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第三章 過ぎ去りし思い出(過去編)

第三十五話 孤独な血縁者

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 セフィロスとウィリディスが屋敷に戻ると、ヘンリーから部屋に来るようにと小間使いを通じて指示が来た。
 
 (何だろう……? 父上から呼び出しだなんて珍しいな)
 
 セフィロスは不思議に思いながらも部屋にたどり着いた。
 戸をコンコンコンとノックをすると「誰だ?」と部屋の中からバリトンの声が聞こえた。ごくりとつばを飲み込む。
 
「セフィロスです。ウィリディスも一緒におります」
 
「入れ」
 
 主から入室の許可が出た為戸をあけると、ヘンリーの顔、そして彼と向き合っている少年の背が視野に入ってきた。
 
「……!」
 
 銀髪を見たセフィロスの足がぴたりと止まった。
 先程公園で成人吸血鬼三人を力でふっ飛ばしたあの少年ではないか。
 
 (何故ここに? )
 
 頭の中が疑問符でいっぱいになった。セフィロスの心境を知らないウィリディスは彼の後ろできょとんとしている。
 
「二人共戻ったか。さあ、中にお入り」
 
 ヘンリーに優しく誘われ、二人は部屋の中に入り、静かに戸を締めた。
 
「紹介しよう。今日からうちに新たに住むことになるルフス・ランカスター君だ。セフィロス、ウィリディス。お前達と同い年だ。仲良くしてあげなさい」
 
 二人の少年は互いの顔を見た瞬間、はっと息を飲んだ。
 見つめ合うサファイヤブルーの瞳とルビーの瞳。
 共に豆鉄砲を食らった鳩のような表情をしている。
 
「君……同種族だったのか……!?」
 
「お前……ここの屋敷の者だったのか……!?」
 
 二人の少年達が固まっているのを見て、ヘンリーは穏やかに声をかけた。息子と同じ、コーンフラワーブルーの瞳に柔らかい光を帯びている。
 
「おや。ひょっとしてお前達既に会っていたのかね?」
 
「父上、実は……」
 
 セフィロスは先程の出来事を話した。
 彼は黙って外出した為、父親から叱られるのを覚悟した。
 息子の話しを静かに頷きながら聞いていた彼の父は、ヨーク家の話しが出た瞬間ピクリと眉を顰めた。額にこぼれ落ちる黄金の髪を人差し指でかき上げる。
 
「……そうか。ルフスはお前を助けてくれたのか。ありがとう。何か礼をしなくてはな」
 
「いえ、困っている者がいたら助けるのは当然のことです。おじ上。礼には及びません」
 
 つっけんどんな物言いにも動ぜず、ヘンリーはやんわりと返した。
 
「ははは……まあ良い。後で礼をさせて頂くよ」
 
 そこで、戸をノックする音がした。一人の従者が立っており、部屋の準備が出来たという知らせだった。
 
「さあ、ルフス。君の部屋の準備が整ったようだ。彼の後をついてゆきなさい。分からないことがあれば彼に何でも聞くが良い」
 
「……はい」
 
「今日は疲れているだろうから、そのままお休み」
 
「……どうもありがとうございます」
 
 ルフスはどこか落ち着かない表情をしていたが、お辞儀をして部屋を出ていった。足音が聞こえなくなるのを確認すると、ヘンリーは二人と向き直った。
 
「……さて、そろそろ本題に入るぞ。二人に話しておかねばならぬことだからな」
 
「ひょっとして彼の素性ですか?」
 
「……そうだ」
 
 ヘンリーが静かに話し始めた。
 
 彼の話しによると、ルフスの先祖は遠い過去に本家から分かれ、テネブラエ内ではあるが、本家の屋敷からずっと遠く離れた土地に住む一族だったらしい。昨今ヨーク家の動向が怪しい為、同種族同士は本家で固めたほうが良いと考えたヘンリーが彼をも呼び寄せたのだ。
 
 ルフスは早くに両親をなくして以来、一人で生きてきた。
 両親が死んだ理由は不明。
 二人で出掛けたっきりで家に二度と帰って来なかったのだ。
 帰路の際に襲われたのだろうか?
 育児放棄をするような親ではなかっただけに謎が残る。
 近くに親族や知り合いはおらず、彼は孤立無援状態であった。
 
 彼は生き血をすすれば最低限生きていける為、食うには困らない。しかし人とは違う吸血鬼と言っても、子供一人で生きていけるほど甘い世界ではなかった。
 
 この世は弱肉強食の世界だ。
 
 親を亡くした幼い吸血鬼を餌食にと狙う者は多い。
 今は平気でも、いつかは殺されてしまう。
 ルフスは否が応でも自分の能力を磨き上げるしか生き抜く方法を持たなかった。
 
 ――永い時を生き続ける我々は常に孤独との戦いだ。
 同じ種族の者同士で結束を持っていれば、少なくとも孤独ではなくなる。
 その分生きるのが楽になれるなら、その方が良い――
 
 本家の当主、ヘンリーはそんな思考の持ち主だった。同種族の子供が一人路頭に迷っていると知らせを聞いた途端、自らその地へと赴いた。彼がルフスを見付けた時は、着替えもなく黒く薄汚れた状態で座り込んでいたのだそうだ。瞳だけが爛々と血のように輝く、異様な状態だったらしい。
 
 本来であれば彼をそのまま連れ帰りたいところであったが、彼は何故か拒み、後日では駄目かと言われた。
 子供なりに何か思うところがあったのだろうか。
 ヘンリーは彼の意思を尊重した。
 咄嗟に準備していた着替えを渡して、身支度を整えて屋敷に来るよう伝えその日は帰っていったという。
 
 ヘンリーは机の上に両手を置くと、大きな溜め息をついた。何か考えごとをしているのか、青白い額にしわを寄せている。
 
「部下からの知らせが入るまで、私は彼がまさか一人で生きているとは知らなかったのだ。彼の両親とは私が若い頃懇意にしていて、良くやり取りをしていた。生まれたばかりの彼にも勿論会ったことがある。訳合ってここ二・三年交流が途絶えていたが、ふとしたことで情報を掴んでね。今の世情のこともあって、彼をこの屋敷に招こうと思ったのだ。一人でも多くの血縁者を守るのも、本家当主である私の仕事だからな」
 
 自分と同い年の筈なのに、桁違いの能力を扱っていたのにはそういう訳があったと知り、セフィロスは納得した。いつも本家の従者を含めたランカスター家の中でぬくぬくと守られ育ってきた彼にとって、逆境の中で生き抜いてきたルフスを思うと、ズキリと小さな胸が傷む。
 
「おじさま、わたくし達、彼ときっと良いお友達になれると思います。わたくし頑張ります」
 
 澄んだエメラルドグリーンの大きな瞳を輝かせながら、ウィリディスは両手で小さな握り拳を作った。興奮しているのか、いつもは青白い頬をほんのりと赤くしている。
 
「ありがとう。良い子だ」
 
 少女の頭をそっと撫でながらヘンリーは息子に向き直る。
 
「そう言えば、ヨーク家の者が我々の敷地内に入ってきていたと言っていたな。部下に調べさせ、警備を厳しくせねばならんな。お前が無事で良かった。これからは気を付けてくれたまえ。そろそろ制御のコツを身に着けねばならないな。マルロに伝えておく」
 
 マルロとは、ランカスター家の守り手兼セフィロスの指導者の名前である。
 明日から修行が厳しくなりそうな予感がしたセフィロスだが、一旦胸を撫で下ろした。
 高鳴る鼓動は、きっとそのことが原因ではないだろう。
 
 あの妙にぶっきらぼうなところは元々なのか、それとも一人で苦労してきた生い立ちのせいなのか分からない。
 自分と色々正反対な彼の色んなことを知りたい。
 色んな話しをしたい。
 仲良くなりたい。
 
 窓から見える空は先程まで茜色だったが、静かに藍色のベールに包まれている。
 そろそろ自室に戻る時間だ。
 
 今日一日に起きた色んな出来事の内、小さな来訪者のことで彼の小さな胸と頭はいっぱいとなった。
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