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4話
あの子の元恋人
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駅に向かって歩いていると、改札の手前で声を掛けられた。
「あの……」
「はい?」
何かのキャッチか、道を尋ねたい人だろうか。
そう考えながら振り向いて、私は硬直した。
そこには、朝木くんの元カノ……確か、リサさんと呼ばれていたっけ。
その人が立っていた。
「あ、昼間はどうも」
ぎこちない笑顔を浮かべて会釈をすると、彼女は難しい表情をしたまま私に近づいた。
「朝木と同じ会社の方……ですよね。少しお聞きしたいことがあるんですけど」
な、なんだろう。
一度立ち止まってしまった手前、彼女を振りほどいて去ることもできない。
私とリサさんは人が少ないスペースに移動した。
「もしかして、福岡さんですか?」
「ええ、そうですけど」
ええっ、なんで私の名前知ってるんだろう。
昼に会った時に名乗ったっけ……?
心の中で首を傾げていると、リサさんは高いヒールの音を鳴らして私に詰め寄った。
「あなたは朝木の何なんですか?」
その表情には余裕などなくて、切羽詰まったような、そんな雰囲気を感じた。
「何と言われても……」
私は答えながら、実際には何なんだろう? と首をひねった。
私と朝木くんは、同じ職場の人間だ。
でも、理由があって度々肌を重ねている。
かと言ってセフレというわけでもない。
じゃあ、私達の関係はなんと呼べばいいんだろう。
私は、これから朝木くんとどういう関係になりたいんだろう。
考えても答えに辿り着けなくて、私はそっと目を伏せた。
「ただの同じ会社の人間ですよ」
「嘘」
率直に答えると、彼女は真っ先に否定してきた。
嘘じゃないけど、とは言えそうにない空気だ。
私と朝木くんは、手を繋ぎながら歩いていたわけではない。
身を寄せたり、顔を近づけたりしていたわけでもない。
それなのにどうして、私達の関係を疑うんだろう。
「どうしてそう思うんですか?」
逆に聞き返すと、リサさんは苦しそうに唇を引き結んだ。
「あなたといる時の朝木の顔、今まで見たことないくらい優しかったんです」
「自分で言うのもなんですけど、朝木くんが私に懐いているからじゃないですか? 彼が入社した時から面倒を見ていますし……」
彼女は首を左右に振り、苛立った様子で眉を寄せる。
「朝木とは、学生時代から何年も付き合っていました。特別な相手に見せる顔くらいすぐにわかります」
特別な相手、と言われて、不覚にも頬が火照りそうになった。
いやいや、リサさんが言っているだけで朝木くんが私を好きとは限らないし……。
彼女の前で口元を緩めるわけにもいかず、私は厳しい顔をしてリサさんを見つめた。
リサさんは長い髪を耳に掛けながら、視線を下に向ける。
彼女は綺麗な顔を歪めたまま、深く息を吐いた。
朝木くんと一緒で目鼻立ちが整っているから、その姿すら艶っぽく見えた。
……本当に、お似合いのカップルだと思う。
彼と彼女が仲良く並んだ姿を想像して、ため息が出そうになった。
「朝木が変わったのは、あなたのいる会社に入ってからなんです」
ため息の代わりに、え、と声が漏れる。
リサさんはうつむいたまま言葉を続けた。
「……それに、付き合っていた時に訳のわからないことを言われるし」
「訳のわからないこと?」
聞き返すと、彼女は悩むように言葉を詰まらせてから、静かに打ち明けた。
「突然、もうできないって言ってきたんです。……抱いてくれなくても、傍にいてくれればそれでよかったのに」
できないというのは、つまり性行為のことだろうと察する。
リサさんに心情を吐露され、胸が締め付けられる思いになる。
確かに長く付き合っていた恋人にそんなことを言われたら、辛いし悲しい。
優しい朝木くんのことだから、抱けない理由をごまかして伝えていたのかもしれない。
その結果別れに繋がってしまったとしたら、お互いにちゃんと話し合いができないままだったとしたら。
後悔してもしきれないだろう。
「私も、もし同じことが起きたらと思うと……気持ちは少しわかります」
私は話しながら、今日リサさんが目の前に現れた理由を考えた。
納得して別れたのなら、こうして私に声を掛けなかっただろう。
「彼とやり直したいんですか」
リサさんは綺麗な顔を歪めながら私を見た。
「できることなら。でももう、私から連絡は取れなくて」
彼女の強気な態度は、朝木くんを取り戻そうと躍起になっていたからなのだろうか。
今目の前にいるこの人は、とても弱々しくて……。
本当に朝木くんのことを想っていて、まだ忘れられていないのだと伝わってくる。
私は彼の治療に協力をしていただけで、特別な感情があって入れ込んでいるわけではない。
だけど目の前のこの子は、朝木くんとやり直したいと思っている。
朝木くん自身は――どうなんだろう。
日中リサさんと会った時の反応を考える。
あれは単に驚いただけで、彼女を嫌っているわけではなさそうだ。
もし、朝木くんが彼女と同じ気持ちなのだとしたら。
EDが治ったら復縁したいと考えているのなら。
私が自分のできることをしてから引けば、それで済む話だ。
大丈夫。今なら、まだ戻れる。
「わかりました」
私はぎゅっと手を握って、リサさんに向き直った。
「私からあなたの気持ちを伝えることは出来ますが、絶対に返事があるものとは言い切れません」
彼女はそれでも良いと言った。
「あの……」
「はい?」
何かのキャッチか、道を尋ねたい人だろうか。
そう考えながら振り向いて、私は硬直した。
そこには、朝木くんの元カノ……確か、リサさんと呼ばれていたっけ。
その人が立っていた。
「あ、昼間はどうも」
ぎこちない笑顔を浮かべて会釈をすると、彼女は難しい表情をしたまま私に近づいた。
「朝木と同じ会社の方……ですよね。少しお聞きしたいことがあるんですけど」
な、なんだろう。
一度立ち止まってしまった手前、彼女を振りほどいて去ることもできない。
私とリサさんは人が少ないスペースに移動した。
「もしかして、福岡さんですか?」
「ええ、そうですけど」
ええっ、なんで私の名前知ってるんだろう。
昼に会った時に名乗ったっけ……?
心の中で首を傾げていると、リサさんは高いヒールの音を鳴らして私に詰め寄った。
「あなたは朝木の何なんですか?」
その表情には余裕などなくて、切羽詰まったような、そんな雰囲気を感じた。
「何と言われても……」
私は答えながら、実際には何なんだろう? と首をひねった。
私と朝木くんは、同じ職場の人間だ。
でも、理由があって度々肌を重ねている。
かと言ってセフレというわけでもない。
じゃあ、私達の関係はなんと呼べばいいんだろう。
私は、これから朝木くんとどういう関係になりたいんだろう。
考えても答えに辿り着けなくて、私はそっと目を伏せた。
「ただの同じ会社の人間ですよ」
「嘘」
率直に答えると、彼女は真っ先に否定してきた。
嘘じゃないけど、とは言えそうにない空気だ。
私と朝木くんは、手を繋ぎながら歩いていたわけではない。
身を寄せたり、顔を近づけたりしていたわけでもない。
それなのにどうして、私達の関係を疑うんだろう。
「どうしてそう思うんですか?」
逆に聞き返すと、リサさんは苦しそうに唇を引き結んだ。
「あなたといる時の朝木の顔、今まで見たことないくらい優しかったんです」
「自分で言うのもなんですけど、朝木くんが私に懐いているからじゃないですか? 彼が入社した時から面倒を見ていますし……」
彼女は首を左右に振り、苛立った様子で眉を寄せる。
「朝木とは、学生時代から何年も付き合っていました。特別な相手に見せる顔くらいすぐにわかります」
特別な相手、と言われて、不覚にも頬が火照りそうになった。
いやいや、リサさんが言っているだけで朝木くんが私を好きとは限らないし……。
彼女の前で口元を緩めるわけにもいかず、私は厳しい顔をしてリサさんを見つめた。
リサさんは長い髪を耳に掛けながら、視線を下に向ける。
彼女は綺麗な顔を歪めたまま、深く息を吐いた。
朝木くんと一緒で目鼻立ちが整っているから、その姿すら艶っぽく見えた。
……本当に、お似合いのカップルだと思う。
彼と彼女が仲良く並んだ姿を想像して、ため息が出そうになった。
「朝木が変わったのは、あなたのいる会社に入ってからなんです」
ため息の代わりに、え、と声が漏れる。
リサさんはうつむいたまま言葉を続けた。
「……それに、付き合っていた時に訳のわからないことを言われるし」
「訳のわからないこと?」
聞き返すと、彼女は悩むように言葉を詰まらせてから、静かに打ち明けた。
「突然、もうできないって言ってきたんです。……抱いてくれなくても、傍にいてくれればそれでよかったのに」
できないというのは、つまり性行為のことだろうと察する。
リサさんに心情を吐露され、胸が締め付けられる思いになる。
確かに長く付き合っていた恋人にそんなことを言われたら、辛いし悲しい。
優しい朝木くんのことだから、抱けない理由をごまかして伝えていたのかもしれない。
その結果別れに繋がってしまったとしたら、お互いにちゃんと話し合いができないままだったとしたら。
後悔してもしきれないだろう。
「私も、もし同じことが起きたらと思うと……気持ちは少しわかります」
私は話しながら、今日リサさんが目の前に現れた理由を考えた。
納得して別れたのなら、こうして私に声を掛けなかっただろう。
「彼とやり直したいんですか」
リサさんは綺麗な顔を歪めながら私を見た。
「できることなら。でももう、私から連絡は取れなくて」
彼女の強気な態度は、朝木くんを取り戻そうと躍起になっていたからなのだろうか。
今目の前にいるこの人は、とても弱々しくて……。
本当に朝木くんのことを想っていて、まだ忘れられていないのだと伝わってくる。
私は彼の治療に協力をしていただけで、特別な感情があって入れ込んでいるわけではない。
だけど目の前のこの子は、朝木くんとやり直したいと思っている。
朝木くん自身は――どうなんだろう。
日中リサさんと会った時の反応を考える。
あれは単に驚いただけで、彼女を嫌っているわけではなさそうだ。
もし、朝木くんが彼女と同じ気持ちなのだとしたら。
EDが治ったら復縁したいと考えているのなら。
私が自分のできることをしてから引けば、それで済む話だ。
大丈夫。今なら、まだ戻れる。
「わかりました」
私はぎゅっと手を握って、リサさんに向き直った。
「私からあなたの気持ちを伝えることは出来ますが、絶対に返事があるものとは言い切れません」
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