重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
252 / 1,657
第5章

太陽の影 9

しおりを挟む
「義父さんもう起きましたか」
「あぁ洋か……本当に来てくれたのか」
「ええ……俺です。遅くなりました」

 窓の外が暁色に染まりだしていた。それは間もなく夜が明ける合図だ。

 涼のことは丈に任せて、俺は一人義父が眠る部屋へとやってきた。

 丈がこの家にいてくれる。それだけで落ち着き、こんなにも勇気が持てるなんて。

「洋……顔をよく見せてくれないか」
「……はい」
 
 父の枕元にしゃがみ込み顔をみせると、義父は震えながら手を伸ばしてきた。俺に触れそうになったその瞬間、思わずびくっと震えてしまった。

 我慢しろっ大丈夫……もう何も起こらない!

 粟立つ気持ちを抑え込み、その場を離れることなく、じっとその手を受け止めた。

 義父の手はいつの間にかしわが増え、よく見ると髪には白髪が増えていた。五年という歳月の間に一気に老け込んだようだった。

 義父の手は俺の頬を一度だけ撫でた。そっと……静かに。

「洋……五年だ。あれから五年も過ぎてしまった。車椅子での生活になってしまってから、もう何も気力は起きず、お前に会いたいという気持ちだけを持って生きてきたよ」

「そんな」

「この別荘を覚えているか。お前とよく来たよな。夜遅くまでチェスをやったりもしたな。あの頃のお前は本当に可愛かった。そんなお前にそっくりな子を見つけたんだよ。洋はもう見たか。あぁあの子に話したい。会ってみたい、洋……私をどうかあの子のところまで連れて行ってくれないか」

 まずいっ父さんが興奮しだした。落ち着かせないと……涼のことから関心を逸らしたい。

「……義父さん、俺がわざわざソウルからやって来たのに他の子の話ですか」

 義父の手を思い切って、ぎゅっと握りしめて耳元で囁いた。

 関心は俺だけでいい、俺だけが受け止める。

 もうこれ以上汚れることがない俺の躰なら受け止められる。義父は少し驚いた顔をしたが満足そうな笑顔を浮かべた。

「あっそうだな。お前がここにいるのに……悪かった」
「……よく聞いてください。これから話すことを」
「あぁどうした?」

 ここからが肝心だ。

「義父さんが見つけた俺に似ているというあの子は、キャンプ場で他の男達に犯されそうになっていました。それを一緒に来た丈が救ってくれました。言っている意味が分かりますか」

 義父が微かに動揺を見せる。

「あっああ……」

「俺だけで十分なんです。あんな目に遭うのは。義父さん、あなたが俺にしたこと忘れたわけじゃないんです。俺なりに葛藤して、それでもなんとか義父さんとの関係を続けているのです。分かってください。二度と……俺にも他の誰にもあんな酷いことしないでください。心の中でも思わないで……欲しい」

 義父の眼が、見開く。正気に戻ったようだ。

「洋……すまなかった…許してもらえないのは分かっているが、これ以上私を蔑まないでくれ……嫌わないでくれ」
「……」

 こんなにも義父は弱かっただろうか。急に父が年老いたことを実感した。

「あの子に会いたいですか」
「会ってもいいのか」
「はい、今から連れて行ってあげます。その代り二度と会わないでください」
「……」
「そしてあの子の前で、俺が尊敬できる義父さんとして接してください」
「……分かった。お前の望み通りにすべて行う」
「義父さんは襲われたあの子を介抱してくれたこの別荘の主で、丈はその客です。そういうことにしてください」
「あぁ」
「義父さんありがとうございます……今、Kentを呼びます」

 Kentを呼びに行こうと立ち上がった時、父に腕を掴まれた。ギクッとして振りほどこうとすると、父が縋るような目で見つめてくるので躊躇してしまった。

「全部約束を守るから……私のことを嫌わないで欲しい」
「……ええ、あなたは永遠に俺の義父さんです。何もかも含めて……俺はあなたの元から去ることは出来ない」
「……洋……私はお前を本当に傷つけてしまったんだな」
「心配しないでください。俺は今幸せです。丈がいてくれるから」
「そうか……あの時のあの男が……お前にとって心の底から大切な人だったのだな」
「そういうことなんです。だからもう二度と邪魔しないで……」

 手をそっと振りほどき、俺はKentを呼ぶために階段を降りた。

 これでいい。多少きつかったかもしれないが、この位はっきり言った方が良かったんだ。俺はやっと義父に臆することなく本音を告げることが出来た。暗い気分だったが、その先に丈という希望の星があり、光が見えるから生きていける。いつだって闇に迷い込んだ時、丈はその手をためらわずに俺に差し伸べてくれる。


 涼……

 君もそういう相手と巡り合えるといいな。君は太陽のようにキラキラと輝いているから、その輝きを守ってくれる温かい人が傍にいてくれたら俺も安心だ。

 太陽のような人といえば……安志……

 ふとその瞬間、久しぶりに幼馴染の安志のことを思いだした。小さい時から俺の傍にいてくれた幼馴染。大事だったのに、何度も助けてもらったのに、何も返せなかった俺。

 安志、今どこにいる? 元気にしているか。

しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

処理中です...