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第二章
ええい静まれい
しおりを挟む旅に出る直前のこと、気になっていた事を聞いた。
「ところで女神さま」
「なーに?」
「歌うと、力が戻るのですか?」
花が咲くとか病気が治るとか、そうとしか思えない。
「うーん、ちょっと違うかな。ご飯を食べると、少しだけこの世界の力を回収できる。それだけだ」
「あー、それで何時もよく食べてらっしゃると」
流石は女神さま。
「まあ、食事ってのは楽しいからね」
屈託のない笑顔で、人の生活も悪くないといった風に女神さまはおっしゃる。
「で、食べた分を歌に乗せて発散してしまうと」
「そうとも言う」
なんてこったい。
「それじゃあ駄目ですよー! 本格的に力が戻るまで、貯めておいてください! 旅の間、歌は禁止です!」
「ええっー!」
散々に抗議されたが、駄目なものは駄目。
少し可哀相だったが、歌うのを禁止させてもらった。
ま、子ゴブリンの傷を治すのは駄目とは言わなかったからなあ……。
ここは丘の上に作られたお城の地下。
俺は一通りの拷問を受けていた。
「あれー。やめてくださいー」
女神さま、その棒読みは止めてくださいな。
「もう許してあげてくださいー。何でもしますからー」
そんな、俺は全然平気ですってば。
「お、そうか。むふふ、もう良いぞ。そっちは牢に放り込んでおけ」
楽しそうに拷問を眺めていた領主とやらは、女神さまを引き連れていってしまう。
引きずられていく女神さまの声が遠ざかる……。
「お腹が空いたのじゃ」
これが、最後に聞こえた一言だった。
地下牢に入れられた俺に、誰か近づいてくる。
あの子ゴブリンだ。
一生懸命に俺の体をさすったり汚れを拭いたりと健気なものだ。
「ごめんなさい」と泣いてるが、良かったちゃんと両目から涙が出てる。
「大丈夫だ、ありがとう。さあ助けにいかないとな」
女神さまがすんなりと捕まるから、何か魂胆があると思ったがあまり自信はない。
ユニコとティルは上手く逃げたようで、助けにくるとしても、一番下僕が何もしない訳にはいかん。
鉄格子の根本に、ガツッと爪を食い込ませて岩をがりがり削る。
拷問されてる時に気が付いた。
俺の体は高温高圧に耐えるが、自分の拳や爪があたると痛い。
これで殴れば、絶対壊れないハンマーで殴ったのと同じだろう。
岩なんてボリボリ砕ける。
ほれ、一本取れた。
「すげえなお前さん」と、向かいの牢屋から声はかかる。
見ると、筋骨逞しい大男だ。
「どうも」と、返事だけはする。
次の一本に取り掛かったところで、男から頼まれた。
「なあ、俺も出してくれねえか?」
犯罪人を出すつもりはない、俺は女神さまを助けなきゃならんのだ。
「なあなあ、この通りだ。俺はオークのバギャンってんだ。無実だぜ?」
へえ、大男かと思ったらオークかよ。
この世界の種族は、見た目が余り変わらないんだなあ。
「どうやって? そっちの牢屋の前でガリガリやると直ぐにバレるだろ」
優先順位というものがある。
「へっへっへ、奥の看守室に鍵があるんだ。ここは神殿だったんだが、今の領主がその上に城を作りやがった。俺は現場主任だったんだが、終わった途端に秘密を漏らすからとお縄よ」
困ったなあ、何とかしてやりたいところだが。
「あの、ボクが行ってきます!」
お、この子ゴブリン、ボクっ娘かよ。
止める間もなく、ゴブリンが小さな隙間から抜け出る。
待てこら、勝手なことを!
急いで二本目の鉄棒に取り掛かり、ぐらぐらし始めたとこで、牢屋の鍵がかちゃりと開いた。
や、やるじゃないか。
自慢げな子ゴブリンの頭を撫でてやる。
オークのバギャンも解放してやり、「なるべく大騒ぎにして逃げてくれ」と頼む。
「任せてくれ」と請け負ったバギャンに、もう一つ聞いた。
領主の部屋って何処だ?
領主の寝室に向けて俺は走る。
「今行きますからねーご主人様ー!」
子ゴブリンも付いてくる。
「お姉ちゃんにお礼を言いたい」だと、泣かせる理由だ。
すれ違う衛兵には、正面から突っ込む。
剣だろうが槍だろうが、俺には効かない。
折れた剣を見て驚くその顔に全力でパンチ、何処に当たっても骨が折れるか鎧の歪む一撃だ。
領主のとこまで迷わず辿りついて、扉を蹴破った。
そこには、脂ぎった顔で女神さまに迫る豚領主が居た。
「てめえこら! その御方をどなたと心得る!」
何時か使おうと思っていた台詞を言ったが、様子がおかしい。
女神さまに飛びつこうとする度に、豚野郎はその場でダイブ、無様に床に落ちる。
「おおゆうた、遅かったな。こやつ、食事中のわたしにべたべた触るので、二度と女に触れぬ呪いをかけてやったとこじゃ」
うわ、そりゃまた可哀想に。
「けど、よくそんな力ありましたね?」
「救いと違って呪うのは簡単だからな。人でも人を呪うことがあろう? 普段の行いには気をつけないとな」
身に染みるお言葉をいただいたところで、俺は領主をひっ捕まえて気絶するまでぶん殴った。
たった二発かよ、呪えるものなら呪ってみやがれ。
「お姉ちゃん、大丈夫?」と子ゴブリンが飛びついたが、早く逃げねば。
きっとユニコ達が待ってますんで、飛ばせば逃げ切れます。
「まあ待て、地下に案内してくれ」
お腹いっぱいの女神さまは、何やら確信があるみたいだ。
逃げ出したオークやゴブリン――城の工事の為に狩られた奴隷たち――が、あちこちで暴れる中、地下牢に逆戻り。
さらにずいずいと奥へ進む。
「ここか。ゆうた、この壁を壊してくれ」
仰せのままにと拳でぶち破る。
更に地下に降りる階段が現れた。
「これ、なんですか?」
「この地に根付いた土地神の住処じゃな。神ってのはよくサボるから、その隙にこんな物を建てられおって、情けない」
階段を降りた先は、ヒカリゴケが照らし、清い水のあふれる泉の地下空間。
その壁の一面を蹴りながら、女神さまがいった。
「こりゃ、ちょっと起きぬか。そうだ、わたしだ」
壁と地面から、巨大な顔が現れぱっと目を開いた。
もごもごと何やら言い訳をしてたが、女神さまは手を振って黙らせた。
「そうじゃ、われらを運んでくれ。一気に立つなよ、上にはまだまだ生きてる者がいる」
巨大な手が俺達3人を包み込み、それから大地が揺れた。
ゆっくりゆっくりと立ち上がる巨人に合わせて、上の城が崩れる。
領主ご自慢の城もこれで最後だな。
巨人の指の隙間から、ちらりと下が見えた。
領主を抱えて逃げる兵士にオークの集団が襲いかかると、兵士は領主を捨てて逃げ出した。
『地上のことは地上のこと』、女神さまが以前言っていたことを思い出す。
この先の行方は、彼らが決めるのだろう。
お、ユニコとティルも居る。
ちゃんと外まで迎えにきてたようだ。
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