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脱出1
しおりを挟むラスが嵌め殺しの格子を切り裂き、銀の髪をなびかせて眼下の整備室へと飛び込んでいく。
驚きの声と怒号は一瞬で過ぎ去り、静寂が生まれた。
準備を終えたムジカは、ロープを使い一気に降下する。
ムジカか整備室内の床を踏んだ時には、研究員達も奇械もすべて床に伏していた。唯一の動くものとなっていたファリンは恐怖と混乱に立ち尽くしていたが、突然現れたムジカを見つけると駆け寄ってきた。
「なっ師匠!? なん、なんでここに。それにあいつ、腕から剣みたいなのだして、一気に」
「話は全部あとだ」
ファリンの言葉をムジカは遮るとラスへと向く。
彼は入り口に陣取り、異変に気付いた奇械たちが殺到してくるのを押しとどめていた。
酒類は胴体が荷台となっている馬に似た運搬型と警備型だった。奇械なら大丈夫だ。
ムジカは奇械をけん制するラスの隣に立ち、ゆっくりと息吸う。
そして無機物の彼らに向けて、朗々と声を張り上げた。
指揮歌は高く低く、語りかけ響かせるように紡ぎ、ささやき、強制する。
ムジカの声を感知した奇械達が、あっという間におとなしくなり、整然とこちらへ移動してくる。
それを腰に手を当てて迎え入れたムジカは、ラスに訊ねた。
「ラス、ほかの装置に入ってる子供は生きてそうか」
「半数が生存していますが、薬品によって昏睡状態に陥っています。救助しますか」
「頼む」
ラスは研究者たちの操作を完璧に覚えていたらしく、次々に装置を解放していけば、ぐったりとした子供達が現れた。
入院服のような簡素な服を着せられ、安らかな息を立てていることにほっと息をついたムジカは、緑のアイサイトを向け指示を待つ奇械達に命じた。
「この子供達を運んでついてこい」
一斉に動き出す奇械達を監督していれば、ファリンの呆然とした声が耳に入った。
「う、歌っただけで、奇械を……? なんで奇械が師匠の命令に従うんだ」
目の前の状況がうまく呑み込めていない様子のファリンに、ムジカは苦笑して見せた。
「これをお前にばらしたくなかったんだよ」
ファリンは、それで緊張が解けたかのように、急き切ったように話し始めた。
「師匠、俺、おれ……馬鹿だった! 研究所のやつらが実験に付き合ってくれれば、自由に探掘坑内を歩かせてくれるからって、ついて行っちまったんだっ。ほかの奴らもたくさん稼げるって言うからうらやましくてっ」
嗚咽を漏らすファリンの頭をムジカは乱暴になでてやる。
その言葉でファリンが第3探掘坑にいた理由を察したが、いま追求することではない。
「後悔もあとだ。ほかに捕まっている奴らはいるか」
「俺が入れられたとこは大部屋で、あと20人くらい居るよ」
「案内しろ、ファリン。追っ手が来る前に逃げるぞ」
「うんっ」
ムジカ達は子供を抱えた奇械と共に整備室を飛び出した。
行き当たりばったりとなってしまったが、ムジカにはどうしても見捨てられなかった。
「ラス、馬鹿なことをしてると思うか」
「不合理、であると考えます。未熟な個体を多数引き受けることは大変にリスクを伴います」
「だよなあ」
道すがらラスに問いかければ、予想通りの答えが返ってきてムジカは苦笑する。しかしラスは淡々と続けた。
「ですが蛙型の前にためらわずに飛び込んだ、ムジカらしい思考だと考えます」
「なんだよそれ、けなしてるのか」
「事実です」
ラスの軽口のような言葉がおかしくて、ムジカは笑いをかみ殺した。
幸いにもファリンの道案内で無事にたどり着いた軟禁室には確かに十数人の子供が居た。全員大きくとも10を1つ2つ超えているか、という年齢層だ。
胸くそ悪さを押し殺して、ムジカはまだ状況を把握できていない子供達に向けて語る。
「ここで死ぬかあたし達についてきて地上に戻って生き延びるか。今すぐ選べ」
彼らの血色はそれなりにいい。栄養のある物を食べさせてもらっていたのだろう。ここに残ろうとする子供も居たが、奇械の腕の中でぐったりとする仲間を見つけて不穏さを感じ取ったらしい。何よりファリンが熱弁を振るったことによって、結果的に全員が脱出することになった。
比較的スムーズに話が進んだと思ったが、それでも遅かった。
ラスが奇械の記憶から算出した脱出ルートを半ばまで進んだところで、明らかに警報と分かるサイレンの音が通路に響き、慌ただしい気配が迫ってきた。
舌打ちを一つしたムジカは、背嚢を降ろして武器になるものを次々ととりだしていく。
「しかたねえ、ファリンこれとこれとこれ、使い方は分かるな。レバーを押したりピンを引き抜いたりすると、4秒後に爆発する。いつも遊んでるスリングと併用しろ。あーナイフもあったほうがいいな」
「え、え!?」
「いいか、行き先は全部この奇械に入れてある。お前の命令を聞くように設定した。地上に出たら、真っ先に第3探掘坑の詰め所にいけ。ウォースターさんの名前を出して『ムジカにたのまれた』と言えばわかる。そしたらここでのこと全部話すんだ」
ムジカが証拠を探すためにどこの探掘坑へ潜るかは知らせていない。だが彼が自分の言葉を守るのなら、悪いようにはしないはずだ。
手投げ弾やナイフを山ほど持たされたファリンは目を白黒させながらも、我に返って叫んだ。
「師匠はどうすんだよ!」
「あたしは、あんた達が逃げるための時間を稼ぐ」
「でも、だけど……」
目に後悔やうしろめたさが混じるファリンの葛藤を断つために、ムジカは乱暴に笑って見せた。
「てめえら足は鍛えられてるだろ? 探掘屋でもない大人なんかには捕まるわけがねえよな?」
ムジカが挑発するように言えば、ファリンをはじめとする子供達の瞳に力が宿る。
「……当然だ。師匠がなにかする間もないくらい逃げ切ってやる。スラム暮らしなめんじゃねぞ」
「その意気だ。行けっ!」
ムジカが叫んだ瞬間、奇械と子供の集団は一斉に走り出した。
子供達を向かわせた方向は生体反応が少ない方向だ。あとはこちらで引きつければ大丈夫なはず。
生かしておいたのであれば、そうそう殺されることはないだろうと希望的観測をして、ムジカはこちらにやってくる警備型の奇械を見て口角を上げた。
恐怖に支配されるのは愚の骨頂。ならば虚勢でも口元には笑みを佩くのだ。
「ラス、とびきり派手に暴れよう。あいつらに注意が行かないように。あたし達は真逆の方向から出るぞ」
「了解です。ルートを選出します」
そしてラスが飛び出すのと同時にムジカは再び声を張り上げた。
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