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第5章 コンボイセンターの魔女たち
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Hタービンの甲高い唸り声。
アクセルペダルを踏み込むとそれに呼応して出力ゲージの数値がぐんと跳ね上がる。
「いい吹き上がりだ」
サンタが満足気に笑みを浮かべる。
「さすが、マミさんね」
助手席でモニタを見ていた羽衣もそれに同意する。
『あったり前だにゃ。天才マミちゃんのセッティングなんだから』
フォン端末からマミの声が答えた。
『そこらの既製品とは大違いにゃん』
「ああ。まったくだ。多少じゃじゃ馬かも知れないけどな」
『じゃじゃ馬ならしはサンタの十八番でしょ?』
「云うじゃないか、マミ。どうせ今回も新しいチューニングの実験なんだろ?」
『そう云うことにゃ。わかってるんなら全開でテストして欲しいにゃん』
「了解だ」
『じゃ、いってらっしゃい、良い旅を~、だにゃん♪』
マミの声に送られてサンタはゆっくりとコンボイを発進させる。
整備ドックの巨大な扉が開くとそこはそのまま《アプローチ・ウエイ》に直結していた。
惑星マグダラと他星系をつなぐ《歪空回廊》の《門》へと続く道路である。
「すごいのですね、コンボイと云うのは。でも未だにこれでどうやってリスタルまで行くのかがわかりませんが」
運転席のサンタと助手席の羽衣に挟まれたゲスト・シートに座ってセロリが少し不安そうな表情を見せるが、サンタはそれに笑みで答えた。
「もうすぐわかるさ。星船しか知らないお嬢さん、いや、お姫様か、そんなセレブにとっては一生知らなかったかも知れない旅をこれから味わえるぞ」
「よくわかりませんが、楽しみです」
「良い子にしてろよ」
「私はいつも良い子です」
「素直に同意はできないが、まあ、いい心がけだ。忘れないようにしろよ。さて……羽衣、装備をチェック」
「オール・グリーン。マミさんの整備の直後だもん。異状がある訳ないわよね」
「違いない」
徐々に速度を上げていく。
ほとんど振動もなくどこにも違和感は感じない。
《アプローチ・ウエイ》の滑らかな路面のおかげで、それは走行と云うよりは滑走と表現しても良いほどである。
「あとは《門》から《歪空回廊》をくぐって行くだけだ。《歪空回廊》に入ったらいい景色が拝めるぞ」
セロリは興奮に頬を紅潮させながら、はい、楽しみです、と答えてフロント窓から行く手を眺めている。
しかし、何かにふと気づいたように助手席の羽衣に向き直る。
「あの……、話をしてもいいですか?」
「大丈夫よ。何かな?」
「出掛けにマミさんに診察されていたみたいですけど、あれって……、きゃあ」
いきなりサンタがアクセルを踏み込み、コンボイ《赤鼻のトナカイ》が、ぐん、と加速した。
「どうしたんですか、急に? 驚くではないですか?」
「その話は禁止だ」
「どうしてですか?」
「いいから、禁止だ」
不満そうにサンタを睨みつけるセロリ。
羽衣が、くすくすとイタズラっぽく笑い、セロリに耳打ちした。
(あとで、聞かせてあげるね)
それを横目で見ながら、またこいつらはロクでもない相談をしているな、とサンタはそう思った。
数分後、《赤鼻のトナカイ》は《歪空回廊》の《門》で出国手続きを済ませていた。
出国とは云っても、事実上『連邦の版図外の独立惑星』などと云うものは存在していないため、どこに行くのも基本的にはフリーパスである。
つまり、出国手続き、と云っても、それはごく形式的な手続きでしかなかった。
行き先として提出したリスタル公国惑星自体も『公国』と呼ばれてはいても連邦内の特別自治区でしかないため、それは同様である。
但し、入国においてはある程度のチェックは覚悟しておく必要があるかも知れない。
特別自治区はそれなりに『独立国』としての体裁を保っているものなのだ。
(いずれにしてもセロリの存在をどうにかごまかす必要があるな。入国時に見つかると確実にトラブルになりそうだ)
セロリの立場がリスタルにとってはどうなっているのか、少なくとも惑星マグダラで追われていたことを考えると、何かしらの不愉快なお迎えはあるのかも知れない。
また、もしそうでなかったとしても、セロリは公女なのである。
それと知れればどんなことになるのかは、自ずと知れる。
(まあ、それはあとで考えるとするか。さすがに強行突破するような羽目に陥ることはないだろうとは思うが、今のところはそんなことにならないように神に祈っておくくらいかな……。まあ、おれは無神論者だけども)
その当のお姫様は、と云えば、初めての《歪空回廊》での旅に興味津々で周囲の景色に目を奪われているらしい。
あちらこちらを見ては羽衣にあれこれ質問をしている。
そのあたりはマグダリアの街中に行った時とさほど変わらない。
(大公家に生まれて、まだ幼女の頃にマグダリアの修道院に預けられたってことだから、本当に世間を知らない『深窓の令嬢』なんだろうが、それはそれで可哀想なものだな)
コンボイは《門》の手前で《歪空回廊》への侵入指示を待っていた。
シグナルがブラックアウトすれば、進入可、である。
「これが《門》ですか? 何だか、きらきらしていて、綺麗ですね」
セロリが感想を述べる。
彼女が云うように《門》は巨大なアーチ型をしており、そのアーチが放つ光が七色に輝きながら明滅を繰り返している。
その横に設置された施設の中に《歪空回廊》を構成するためのテクノロジーが隠されているのだが、そのテクノロジー自体は連邦により厳重に管理隠蔽されており、ごくわずかな技術者以外はそれを知ることはできない。完全なブラック・ボックスである。
(マミの奴なら、あの中身も知っていそうなんだがな)
サンタは我知らずそんなことを考える。
それほどにマミの持つスキルは驚嘆に値するものであり、改めて何故マミはあんなところで働いているのだろうか、と、思わざるを得ないのだった。
「ねえ、サンタ」と、羽衣。
その声に、サンタは我に返った。
「さっき、手続きのとき、何か云われてなかった?」
「え? ああ……、《歪空回廊》内で通信障害が発生しているからフォン端末は使えないって話だったな。必要な場合は車載フォン端末でなくSAにあるパブリック・フォンを使ってくれ、だとさ」
「ふーん。不便だね」
「と、云っても、走行中にフォン端末を使うことなんかほとんどないからな」
利用するとすれば事故があった時くらいではあるが、その場合であっても非常通信回線を利用した《アクシデント・コンタクト》の装備が《歪空回廊》を利用する車両には義務付けられているため、そちらを使えば良い話である。
「まあ、必要になったら頻繁にSAもあるし、そこから連絡すればいいだろう」
そんな話をしていると、唐突に《門》の進入指示灯のランプがブラック・アウトする。
進入許可のサインだ。
「よし、行くぞ。最初はちょっと加速するからちゃんとつかまっていろよ」
セロリに告げると、サンタは羽衣に目配せをする。
羽衣がモニタを見ながらサンタに親指を立てて見せるのを確認すると、かれはアクセル・ペダルを踏み込んだ。
巨大なコンボイ、《赤鼻のトナカイ》はアーチ型をした《門》をくぐり抜け、いよいよ《歪空回廊》へと進入したのだった。
アクセルペダルを踏み込むとそれに呼応して出力ゲージの数値がぐんと跳ね上がる。
「いい吹き上がりだ」
サンタが満足気に笑みを浮かべる。
「さすが、マミさんね」
助手席でモニタを見ていた羽衣もそれに同意する。
『あったり前だにゃ。天才マミちゃんのセッティングなんだから』
フォン端末からマミの声が答えた。
『そこらの既製品とは大違いにゃん』
「ああ。まったくだ。多少じゃじゃ馬かも知れないけどな」
『じゃじゃ馬ならしはサンタの十八番でしょ?』
「云うじゃないか、マミ。どうせ今回も新しいチューニングの実験なんだろ?」
『そう云うことにゃ。わかってるんなら全開でテストして欲しいにゃん』
「了解だ」
『じゃ、いってらっしゃい、良い旅を~、だにゃん♪』
マミの声に送られてサンタはゆっくりとコンボイを発進させる。
整備ドックの巨大な扉が開くとそこはそのまま《アプローチ・ウエイ》に直結していた。
惑星マグダラと他星系をつなぐ《歪空回廊》の《門》へと続く道路である。
「すごいのですね、コンボイと云うのは。でも未だにこれでどうやってリスタルまで行くのかがわかりませんが」
運転席のサンタと助手席の羽衣に挟まれたゲスト・シートに座ってセロリが少し不安そうな表情を見せるが、サンタはそれに笑みで答えた。
「もうすぐわかるさ。星船しか知らないお嬢さん、いや、お姫様か、そんなセレブにとっては一生知らなかったかも知れない旅をこれから味わえるぞ」
「よくわかりませんが、楽しみです」
「良い子にしてろよ」
「私はいつも良い子です」
「素直に同意はできないが、まあ、いい心がけだ。忘れないようにしろよ。さて……羽衣、装備をチェック」
「オール・グリーン。マミさんの整備の直後だもん。異状がある訳ないわよね」
「違いない」
徐々に速度を上げていく。
ほとんど振動もなくどこにも違和感は感じない。
《アプローチ・ウエイ》の滑らかな路面のおかげで、それは走行と云うよりは滑走と表現しても良いほどである。
「あとは《門》から《歪空回廊》をくぐって行くだけだ。《歪空回廊》に入ったらいい景色が拝めるぞ」
セロリは興奮に頬を紅潮させながら、はい、楽しみです、と答えてフロント窓から行く手を眺めている。
しかし、何かにふと気づいたように助手席の羽衣に向き直る。
「あの……、話をしてもいいですか?」
「大丈夫よ。何かな?」
「出掛けにマミさんに診察されていたみたいですけど、あれって……、きゃあ」
いきなりサンタがアクセルを踏み込み、コンボイ《赤鼻のトナカイ》が、ぐん、と加速した。
「どうしたんですか、急に? 驚くではないですか?」
「その話は禁止だ」
「どうしてですか?」
「いいから、禁止だ」
不満そうにサンタを睨みつけるセロリ。
羽衣が、くすくすとイタズラっぽく笑い、セロリに耳打ちした。
(あとで、聞かせてあげるね)
それを横目で見ながら、またこいつらはロクでもない相談をしているな、とサンタはそう思った。
数分後、《赤鼻のトナカイ》は《歪空回廊》の《門》で出国手続きを済ませていた。
出国とは云っても、事実上『連邦の版図外の独立惑星』などと云うものは存在していないため、どこに行くのも基本的にはフリーパスである。
つまり、出国手続き、と云っても、それはごく形式的な手続きでしかなかった。
行き先として提出したリスタル公国惑星自体も『公国』と呼ばれてはいても連邦内の特別自治区でしかないため、それは同様である。
但し、入国においてはある程度のチェックは覚悟しておく必要があるかも知れない。
特別自治区はそれなりに『独立国』としての体裁を保っているものなのだ。
(いずれにしてもセロリの存在をどうにかごまかす必要があるな。入国時に見つかると確実にトラブルになりそうだ)
セロリの立場がリスタルにとってはどうなっているのか、少なくとも惑星マグダラで追われていたことを考えると、何かしらの不愉快なお迎えはあるのかも知れない。
また、もしそうでなかったとしても、セロリは公女なのである。
それと知れればどんなことになるのかは、自ずと知れる。
(まあ、それはあとで考えるとするか。さすがに強行突破するような羽目に陥ることはないだろうとは思うが、今のところはそんなことにならないように神に祈っておくくらいかな……。まあ、おれは無神論者だけども)
その当のお姫様は、と云えば、初めての《歪空回廊》での旅に興味津々で周囲の景色に目を奪われているらしい。
あちらこちらを見ては羽衣にあれこれ質問をしている。
そのあたりはマグダリアの街中に行った時とさほど変わらない。
(大公家に生まれて、まだ幼女の頃にマグダリアの修道院に預けられたってことだから、本当に世間を知らない『深窓の令嬢』なんだろうが、それはそれで可哀想なものだな)
コンボイは《門》の手前で《歪空回廊》への侵入指示を待っていた。
シグナルがブラックアウトすれば、進入可、である。
「これが《門》ですか? 何だか、きらきらしていて、綺麗ですね」
セロリが感想を述べる。
彼女が云うように《門》は巨大なアーチ型をしており、そのアーチが放つ光が七色に輝きながら明滅を繰り返している。
その横に設置された施設の中に《歪空回廊》を構成するためのテクノロジーが隠されているのだが、そのテクノロジー自体は連邦により厳重に管理隠蔽されており、ごくわずかな技術者以外はそれを知ることはできない。完全なブラック・ボックスである。
(マミの奴なら、あの中身も知っていそうなんだがな)
サンタは我知らずそんなことを考える。
それほどにマミの持つスキルは驚嘆に値するものであり、改めて何故マミはあんなところで働いているのだろうか、と、思わざるを得ないのだった。
「ねえ、サンタ」と、羽衣。
その声に、サンタは我に返った。
「さっき、手続きのとき、何か云われてなかった?」
「え? ああ……、《歪空回廊》内で通信障害が発生しているからフォン端末は使えないって話だったな。必要な場合は車載フォン端末でなくSAにあるパブリック・フォンを使ってくれ、だとさ」
「ふーん。不便だね」
「と、云っても、走行中にフォン端末を使うことなんかほとんどないからな」
利用するとすれば事故があった時くらいではあるが、その場合であっても非常通信回線を利用した《アクシデント・コンタクト》の装備が《歪空回廊》を利用する車両には義務付けられているため、そちらを使えば良い話である。
「まあ、必要になったら頻繁にSAもあるし、そこから連絡すればいいだろう」
そんな話をしていると、唐突に《門》の進入指示灯のランプがブラック・アウトする。
進入許可のサインだ。
「よし、行くぞ。最初はちょっと加速するからちゃんとつかまっていろよ」
セロリに告げると、サンタは羽衣に目配せをする。
羽衣がモニタを見ながらサンタに親指を立てて見せるのを確認すると、かれはアクセル・ペダルを踏み込んだ。
巨大なコンボイ、《赤鼻のトナカイ》はアーチ型をした《門》をくぐり抜け、いよいよ《歪空回廊》へと進入したのだった。
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