彼女が望むなら

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アイリスが望んだこと

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「アイリス!」

呼ばれた声に振り向けば、そこには初めて会った時のままの眩しい笑顔。アイリスは、自分が望んだこの男と共に居られる幸福を神に感謝した。彼に向かって飛び込めば、逞しい腕で受け止めてくれる。誰よりも暖かいその胸に顔を埋めていると、何も怖がる必要はない、という気持ちになって、何だか泣けてくる。

自分の欲しかったものは、これだと、彼を絶対に失いたくない、と思う。




公爵家には娘のアイリスよりずっと大切にされている少年がいた。五歳になって婚約者と初めての顔合わせで、アイリスは驚いた。公爵家にいる少年によく似ていたからだ。

それで、何となく合点がいった。ジェイミーと言う名前を聞いて、それは確信となった。あの父が何の役割も持たない少年を拾う訳はない。

娘の誕生日すら、忘れた父だが、父親としての才よりも、公爵としての才があるのだと考えたら、憎しみを抱くこともなかった。

アイリスに王妃教育が施されるようになってからは、公爵家はジェイドのものだった。彼は、公爵家の後継者のように振る舞い、アイリスとの相性はすこぶる悪かった。

ジェイドはアイリスの部屋を夜な夜な訪ねてきては、護衛に返り討ちにされていた。「俺に媚を売っておけば、俺が王位についた時に、お前を召し上げてやるよ。」

アイリスにとっては、ジェイドよりも素直なジェイミーの方がまだマシな部類だった。それでも、王家に嫁ぐ、と言うなら父がどうなろうとも、逃げようと思っていた。

そんな折、王妃付きの侍女から、王太后様の側にいる少年についての噂話を耳にする。

アイリスは一縷の望みをかけて、彼に会いに行った。その先で、アイリスは一生を賭けて愛する存在を目にしたのだった。

アイリスは王太后様に彼を下さい、と直談判した。その頃には、自分より少し年上の彼は既に魔道具を作り始めていた。

「特定の人物が来た時にだけ、認識を阻害できる魔道具かぁ。難しい事をいうね。」額を掻きながら、うーん、と悩み、その割にはすぐに試作品として、持たせてくれる才能に、彼の事情がどうであれ、交渉次第で公爵の心を動かせる、と感じた。

アイリスはその試作品を身につけると、ジェイドからの攻撃を躱せることに気がついた。

ジェイドは、その後もアイリスに構おうとしたが、邸内というのに、会えない日が続き不満を募らせていた。

アイリスは邸内の不穏な空気に、また魔道具の製作を依頼する。「王太子のピアス」のような性格矯正の、魔道具だ。

試作品のそれは、ある言葉を聴くだけで、行いを改め、謝るようになるという代物だ。

ジェイドの横暴な振る舞いはこの時を機にどんどん減っていった。それに感謝したのはアイリスだけではない。公爵家で働く使用人達は、ほとほと、ジェイドの世話をすることに疲れはじめていた。彼らが愛するアイリスの為に、と頑張ってくれていたのだが、公爵がアイリスよりもジェイドの肩を持つものだから、ストレスがピークに達していたのだ。

大人しくなったジェイドは、アイリスに手を出したくともできなくなったことで、その対象をアイリスから別の女性に変えた。

そのことは、父を激昂させた。アイリスがジェイミーをうまく扱えなかった際の保険だと言うのに、彼はアイリスを選ばなかった。ここで叱責を受けたのが、アイリスならば、彼女は父を見捨てたかもしれないが、彼女の父が責めたのは、ジェイドだった。

「命を助けてやった恩も忘れ、愚かなまねをしおって。」

愚かな父の身勝手な叫びに、アイリスは呆れて代案を出したのは、勿論ジェイドの為ではない。自分の為だ。

王太后の息子で魔道具師のイーサンは父の眼鏡にかなう。彼はジェイドがなし得なかった保険の座にすんなり収まった。

最初からアイリスを愛して、互いに笑い合うそんな光景に簡単に使用人の心を掴んだかと思うと、便利な魔道具を惜しげもなく彼らに渡し、仕事を楽にして、喜ばれていく。

ジェイドの時とは違い、彼が周りに認められていく様は見ていて気持ちが良かった。

使用人達からすると、いつも無表情のアイリスが彼にだけはとびきりの笑顔を向けるのだから、彼がどのような人物か一目瞭然である。アイリスを愛する者同士、感謝こそすれど、不満など何もない。ただひたすら健やかに彼らが幸せになることを願うだけ。




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