであった。
誌の一節を読み上げるような言葉であった。
血と硝煙。
土と泥。
糞尿と死体。
戦場の匂いを嗅ぎたいのである。
それを思うと、心が沸き立つ辻正中佐であった。
ノモンハンでロスケを殺しまくったことを思い出し、笑みを浮かべる。
ウラーと叫ぶ、ロスケどもを次々と切り殺していくのは爽快であった。
辻正中佐は、大東亜戦争前にノモンハンで発生した紛争で、ロスケども散々切り殺している。
ロスケの戦車は火炎びんでよく燃えた。
ロスケの戦車の炎上する様には、うっとりしたものである。
心奪われる美であった。
指揮官率先。突撃は常に先頭。そのときに体に食い込んだ弾丸、砲弾の破片は二桁に近い。
勇敢であることに、疑問の余地のない女性将校。それが辻正中佐だった。
ああ、早く――
そう、一刻も早くだ。
鬼畜米英の塹壕に抜刀して切り込みたいのだ。
この軍刀で、鬼畜米英を切り刻みたいのである。
辻正中佐の優秀な脳内は、鬼畜米英を殺戮したいという思いで満ちていた。
とにかくだ。
辻正中佐と勇者中隊を乗せた船団はラバウルに向かう。
あの小船のような駆潜艇もついてきている。
「中佐殿。結局俺たちは『キチクベイエイ』って悪魔を倒せばいいのか?」
中佐の分かりやすい説明で、時局を理解した勇者ネギトロ軍曹が確認してきた。
軍曹はドイツ人である。彼女はそれで、部下にため口も許しているのである。
皇国臣民の兵・下士官であれば、斬られている。
大和民族の高等な敬語をドイツ人に理解させるのは無理だろうという判断を彼女はしていた。
「そうである。徹底的な鬼畜米英殲滅。それが皇国陸軍軍人の使命である。お国のため。畏れ多くも陛下へのご奉公なのだ」
辻正中佐は言った。
清んだ声だ。そしてその言葉には力があった。
彼女の不退転の軍人精神の発露であり、愛国心の塊であった。
「で、そいつらがいるのが、ガダルカナルって島か? 2000匹くらいだったか? 鬼畜米英は?」
「そうだな―― だが、情報は鵜呑みにすべきではない」
この点、辻正中佐は冷静であった。
果たして、弱兵の鬼畜米英が、たった2000人で、我が皇軍の拠点を攻撃してくるのかという点だ。
明晰な頭脳を回転させた辻正中佐はこの点に疑問をもっていた。
要するに、2000人というロスケ情報は誤りの可能性もある。
通常防御3倍といわれる。
更に、島嶼上陸戦は、困難な作戦である。
第一次世界大戦の「ガリポリの戦い」がその困難の戦訓となっているのだ。
物量で押してくるしか能のない鬼畜米英のことである。この10倍いてもおかしくない。
海軍筋の情報では1万というものもあった。
しかし、辻正中佐には、海軍の言うことは、ロスケ以上に信じられなかった。
皇国陸軍の上陸戦は世界一である――
その思いが、辻正中佐の胸の内にあった。
皇軍では、上陸戦の徹底した研究を行い、現時点では世界最高水準にあった。
上海事変、今次対戦の緒戦の進撃など、戦訓がそれを証明している。
上陸専門船艇。海軍にもない40ノットを超える高速艇の開発。
大発といわれる非常に使い勝手のいい、小型船の開発もしている。
40ノットを超える高速艇などは、海軍が欲しいと泣きついてきたこともある。
予算をガバガバ使って、こんなこともできない海軍はよほど人材がいないのだ。
なんでも、高速魚雷艇の発動機開発に失敗した技術者が切腹したという話もあった。
失敗は責められるべきである。
しかし、その潔さはあっぱれだ。
軍人精神を持った技術者である。辻正中佐は思った。
海軍の人間でも褒めるべきは褒めるのである。
特に死んでしまった海軍の人間に対しては。
とにかく、上陸機材開発に関しては、皇国陸軍の科学が全方位的に勝利であった。
「なあ、中佐殿、なにを笑ってるんだ?」
勇者ネギトロ軍曹が言った。
「笑っていたか?」
「ああ、笑っていたな」
「皇国陸軍が素晴らしいと思っていたのだ」
「そうか。確かに、こんな大きな船は俺は見たことないな」
ドイツ人の勇者ネギトロ軍曹が言った。
どんな田舎にいたのだ?
やちよ丸は7000トンくらいだ。
小さくは無いがこれより大きな船など、皇国には山ほどあるのだ。
こいつらのいた「イセカイ」とはよほどドイツの山奥なのであろう。
可哀そうな奴らだ。
やはり、主計に言ってジャガイモを出してやるべきだろう。
辻正中佐は思った。
「中佐殿。で、実際のところ、戦いってどうなってんの?」
辻正中佐と勇者ネギトロの会話に、魔法使いシラウオ一等兵が割り込んできた。
普通であれば、勇者ネギトロが鉄拳制裁すべきところである。
代わりに自分が制裁を加えるかと思ったが、下士官、兵の関係に、将校が割り込むものではなかった。
特務の部隊とはいえ、原則は同じだ。
当時の皇国陸軍内の組織にはさまざまな問題があった。
その中でも、後世の歴史家が指摘するのが2重の指令系統である。
軍命令という正規の系統。
そして「親分子分の関係」に近い、指令系統。
特に、兵・下士官の関係は後者であった。
ただ、それを皇国陸軍だけの問題として指摘するのは酷であろう。
陸軍がその国の社会組織を基盤として成立しているのはどの国も同じである。
そして、陸軍が2重の指令系統をもっているのも、当時、もしくは今に至るまでの日本社会の構造の問題に起因するのだ。
明晰な頭脳の辻正中佐であっても歴史的な限界を超えることはできない。
下士官と兵の関係に踏み込むべきではないという考えがそうだ。
本来、命令は一元化されなければならない。
ただ、勇者ネギトロと魔法使いシラウオは下士官と兵という関係ではなかったのだが。
そんなことは、彼らをドイツ人と思っている辻正中佐には関係ないのであった。
「確かに、ソロモン、ニューギニア方面の戦況を説明する必要はあるか……」
辻正中佐は自分でも確認するように言った。
1942年、ガダルカナルに米軍が反抗する前の状況からさかのぼってみよう。
日本の戦略はインド洋、重慶政府攻略へと舵を切った。
太平洋方面に大きな戦力が無くなったということ。
海軍側が陸軍に妥協し、本来の戦争計画に沿った形での協力体制に戻ったといえる。
では、ソロモン・ニューギニア方面はどうであったか?
同方面は、日本側にとっても軽視できない戦線であったのだ。
メルカトル図法の地図ではイメージできないかもしれない。
地球儀を見るとよく分かる。
ニューギニアとフィリピンは近い。
ニューギニアはフィリピン攻略の足掛かりになるのである。
そして、ニューギニアからの反抗は、オーストラリアが連合国の兵站基地として機能することを意味している。
当時のオーストラリアは、決して大きな工業生産力を持つ国ではない。
現在になっても、皇国では、先の大戦でのオーストラリアの役割を軽視する者が多い。
どうしても、見方が対米、対英戦となっているのだ。
しかし、ニューギニア方面からの連合軍の反抗を支えたのは、オーストラリアの生産力であった。
これは、戦時に行われた米国の膨大な「投資」によるものだ。
結果として最盛期には、オーストラリアは、この方面の連合軍の必要物資の80%を供給するに至っている。
自国だけではなく、他国の産業構造まで変えてしまう米国の産業力の底力であった。
ただ、その力もオーストラリアという国があってこそである。
つまり、ソロモン、ニューギニアは連合国、特に、米豪の反抗を押さえるために絶対に確保する必要があったのだ。
ニューギニアを突破されれば、次はフィリピンである。
ソロモンを突破されれば、海軍最大の基地であるトラック島が機能しなくなる可能性があった。
更に、マリアナ諸島があり、島伝いに一気に日本本土に迫れるのだ。
士官学校主席で恩賜組の辻正中佐にとっては常識であった。
辻正中佐は、他人が自分と同レベルで時局を理解しているとは思っていない。
頭脳明晰な者はよく、他人も当然知っているだろうという思い込みをする。
しかし、彼女はそのような思い込みとは無縁だった。
この世に、自分より頭脳明晰な者などいないと思っているからだ。
だから、丁寧に説明する。
彼女は、自分が知らないことを、他人が知っているのは殺意を覚える。
しかし、逆は大丈夫だ。
辻正中佐は、ソロモン・ニューギニア方面の状況を説明した。
「というわけで、鬼畜米英を皆殺しなのだ! 殲滅なのである」
結論を言った。
結局、状況がどうであれ、やることは一つ。
鬼畜米英を殺すこと。
更に殺すこと。
もっと殺すこと。
全滅である。殲滅である。
それさえ理解していればいいのである。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
42
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる