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第3章

22話

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「ええぇっ~~!? 魔王って氷土の大地から出てきちゃってるんですかぁぁ~~!?」

「・・・そんな。お父さまが・・・」

 その話を聞いて、マルシルはショックを受けたように口元に手を当てる。

「マルシルさん~~! だいじょうぶですかぁ・・・??」

 ルルムは彼女のまわりをぱたぱたと飛び回って心配そうに声をかけていた。

 レモンもレモンで唇に指を当てながら、なにか考え込んでいる様子だ。

「あくまでも仮説です。ですが、もし本当にそうだとしたら・・・。急がないとマズいかもしれません」

 ザンブレク城の城壁に今、いびつな二重結界が張られていることをゲントが付け加えると、マルシルはさらに大きく驚く。

 ただ、彼女がここまで反応したのには理由があったようで。
 どうやら心当たりがあるようなのだ。
 
 たしかに最近、ザンブレクにいる父親――グレン王の様子がおかしいと。

「数ヶ月前からお父さまと交信ができていないのです」

「そうなんですか?」

「はい。こんなにも長い期間、お父さまと連絡が取れなかったことは、これまでに一度もありません」

 それだけでなく。
 ザンブレク国内の様子にも変化が見え、最近は不穏な空気を感じ取っていたのだという。

「わたくしは四つ子姉妹の三女として、ザンブレクの王家で生まれ育ちました。お父さまは早くにお母さまを亡くしていたこともあって、わたくしたち姉妹を溺愛しておりました。わたくしがロザリア国王代理の座に就いてからは、1日に1回はかならずお父さまから交信がありました。ちょっと過保護すぎるところもありましたが、それでもわたくしは嬉しかったのです」

 それだけグレン王から大事にされて育ったのだろうと、話を聞きながらゲントは思った。

 魔力総量610万1000。
 クロノの血を引く直系の子孫として相応しい数値を持ち、マルシルは生まれる。

 15歳まではザンブレクで姉妹たちと穏やかに暮らしていたようだ。
 姉妹の仲も良く、なにをするにも一緒だったらしい。

 やがて成人を迎え、五ノ国の第一継承権を獲得すると、『火の国ロザリア』の国王代理として就任する。

(マルシルさまは今16歳ってことだから、だいたい1年前の話だな)

 3人の姉妹もそのタイミングで『水の国ウォールード』、『風の国カンベル』、『雷の国ダルメキア』の国王代理の座に就いたのだという。

 王女に相応しい国王を決めるため、各国でも王選が催されているようで、進行状況としてはロザリアが一番早いとのこと。
 すでに国王として内定しているのはゲントだけのようだ。

(でもそうか。ロザリアだけ王選が終わってるのか)

 ほかの三国は正式な国王不在。
 つまり五ノ国は今、かなり危うい状態にあると言えた。

 そう思うと、自然と責任感のようなものがゲントの中に生まれる。
 
 たとえ、かりそめの国王だとしても。
 今、人々に模範となる姿を示すことができるのは五ノ国でゲントしかいなかった。



「そういうことでしたら、自分がザンブレクへ行って国王さまの様子を見てきます」

「ゲントさまが?」

「はい。それに当然、二重結界のことも気になりますし。国内の現状も確認したいですから」

「でしたら、ぜひわたくしも一緒にご同行させてください!」

 前のめりになってマルシルが訴えてくる。

 その瞳はあまりにもまっすぐで。
 彼女の真摯さがひしひしと伝わってきた。
 
 けれど。

「ごめんなさい。それは認められません」

 ゲントは首を横に振って答える。

「ですが・・・! もしお父さまが乗っ取られているのでしたら、わたくしは・・・」

「心配するお気持ちもわかります。ですが、今マルシルさまがこの国を離れてしまったら、国民の皆さんは不安になると思うんです。これまでマルシルさまが精神的支柱となっていたからこそ、国王不在の中でもロザリアは大きな混乱なくやって来られたはずですから」

「っ・・・」

「せっかく王選が終わって一段落したのにすみません。ですが、俺はかならずロザリアへ戻って来ます。その時は、国王としての役目を全うしたいと思います。ですから、どうかその時まで。マルシルさま、この国をよろしくお願いします」

 ゲントが深々と頭を下げると、広間はしーんと静まり返った。

 ルルムもレモンも。
 黙ってマルシルの返答を見守っている。

「大丈夫です。仮にもし、魔王に肉体を乗っ取られているのだとしても。グレン王はきっとご無事です。自分はその目で見ましたから」

「・・・」

 ゲントが最後にそうつけ加えるのを聞いて、マルシルは小さく頷いた。
 父親の無事を信じることができたようだ。

「・・・わかりました。婚礼の儀は延期すると国民の皆さんにはお伝えします」

「ありがとうございます」

「ただ本音を言わせていただければ・・・。ゲントさまとは離れたくないというのがわたくしの気持ちです。たとえ、ゲントさまがわたくしの遠いご先祖さまであったとしても・・・。結ばれたいという想いに変わりはありません」

「はい。わかってます」

「お戻りになるその日まで。キスはお待ちしておりますね」

 こうして。
 婚礼の儀のリハーサルは思いもよらぬ形で幕を閉じることとなった。

 マルシルの瞳に微かな涙の粒が浮かんでいたことが、ゲントの印象にいつまでも残るのだった。
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