2 / 73
蒼の魔法士-本編-
Seg 01 蒼い髪たなびく空に
しおりを挟む
時刻はもうすぐ十三時。
鬱蒼とした森のように建つビルの合間には、人々の憩いの場がある。
ランチを楽しめるベンチがあり、小さな子供向けの遊具があり、緑も豊かに整備されていた。
安らぎのひと時を過ごし、昼食を終えたOLやビジネスマンは、職場へと足早に戻る。
既に、というより、休む間もなく取引先を忙しなく駆け巡る人もいた。
人々がときに波となり、渦となる大都市の風景は、今やAIロボットの普及で、そこかしこに人間に近い形の機械を目にする。ロボットも人口に含めるなら、その割合は半分近くを占めている。
それが、先ほどまでのいつもの光景、日常であった。
わずかだが、地鳴りがした。
敏感な人間と、センサーを持つロボットは、地震ではないかと辺りを見回す。不安と警戒を抱き、人はその場にとどまり、ロボットは情報収集にアンテナを伸ばす。
日常を破壊するのは、いつだって人間の理解を超えた存在であると、予感が空気に紛れてやってくる。
突然、高層ビルが一つ、爆発した。
遥か上階でのことにもかかわらず、重苦しい轟音は外を歩く人の体を震わせた。
爆風で粉砕された窓壁が中空へと吹き飛ぶ。
火の手は見えない。冷静な人が見れば、あれは爆発というよりは、何かが激突した破壊に似ていると言うだろう。
それは、連鎖して次々と隣接するビルに起こっていった。
一体、何が起きたのか。
五十階以上あるビルの上部が破壊されたことで、ガラスや壁の破片は人々を襲う凶刃の雨となる。
痛みを伴う雨。逃げ遅れた者には命さえ奪う雨。
人々は初めての降雨に悲鳴し、我先にと逃げだす。
正常な判断を奪われ、頭上から無差別に降ってくる恐怖に、街は瞬く間に地獄へと変貌した。
AIロボットたちは、ガラスの降雨と同時に危険を察知した。自身が傘となり盾となり、人間を安全な場所へと誘導するプログラムも実行されていた。しかし実際は、惑いがむしゃらに走るしかできない人間に押しのけられ、あるいは踏みつけられていった。
倒れたAIロボットの虚ろな瞳が、今起こっている現状をブラックボックスに記憶する。
その映像は、横一直線に破壊されていくビルを映し、そして、蒼い一閃が宙を舞ったところで途切れた。
◆ ◆ ◆
「だーもうっ! アヤカシつよウザいっ!」
後ろを振り返り、ユウはやけっぱち気味に叫んだ。
年のころは十二、三歳ほど。
透き通るような、それでいて深い瑠璃色の髪。
花よりも儚げな色、しかし光を秘めた薄菫色の瞳。
細く白い華奢な四肢は、身にまとった漆黒の衣装によって一層引き立っている。
AIロボットが記録した、蒼い一閃の正体である。
長いまつげのせいか、耳も隠れる長めのショートヘアのせいか。
少年にしては可愛らしく見える。
その本性は、もしかすると人間ではないのかもしれない。
傍目では性別の判断がつかない子供は、窓と窓の隙間にあるわずかな枠組みを蹴って、ビルからビルへ、大きな谷間を縫うように上昇していく。
腕に抱くは、気を失った少女。
少しばかり、ユウより背丈が高そうな少女だ。
ユウは、振り落としてしまわないよう肩に乗せ、しっかと抱きしめるように腕を回す。
「こんなヤツがいるとか聞いてないっ! 都会怖い! 怖すぎっ!」
弱音を吐きつつも、「アヤカシ」なるものの対処法は心得ているようだ。
とにかく上へ上へと向かう。最後、窓枠がベキッとひしゃげるほど踏み込み、跳躍した先でようやく高層ビルの屋上に到達する。
体力、俊敏さ、脚力、全てが常人のしている事から、かけ離れていた。
ユウは、辺りをキョロキョロと見渡す。
右も左も、ビル、ビル、ビル、ビル……。皮肉にも、ビジネス環境と自然の共存で区画整理されつくした街は、ユウを簡単に迷子にさせた。
「何だこの都会の迷路……ここどこ?」
騒動の始まりは、ユウが通りすがりの少女に道を訊ねた時だった。
アヤカシに気配が見つからないように、蒼い髪が目立たぬように、隠れるようにしていたのだが、少女はユウのフード姿を見て訝しんだのだろう。
警察で道を訊ねればいいと、少女はぐいっとユウの腕を引っ張って歩き出した。
明らかに不審者だと思われて、慌てて逃げだそうとしたのがいけなかった。
アヤカシには見つかり、少女はアヤカシの強い威圧に気を失ってしまった。
その場から、ユウだけが離れれば済む話なのに、倒れた少女を放っておけないという気持ちが、現在の状況へと繋がってしまった。
都会の迷子と化したユウは、ポケットに入れていたスマホを取り出す。マップは方角も地名もしっかりと表示されている。ナビゲーションでも「どこへ行きたいですか?」と親切にも行き先を訊ねてくれている。
「そっか! 兄ちゃんからもらったメモを……」
ユウはメモアプリを起動する。困ったときに開くように、と兄から言われ、初めてその内容を見る。
アプリのデータには、手書きで目的地が書かれている。
縦棒が二本、横棒が三本ほど引いてあり、目的の場所であろうところに赤い矢印が書かれている。
『この場所だ。ユウ、グッドラック!』
綺麗な字が応援していた。
「……兄ちゃんの……バカヤロー!」
応援されたユウの、涙ぐんだ叫びが、虚しく空へと吸い込まれる。
直後、ユウの後方で、禍々しい咆哮が轟いた。
人々には見えず聞こえず。
しかし振り向いたユウの目には確かに存在しており、狙いを定める声が追いかけてきていた。
「げっ……! もう来た!」
姿は、ニワトリに長い尾がついたもの、といえば想像できようか。
さらに、ヘリコプターほどの大きさにした、といえば、その異常さは伝わるだろうか。
真っ黒な巨鳥のバケモノを、ユウは『アヤカシ』と呼んだ。
図体が大きければ羽も大きい。
こちらに向かって飛んでくる。広げた翼が、ビルの木々を横一文字に切り倒すように破壊していく。
地上では、突然の事に逃げ惑う人々が悲鳴をあげている。
「ちょっ、やめろ!」
アヤカシに理性があれば、ユウの声にも反応したかもしれない。だが残念ながら、叫び虚しくアヤカシはさらに破壊を繰り返した。
揺れ動く長い尾でビルを叩き、鉄骨まじりのコンクリート片が爆散する。
ユウのいる方向へも、背丈ほどある破片が飛んできた。
どぉん
空気が重く響き渡る。
ビルの一部だった塊は、空気の震えと同時に粉と散っていった。
その向こう側には、片足を上げた体勢のユウ。
表情は、明らかに怒りでいっぱいになっていた。
抱きかかえていた少女は、アヤカシが壊した破片を壁にして、隠すように避難させている。
「いい加減にしろよ……! 何もしてないのにお前らアヤカシは喰おうとするし! 逃げりゃ街をぶっ壊すし! 弁償できんのかっ!」
馬の耳に念仏、アヤカシに説教。
効果がないのはわかりきっているのだが、そんな事はお構いなしに、ユウはチョーカーにつけた十字架をぶちっと取り外す。
腕を振り下ろしたとき、それは一瞬で錫杖へと変化した。
ユウの殺気を感じて、アヤカシは羽を激しく動かし、鋼鉄が如く硬い羽根を飛ばしてきた。
無数の羽根の矢にも、ユウは動かなかった。
一枚は、ユウの頬をわずかに掠る。
幾枚かは、腕と脚、そして腹部に突き刺さる。
残りは、周囲のコンクリートにヒビを入れた。
頬の赤く伸びる傷から、血が滲み溢れてツゥと一筋、流れていく。
それでも動かず、標的と定めたアヤカシを睥睨する。
――人外は、塵にて外へ斯くあるべし
子供らしからぬ言葉が、ユウの口から紡がれる。
力を封じる呪いか。
ユウの言葉に、白い花びらが一枚、どこからともなく、ヒラリと中空に生まれて消えた。
この言葉をユウが発すると現れる花びら――魔法が成功した証だ。
再びアヤカシへと視線をやると、屋上の硬い地面に落下するところだった。力が入らないのか、羽根や足を蠢かすも身動きが取れないでいるようだ。
ユウは、アヤカシの胴体へ狙いを定め、錫杖を力いっぱい込めて投てきする。
ギシャァァアアアア
アヤカシの断末魔が、ユウの耳にだけ届く。
「くぅっ……」
鼓膜を突き抜け頭にまで劈く高音に、顔をしかめ、思わず両手を塞いだ。
やがて、灰と化して空気に溶けて消えゆくアヤカシの姿。残されたのは、ユウの錫杖と、その先に刺さっている赤い物体。
丸く荒削りした宝石にも見える。
ユウが片手でつかむが、余るほどの大きい。陽にかざすと、中が揺らめいているのが見て取れた。
「こんなのが、アヤカシだなん……て…………」
緊張が解けたのか、力が抜け膝をつく。が、その膝すらもユウを支えきれず、手が出る前に、地面へと顔を突っ込んでしまう。
ぶへっ、と間抜けな声とともに、ユウの意識は遠のいていった。
◆ ◆ ◆
ユウが見渡す限り、そこは暗闇だった。
純粋な黒ではなかった。すべてを混ぜ込んだような、黒。これが闇なのだろう。
遠く、波の音が聞こえる。
見上げると、夜とは違った黒い空が広がり、また視線を真っ直ぐにすると、闇であったところに海が揺らめいていた。
写すものも反射する光もない海は、ただ黒く揺蕩っている。
ふと、彼方から鐘の音が小さく聞こえる。
周りには、空と海。ユウもいつのまにか、海の上に立っていた。
そして、他には何もない。
「誰かいないの!?」
心細くなり、ユウは辺りを見回して叫んだ。
返事はない。
この声を聴いているのは、自分唯一人なのだと思わされる。
「誰か――」
声が、闇に呑まれるように聞こえなくなった。
いつの間にか、自身の腕も足も暗く見えなくなり、ただ、闇だけとなった。
そこは、誰もいなかった――
「……なんか、白いのが見える」
気付いて、視界に飛び込んできたのは白い壁、いや、天井であった。
両手を上げてみる。
「うん……ちゃんとある」
朧げな記憶に一瞬、身を震わせる。
のっそりと起き上がってみると、かなり立派な部屋で寝ていたようだ。
「どこだ、ここ?」
さっきまで横になっていたベッド脇には小さなテーブル。ベッドとは反対側の壁沿いには、大きな本棚と勉強机。電飾はシャンデリア……とまではいかないが、おしゃれにもシーリングファンのついた明りが灯っている。
デザインは白で統一されシンプルだが、洗練されたものだと子供のユウでも分かった。
「えっと、確か――」
思い出そうとすると、巨鳥のアヤカシを倒し、紅い宝石のようなものを手にして転んだところで、視界も記憶も途切れていた。
「そうだ、ボク……」
「気がついたかい?」
「え?」
振り返ると、いつの間に入ってきたのか。サングラスをかけた黒ずくめの大男が立っていた。
「で、でかっ……!」
ユウの遠近法が狂ったか、天井に届きそうな長身だ。
別段、どっしりとした体格でもないのに、重量感と威圧感を全身に浴びているようだ。
男は、ゆっくりと横へ移動し、なぜか後ろに向かってお辞儀をした。
「?」
「やあ、どこか痛むところはある?」
大男の背後から現れたのは、小柄な女性だった。
鬱蒼とした森のように建つビルの合間には、人々の憩いの場がある。
ランチを楽しめるベンチがあり、小さな子供向けの遊具があり、緑も豊かに整備されていた。
安らぎのひと時を過ごし、昼食を終えたOLやビジネスマンは、職場へと足早に戻る。
既に、というより、休む間もなく取引先を忙しなく駆け巡る人もいた。
人々がときに波となり、渦となる大都市の風景は、今やAIロボットの普及で、そこかしこに人間に近い形の機械を目にする。ロボットも人口に含めるなら、その割合は半分近くを占めている。
それが、先ほどまでのいつもの光景、日常であった。
わずかだが、地鳴りがした。
敏感な人間と、センサーを持つロボットは、地震ではないかと辺りを見回す。不安と警戒を抱き、人はその場にとどまり、ロボットは情報収集にアンテナを伸ばす。
日常を破壊するのは、いつだって人間の理解を超えた存在であると、予感が空気に紛れてやってくる。
突然、高層ビルが一つ、爆発した。
遥か上階でのことにもかかわらず、重苦しい轟音は外を歩く人の体を震わせた。
爆風で粉砕された窓壁が中空へと吹き飛ぶ。
火の手は見えない。冷静な人が見れば、あれは爆発というよりは、何かが激突した破壊に似ていると言うだろう。
それは、連鎖して次々と隣接するビルに起こっていった。
一体、何が起きたのか。
五十階以上あるビルの上部が破壊されたことで、ガラスや壁の破片は人々を襲う凶刃の雨となる。
痛みを伴う雨。逃げ遅れた者には命さえ奪う雨。
人々は初めての降雨に悲鳴し、我先にと逃げだす。
正常な判断を奪われ、頭上から無差別に降ってくる恐怖に、街は瞬く間に地獄へと変貌した。
AIロボットたちは、ガラスの降雨と同時に危険を察知した。自身が傘となり盾となり、人間を安全な場所へと誘導するプログラムも実行されていた。しかし実際は、惑いがむしゃらに走るしかできない人間に押しのけられ、あるいは踏みつけられていった。
倒れたAIロボットの虚ろな瞳が、今起こっている現状をブラックボックスに記憶する。
その映像は、横一直線に破壊されていくビルを映し、そして、蒼い一閃が宙を舞ったところで途切れた。
◆ ◆ ◆
「だーもうっ! アヤカシつよウザいっ!」
後ろを振り返り、ユウはやけっぱち気味に叫んだ。
年のころは十二、三歳ほど。
透き通るような、それでいて深い瑠璃色の髪。
花よりも儚げな色、しかし光を秘めた薄菫色の瞳。
細く白い華奢な四肢は、身にまとった漆黒の衣装によって一層引き立っている。
AIロボットが記録した、蒼い一閃の正体である。
長いまつげのせいか、耳も隠れる長めのショートヘアのせいか。
少年にしては可愛らしく見える。
その本性は、もしかすると人間ではないのかもしれない。
傍目では性別の判断がつかない子供は、窓と窓の隙間にあるわずかな枠組みを蹴って、ビルからビルへ、大きな谷間を縫うように上昇していく。
腕に抱くは、気を失った少女。
少しばかり、ユウより背丈が高そうな少女だ。
ユウは、振り落としてしまわないよう肩に乗せ、しっかと抱きしめるように腕を回す。
「こんなヤツがいるとか聞いてないっ! 都会怖い! 怖すぎっ!」
弱音を吐きつつも、「アヤカシ」なるものの対処法は心得ているようだ。
とにかく上へ上へと向かう。最後、窓枠がベキッとひしゃげるほど踏み込み、跳躍した先でようやく高層ビルの屋上に到達する。
体力、俊敏さ、脚力、全てが常人のしている事から、かけ離れていた。
ユウは、辺りをキョロキョロと見渡す。
右も左も、ビル、ビル、ビル、ビル……。皮肉にも、ビジネス環境と自然の共存で区画整理されつくした街は、ユウを簡単に迷子にさせた。
「何だこの都会の迷路……ここどこ?」
騒動の始まりは、ユウが通りすがりの少女に道を訊ねた時だった。
アヤカシに気配が見つからないように、蒼い髪が目立たぬように、隠れるようにしていたのだが、少女はユウのフード姿を見て訝しんだのだろう。
警察で道を訊ねればいいと、少女はぐいっとユウの腕を引っ張って歩き出した。
明らかに不審者だと思われて、慌てて逃げだそうとしたのがいけなかった。
アヤカシには見つかり、少女はアヤカシの強い威圧に気を失ってしまった。
その場から、ユウだけが離れれば済む話なのに、倒れた少女を放っておけないという気持ちが、現在の状況へと繋がってしまった。
都会の迷子と化したユウは、ポケットに入れていたスマホを取り出す。マップは方角も地名もしっかりと表示されている。ナビゲーションでも「どこへ行きたいですか?」と親切にも行き先を訊ねてくれている。
「そっか! 兄ちゃんからもらったメモを……」
ユウはメモアプリを起動する。困ったときに開くように、と兄から言われ、初めてその内容を見る。
アプリのデータには、手書きで目的地が書かれている。
縦棒が二本、横棒が三本ほど引いてあり、目的の場所であろうところに赤い矢印が書かれている。
『この場所だ。ユウ、グッドラック!』
綺麗な字が応援していた。
「……兄ちゃんの……バカヤロー!」
応援されたユウの、涙ぐんだ叫びが、虚しく空へと吸い込まれる。
直後、ユウの後方で、禍々しい咆哮が轟いた。
人々には見えず聞こえず。
しかし振り向いたユウの目には確かに存在しており、狙いを定める声が追いかけてきていた。
「げっ……! もう来た!」
姿は、ニワトリに長い尾がついたもの、といえば想像できようか。
さらに、ヘリコプターほどの大きさにした、といえば、その異常さは伝わるだろうか。
真っ黒な巨鳥のバケモノを、ユウは『アヤカシ』と呼んだ。
図体が大きければ羽も大きい。
こちらに向かって飛んでくる。広げた翼が、ビルの木々を横一文字に切り倒すように破壊していく。
地上では、突然の事に逃げ惑う人々が悲鳴をあげている。
「ちょっ、やめろ!」
アヤカシに理性があれば、ユウの声にも反応したかもしれない。だが残念ながら、叫び虚しくアヤカシはさらに破壊を繰り返した。
揺れ動く長い尾でビルを叩き、鉄骨まじりのコンクリート片が爆散する。
ユウのいる方向へも、背丈ほどある破片が飛んできた。
どぉん
空気が重く響き渡る。
ビルの一部だった塊は、空気の震えと同時に粉と散っていった。
その向こう側には、片足を上げた体勢のユウ。
表情は、明らかに怒りでいっぱいになっていた。
抱きかかえていた少女は、アヤカシが壊した破片を壁にして、隠すように避難させている。
「いい加減にしろよ……! 何もしてないのにお前らアヤカシは喰おうとするし! 逃げりゃ街をぶっ壊すし! 弁償できんのかっ!」
馬の耳に念仏、アヤカシに説教。
効果がないのはわかりきっているのだが、そんな事はお構いなしに、ユウはチョーカーにつけた十字架をぶちっと取り外す。
腕を振り下ろしたとき、それは一瞬で錫杖へと変化した。
ユウの殺気を感じて、アヤカシは羽を激しく動かし、鋼鉄が如く硬い羽根を飛ばしてきた。
無数の羽根の矢にも、ユウは動かなかった。
一枚は、ユウの頬をわずかに掠る。
幾枚かは、腕と脚、そして腹部に突き刺さる。
残りは、周囲のコンクリートにヒビを入れた。
頬の赤く伸びる傷から、血が滲み溢れてツゥと一筋、流れていく。
それでも動かず、標的と定めたアヤカシを睥睨する。
――人外は、塵にて外へ斯くあるべし
子供らしからぬ言葉が、ユウの口から紡がれる。
力を封じる呪いか。
ユウの言葉に、白い花びらが一枚、どこからともなく、ヒラリと中空に生まれて消えた。
この言葉をユウが発すると現れる花びら――魔法が成功した証だ。
再びアヤカシへと視線をやると、屋上の硬い地面に落下するところだった。力が入らないのか、羽根や足を蠢かすも身動きが取れないでいるようだ。
ユウは、アヤカシの胴体へ狙いを定め、錫杖を力いっぱい込めて投てきする。
ギシャァァアアアア
アヤカシの断末魔が、ユウの耳にだけ届く。
「くぅっ……」
鼓膜を突き抜け頭にまで劈く高音に、顔をしかめ、思わず両手を塞いだ。
やがて、灰と化して空気に溶けて消えゆくアヤカシの姿。残されたのは、ユウの錫杖と、その先に刺さっている赤い物体。
丸く荒削りした宝石にも見える。
ユウが片手でつかむが、余るほどの大きい。陽にかざすと、中が揺らめいているのが見て取れた。
「こんなのが、アヤカシだなん……て…………」
緊張が解けたのか、力が抜け膝をつく。が、その膝すらもユウを支えきれず、手が出る前に、地面へと顔を突っ込んでしまう。
ぶへっ、と間抜けな声とともに、ユウの意識は遠のいていった。
◆ ◆ ◆
ユウが見渡す限り、そこは暗闇だった。
純粋な黒ではなかった。すべてを混ぜ込んだような、黒。これが闇なのだろう。
遠く、波の音が聞こえる。
見上げると、夜とは違った黒い空が広がり、また視線を真っ直ぐにすると、闇であったところに海が揺らめいていた。
写すものも反射する光もない海は、ただ黒く揺蕩っている。
ふと、彼方から鐘の音が小さく聞こえる。
周りには、空と海。ユウもいつのまにか、海の上に立っていた。
そして、他には何もない。
「誰かいないの!?」
心細くなり、ユウは辺りを見回して叫んだ。
返事はない。
この声を聴いているのは、自分唯一人なのだと思わされる。
「誰か――」
声が、闇に呑まれるように聞こえなくなった。
いつの間にか、自身の腕も足も暗く見えなくなり、ただ、闇だけとなった。
そこは、誰もいなかった――
「……なんか、白いのが見える」
気付いて、視界に飛び込んできたのは白い壁、いや、天井であった。
両手を上げてみる。
「うん……ちゃんとある」
朧げな記憶に一瞬、身を震わせる。
のっそりと起き上がってみると、かなり立派な部屋で寝ていたようだ。
「どこだ、ここ?」
さっきまで横になっていたベッド脇には小さなテーブル。ベッドとは反対側の壁沿いには、大きな本棚と勉強机。電飾はシャンデリア……とまではいかないが、おしゃれにもシーリングファンのついた明りが灯っている。
デザインは白で統一されシンプルだが、洗練されたものだと子供のユウでも分かった。
「えっと、確か――」
思い出そうとすると、巨鳥のアヤカシを倒し、紅い宝石のようなものを手にして転んだところで、視界も記憶も途切れていた。
「そうだ、ボク……」
「気がついたかい?」
「え?」
振り返ると、いつの間に入ってきたのか。サングラスをかけた黒ずくめの大男が立っていた。
「で、でかっ……!」
ユウの遠近法が狂ったか、天井に届きそうな長身だ。
別段、どっしりとした体格でもないのに、重量感と威圧感を全身に浴びているようだ。
男は、ゆっくりと横へ移動し、なぜか後ろに向かってお辞儀をした。
「?」
「やあ、どこか痛むところはある?」
大男の背後から現れたのは、小柄な女性だった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
イカロスの騎士【帝国篇】
草壁文庫
ファンタジー
在位50年の騎士王プロクス=ハイキングは、「ロバの騎士様」と呼ばれ、王より下賜された小さな領地で穏やかに過ごしてきた。周囲は騎士王のことを、引退間際の老人だと思い込んでいた。しかし、その正体は不老の精霊人<マーブルス>。18歳の年のまま、素顔を隠して生きてきた女性。長く戦い続けてきた騎士王の夢は、海を渡り大切なひとがいる楽園に行くこと。だが、退位を前にして彼女を狙う者たちが暗躍し始める…!
ふだんはもふもふファンタジー絵本を描いている作者の初長編です!穏やかで優しい主人公と息子(弟?)のような弟子、主人公に恋する異形の弟子、隙あらば彼女を噛みまくる弟子(♀)が登場します。
投稿は毎週火曜〜日曜・21時、人物紹介を不定期更新
※戦闘描写、暴力描写、残酷描写等あるお話には(※)をつけます。
※こちらの作品は、カクヨムにて掲載しておりました完結作品の再編集版です。帝国篇の掲載後、魔界篇を登録予定。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる