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三章

決戦後夜

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 遥か、海を隔てた魔王城。
 ただ一人の魔王護衛軍インペリアルガードである、悪魔ジヤヴォールは、己の一部の消失に気が付いた。

「信じられんな……。またヒトか? それとも他のヤツか」
 新しく生えた尻尾――まだ少し短く、それがジヤヴォールの癇に障る――をゆったりと振りながら、配下の一人を呼んだ。
 新しい命令を伝える為に。


 ほぼ同じ頃、静かになった砂漠でも動きがあった。
「行ったべか?」
「行ったべ?」
「せーので飛び出るぞ?」

 二匹のゴブリンは、生きていた。
 灼熱の魔法によって地中で蒸らされながらも、見事に耐えきった。

「はー、死ぬかと思ったべ……」
「けんどよ、本当の地獄はこれからだべ。魔王城、戻れないべ」
 
 攻撃の失敗は良い、だが悪魔の杖を失ったのはまずい。
 二匹は、このまま砂漠を南へ逃げようと決めた。

「あら、それはダメよー」
 しかし、歩きだす前に、空からの声に止められる。

「なんだべ?」
「誰だべ?」

 質問には答えず、空を飛び回るリリンデーモンが二匹へ命令を伝えた。

「ディアボロスがメチャクチャ怒ってるわよ? 逃げたら死ぬよりもイヤな目に合わせるとかー」
 
 二匹のゴブリンは、完全に涙目になった。

「けどねー。何があったか報告すれば、今回だけは許すって。うちに伝言を頼むくらいだから、マジで気になるっぽいねー」

 二匹のゴブリンは顔を見合わせ、空を飛ぶ少女リリンデーモンを見上げた。
「それはホントだべ?」

「そこまでは知らないわー。けど殺すだけなら、うちに殺してって頼むでしょ? 悪魔へのお願いは高いのよ。わざわざ嘘の伝言を頼むなんて、ねえ?」

 二匹は諦めて、城に帰ることにした。
 これから一ヶ月、一冊の本になる程のゴブリンの大冒険だったが、後世には残らない。

 ゴブリンを見送ったリリンデーモンは、視線を要塞へ変える。
 この大陸で生まれたばかりの彼女は、元々は別の目的でここへ来たのだ。
 ずっと格上の悪魔に頼まれ、仕方なく伝言を受けただけ。
 もちろん報酬は貰ったが。

「良い男だとイイなー」
 ふわふわと、ヒトも魔物も居なくなった砂漠の上を飛んで行く。


 夜になり、完全に魔物が引いたのを確認し、ささやかな宴が始まった。
 有能な副官は、幾つかの酒樽まで用意してくれていた。

 要塞内のあちこちで樽が開く。
 激戦を戦い抜いた高揚も、生き延びた興奮もあったが、激しい酒盛りにはならなかった。

「今日は誰も死なずに済んだけれど、全部で45名。大損害ね……。旅立った戦士達に」
 ノンダスが酒坏を掲げ、指揮官級の者たちも「戦士達に」と唱和する。

「坊主はどうした?」
 一人の冒険者がノンダスに尋ねた。

「両手の治療よ。まあ若いから直ぐでしょう」
 ノンダスは少し誤魔化した。
 以前の経験から、一晩で治るかもと思っていた。

「そっか。それなら良いな。だが、大変なのはこれからだなあ」
 やっと繋がった後方との連絡。
 パドルメの被害は軽微だったが、良くない情報も多かった。

「ここ|南大陸《メガラニカの他の国でも、北の大陸の西部でも、大規模な攻撃が頻発したらしいな」
「何百年ぶりかの、魔物との生存戦争か。まあ何時かは起きると言われてたが、俺が生きてる時とはなぁ」
 それぞれが、これからの身の振り方を考える事態だった。

「いやいや、これで俺たちの時代だぜ? 冒険者冥利に尽きるってもんじゃないか?」
 前向きな者もいる。

「とは言えだ、こうも強力なのが大量だと、気のあった仲間数人で気楽にとはいかんからなあ」
「そうだな、もう少人数で旅を出来るとなると……」
 幾つかの視線がノンダスに集まる。

「あの子たち? まだまだよ。爆発的な力もあるけど、波が激しくて。しばらくは生き延びる事が優先ね」
「ま、あんたが言うならそうなんだろうな」
 冒険者達も納得はする。

『このまま一つの巨大な団として戦わないか』そう提案したい者が、かなりの数いた。
 だが、ノンダスはその空気を察して釘を刺した。

「まだ成長途上よ。大勢は背負えないわ。それに、怪我人だらけじゃないの」
「ちがいねえ」
 一同が笑い声を上げる。
 無傷の者は百も居ない、例え立ち上げてもしばらくは開店休業でしかない。

 話題の中心になった若者の一人は、ようやく治癒師から開放された。
 両手を長く水に漬け、治癒魔法をかけ、傷に油を塗り包帯を撒き、また魔法をかけ、やっと歩き回ることを許された。

『この手だと、酒瓶も持てないや』
 それ以前に飲酒も止められたユークは、所在なげにうろつき、アルゴの馬房へたどり着く。

「今日は凄かったな、お前。今度さ、騎馬の練習させてくれよ?」
 農耕馬並に大きく、野生馬並にタフで、競走馬のように速い。
 馬の頂点に立つ軍馬、ユークはその実力を初めて知った。

 包帯でぐるぐるの手でアルゴを撫で続けると、扉が開いた。
「ここへ入っていくのが見えたので」
 両手に飲み物と食い物をどっさり抱えたラクレアだった。

 ラクレアは、アルゴに水と餌をやると、ユークにも食べ物を与えようとする。
「その手では食べられないでしょ? はい、あーん」
 見てる者がアルゴだけの気安さがあって、ユークも渋々だが口を開く。

「じゃあ飲み物ですね」
 酒瓶を傾け数口飲んだ後、頬をいっぱいに膨らませてユークの口に近づく。

「ちょちょ、待って! え? 良いの?」
 ユークの期待が膨らんだが、ラクレアは笑いながら自分で飲み干した。

 しばし穏やかな食事が続いたが、徐々に隣から酒の臭いが強くなるのにユークは気付く。

「あのーそれくらいにしておいた方が……」
 転がった数本の空き瓶を、横目で見ながら申し出る。

「ん、へーきへーき。ユークちゃんも飲む?」
 今度はユークの口に直接、酒瓶を突っ込んだ。

『砂漠で溺れる!?』
 ユークは必死で瓶から逃げる。
 溢れた果実酒が、ユークの服を濡らした。

「あらもったいない。砂漠の夜は冷えるから、お着替えしなくちゃ……」
 ラクレアがユークに馬乗りになり、服に手をかけた。

「ぶひん」と、アルゴが鳴く。
 馬房の麦わらの上で、ユークはこの大陸に来て、最大のピンチを迎えていた。
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