3 / 52
邂逅編
第二章 数年後の再会(挿し絵あり)
しおりを挟む
それから数年後。
ケレースは何度目かの秋を迎えた。
この町特有の赤い屋根を落ち葉がここかしこに飾り立てている。肌寒い風が吹く中、毎年恒例焼き栗売りや焼き芋売りが商売繁盛とばかりにあちらこちらで甘い匂いを漂わせ、女子供が吸い寄せられるように叢がり始めた。
「アシュリンさん、お疲れ様。そろそろ上がっていいよ」
「はぁい、あともう少しで終わりますから」
十六歳になったアシュリンは腰に前掛けをし、栗毛の髪を赤いリボンで結い上げ、仕事に精を出していた。四年前に働き手だった父親を亡くし、二年前に母親を病気で亡くしてから、母親の職場だった仕立て屋で朝から晩まで働く日々を送っている。
生まれつき器用だったことが幸いし、雇用主には随分良くしてもらっている為日々の糧には事欠かないが、帰宅しては泥のように眠る日々が続いていた。同じ年頃の娘達は着飾って出掛けたり、素敵な殿方との結婚を夢見て花嫁修行に励んでいるが、彼女にはその余裕が微塵もない。世間の流行も分からないし、下手すると日にちの差も分からなくなる始末だ。
アシュリンの両親は駆け落ち同然で結婚した為、他に頼る親族も居ない。小さな頃から自分のことは自分でするように教育されて育った為、天涯孤独となっても特に不自由なく生きて来られた。その点は両親に感謝しているものの、どこかマンネリ化した生活に飽きてきているのも事実だ。でも、自分の力ではどうにもならない。
「ん~! もう動けない……!! お風呂は明日! もう寝る!!」
アシュリンはこの日も帰宅するなり、着の身着のまま部屋に倒れ込んでそのまま夢の中に入ってしまった。
妙に暑いのと何か変な匂いがすると意識を蘇らせた時、少女は自分が火の海の中にいることに気が付いた。
「……え……? これは……火事……嘘でしょう!?」
周りを見渡すと、置いてある家具や人形に本棚は見覚えがあり、間違いなく自分の部屋だと認識出来る。ただそれらをなめ尽くそうとする火柱は明らかにおかしい。
誰かに火をつけられたのか、それとも他所の家の火の粉が飛んでとばっちりを受けたのか定かではない。ただこのままでは焼け死ぬことだけは確かだ。
意識がなかった間に煙を吸ったのか、頭が痛む。身体が思い通りに動かない。アシュリンは何とか逃げ道を探そうと立ち上がろうとし、よろけて棚の角に頭を打ち付けてしまった。
「……痛!!」
目眩を感じた彼女はよろけてそのまま座り込んだ。額から生温かいぬるりとしたものが流れ、足元に真っ赤な染みを作っている。
バリバリっと何かが裂ける音が聞こえ、そちらに視線を向けると、折れた柱が自分を目掛けて倒れてくるのがアシュリンの視野に入ってきた。
「もう駄目……!!」
覚悟を決めて目を閉じたアシュリンの額から一筋の血が首元へと流れ、常に胸元にぶら下げられていた首飾りの石に落ちた。
その瞬間、石は眩い真っ白な光を放ち、彼女の身体を包み込んだ。重たい柱の下敷きになる痛みを覚悟していたアシュリンは、身に何も衝撃が来ないのが不思議でならず、何が起きているのか知りたいが眩しすぎて目を開けられない状態で、一体どうして良いのか分からなかった。
その時、耳を劈くような地響きが起き、大きい真っ黒な影が少女に向かって飛んできた。身体が急に浮いたかと思った瞬間、彼女を急激な寒さと強い風が襲った。
⚔ ⚔ ⚔
それから時間が経ち、自分の身体を覆っていた光が少しずつ消え失せ、視野が明瞭になった時、少女は目の前に映る星の瞬きを見て自分が地上に居ないことに気が付いた。身を動かそうとすると、何かに掴まれていて自由に動けない。大きな四本の指に鋭い爪……どうやら何かの「手」の中に包まれているようだ。アシュリンがふと頭だけを動かすと、艷やかな月白色の鱗が目に入り、頭の上から低く落ち着いた声が響いてきた。
「……気が付いたか? 危ないから、動かないで」
「……貴方は誰? 此処はどこ? 私は……生きているの……?」
「君は生きている。今私と共に空を飛んでいる」
「空を……? 何がどうなっているのか分からない……」
「詳しいことは後で話す。君は疲れているようだ。少し眠ると良い。安全な場所につれてゆく」
一体何が自分の身に起こっているのか、全く分からない。覚えているのは、先程まで炎に包まれていた自分の家の中にいたことまで。眩い星の海に囲まれながら、今自分はこの龍と共に空を飛んでいる。微かに聞こえるのは自分を運んでくれているこの龍の鼓動か? どこか拍動が早く感じられる。
……今はもう何も考えたくない……
自分を包む温もりと度重なる心労と疲労がアシュリンの意識をゆっくりと奪い去った。
ケレースは何度目かの秋を迎えた。
この町特有の赤い屋根を落ち葉がここかしこに飾り立てている。肌寒い風が吹く中、毎年恒例焼き栗売りや焼き芋売りが商売繁盛とばかりにあちらこちらで甘い匂いを漂わせ、女子供が吸い寄せられるように叢がり始めた。
「アシュリンさん、お疲れ様。そろそろ上がっていいよ」
「はぁい、あともう少しで終わりますから」
十六歳になったアシュリンは腰に前掛けをし、栗毛の髪を赤いリボンで結い上げ、仕事に精を出していた。四年前に働き手だった父親を亡くし、二年前に母親を病気で亡くしてから、母親の職場だった仕立て屋で朝から晩まで働く日々を送っている。
生まれつき器用だったことが幸いし、雇用主には随分良くしてもらっている為日々の糧には事欠かないが、帰宅しては泥のように眠る日々が続いていた。同じ年頃の娘達は着飾って出掛けたり、素敵な殿方との結婚を夢見て花嫁修行に励んでいるが、彼女にはその余裕が微塵もない。世間の流行も分からないし、下手すると日にちの差も分からなくなる始末だ。
アシュリンの両親は駆け落ち同然で結婚した為、他に頼る親族も居ない。小さな頃から自分のことは自分でするように教育されて育った為、天涯孤独となっても特に不自由なく生きて来られた。その点は両親に感謝しているものの、どこかマンネリ化した生活に飽きてきているのも事実だ。でも、自分の力ではどうにもならない。
「ん~! もう動けない……!! お風呂は明日! もう寝る!!」
アシュリンはこの日も帰宅するなり、着の身着のまま部屋に倒れ込んでそのまま夢の中に入ってしまった。
妙に暑いのと何か変な匂いがすると意識を蘇らせた時、少女は自分が火の海の中にいることに気が付いた。
「……え……? これは……火事……嘘でしょう!?」
周りを見渡すと、置いてある家具や人形に本棚は見覚えがあり、間違いなく自分の部屋だと認識出来る。ただそれらをなめ尽くそうとする火柱は明らかにおかしい。
誰かに火をつけられたのか、それとも他所の家の火の粉が飛んでとばっちりを受けたのか定かではない。ただこのままでは焼け死ぬことだけは確かだ。
意識がなかった間に煙を吸ったのか、頭が痛む。身体が思い通りに動かない。アシュリンは何とか逃げ道を探そうと立ち上がろうとし、よろけて棚の角に頭を打ち付けてしまった。
「……痛!!」
目眩を感じた彼女はよろけてそのまま座り込んだ。額から生温かいぬるりとしたものが流れ、足元に真っ赤な染みを作っている。
バリバリっと何かが裂ける音が聞こえ、そちらに視線を向けると、折れた柱が自分を目掛けて倒れてくるのがアシュリンの視野に入ってきた。
「もう駄目……!!」
覚悟を決めて目を閉じたアシュリンの額から一筋の血が首元へと流れ、常に胸元にぶら下げられていた首飾りの石に落ちた。
その瞬間、石は眩い真っ白な光を放ち、彼女の身体を包み込んだ。重たい柱の下敷きになる痛みを覚悟していたアシュリンは、身に何も衝撃が来ないのが不思議でならず、何が起きているのか知りたいが眩しすぎて目を開けられない状態で、一体どうして良いのか分からなかった。
その時、耳を劈くような地響きが起き、大きい真っ黒な影が少女に向かって飛んできた。身体が急に浮いたかと思った瞬間、彼女を急激な寒さと強い風が襲った。
⚔ ⚔ ⚔
それから時間が経ち、自分の身体を覆っていた光が少しずつ消え失せ、視野が明瞭になった時、少女は目の前に映る星の瞬きを見て自分が地上に居ないことに気が付いた。身を動かそうとすると、何かに掴まれていて自由に動けない。大きな四本の指に鋭い爪……どうやら何かの「手」の中に包まれているようだ。アシュリンがふと頭だけを動かすと、艷やかな月白色の鱗が目に入り、頭の上から低く落ち着いた声が響いてきた。
「……気が付いたか? 危ないから、動かないで」
「……貴方は誰? 此処はどこ? 私は……生きているの……?」
「君は生きている。今私と共に空を飛んでいる」
「空を……? 何がどうなっているのか分からない……」
「詳しいことは後で話す。君は疲れているようだ。少し眠ると良い。安全な場所につれてゆく」
一体何が自分の身に起こっているのか、全く分からない。覚えているのは、先程まで炎に包まれていた自分の家の中にいたことまで。眩い星の海に囲まれながら、今自分はこの龍と共に空を飛んでいる。微かに聞こえるのは自分を運んでくれているこの龍の鼓動か? どこか拍動が早く感じられる。
……今はもう何も考えたくない……
自分を包む温もりと度重なる心労と疲労がアシュリンの意識をゆっくりと奪い去った。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
拝啓、大切なあなたへ
茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。
差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。
そこには、衝撃的な事実が書かれていて───
手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。
これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。
※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる