2 / 52
邂逅編
第一章 出会い(挿し絵あり)
しおりを挟むここは人間と龍が共存する世界。
人間しか居ない国、人間と龍が共に住む国、龍しか居ない国……と三つの大きな国で成り立っている。
人間しか居ない国「オグマ国」の小さな町、ケレースである出来事が起こった。よく冷え込んだ、冬の日の出来事だった。
その日ケレースでは朝から雪が降っていた。昨日から降り積もっている雪がまだ溶けていないのに、更に降り続いている。
夕暮れ時人通りも少なくなってきた中、アシュリン・オルティスは家路を急いでいた。友達と遊んでいてすっかり帰りが遅くなったのだ。
「ついつい時間が経つのを忘れてしまったわ。私ったら駄目ねぇ全く。また母さんに怒られちゃう」
アシュリンはこのケレースで生まれ育った、八歳の少女だ。栗色の美しい髪と瑠璃色の瞳を持ち、太陽のように明るく優しい性格で友達も沢山いる。今日は友達の家にお呼ばれで行き、普段より帰りが遅くなってしまったのだ。いつもなら兎も角、足元が悪い雪の日なら尚更帰宅時間が遅くなってしまう。
煉瓦の建物を左に曲がった時、アシュリンは何かが陰に隠れながらも壁に寄り添うように倒れているのを見つけた。犬位の大きさのそれはどこから見つけて来たのか、灰色のぼろ布を纏っていた。その布の端から白い角と尻尾が覗いている。どう見ても物乞いではない。
アシュリンはそっと布を外してみた。すると、角を持ち月白色の鱗に覆われた生き物が姿を現した。
「これは……ひょっとして龍?」
人間しか住まないこの町で龍を見た者は皆無であったが話には聞いていた為、特徴ですぐにそれと分かった。四百年前まで人間と争っていたという龍族。しかもその子供。アシュリンはその龍に想像していたより案外恐ろしさを感じなかった。寧ろ何処かで会ったような、そんな妙な懐かしさを感じていた。
その龍の子供は目を閉じ、ぷるぷると震えていた。寒いのだろうか? それとも何かにおびえているのだろうか? 彼女は胸のあたりをきゅっと締め付けられるような感じを覚えた。
それの額に恐る恐る小さな手を当ててみると、酷い熱だった。鼓動が速く呼吸も荒い。このままでは死んでしまうと思ったアシュリンは龍の子供を布ごと抱き抱えて家まで運んだ。自室で人目がつかない場所に龍の子供を何とか運び入れ、毛布で包み膝に乗せ、額に水気を良く絞った布巾をあててやった。
「あんな所より家の中の方が安全だから大丈夫よ。もしあのままだったら貴方死んでいたかも。声立てたら駄目よ。母さんに見付かったら追い出されちゃうかもしれないから。早く元気にならなきゃね。病気の龍なんて初めてよ。何か飲む?」
龍の子供がゆっくり頷くような動きをした為、アシュリンは頭を支えるようにしながら器に入れてきた水をゆっくりと龍の子供の口に流し入れた。何とか口にものが入りそうなので、夕飯の残りのスープを冷ましつつ飲ませてみると、美味そうにゆっくりと嚥下した。
「龍が何を食べるのか良く分からないけど……出来るだけのことをしてあげよう」
アシュリンは腕まくりをした。
それから数日後、アシュリンの懸命な看病の甲斐あって龍の子供は見違える様に元気を取り戻した。琥珀色の瞳に生気が戻り、月白色の鱗が艷やかに輝いている。アシュリンは笑顔になった。
「熱もすっかり下がったし、もうすっかり良さそうね! 良かった!」
「助けてくれてどうもありがとう。僕はサム。サミュエル・ガルシア。僕はもう駄目だと思っていた。君はとても優しい人間だね」
「サム……貴方人間の言葉が分かるの?」
「分かるよ。分かるし、話せる」
「私はアーリーよ。アシュリン・オルティス。元気になって良かったわ」
「アーリー……アシュリン・オルティス…素敵な名前だね。僕は此処に来てどれ位になったのだろうか?」
「今日で一週間位になるわ」
「随分迷惑をかけてしまったね。僕はもう行かなければ」
「何処ヘゆくの?」
「自分の国。僕は修行で各地域を旅していたんだ。この町が最後の目的地でね。帰ろうと思った時に折り悪く具合が悪く空を飛べなくなって、困っていた中君に助けてもらったというわけだ」
「そうなの。会えなくなるのは寂しいけど、貴方もお家に帰らないといけないし。私達、いつかまた会えるかしら?」
「僕の国の街、エウロスは隣だし……きっとまた会えるよ。良く分からないけどそんな気がする。君のこと、絶対に忘れないよ」
サミュエルはふと思い出したように前脚を角の後ろにやり、何か光るものを外してアシュリンの目の前に差し出した。
「君にこれをあげる。助けてくれたお礼。きっと君の助けになると思う。他の人には見せないで、どんな時にも肌身はなさず持っていて欲しい」
サミュエルから渡されたものは、不思議な輝きを持つ宝石がついた首飾りだった。白・青・橙・黒に見える、多彩な輝きを見せる石。それは今まで見たことの無い、不思議な光をもっていた。
「とっても綺麗! どうもありがとうサム。これ本当に私が貰っても良いの? 絶対なくさない。大切にするわ」
アシュリンがその首飾りを首につけ、服の中に隠したのを見届けると、サミュエルは窓から飛び出した。雲一つない月夜に浮かぶサミュエルの姿は、月光を帯びて更に美しさが増していた。東の方角に向かい小さくなってゆく龍の姿を見送りながら、アシュリンはこの一週間の体験がまるで夢の中で起きたことのように感じていた。しかし、彼女の胸元に隠された石が夢ではないことを語っていた。
1
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
ephemeral house -エフェメラルハウス-
れあちあ
恋愛
あの夏、私はあなたに出会って時はそのまま止まったまま。
あの夏、あなたに会えたおかげで平凡な人生が変わり始めた。
あの夏、君に会えたおかげでおれは本当の優しさを学んだ。
次の夏も、おれみんなで花火やりたいな。
人にはみんな知られたくない過去がある
それを癒してくれるのは
1番知られたくないはずの存在なのかもしれない
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
生贄巫女はあやかし旦那様を溺愛します
桜桃-サクランボ-
恋愛
人身御供(ひとみごくう)は、人間を神への生贄とすること。
天魔神社の跡取り巫女の私、天魔華鈴(てんまかりん)は、今年の人身御供の生贄に選ばれた。
昔から続く儀式を、どうせ、いない神に対して行う。
私で最後、そうなるだろう。
親戚達も信じていない、神のために、私は命をささげる。
人身御供と言う口実で、厄介払いをされる。そのために。
親に捨てられ、親戚に捨てられて。
もう、誰も私を求めてはいない。
そう思っていたのに――……
『ぬし、一つ、我の願いを叶えてはくれぬか?』
『え、九尾の狐の、願い?』
『そうだ。ぬし、我の嫁となれ』
もう、全てを諦めた私目の前に現れたのは、顔を黒く、四角い布で顔を隠した、一人の九尾の狐でした。
※カクヨム・なろうでも公開中!
※表紙、挿絵:あニキさん

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
空から落ちてきた皇帝を助けたら近衛騎士&偽装恋人に任命されました~元辺境伯令嬢の男装騎士ですが、女嫌いの獣人皇帝から無自覚に迫られ大変です~
甘酒
恋愛
元辺境伯令嬢のビリー・グレイはわけあって性別を偽り、双子の兄の「ウィリアム」として帝国騎士団に籍を置いている。
ある日、ビリーが城内を巡視していると、自国の獣人皇帝のアズールが空から落下してくるところに遭遇してしまう。
負傷しつつビリーが皇帝の命を救うと、その功績を見込まれ(?)、落下事件の調査と、女避けのために恋人の振りをすることを命じられる。
半ば押し切られる形でビリーが引き受けると、何故かアズールは突然キスをしてきて……!?
破天荒な俺様系?犬獣人皇帝×恋愛経験皆無のツンデレ?男装騎士の恋愛ファンタジー
執筆済みのため、完結まで毎日更新!
※なんちゃってファンタジーのため、地球由来の物が節操なく出てきます
※本作は「空から落ちてきた皇帝を助けたら、偽装恋人&近衛騎士に任命されました-風使いの男装騎士が女嫌いの獣人皇帝に溺愛されるまで-」を大幅に改稿したものです。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる