夜明けのムジカ

道草家守

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脱出2

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 ムジカの指揮歌によって一時的に味方にした奇械アンティークで混乱に陥らせ、ラスが人間の警備員を制圧することを繰り返していく。
 走って歌い、歌って走り、追っ手を振りきってたどり着いたのは、地下にあるとは思えないほど広々とした空間だった。
 天井がかすむように小さいそこは、いくつもの通路の中間地点になっているようで、一部の通路には線路のようなレールが敷かれており、上階まで行けるように壁には昇降機がいくつも取り付けられている。
 ムジカはその壁際にある枠だけしかない昇降機に転がり込んだ。
 足下で奇械アンティークや人間達が怒号をあげてエーテル銃を撃ち合い混乱しているのを見送ったことで、ようやく緊張を緩めたムジカは荒い呼吸を繰り返す。

「大丈夫ですか、ムジカ」
「だい、じょう、ぶ。くっそ、まじめに練習してなかったからな、きつい」

 歌いすぎで喉がひりつく。
 ただでさえ、指揮歌は普通の歌唱とは異なる。体力以外のものを削られるような心地がするのもおそらく気のせいではない。
 背嚢から取り出した水筒を空にする勢いで仰いだムジカは、今度から喉を鍛えることを心に誓う。

「これで、地上に上がれるか」
「はい。上階まで上がれば分岐はありませ――」

 がくんと、床がかしぐ。
 瞬間、ムジカはラスに抱えられていた。
 昇降機の網を切り裂いたラスは、そのまま外へ飛び出す。
 内壁を火花を立てて削りながら昇降機が落ちていくのを見送る間もなく、ムジカはエーテルの翼で上昇するラスへとしがみついた。
 何があったのだ、と顔を上げればすぐに理解した。

「よう、自律兵器ドール。来やがったか」

 上階からこちらへと飛び込んでたのは、奇械アンティークの四肢を持つ大男、ヴァルだった。
 確かに自分を拉致した男だと認識したムジカだったが、襲われている状況も忘れて叫んだ。

「てめえ変わりすぎじゃねえか!? というか何で空飛べるんだよ!!」

 鉄腕ヴァルの右腕が倍以上太いのは以前見たとおり。だがあくまで普通の範疇に入っていたはずの男の両足は様変わりしていた。
 無機質なふくらはぎからせり出しているのは小型の推進装置で、エーテルの緑の光が蒸気のように噴射されていた。その推進力で虚空に浮いているらしい。
 ムジカに叫ばれたヴァルは、意外そうな顔をして律儀に応じた。

「何言ってんだよ、義足なんだから壊し合う相手に合わせて変えるのは当たり前だろうが。ほらいくぜぇっ」
「そんなでたらめがあるかぁ!?」

 言い返しかけたムジカは、急加速するラスにしがみつくしかなくなった。

「くそう義肢の付け替えは確かにできるけど、義肢に慣れるのに数ヶ月はかかるもんだぞ!? こんな戦闘行動できるわけないだろ!」
「ムジカ舌をかみます」

 ムジカが悪態をついている間に、ラスはエーテルの翼を大きく羽ばたき身をひるがえした。
 瞬間、ヴァルが片腕に構えた巨大なエーテル銃を連射し始めた。
 雨のように降り注ぐエーテル弾にムジカは顔を引きつらせたが、ラスは紙一重でかわし飛翔する。
 エーテル弾を翼にかすめつつもヴァルを追い抜いたラスは、上階へとたどり着いたとたん、ムジカを下ろした。

「制圧してきます、ここで待機を」
「できるのか」

 放心しかけたムジカがそれでも声を上げれば、ラスはいつも通り淡々と応じた。

「あの機体の性能は変更されていますがある程度把握しています。そしてやられたら倍返し、とおそわりました」
「ぷっ、そのとおりだ! 行ってこい」

 思わず吹き出しながらも、ムジカは叱咤して送り出す。
 再びエーテルの翼で飛び立ったラスは、鋼鉄の四肢を持つヴァルと対峙した。
 奇襲を仕掛けてきた割に、律儀に待っていたらしいヴァルは虚空に浮かびながら、気楽に腕を回している。

「この間えぐった腹は元通りか。自律兵器ドールってやつはでたらめでいけねえ。だがそれを壊すのが俺の仕事でね」
「ムジカと俺に対しての脅威は排除します」
「一度負けたくせに大口叩くなあ? 背にかばったお姫さんに従うしか能がないやつが」

 ヴァルの言葉は心底馬鹿にして、こちらを侮っているように思える口調だったが、ムジカが垣間見たまなざしは一切の油断がなかった。
 明らかな挑発に、ムジカはラスが構わず攻撃を仕掛けると思ったのだが、意外にもラスは応じた。

「……このような状況に、適切な言葉があります」

 そして、ラスは中指を立ててこう言ったのだ。

「かかってきやがれくそ野郎」

 挑発し返されたヴァルは虚を突かれたように目を丸くした後、凶悪に笑った。

「へえ、ただのお人形だと思っていれば、上等だこらあああ!!」

 たちまちエーテル光を散らしながら二つの影はぶつかり始めた。
 すでに全く目で追い切れない応酬に、ムジカはあきれにも似た笑いを漏らす。

「あいついつの間にあんなの覚えたんだよ」

 どんどんおかしな方向に染まっている気がして複雑だが、それでも自律兵器であるはずの彼が変わってゆくのだと愉快な気分だった。
 あの間にムジカが入り込む余地はない、ならば身の安全を確保することが一番だ。
 広々とした通路を突き進もうとした矢先、通路の脇からエーテル銃で武装した人間たちと、獅子型の自律兵器たち。そして顔見知りの人間が現れた。
 そのうちのひとり、白衣を羽織り研究者然としたアルーフがムジカに向け手を上げる。

「やあ、ミスムジカ。約束よりもずっと早い来訪だったね」

 嫌に朗らかにあいさつをされても、ムジカは応じることができなかった。
 なぜならば、アルーフの隣にいる上等なフロックコートを着た壮年の男に意識を奪われていたからだ。
 予感はしていた。しかし、できれば杞憂であってほしかった。

「オズワルドさん……」

 バーシェの市民院の議員、オズワルド・バセットがそこにいた。
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