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第5章
太陽の影 9
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「義父さんもう起きましたか」
「あぁ洋か……本当に来てくれたのか」
「ええ……俺です。遅くなりました」
窓の外が暁色に染まりだしていた。それは間もなく夜が明ける合図だ。
涼のことは丈に任せて、俺は一人義父が眠る部屋へとやってきた。
丈がこの家にいてくれる。それだけで落ち着き、こんなにも勇気が持てるなんて。
「洋……顔をよく見せてくれないか」
「……はい」
父の枕元にしゃがみ込み顔をみせると、義父は震えながら手を伸ばしてきた。俺に触れそうになったその瞬間、思わずびくっと震えてしまった。
我慢しろっ大丈夫……もう何も起こらない!
粟立つ気持ちを抑え込み、その場を離れることなく、じっとその手を受け止めた。
義父の手はいつの間にかしわが増え、よく見ると髪には白髪が増えていた。五年という歳月の間に一気に老け込んだようだった。
義父の手は俺の頬を一度だけ撫でた。そっと……静かに。
「洋……五年だ。あれから五年も過ぎてしまった。車椅子での生活になってしまってから、もう何も気力は起きず、お前に会いたいという気持ちだけを持って生きてきたよ」
「そんな」
「この別荘を覚えているか。お前とよく来たよな。夜遅くまでチェスをやったりもしたな。あの頃のお前は本当に可愛かった。そんなお前にそっくりな子を見つけたんだよ。洋はもう見たか。あぁあの子に話したい。会ってみたい、洋……私をどうかあの子のところまで連れて行ってくれないか」
まずいっ父さんが興奮しだした。落ち着かせないと……涼のことから関心を逸らしたい。
「……義父さん、俺がわざわざソウルからやって来たのに他の子の話ですか」
義父の手を思い切って、ぎゅっと握りしめて耳元で囁いた。
関心は俺だけでいい、俺だけが受け止める。
もうこれ以上汚れることがない俺の躰なら受け止められる。義父は少し驚いた顔をしたが満足そうな笑顔を浮かべた。
「あっそうだな。お前がここにいるのに……悪かった」
「……よく聞いてください。これから話すことを」
「あぁどうした?」
ここからが肝心だ。
「義父さんが見つけた俺に似ているというあの子は、キャンプ場で他の男達に犯されそうになっていました。それを一緒に来た丈が救ってくれました。言っている意味が分かりますか」
義父が微かに動揺を見せる。
「あっああ……」
「俺だけで十分なんです。あんな目に遭うのは。義父さん、あなたが俺にしたこと忘れたわけじゃないんです。俺なりに葛藤して、それでもなんとか義父さんとの関係を続けているのです。分かってください。二度と……俺にも他の誰にもあんな酷いことしないでください。心の中でも思わないで……欲しい」
義父の眼が、見開く。正気に戻ったようだ。
「洋……すまなかった…許してもらえないのは分かっているが、これ以上私を蔑まないでくれ……嫌わないでくれ」
「……」
こんなにも義父は弱かっただろうか。急に父が年老いたことを実感した。
「あの子に会いたいですか」
「会ってもいいのか」
「はい、今から連れて行ってあげます。その代り二度と会わないでください」
「……」
「そしてあの子の前で、俺が尊敬できる義父さんとして接してください」
「……分かった。お前の望み通りにすべて行う」
「義父さんは襲われたあの子を介抱してくれたこの別荘の主で、丈はその客です。そういうことにしてください」
「あぁ」
「義父さんありがとうございます……今、Kentを呼びます」
Kentを呼びに行こうと立ち上がった時、父に腕を掴まれた。ギクッとして振りほどこうとすると、父が縋るような目で見つめてくるので躊躇してしまった。
「全部約束を守るから……私のことを嫌わないで欲しい」
「……ええ、あなたは永遠に俺の義父さんです。何もかも含めて……俺はあなたの元から去ることは出来ない」
「……洋……私はお前を本当に傷つけてしまったんだな」
「心配しないでください。俺は今幸せです。丈がいてくれるから」
「そうか……あの時のあの男が……お前にとって心の底から大切な人だったのだな」
「そういうことなんです。だからもう二度と邪魔しないで……」
手をそっと振りほどき、俺はKentを呼ぶために階段を降りた。
これでいい。多少きつかったかもしれないが、この位はっきり言った方が良かったんだ。俺はやっと義父に臆することなく本音を告げることが出来た。暗い気分だったが、その先に丈という希望の星があり、光が見えるから生きていける。いつだって闇に迷い込んだ時、丈はその手をためらわずに俺に差し伸べてくれる。
涼……
君もそういう相手と巡り合えるといいな。君は太陽のようにキラキラと輝いているから、その輝きを守ってくれる温かい人が傍にいてくれたら俺も安心だ。
太陽のような人といえば……安志……
ふとその瞬間、久しぶりに幼馴染の安志のことを思いだした。小さい時から俺の傍にいてくれた幼馴染。大事だったのに、何度も助けてもらったのに、何も返せなかった俺。
安志、今どこにいる? 元気にしているか。
「あぁ洋か……本当に来てくれたのか」
「ええ……俺です。遅くなりました」
窓の外が暁色に染まりだしていた。それは間もなく夜が明ける合図だ。
涼のことは丈に任せて、俺は一人義父が眠る部屋へとやってきた。
丈がこの家にいてくれる。それだけで落ち着き、こんなにも勇気が持てるなんて。
「洋……顔をよく見せてくれないか」
「……はい」
父の枕元にしゃがみ込み顔をみせると、義父は震えながら手を伸ばしてきた。俺に触れそうになったその瞬間、思わずびくっと震えてしまった。
我慢しろっ大丈夫……もう何も起こらない!
粟立つ気持ちを抑え込み、その場を離れることなく、じっとその手を受け止めた。
義父の手はいつの間にかしわが増え、よく見ると髪には白髪が増えていた。五年という歳月の間に一気に老け込んだようだった。
義父の手は俺の頬を一度だけ撫でた。そっと……静かに。
「洋……五年だ。あれから五年も過ぎてしまった。車椅子での生活になってしまってから、もう何も気力は起きず、お前に会いたいという気持ちだけを持って生きてきたよ」
「そんな」
「この別荘を覚えているか。お前とよく来たよな。夜遅くまでチェスをやったりもしたな。あの頃のお前は本当に可愛かった。そんなお前にそっくりな子を見つけたんだよ。洋はもう見たか。あぁあの子に話したい。会ってみたい、洋……私をどうかあの子のところまで連れて行ってくれないか」
まずいっ父さんが興奮しだした。落ち着かせないと……涼のことから関心を逸らしたい。
「……義父さん、俺がわざわざソウルからやって来たのに他の子の話ですか」
義父の手を思い切って、ぎゅっと握りしめて耳元で囁いた。
関心は俺だけでいい、俺だけが受け止める。
もうこれ以上汚れることがない俺の躰なら受け止められる。義父は少し驚いた顔をしたが満足そうな笑顔を浮かべた。
「あっそうだな。お前がここにいるのに……悪かった」
「……よく聞いてください。これから話すことを」
「あぁどうした?」
ここからが肝心だ。
「義父さんが見つけた俺に似ているというあの子は、キャンプ場で他の男達に犯されそうになっていました。それを一緒に来た丈が救ってくれました。言っている意味が分かりますか」
義父が微かに動揺を見せる。
「あっああ……」
「俺だけで十分なんです。あんな目に遭うのは。義父さん、あなたが俺にしたこと忘れたわけじゃないんです。俺なりに葛藤して、それでもなんとか義父さんとの関係を続けているのです。分かってください。二度と……俺にも他の誰にもあんな酷いことしないでください。心の中でも思わないで……欲しい」
義父の眼が、見開く。正気に戻ったようだ。
「洋……すまなかった…許してもらえないのは分かっているが、これ以上私を蔑まないでくれ……嫌わないでくれ」
「……」
こんなにも義父は弱かっただろうか。急に父が年老いたことを実感した。
「あの子に会いたいですか」
「会ってもいいのか」
「はい、今から連れて行ってあげます。その代り二度と会わないでください」
「……」
「そしてあの子の前で、俺が尊敬できる義父さんとして接してください」
「……分かった。お前の望み通りにすべて行う」
「義父さんは襲われたあの子を介抱してくれたこの別荘の主で、丈はその客です。そういうことにしてください」
「あぁ」
「義父さんありがとうございます……今、Kentを呼びます」
Kentを呼びに行こうと立ち上がった時、父に腕を掴まれた。ギクッとして振りほどこうとすると、父が縋るような目で見つめてくるので躊躇してしまった。
「全部約束を守るから……私のことを嫌わないで欲しい」
「……ええ、あなたは永遠に俺の義父さんです。何もかも含めて……俺はあなたの元から去ることは出来ない」
「……洋……私はお前を本当に傷つけてしまったんだな」
「心配しないでください。俺は今幸せです。丈がいてくれるから」
「そうか……あの時のあの男が……お前にとって心の底から大切な人だったのだな」
「そういうことなんです。だからもう二度と邪魔しないで……」
手をそっと振りほどき、俺はKentを呼ぶために階段を降りた。
これでいい。多少きつかったかもしれないが、この位はっきり言った方が良かったんだ。俺はやっと義父に臆することなく本音を告げることが出来た。暗い気分だったが、その先に丈という希望の星があり、光が見えるから生きていける。いつだって闇に迷い込んだ時、丈はその手をためらわずに俺に差し伸べてくれる。
涼……
君もそういう相手と巡り合えるといいな。君は太陽のようにキラキラと輝いているから、その輝きを守ってくれる温かい人が傍にいてくれたら俺も安心だ。
太陽のような人といえば……安志……
ふとその瞬間、久しぶりに幼馴染の安志のことを思いだした。小さい時から俺の傍にいてくれた幼馴染。大事だったのに、何度も助けてもらったのに、何も返せなかった俺。
安志、今どこにいる? 元気にしているか。
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