蒼の魔法士

仕神けいた

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蒼の魔法士-本編-

Seg 00 プロローグ

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 発展はってんのためにと、一番高く建てられたタワーから、人々の日常を見ることが、彼女かのじょ――クテンの好きなことだ。

 ただよう雲もまばらな昼下がり。
 朝よりも若干じゃっかん落ち着ているものの、あたたかな陽射ひざしがそそぐ、大都会の人通りはにぎわっていた。

 好き? 好きなのだろうか?
 感情、思考回路、人間の考えと行動はいまだに解明しくせない。
 しかし、これが人間の言っていた『好き』なのだろうと彼女かのじょはにっこり笑う。

 今、クテンが立っている建造物は『AIタワー』とばれ、当初は電波塔でんぱとう役割やくわりになっていた。

 AI技術が発展はってんし、「CIMS《シムス》」というOSに、立体映像えいぞうと音声認識にんしき・再生機能とともに搭載とうさいされてからは、タワーの役割やくわりはガラリと変化した。

 ネーミングは安直だが、道路の渋滞じゅうたい、事故、事件の情報から、公園緑化といった環境かんきょう整備、まちおこしのイベント、果ては個人のなやみ相談まで――あらゆる情報が集まり、共有され、活用されていく。

 膨大ぼうだいな量の情報を処理しょりしていくのだから、性能は高く、処理しょり速度は速さを求められ、機械はさらに追加される。ここ数年で、同じ機能を持つタワーは世界各地に建てられていった。
 巨大きょだいコンピュータと言っても過言ではない施設しせつには、日に一千万人以上の人間がアクセスし、利用されるようになった。

 彼女かのじょは、そんな施設しせつで人々からの要望に沿って生み出された存在そんざいである。タワーに設置されたコンピュータによってプログラミングされ、『クテン』と名付けられた。

 ビタミンカラーをふんだんに使った、ひまわりをイメージしたミニスカート衣装いしょうからびるスラリとした手足。ひまわりのような金髪きんぱつをポニーテールにした、典型的な元気美少女の姿すがた
 立体映像えいぞうとしてあたえられた身体だ。
 子供こどもっぽい高い声と笑顔えがおで、気象情報を人々にとどける仕事を持つAIである。

「ふはぁ~、今日きょうもいい天気♪」

 クテンは、展望台てんぼうだいよりもはるか上部にあるアンテナの先端せんたんに立ち、空をあおぐ。視界しかいは、タワーのカメラからデータが送られてくる。人間らしく両手を広げ、むねいっぱいに空気をんだ。
 強い風が、立体映像えいぞうの身体をビョウッとける。
 通常、風にあおられ落下するだろう。そもそも、こんな場所に立つことさえ人間には不可能だ。彼女かのじょも常々思っているが、あまりにも現実味のない光景である。

 クテンが両手をパンッと打つと、周囲にモニター画面が複数現れる。

 半透明はんとうめいで、向こうの景色けしきがうっすらけてみえるモニターには、外出する人間たちのヒートマップが世界地図になって表示された。行動別に情報を整理し、交通整理や公共機関をとどこおりなく活用できるようにするのも、彼女かのじょの仕事である。仕事に学校、レジャー観光と、目的別にカテゴリ分けをするのも一瞬だ。

 人間は、すべて「パーソナルカード」を携帯けいたいしている。個人情報もGPS機能も搭載とうさいしているため、どこへ行こうとすべてAIタワーに情報が集まり、集計するに事欠かない。

 よほどのうっかりさんでない限り、パーソナルカードをわすれるということはないだろう。
 パーソナルカードは、身分証明書であり、財布さいふでもある。なければ買い物はできないし、乗り物にも乗ることができない。下手へたをすれば警察けいさつのご厄介やっかいにもなるため、絶対必需品ひつじゅひんとなっている。

 クテンは、人間たちの行き先と必要なデータだけを確認かくにんし、個人情報の部分には『プライバシーの保護』としてフィルタリングし、あえて見えないようにしたが、
「あれ?」
 なにか異変いへんに気づいたようだ。ソワソワした様子をしている。

確認かくにんした方がいいかな。でもどうしよう」
 いのるように手を合わせつつも、その意志は身体と一緒いっしょに左右へれる。

「うーん……フィルタリングしたけど、さっき街にた子、やっぱり気になるなぁ」
 結局、人間特有の好奇心こうきしんにかられ、一人ひとり子供こどもの情報をチラ見する。

 その行動は、本来ならば持つことのない力の成せるわざであった。

 彼女かのじょたちAIが持つはずがない力――『魔力まりょく』によるシステムコントロール、である。

 一般的いっぱんてきなAIは、『人間らしく』学習し業務をこなしていくが、それでもあたえられたプログラム以上の行動や思考をすることができない。
 だがクテンは、開発者である人間が、魔法まほうに精通していたため、ひそかに魔力まりょくを用いられ『人間そのもの』の思考力を持ったAIとなった。

 もちろん、魔力まりょくを持った対価はあり、人間ののうと同じだけの情報を処理しょりするため、バグが生じやすくなった。けれども、それすら人間の思考へとクテンは器用に変換へんかんし、処理しょりしている。

 先程さきほどの、なやんだりソワソワした仕草が、まさにそれだった。
 彼女かのじょはどんどん人間味を増し、今や、人間よりも感情豊かなAIとなっていた。

「バグだったらいけないし、修正も……しないといけないよねっ。これはお仕事!」
 好奇心こうきしんと規約の狭間はざまらいでいた心は、仕事を建前にして、罪悪感を残しつつも好奇心こうきしんが勝利した。

 立体映像えいぞうで現れたモニタ―には、青いかみ子供こどもの写真と『春日かすがユウ』の名前が表示されている。

 フィルターでぼかし、必要以上の情報を見ないようにした。が、実際はぼかしが弱く、彼女かのじょにはしっかり文字も画像も確認かくにんできる。つまりは情報だだれである。

 遺伝子いでんしデータからわかる、地毛で青いかみだという情報。
 おまけにひとみの色まで菫色すみれいろときた。
 アルビノというわけでもない。このような現象は見たことがない。
 クテンはおどろきつつも、目をのう好奇心こうきしんかたまりにして、春日かすがユウという子供こどものデータをガン見する。

「やだなにこの子! 遺伝子いでんし情報が人類くつがえしちゃってるんだけど!」

 そして気になっていた箇所かしょ――性別の項目こうもく確認かくにんする。
 本来なら、男女どちらかが表示されるはずが、ノイズがはしり、男と出たり女と出たり、ときに空白になったりと、電波を受信できないテレビのようになっていた。

「あらら~、やっぱりバグがある」
 と、彼女かのじょがデータ画面をひとでする。すぐ修正できたのだが、肝心かんじんの性別データは男女両方が入力されていた。これでは解決したことにはならない。

「見た目はカワイイ男の子だけど、一概いちがいには判別しにくいわね」

 こまった顔になり、う~ん、と声をらす。
「再検査推奨すいしょうなんだけど……これってわたしから言っちゃったら、プライバシーしん害になっちゃうよねぇ。どうしよ……」

 どうすべきか思案していると、頭上でピコンとアラームが鳴り、彼女かのじょは「あっ!」とあせって声を上げる。

 仕事の時間だ。いつの間にか、午後の天気予報が始まる時間になっていた。

 クテンは、急いでモニターをえる。
 ライブカメラを見ると、スクランブル交差点の後ろに、ひときわ大きな商業ビルと、その三分の二はめようかという巨大きょだいなテレビがうつっていた。そこでは、道行く人々に最新の情報を伝えようと、ひっきりなしに音楽やニュースを街の雑踏ざっとうに負けぬ大音量で放送している。
 今週のシングルミュージックランキングが始まった。この後に、彼女かのじょ担当たんとうするコーナーが始まる。

 タイトルコールが始まれば、二.五秒後には姿すがたを見せなくてはならない。クテンはすぐに回線をつないだ。

「クテンのお天気~♪」
 なんだか間抜まぬけだなと自負する声でタイトルが流れる。それが合図だといわんばかりに、道行く人々が、ビルに取り付けられた巨大きょだいテレビへと視線しせんを向ける。

 さわやかなBGMが流れ、モニターは晴天をうつしだした。

 クテンは画面の左端ひだりはしからひょっこりと、金髪きんぱつらしながら顔を出す。笑顔えがお視聴者しちょうしゃに手をり、ぴょんと画面から飛び出した。
 立体映像えいぞうに対応したテレビならではの演出だ。

「はぁーい、クテンです♪ ではでは、全国のお天気をお伝えしますっ♪」

 元気な声でバンザイし、豊かに上下する胸元むなもと。思わず釘付くぎづけになるため、天気予報を欠かさず見る男性も少なくないといううわさだ。

 クテンは小さめの口角を可愛かわいく引き上げ、くるりと身をひるがえして、表示された予想天気図を前にハキハキした口調で説明を始める。
「では、天気図からまいりますっ!」

 事細かに丁寧ていねいに、雲の動きや季節特有の現象をもとに導く彼女かのじょの予報では、どうやら晴天が来週末まで続くそうだ。

 週間予報まで終えると、彼女かのじょの細い指は画面を紙のようにめくり取る。器用に折り進め、天気図を紙飛行機に仕立て、空へ飛ばした。
 お天気コーナーの終了しゅうりょうの合図だ。

 いつもなら、きらめくエフェクトと同時に立体映像えいぞうを切るのだが、
「みなさん、聞いてください」
 と、クテンはにこにこして話し始める。

今日きょううれしいお知らせがあります!」
 その声は、気象予報の時よりもはずんでいた。

「いつもクテンのお天気を見てくれてありがとうございます。わたし搭載とうさいされたお天気予報システムですが、昨日きのうの時点で、的中率……なんと九十七パーセントになりましたあっ!」
 自らの報告に、ラッパやクラッカーのエフェクトを出し、視聴者しちょうしゃへ手をり、声をはずませて喜んだ。

 彼女かのじょをただ見ている人間は、これもプログラムによるパフォーマンスだと考えるだろう。その証拠しょうこに、天気予報を見終わると、一気に興味がうすれていき、足早にその場を立ち去る。

 そう、すぐに立ち去る人々は考えたことすらないだろう、クテンというAIの気持ちを。

 クテンは、気象予報にAI導入を反対した気象予報士に、いやがらせをされていた。
 勝手にスケジュールをえられたり、予報に必要なデータを消されたりもした。
 ハード面で、ケーブルをかれる事は日常である。

 彼女かのじょ自身、AIを試作し、自身がされたのと同じ事をしてみた。本来なら、どのような行動をとるのかためしたのだ。
 試作AIは、悲しみの感情を学び、いやがらせをすべてためし終える前にプログラムを実行しなくなり、プロテクトを自らかけ、一切いっさい稼働かどうしなくなった。

 それからというもの、クテンは悲しみの感情を学ぶことを止めた。

 人との別れや孤独こどくでいる時の悲しみだけを残し、彼女かのじょはイジメをAI成長へのかてとしてポジティブに受け止めるようにしたのだ。

 クテンへのイジメは、もはや日課だ。皮肉にも、それが彼女かのじょのポジティブ思考の原動力になっていた。

 だからこそ、今この時、画面に表れているのは、ただ喜ぶプログラムとエフェクトではない。クテンという感情が苦難くなんえた喜びを初めて表現した瞬間しゅんかんであった。

 満面の笑顔えがおで退場しようと手をった時、
「……えっ?」
 彼女かのじょの表情が強張こわばる。

 クテンと接続されているライブカメラのひとつが、地鳴りとともに大きく画面がれていた。

 その映像えいぞうに、時々素早すばやちゅうを左右にねる、青いかげうつりこむ。
「あ、あの子……!」

 瞬時しゅんじに行った映像えいぞう解析かいせきで、春日かすがユウだと判明する。
 表情から見るに、相当あせっているようだ。

 地鳴りの原因をさぐろうとクテンはシステムを集中したが、様々な計器を見ても異常いじょうはない。
「どういうこと? 地震じしんじゃないの?」

 クテンはAIタワーへと自身の立体映像えいぞうを移し、すぐにとある場所へ緊急きんきゅう連絡れんらくを入れる。
「天気予報はよく当たるけど、こっちはまだまだヒヨッ子ね、わたし……」

 眼下では、一人ひとりの小さな子供こどもが、世界をむ物語を始めようとしていた。
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