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4話

遭遇

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誰にも言えない朝木くんとの特訓は、なんだかんだで継続している。

一回目、酔った勢いでホテルで一夜を共にする。
二回目、色々あってまたホテルで特訓する。
三回目、朝木くんの部屋で挑戦。
その後も、ちょこちょこ時間を合わせて再チャレンジしたけど――結果は見事に不発だった。
うまくいきそうな時もあればそうでもない日もあって、男の人の体って女の人と同じで不思議な作りをしているんだなと思う。
自分の体を思った通りに制御できないって、不便だしストレスも溜まるだろうな……。

週末、私は朝木くんの部屋を訪れていた。
今日もカップルっぽい雰囲気でしてみたけど、残念ながら朝木くんの悩みは解消しなかった。
「なんでだめなんですかねえ……」
朝木くんはベッドにごろんと寝転がり、隣に座る私を見上げた。
「もう少しで目標達成できそうなのにね。気にしたってしょうがないよ、と言いたいところだけど……」
私は乱れた髪を整えながら、彼の顔を覗き込む。
「オイルマッサージ、精のつく料理……色々試して、効果はなんとなくありそうだったよね?」
「まあ寸前までは出来そうな気でいましたね」
行為を繰り返す中で、一回だけ挿入まで耐えたことがある。
でもすぐに繋がったまま萎えてしまって、とても続けられたものではなかった。
「ここまで来ると、身体じゃなくて別の部分に問題があるんじゃないかと思うんだけど、どう?」
「別の部分ですか」
私が話を振ると、朝木くんは顎に手を当てて深く思案するような表情をした。
ネットで色々と調べて、EDには身体的な問題以外にも精神面の影響もあると知った。
彼の場合は勃つことは勃つので、メンタルの方面で何らかの問題が発生している……んじゃないかなあ。
何分、専門家ではないので詳しくはわからないけれど。
「例えば、潜在的に何かがトラウマになっているとか。挿入の瞬間に勢いがなくなるから、そういうのもありえるかなって」
「どうですかね……」
朝木くんは眉間にシワを寄せて考え込んでいる。
うーん、難しい顔をしているときもイケメンだなあ……。
どんな表情も絵になるので顔が整っている人は得だ。
「思い当たる節、ない?」
身を乗り出して尋ねるも、彼は左右に首を振る。
「急には思いつかないですね」
「前の彼女とエッチの最中に何かあったとか。相手が痛がったとか無理強いしてきたとか、ない?」
「……」
私の言葉で、朝木くんの表情が曇った。
あんまり聞かれたくないことだったかな。
私は気分を入れ替えるように、明るい声を出した。
「……まあ、それはまた別の機会に考えようか。それより、お腹空かない?」
「出前でも取りましょうか。何が食べたいですか?」
朝木くんは奢りますよと言いながら身を起こし、脱いでいたシャツを着た。
そしてスマホを掴み、デリバリーサービスの画面を見せてくれる。
「うーん、ピザかハンバーガーか……ラーメンもいいなぁ。今って色々注文できて便利だね?」
「結構がっつりいきますね……」
「お腹減ったし。朝木くんはそうでもない?」
「いえ、先輩に付き合いますよ」
そんな軽いやり取りの末、私達は夜食を済ませた。

朝木くんとは、なんだかんだで心地よい時間を過ごさせて貰っている。
EDの特訓なんて、お互いに恋人がいないからこそできることではあるけれど……。

それよりも、困ったことは朝木くんの症状が治らないことだけじゃなかった。
こういう関係になる前から、彼は可愛い後輩の一人だった。
でも……いつからか、私の目には、朝木くんが別の意味で可愛く見えて仕方がない。


月曜日。出勤して早々上司から仕事を頼まれ、それを進めるうちにあっという間に午後になっていた。
遅めの昼食を取ろうと財布を持って席を立つと、朝木くんが近づいてきた。
「先輩、今から昼休憩ですか」
「うん。ちょっとコンビニ行ってくるね。何か買ってくるものある?」
「いや、俺も今から休憩に入ろうと思ってたところなんで」
仕事がまだ終わっていないので、手早くデスクでおにぎりでも食べようかと思っていたけれど、朝木くんがいるなら話は別だ。
「じゃあ、一緒にお昼食べに行く? 最近ここの近くにできたカフェ、ランチ営業もやってるらしくって」
二人でオフィスを出て、カフェに向かう。
「朝木くんって、足が長いよね」
「そうですか?」
地面にすらりと伸びた影を見つめてそう言うと、彼は目を丸くした。
「あんまり意識したことなかったです」
イケメンって自分のことに無頓着なのかな。
私なんて、足がもっとすらっとしていれば、と鏡に映る自分の姿に何度思ったことか。
「羨ましいなあ……」
朝木くんは私の歩幅に合わせて隣を歩いてくれていた。
前方から自転車が来ると、彼はスマートな動作で私を歩道の内側に寄せる。
「俺からすれば、先輩の方が羨ましいです。相手の懐に入るのがうまいから」
「またまたぁ、朝木くんの方が色んな人から好かれてるでしょ」
「うーん……俺の場合は、人見知りしがちなんで。誰かと話してても、まずは相手の顔色を窺っちゃいますし……」
そうだっけ? と考えて、確かにそんな一面もあるかもと辿り着く。
朝木くんは顔良し、性格良し、スタイル良しで社内外の色んな人から好かれているけれど、初対面の相手に対してはあまり口数が多くない。
彼が入社したばかりの時期の記憶を掘り起こす。
私も最初に挨拶した時は、ちょっと距離を置かれていたような……。
「いつから仲良くなったんだっけ」
歩きながら考えていると、その疑問が口をついて出た。
「俺達の話ですか?」
頷くと、朝木くんは苦笑いを浮かべる。
「仲良くなったきっかけかどうかはわからないですけど、先輩のエピソードで印象に残ってるのは、入社して初めて参加した飲み会の時ですね」
「何かあったっけ?」
入社して初めて参加した飲み会となると、歓迎会とかだったかな。
そんなに特殊な思い出あったかなあ……。
私が思い出せないのを察したのか、朝木くんが言葉を続ける。
「俺が先輩達から次々と飲まされてた時に、いろは先輩が間に割って入ってきたんです。私にも飲ませて! って。結構な勢いでグラスから酒が消えていくから、驚きました」
「わ、私そんなに飲んでたっけ……」
あんまり覚えてない……いやでも、大量に飲んでたからよく覚えてないのか。
それにしても、まるで後輩の酒を横から奪ったようなエピソードじゃないか。
羞恥で顔が熱くなる。
朝木くんは当時のことを思い出したらしく、くすくすと楽しげに笑っていた。
「驚きましたけど、悪い印象ではなかったですよ。凄い先輩がいるなあって……それに、俺もその時わりと限界だったんで、正直助かったんです」
「そうだったんだ」
ちょっと恥ずかしいけど、朝木くんがそう思ってくれているなら救われる。
熱くなった頬を手で扇いでいると、隣を歩く彼が私の方を見た。
「先輩と一緒にいると毎日楽しくて、俺はいつでも笑顔になれるんですよ」
朝木くんが笑みをこぼして言う。
……困る。
こういう表情を見せられると、不覚にもドキドキしてしまう。
今だけじゃなくて、朝木くんは普段も「先輩」と甘い声で呼んでくるのだ。
仕事だけじゃなくてプライベートな部分でも付き合いがあるから、きっと慕ってくれているんだろうけど……。
私の方は複雑な気持ちを抱いていた。
このままでは、朝木くんのことを恋愛対象として見てしまいそうだ。
「そう? それなら良かった」
私も彼と同じように微笑んでから、そっと視線を反らした。

別に、社内恋愛は禁止されていない。
でももしそういう関係になったら周りに色々と気を遣わないといけないし、何より、彼が私を先輩として慕ってくれているのに、私だけが恋愛感情を持つのはこの先しんどくなるだけだ。
だから朝木くんの悩み事が解消されたら、今まで通りの先輩後輩に戻るつもりでいるのに……。
朝木くんを好きだと告げてしまったら、元の関係には戻れなくなるだろう。

「……あ、信号の向こうに見えるのが話してたカフェなんだけど――」
話題を切り替えようと、カフェのある方角を指で示した時だった。
「優……?」
聞き覚えのない声が、私達を呼び止めた。
声のする方に体の向きを変えると、そこには一人の女性が立っていた。
細身で髪の長い彼女は、ある一点をじっと見つめている。
その視線の先にいたのは、朝木くんだった。
「……リサ」
朝木くんはぼそりと誰かの名前を呟いて、硬直している。
とても家族や友人に出くわしたとは思えない空気だ。
ただならぬ雰囲気に冷や汗が滲む。
……この人、もしかして。朝木くんの元カノ?
私、ここにいていいんだろうか。
二人で積もる話があるなら、私は外した方が良さそうな……。
と、数秒の間に考えていると、女性の目が私を捉えた。
「その人は?」
「……会社の先輩だよ」
「あ、どうも~」
会釈をするも、彼女は私を品定めするように見つめてくる。
顔から身体までじっくりと眺められて、落ち着かない。
「へえ……その人が」
やがて、静かな間を置いてそんな言葉を投げられる。
な、なんなんだ……。私、この人と初対面なんですけど。
でも、向こうは私を知っているような反応だ。
戸惑っていると、彼女は朝木くんに向き直ってあざ笑うように言った。
「会社の人とずいぶん仲良しなんだね。ただの先輩と後輩には見えないなぁ。……もう治ったってことでしょ? よかったじゃん」
「……っ」
その言葉を耳にした瞬間、朝木くんが表情を歪める。
このままではまずそうだと察知して、私は朝木くんの背中をそっと押した。
「すみません、私達これから職場に戻らないといけないので。失礼します」
昼休憩の真っ最中だけど、仕事と言えば深く追及はされないだろう。多分。
何かを言われる前に目当てのカフェとは違う方向に足を向け、私は朝木くんをその場から連れ出す。
「先輩、あっちのカフェに行きたかったんじゃ……」
「気分が変わったの。コンビニの新商品で、おいしそうなパスタが出てたの思い出したんだ。朝木くんにも食べてほしいから、今日はカフェに行くのはやめよう」
私達は結局コンビニへ行き、昼食は会社の休憩室で食べることにした。

……さっきの人、どう考えても朝木くんの元カノだよね。
すらっとしてて綺麗な子だったな。
慌ただしい私とは正反対のタイプの、落ち着いて静かな感じの。
正しく美男美女のカップルだったんだろうな……。
午後の仕事を進めている間にも、悶々とそんな風に考えてしまう。
おかげで仕事がうまく進まず、私は残業をして会社を出た。
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