52 / 88
三章
決戦後夜
しおりを挟む遥か、海を隔てた魔王城。
ただ一人の魔王護衛軍である、悪魔ジヤヴォールは、己の一部の消失に気が付いた。
「信じられんな……。またヒトか? それとも他のヤツか」
新しく生えた尻尾――まだ少し短く、それがジヤヴォールの癇に障る――をゆったりと振りながら、配下の一人を呼んだ。
新しい命令を伝える為に。
ほぼ同じ頃、静かになった砂漠でも動きがあった。
「行ったべか?」
「行ったべ?」
「せーので飛び出るぞ?」
二匹のゴブリンは、生きていた。
灼熱の魔法によって地中で蒸らされながらも、見事に耐えきった。
「はー、死ぬかと思ったべ……」
「けんどよ、本当の地獄はこれからだべ。魔王城、戻れないべ」
攻撃の失敗は良い、だが悪魔の杖を失ったのはまずい。
二匹は、このまま砂漠を南へ逃げようと決めた。
「あら、それはダメよー」
しかし、歩きだす前に、空からの声に止められる。
「なんだべ?」
「誰だべ?」
質問には答えず、空を飛び回るリリンデーモンが二匹へ命令を伝えた。
「ディアボロスがメチャクチャ怒ってるわよ? 逃げたら死ぬよりもイヤな目に合わせるとかー」
二匹のゴブリンは、完全に涙目になった。
「けどねー。何があったか報告すれば、今回だけは許すって。うちに伝言を頼むくらいだから、マジで気になるっぽいねー」
二匹のゴブリンは顔を見合わせ、空を飛ぶ少女を見上げた。
「それはホントだべ?」
「そこまでは知らないわー。けど殺すだけなら、うちに殺してって頼むでしょ? 悪魔へのお願いは高いのよ。わざわざ嘘の伝言を頼むなんて、ねえ?」
二匹は諦めて、城に帰ることにした。
これから一ヶ月、一冊の本になる程のゴブリンの大冒険だったが、後世には残らない。
ゴブリンを見送ったリリンデーモンは、視線を要塞へ変える。
この大陸で生まれたばかりの彼女は、元々は別の目的でここへ来たのだ。
ずっと格上の悪魔に頼まれ、仕方なく伝言を受けただけ。
もちろん報酬は貰ったが。
「良い男だとイイなー」
ふわふわと、ヒトも魔物も居なくなった砂漠の上を飛んで行く。
夜になり、完全に魔物が引いたのを確認し、ささやかな宴が始まった。
有能な副官は、幾つかの酒樽まで用意してくれていた。
要塞内のあちこちで樽が開く。
激戦を戦い抜いた高揚も、生き延びた興奮もあったが、激しい酒盛りにはならなかった。
「今日は誰も死なずに済んだけれど、全部で45名。大損害ね……。旅立った戦士達に」
ノンダスが酒坏を掲げ、指揮官級の者たちも「戦士達に」と唱和する。
「坊主はどうした?」
一人の冒険者がノンダスに尋ねた。
「両手の治療よ。まあ若いから直ぐでしょう」
ノンダスは少し誤魔化した。
以前の経験から、一晩で治るかもと思っていた。
「そっか。それなら良いな。だが、大変なのはこれからだなあ」
やっと繋がった後方との連絡。
パドルメの被害は軽微だったが、良くない情報も多かった。
「ここ|南大陸《メガラニカの他の国でも、北の大陸の西部でも、大規模な攻撃が頻発したらしいな」
「何百年ぶりかの、魔物との生存戦争か。まあ何時かは起きると言われてたが、俺が生きてる時とはなぁ」
それぞれが、これからの身の振り方を考える事態だった。
「いやいや、これで俺たちの時代だぜ? 冒険者冥利に尽きるってもんじゃないか?」
前向きな者もいる。
「とは言えだ、こうも強力なのが大量だと、気のあった仲間数人で気楽にとはいかんからなあ」
「そうだな、もう少人数で旅を出来るとなると……」
幾つかの視線がノンダスに集まる。
「あの子たち? まだまだよ。爆発的な力もあるけど、波が激しくて。しばらくは生き延びる事が優先ね」
「ま、あんたが言うならそうなんだろうな」
冒険者達も納得はする。
『このまま一つの巨大な団として戦わないか』そう提案したい者が、かなりの数いた。
だが、ノンダスはその空気を察して釘を刺した。
「まだ成長途上よ。大勢は背負えないわ。それに、怪我人だらけじゃないの」
「ちがいねえ」
一同が笑い声を上げる。
無傷の者は百も居ない、例え立ち上げてもしばらくは開店休業でしかない。
話題の中心になった若者の一人は、ようやく治癒師から開放された。
両手を長く水に漬け、治癒魔法をかけ、傷に油を塗り包帯を撒き、また魔法をかけ、やっと歩き回ることを許された。
『この手だと、酒瓶も持てないや』
それ以前に飲酒も止められたユークは、所在なげにうろつき、アルゴの馬房へたどり着く。
「今日は凄かったな、お前。今度さ、騎馬の練習させてくれよ?」
農耕馬並に大きく、野生馬並にタフで、競走馬のように速い。
馬の頂点に立つ軍馬、ユークはその実力を初めて知った。
包帯でぐるぐるの手でアルゴを撫で続けると、扉が開いた。
「ここへ入っていくのが見えたので」
両手に飲み物と食い物をどっさり抱えたラクレアだった。
ラクレアは、アルゴに水と餌をやると、ユークにも食べ物を与えようとする。
「その手では食べられないでしょ? はい、あーん」
見てる者がアルゴだけの気安さがあって、ユークも渋々だが口を開く。
「じゃあ飲み物ですね」
酒瓶を傾け数口飲んだ後、頬をいっぱいに膨らませてユークの口に近づく。
「ちょちょ、待って! え? 良いの?」
ユークの期待が膨らんだが、ラクレアは笑いながら自分で飲み干した。
しばし穏やかな食事が続いたが、徐々に隣から酒の臭いが強くなるのにユークは気付く。
「あのーそれくらいにしておいた方が……」
転がった数本の空き瓶を、横目で見ながら申し出る。
「ん、へーきへーき。ユークちゃんも飲む?」
今度はユークの口に直接、酒瓶を突っ込んだ。
『砂漠で溺れる!?』
ユークは必死で瓶から逃げる。
溢れた果実酒が、ユークの服を濡らした。
「あらもったいない。砂漠の夜は冷えるから、お着替えしなくちゃ……」
ラクレアがユークに馬乗りになり、服に手をかけた。
「ぶひん」と、アルゴが鳴く。
馬房の麦わらの上で、ユークはこの大陸に来て、最大のピンチを迎えていた。
|
0
お気に入りに追加
135
あなたにおすすめの小説
魔女の弾く鎮魂曲
結城芙由奈
ファンタジー
【魔女フィーネが姿を消して300年…その名は今も語り継がれる】
かつて親族と愛する婚約者に裏切られ、恐ろしい魔女と化したフィーネ。彼女はこの上ないほどの残虐非道な方法で城中の人間を殺害し…城を燃やし、その痕跡は何も残されてはいない。しかし今尚、血に塗れたアドラー城跡地は呪われた場所として人々に恐れられ、300年を隔てた今も…語り継がれている―。
『闇に捕らわれたアドラーの魔女』の続編です
※他サイトでも投稿中
※10話以内の短編です
白花の咲く頃に
夕立
ファンタジー
命を狙われ、七歳で国を出奔した《シレジア》の王子ゼフィール。通りすがりの商隊に拾われ、平民の子として育てられた彼だが、成長するにしたがって一つの願いに駆られるようになった。
《シレジア》に帰りたい、と。
一七になった彼は帰郷を決意し商隊に別れを告げた。そして、《シレジア》へ入国しようと関所を訪れたのだが、入国を断られてしまう。
これは、そんな彼の旅と成長の物語。
※小説になろうでも公開しています(完結済)。
〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。
だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。
十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。
ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。
元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。
そして更に二年、とうとうその日が来た……
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
公爵家三男に転生しましたが・・・
キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが…
色々と本当に色々とありまして・・・
転生しました。
前世は女性でしたが異世界では男!
記憶持ち葛藤をご覧下さい。
作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
至高の騎士、動きます〜転生者がこの世界をゲームと勘違いして荒らしてるので、最強騎士が分からせる〜
nagamiyuuichi
ファンタジー
人智を超えた力を持つ転生者が暴虐の限りを尽くす世界。
増大する転生者への脅威はとうとう国を一つ滅ぼすほどになり、対抗する手段を探るべく、エステリーゼ王国騎士団の召喚師であるサクヤはある日、突如異世界より現れた遺跡の調査を命じられる。
安全地帯での遺跡調査。転生者の強さの謎に後一歩で迫るかと思われたそんな時。
突如起動した遺跡により転生者が召喚され、サクヤたちは襲撃をされてしまう。
圧倒的な力の前に絶体絶命のサクヤ。 しかし、意識を手放すその瞬間、彼女を一人の騎士が救い出す。
「モブキャラだと思った? 残念‼︎ 主人公でした‼︎」
自らを至高の騎士と名乗るその騎士は、転生者を一撃で粉砕。
その後なぜかサクヤに忠誠を誓い、半ば強引に従者となる。
その後は死人を生き返らせたり、伝説の邪竜を素手で殴り飛ばしたり、台所で料理感覚でエリクサー作ったりと何をするのも規格外で空気が読めない至高の騎士。
そんな彼を従えるサクヤは、当然転生者と人間との戦いの中心に(主に至高の騎士が原因で)巻き込まれていく。
この騎士こそ、転生者達の世界で最強と語り継がれた〜理想の騎士〜であることなど知る由もなく。
※しばらくは毎日更新予定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる